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あえて話題にしませんでしたが、新型コロナウィルスで学校が休校になりました。ディズニーランドもユニバーサルスタジオジャパン、レゴランドも休園。公共の体育館は休館、やこで行われている講座も中止。映画館も新作映画の延期など、なんか不幸のブラックホールが中国に出来て、幸福や成功を全部呑み込んで、不幸のエネルギーに変えて吐き出しているように思えてきます。みんなのえがおチャンネルのキャッチフレーズを冒頭に言っています。「介護の力でみんなを笑顔に」や「新しい価値観で認知症ケアを創造する」です。僕は認知症の人や高齢者の方だけでなくすべての人を介護の力で笑顔に出来ると信じています。今の社会、たった一人では生きてはいけません。顔も知らない、見た事のない人の愛で生かされています。例えば、YouTubeや楽天ブログはパソコンやスマホやタブレットなどいろいろな端末で閲覧できると思いますが、それを作った人がいます。このインターネットをのインフラを整備した人もいます。自宅や漫画喫茶、職場などいろいろな場所で見ていると思いますが、その建物を作ったのも見知らぬ人です。もちろん知り合いも中にはいるかもしれませんけど。私たちが食べている食べ物も使っている物も全て自分ではない誰かがやってくれました。何のゆかりも縁も無い人の汗と努力と愛で出来ています。世界が多くの人々の愛で構築されています。出来ないところを補佐するお手伝いするというものが介護であるならば、今の生活は、私たちの出来ないところを補佐してくれているといっても良いのではないのでしょうか?そして、地球と星がなければいけていくことが出来ない人間は、地球に生きることを補佐されている、介護されている状態だともいえるのだと思うのです。そういう意味で考えると、「介護の力でみんなを笑顔に」のキャッチフレーズは地球80億人を笑顔にするポテンシャルがあるということいなります。この『笑顔』にするポイントは感謝だと思うのです。身近の人に「ありがとう」。見知らぬ人にも「ありがとう」どんなことにもどんな事象にも「ありがとう」という感謝の気持ちを持ち、コロナウイルスの正しい知識を持ち、感染対策はしっかりやりつつ、恐怖心や持ち越し苦労、取り越し苦労を止めて、感謝をの心も拡大しながら持ち越し幸福、自分のささやかな幸せを人々人におそそわけする行為。取り越し幸福、自分の幸福の未来を今に持ってくる行為。80億人の感謝の思いが中国にある不幸のブラックホールに吸い込まれていったら、幸福感の光がブラックホールを膨張させて抱えきれなくなって爆発する。その時、爆発の勢いで明るい未来が広が加速していく。そんなイメージが出てきます。不幸の種を探すのを止めて、感謝の種を探して、感謝を家族や友達い分けて拡散していこう。私たちをどんな時も見守り続けてくれた地球に感謝の思いで包みこもうじゃないですか。ご視聴ありがとうご財増した。
2020年02月29日
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車椅子でトイレで少し手伝ってもらう、車いすは自分で焦げるけど、疲れやすいから寝てしまう時間が多い。このような方に「何かやりたいこと。夢がありますか?」と聞くと「ない」「こんな身体じゃ何もできないし、今までやりたいことをやって来たからもういいわ」と答える方が大半です。時々「死ぬまでにもう一度あの景色を見てみたい。ハワイに行ってみたい」みたいな答えが返ってくることがあります。やりたい事がある人と無い人の違いって、年齢の差もあります。ある人は60代か70代前半。無い人は後期高齢者以上です。人間どうしても不幸が目につきやすいですよね。例えば、今日、10円玉を拾いました。買い物の会計時に10円玉が足りなくて1万円を崩さなければならなくなった場合。「ああ、1万円を崩しちゃった。崩すと無くなるのが早いんだよね、崩したくなかったな。あの時20円落ちていれば良かったのにな」と思ってしまいませんか?10円を拾ってラッキーと思うより1万円を崩すという不幸に目が行ってしまいますよね。幸福やラッキーなことよりも、不幸なことの方が目につき、印象に残りやすいという習性があると思うんです。高齢者にかかわらず、人は出来なくなっていく苦しみ、失っていく悲しみに目が行きやすく、幸運なことには感謝できない、気がつかないということがあります。幸運なことが印象に残るとしたら、片思いの人から告白された、プロポーズされたとか宝くじが当たったとか、日常生活で当り前じゃないことが起きた時に印象に残ります。でも、日常生活でよくあることに関しては幸運だとは思わない。幸運な人は、いつもどんな小さい事でも感謝して、自分は幸運な人間だ、ラッキーな人間だと自己暗示をかけるようにいつも思っていています。10円玉を拾っても、宝くじが10億円当たったみたいにラッキ―な人間だと思います。そんな自分を幸運と思っている人は、元気で若若しいです。死ぬまで夢を持ち続けた本田宗一郎様。この人は飛行機を飛ばしたいと思っていて、プライベートジェットを売り出しています。比較してはいけないかもしれませんが、三菱は10年たってもジャンボを納品できない。そこには夢を正しく見る大切さを教えてくれているように思います。三菱は車もそうですけど、何度も不正を隠し、隠ぺい体質で信用を落としました。その隠ぺい体質マインドが三菱グループ全体に浸透してしまい、負け犬根性が出ているのではないかと思えてなりません。しかし本田宗一郎の創業した本田技研は、創業者の精神がオープンマインドだったから、失敗から学び、成功から学び常にイノベーションをし、今よりももっといいものをと改善する心、改革する心を失わずにいるから成功しているのだと思います。で話を戻しますと、高齢になってくると、どうしても出来ないことが多くなります。年を取ればとるほど増えていきます。その代わりに人生の智慧が増えていくので、智慧の力で乗り越えていくのが一番いい方法だと思うのです。キングカズもレジェンド葛西も今までの経験を智慧に変えて体力が落ちていくのをカバーして活躍しています。「もう駄目だと」思ったら「今からだ」と思っていただきたいのです。高齢で「何にも出来ないわ」という方にポジティブな言葉をかけても、否定されるばかりですが、真剣にその人のことを思いながら、ポジティブな言葉を優しい雨のように降り注いでください。ただ否定されたときに「そうじゃなくて」とか「そんな風に言わないでくださいよ」と支援する側が否定的な言葉で返さないでいただきたいのです。「そうですよね、身体がえらいのによく頑張っていますね」とか「無理せずに頑張りましょう」とかネガティブにはポジティブ、ポジティブにはシンクビックで対応してください。身体が弱っていると体力も落ちていますが、気力も落ちています。気力が落ちているとやる気が出ませんし、自信を失い、ポジティブになれません。ポジティブな言葉を降り注ぎながら、自信を持てるなんかをやってもらうことが大切です。それはその人の生活歴から探し出します。輝く宝物を探すように生活歴を見て、考えて、祈って、実践してみる。その人に小さな成功体験を積ませる。その小さな成功体験を発展させていく。そうするといつの間にか、死ぬまでにもう一度富士山に登らなきゃ死にきれん。なんて無茶なことを言い出すかもしれません
2020年02月28日
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認知症を治す生活習慣の一つ運動。その中でも歩くことにフォーカスして話していきたいと思います。何歳になっても歩くことが出来れば健康生活が長く続けられる可能性が高い。金さん銀さんが100歳になっても歩いていたように、歩けることは健康で長生きが出来る秘訣だと思います。以前デイサービスに勤めていた時、利用者様が施設にショートステイするので10日間ほどデイを休まれることがありました。ショートステイを利用することはよくある事なのですが、ショートステイが終わった後にデイサービスに来ると歩行が不安定になっているのです。どの利用者様も。デイサービスにいる時は歩く機会を多く作り、歩かせて歩かせていると、だんだん普段通りの歩行状態に戻っていくという経験をしました。その度に施設介護はレベルが低い!と憤慨していたものです。ショートステイに行くと、転倒リスクの高い人は車いすが用意され、車いす生活をするのでたった10日で歩行が不安定になるのです。もっとひどいのは、在宅でなんとか頑張ってシルバーカーや歩行器で歩いていたのに特養に入所して一ヶ月もしたらもうほぼ歩くことが出来な状態になっているという方を何人も見てきました。その度にああ、在宅は介護の素人、施設は介護のプロ。確か介護する人数は多くなったかもしれない。でも素人に負けるのか。施設介護はとガッカリしたことを覚えています。車いすに乗るようになったら本当にすぐに歩けなくなります。車いす生活になると、膝が伸びなくなる。股関節が拘縮してくる。姿勢が悪くなる。いつも背もたれにもたれているために腹筋、背筋の筋肉も落ちていく。そして骨が弱くなり骨粗鬆症になる。足に負荷がかかることは、それだけで筋トレをやっているようなものなのだと分かります。歩くということは、二本の足に自分の全体重がかかります。仮に体重50キロだったとして、実際には50キロ以上の重さが足にかかっています。歩くとい行為は、足を上にあげてから下に下すので、地面に足がついた時には、少し衝撃が加わります。その衝撃分を考慮すれば体重以上の重さが両足にかかってくるということです。でもこの負荷が健康生活するための重要な宝物であるわけです。歩くのなんてつまらないという方がいます。そんな方がいましたら。歩けば歩くほど健康になっているありがたい。ありがとう!!やっほい!!と感謝しながら、喜びながら歩いてください。とても楽しく歩けます。それでもいまいちというのでしたら、歩行友達を作って、友達と少し遠いけど素敵なカフェまで歩くとか。通り過ぎていく車のナンバーを見て計算したり、ご夫婦で歩いているなら、手を繋いでみるとか、いつもとは違う刺激を作りながら、楽しく、面白く歩く工夫をして、歩くことが苦痛でなく歩けることが喜びであり、楽しみであるようにしていただきたいとおもいます。もちろん水筒は忘れずに水分補給をしっかりしながら。レッツウォーキング!!
2020年02月27日
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漫画の題名は敢えて出しませんが、主人公が悪役の心の苦しみを感じ取って、絶望から悪さをするのだと思い、悪役に愛を与えることにより改心させるという物語ですが、少し違いますけど。愛の力は偉大だと思いました。認知症の方はもちろん悪人でなく善良な人です。しかし、認知症状によるご家族への対応で、ご家族が疲弊し、心に余裕がなくなり、ストレスから認知症の方が悪人に見えてしまう。自分に対して嫌がらせをしているとか思えてきてしまう。自分は苦しい、辛い、悲しいという気持ちが次から次へと止めどなく出てきます。そんな時は少し深呼吸をしていただいて、認知症の方本人もご家族と同じく、苦しい、辛い、悲しい気持ちでいっぱいなんだと想像してください。自分が苦しい気持ち、辛い気持ち、悲しい気持ちがどうしたら楽になるのだろうか?と考え、認知症の方にその方法を実践してみてください。認知症の方本人が楽になり、笑顔になり、楽しそうな雰囲気になった時、きっとご家族の方も楽になり、笑顔になり、楽しくなっているはずです。苦しく辛い時には、自分が先に与えようと思い、認知症の方に心に寄り添い、包み込むように認知症の方を受け入れれば認知症はどんどん癒されていきます。先に与えるのはなんか損した気分になるかもしれません。認知症の方の安心した生活をみると幸福感が増幅すると思うんです。ぐっとこらえてやって欲しいこと1、 否定をしない。否定されると自分の存在を否定された勘違いして認知症が酷くなる可能性があります。2、 相手の世界に入る。相手の世界に入り、想像力を働かせてその世界を楽しんでください。自分が抱えきれない、乗り越えられない困難は与えられない。という言葉があるように、困難は自分で乗り越えられるものしかない。認知症ケアの場合、ご家族が困難だと思っている難題を乗り越えた時、同時に認知症の方も一緒に乗り越えているという現象が起きます。家族の問題を家族全員の力と智慧で乗り越えるのだから、認知症ケアもうまく行く事になりますよね。心構えはとても大切ですが、水を飲む。運動する。食事をする。便秘にならない生活。趣味を持つ。筋トレ、柔軟体操。口腔ケア。の生活習慣を構築する。更に健康で元気で豊かに生活するために生き甲斐活動として仕事をして金を稼ぐ。これも大切です。
2020年02月26日
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今日はひかりカフェの日でした。その中で簡易マスクの作り方の実演をしました。キッチンペーパー、輪ゴム、ホチキスだけで作れます
2020年02月26日
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腰痛は介護職の職業病と言われていますが、それは嘘です。技術不足なだけです。移乗の技術として教えられているのがボディメカニクス(以下ボディメカ)です。このボディメカをしっかりやっていれば腰痛は皆無です。僕自身23年間現場でやってきて腰痛とは無縁です。たまに腰が痛くなることはありますけど、1,2日で治ります。時々以上の動画を観ますが、ボディメカや他の方が考案した〇〇式などもポイントは同じです。1. 梃子の原理を使う2. 体重移動3. 力の分散この3つは外していませんでした。簡単に3つの説明をしていきます。1の梃子の原理は説明しなくても分ると思います。スコップで穴を掘る時の動作です。支点、力点、作用点の3つを組み合わせた動作です。2の体重移動は、野球でのバットのスイング、ゴルフのスイング、ボールを蹴る時の動作です。今、右足が軸足なら、左足を軸足に変える動作の事です。3の力の分散は点で支えず面で支えるということです。ここにティッシュの箱があります。これを指一本で支えるのは力の集中ですが、指三本、五本、あるいは手のひらで支えるということで力が分散されます。具体的に言うのなら、車いすからベッドへ移乗するとき、自分の身体を一枚板と思い、一枚板全体に密着させるように身体をつけることにより、密着した部分に相手の体重がかかり、相手の体重が分散されるということですね。細かく言えば基底面積を大きく取るとか重心を同じ位置にするなどありますが、まずはこの3つを完璧にできるように練習するのがいいと思います。あと移乗技術に完成はありません。いつまでたっても未完成です。どういうことかというと、例えばAさんを車いすからベッドへ移乗しました。Aさんもとても楽に出来た感じでした。自分も身体に余計な力が入らずに上手く出来ました。これだと100点です。特に修正する必要もありません。でも、技術というのは日進月歩です。これで良いと思った瞬間に100点が0点になります。たとえ100点だったとしても、今よりもAさんがもっと楽に出来る方法は無いか、立ち上がる時のタイミングや声の掛け方に修正箇所は無いか?方向転換するときにもっとスムーズに出来る方法は無いか?Aさんの身体を支えている場所は適切かもっといい場所は無いか?など修正箇所は無いかという視点で自分の100点満点の移乗を見直すとけっこう修正箇所が出てくるものなんです。移乗で一番大切なことは、誰にも手伝ってもらわずに自分一人で立ち上がることが出来た錯覚させることです。その錯覚が自信となり、自信で出てくることによりやる気が出てきます。一人で立つことが出来ない人に立てれるという錯覚を起こさせるのは、事故のもとだという考えの方はいるかと思いますが、自信とやる気がどれだけ生きる希望となるか、とくに高齢者がどんどん出来ないことが増えていく自覚のある高齢者や認知症の方が、出来ることが増え、自信を持つことが事故のリスクをはるかに凌ぐ影響をもたらすのか分かっていないのだと思います。移乗が上手くいったなというのをどのように確認するかと言うと、利用者、介助される方も楽に無理なく立ち上がり、介護者、介助する方もとても楽だなと感じることが出来れば上手く出来たことになります。下手な人は、利用者、介助される方もぎこちなく、介護者、介助する方も大変で、腰が痛い!とか言います。介護者の方で腰が痛い!とコルセットを巻いている方がいましたら、自分は移乗が下手なんだと自覚して上達するように練習してください。コルセットを買って巻き付けるのも良いと思いますが、仕事が終わった後に毎日、腹筋と背筋をやって天然の筋肉コルセットを腰に巻き付けてください。移乗の技術を無限に向上させ、筋肉コルセットを巻き、それでも腰痛になるようでしたら、あなたにとって腰痛は職業病なんでしょうね。きっと。僕の動画は再生回数が少ないので批判はあまり来ないでしょうけど、多くの人に見られるようになった批難轟轟になるかと思いますが、でも実際に移乗が下手な人が努力もせず、考えもせずに介護の仕事しているから腰痛は職業病なんですーって言い訳しているんですよね。介護職にとって腰痛は職業病じゃありません。介護職にとって腰痛は怠慢病です。
2020年02月25日
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竹内孝仁先生が提唱している。水を飲むこと(1.5L~2L)運動すること(2kmの歩行)ご飯をしっかり食べる(タンパク質、ミネラル、食物繊維)便秘解消趣味活動(3つ以上)パワーリハビリの推奨竹内先生の提唱プラスアルファ項目筋肉トレーニング、柔軟体操、ストレッチ口腔ケア
2020年02月24日
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僕は1997年に介護の世界に飛び込みました。その時は高齢者というよりも障害者か障害児の支援をしたいと思っていました。2003年にあまりにも酷いグループに入社したことで、認知症ケアのプロになろうと決意しました。そうしているうちに認知症ケア学会との出会いがあり、入会をして学びをしていました。この学会が認知症ケア専門士の資格試験を創設するという話が出て、2005年に受験をして合格。その3年後上級専門士の試験があるのですが、この受験資格の要件が複雑で、上級試験を受けるための要件をしっかり聞かなきゃと思い、学会に電話しました。すると僕は、上級試験を受けるための必須の研修が受けていなかったんです。で、必須の研修がたまたま東京であるということで申し込み、認知症ケア上級専門士に合格しました。この時の必須の研修は第1回認知症ケア上級専門士の試験を受験するための最後の日程だったのです。もし、この研修を受けることが出来なければ受験資格がなく受けることが出来ませんでした。しかも、その後転職して職場が変わるのですが、その職場は事例検討するのに消極的な施設だったので、第1回の試験を逃したら今も、上級専門士になれていなかったかもしれません。上級専門士の要件に、事例発表もしくは学会誌、ケアジャーナルに自分のリーダーとしてやった事例研究が掲載されるというものがあり、このハードルが介護職はとても高いハードルとなっていました。理学療法士や作業療法士など療法士のかたは1:1ですが、介護はチームなのでチーム作りとチームメンバーを施設側がある程度協力してくれないと出来ないので。医者やナースは事例研究の素地と言うかベースがあるのでチームでも上手くいくのですが、介護職は事例研究の素地がほぼ無いといっていいので、それを作るとこからやるというのは物凄くエネルギーがいるわけです。こうやって2008年に認知症ケア上級専門士になれたのです。そしてこの資格が国家資格にするために学会が働きかけているということで、もし、認知症ケア上級専門士が国家資格として認められれば凄いことになりますよね。僕の未来を生きる体験編をまとめます。1、 認知症ケアのプロになると決意した。決意とは未来にアンテナを張る行為2、 認知症ケアのプロになる為の情報がやって来た。認知症ケア学会との出会い3、 資格試験の創設、認知症ケア専門士の合格。4、 受験要件を満たしていなかった僕に必要な時に必要な情報を与えてくれた。5、 認知症ケア上級専門士に合格。実践と知恵を備えたプロになれた。僕がいつでも未来を生きているわけではありません。迷い、ネガティブになり過去を生きることもあります。でも、未来を生きるんだ!と思っていると未来を生きることだ出来るように潜在意識が導いてくれるのです。
2020年02月23日
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僕の動画を見て、何の役にも立たないわ!と思う方が居るかもしれないと思い、抽象的なことや夢や理想が大切。未来を生きるなどの理念や考え方、マインドの話をする理由を説明します。認知症ケアは自分のマインド作りが一番重要だと考えるからです。マインドはどんな認知症の方でも、どんなBPSDが出ている時でも使えます。そのマインドや考え方が身についていれば、自然とこうすればいいと智慧が出てきます。で、それが思いつきのようなものだったとしても、その場所、その時間、その人の症状に一番合った最適な対応になっています。しかし個別的なケアの方法は使う時が限られていて、人が違う、年齢が違う、男女が違う、環境が違う。その違いによってケアの方法も違ってきます。普遍性を作るのが難しいのです。例えば、「朝が版食べていない」と言ってきた時に「もうすぐできますから、おせんべいでも食べていてください」と対応したとします。しかし、突然大声を出して殴りかかって来た時に「おせんべいでも食べますか?」と言っても、おそらくボコボコにされるでしょう。未来を生きるということで話せば、1時間後の未来に私は義母さんと笑いながら洗濯物を畳んでいる。そういうイメージをしたとします。それから1時間後、義母と笑いながら洗濯物を畳んでいたら、その未来が現実になった。未来を生きているということになります。そう、毎回毎度成功はしないかもしれないけど、だんだん成功率は上がっていくはずです。認知症を治す生活習慣で、①水を2L飲む。②2kmの歩行。③タンパク質、ミネラル、食物繊維の有る食事、④運動系と文科系の趣味を持つ。⑤筋トレとストレッチ、⑥口腔ケア6個の基本ケアを生活習慣にしよう、身体が覚えるまで意識しようと思い、まずは水を2L飲むことをマスターしようと、自分と義母が水を飲んで益々元気になっているイメージをして、生活をしていると、このタイミングで水分を渡すと飲んでくれる。この時は絶対に飲まないということが分かってきます。これは意識しないと見落としてしまいます。問題意識がなければスルーしていきます。6個の習慣を全て身体が覚えることが出来た時には、義母さんはめちゃ元気になっているはずです。なので、心構えやマインドが始めなんです。これ無しに技術的なケアを覚えても意味がありません。認知症ケアで最重要なマインドは「認知症は治る」と信じることです。
2020年02月22日
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前回の動画で認知症発症のキッカケを話しました。高齢者を対象にしています。じゃあ、若年性認知症の方はどうなんだ? 一緒なのか? と思われると思って若年性認知症について話したいと思います。このチャンネルの中に若年性認知症についての動画があります。日本全国で4万人弱いると言っています。で、若年性認知症になった経緯を認知症の研修で事例発表として聞いたり、知人の精神科のナースに聞いてみたり、本で読んでみたりなどをまとめると、若年性認知症は男性が多く、仕事への挫折がキッカケの方が多いように思いました。仕事が機械化になり、パソコンを使えないと役に立たないという感じになってきています。例えば、図面を書くのにキャドというソフトを使っているそうなんですが、そのソフトを使いこなせないとか。車のデザインなどもパソコンを使っていると思いますが、立体的になっていて、四方八方から見れて、色だってキーボードをポンって叩けば一瞬でどんな色にでも早変わり。あと、会議でも必要書類はみんなパソコンを使って作成します。ワードやエクセル、パワーポイントを使えないと仕事にならないという感じです。手書きでもっていくと、パソコンで打ち直せ!と怒られる。それですぐに対応できる人は良いのですが、対応できなかったり、対応が遅れると役立たずになって窓際族になってしまう。もちろん努力をしていないわけではなく、パソコン教室に通ったりしているのですが、ある程度マスターするのに一定の時間がかかりますし、パソコンアレルギーみたいなものがあると更に覚えるのに時間を要します。会社はその人がパソコン出来なくても、パソコンを出来る人材を配置すればいいだけなので、無情にも自分のポストが違う人に奪われてしまう。そのような挫折体験が認知症発症のキッカケになっているようです。もしかしたら認知症が先で認知症になっていて新しいことを覚えることが出来ないのかもしれません。症状が軽くで自分で気づかず、家族も気づかなかったという可能性もありますが、どちらにしても仕事上の挫折が何らかの影響を与えているのは間違いないと思います。挫折がキッカケということから若年性認知症の予防を考えると、大きな志を持つ。大志を持つことが大変重要だと思います。若年性認知症になる方は専門職が多いような気がします。単純作業の仕事をしている方ではなく、国家資格、または国家資格ではないけどそれと同等の力があるような資格のある方。そうだとするなら、その仕事が好きであったり、得意であったりしなければ、その仕事を続けるということはないと考えると、自分の小さな目標しか持っていなかった。と思えます。夢、理想、目標は決意表明みたいなものだと思うんです。自分は、こんな素晴らしい才能で多くの人を幸福にします。幸せにします。楽しい気持ちにします。ワクワクを提供します。目標が小さいく、自分の達成感を味わうくらいに留まるとすぐに達成して自分は凄いぞ!という私的自己満足で終わって、その後の目標がないと自分の進むべき道が分からずに道に迷ってしまう。それは人生に迷っているという状態なんだと思います。やはり公的自己満足というものがあるのか分かりませんが、公的な達成感を持つことが大切なんだと思います。公的自己満足を満たすためには、自分よりも他者を喜ばす、幸福に、幸せにするというキーワードが入ります。それと同時に私的自己満足も満たされる目標設定にしなければなりません。でなければ自分のモチベーションが上がりません。夢、理想、目標の中に情熱と使命感を入れることが出来れば、自分のやる気のモチベーションは右肩上がりです。私はこの使命を成し遂げるために、こんなスキルが必要だ!これを何としても身につけなければならないと、そのスキルが必要になるだいぶ前から気がつくことが出来るようになり、それに向けて十分な時間が取れ、それが必要な時に、使えるようになっている。夢や理想、目標は、未来を見ているので、未来に必要なものが見えるのです。だから準備が出来るのです。例えば僕は今年50歳。趣味の夢で恐縮ですが、100歳で毎日100キロ自転車で走る名物爺さんになるというものなんですが、自転車で100キロ100歳で走るとなれば、体力や体感のバランス感覚や柔軟性など鍛えて維持しておかなければならないものがあります。100歳で100キロ走るは私的自己満足です。これを公的自己満足にするには、自分の健康生活の仕方を体系化して、楽しく健康でいられる方法を話すことが出来れば、公的自己満足に繋がると思います。人に話すためには、理論と実践がいるので、ススポーツ学や栄養学、有酸素運動と無酸素運動の割合。生活習慣をどのように作るかなど、いろんな勉強をしなければなりません。それも毎日自転車で走ることをしながら。年をとればとるほど疲れやすくなるし、疲労回復も時間がかかるその中での勉強はとても大変だろうと思います。多くの人たちに共に健康生活を楽しもう!という公的自己満足の気持ちが強ければ強いほど、難しい勉強でもう無理だ!分からないから諦めようと思った時に、いやまだ行ける。頑張れる。自分は出来ると言い聞かせることが出来ると思うのです。夢や理想、目標が小さいとすぐに出来上がってしまい、道を見失ってしまいます。そうならずに生きるためにも、大きな夢、理想、目標を持つ。生きている間に達成できないかもしれないなーくらいの大きさが丁度良いのです。この夢の大きさ、シンクビックの考え方が挫折から若年性認知症になるのを救うカギになるのではないかと考えます。
2020年02月21日
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60歳のことを還暦と言います。干支十干・「甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸」十二支・「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」この十干と十二支の最小公倍数60なので還暦と言います。最近では小学校で10歳になる学年で1/2成人式をやります。還暦で一回りしたのだから、0歴ということで80歳⁺20成人式があっても良いのではないかと思います。これからの時代歳を重ねた、経験豊富な人間の人口が増えるのだから、歳を重ねれば重ねる程、年輪を刻むように、大木になって益々立派になっていく仕掛けをして、元気でいる事が楽しくなるような空気を作って行くのは大切だと思います。体力がなくなり、身体が思うように動かなくなり、物忘れが増え、いろいろ出来ないことが増えてきたなーなんて落ち込まずに、人生の知恵袋として、どっしりと優雅に自信を持って輝いていて欲しいと思います。1/2成人式と⁺20成人式と一緒にやればいいのに。と思ってしまいます。認知症が発症するキッカケは1、引越など環境の急激な変化2、子供たちが巣立ち、夫婦二人暮らし3、定年退職4、子供が生活の面倒を見て切れるようになった5、夫や妻の死発症するキッカケから考えると1、友達もおらず、出来ず家から出ることが減る2、共通の話題が子供だったため、二人で住んでいるのに一人暮らしのようになっている3、やることが無くなる4、やることが無くなる5、孤独になり耐えられない1~5を説明すると1、 社会参加が出来なくなった。田舎から都会に引っ越した場合、ご近所との付き合いの希薄さが、淋しさと恐怖から孤立させ、孤独になってしまう。自分は周りから必要とされていない人間だと思い込み、益々孤独になっていく。逆に都会から田舎に引っ越した場合、希薄なところからくると、ご近所の親切や心配が多干渉に思えてノイローゼになりそうになる。そして孤独になってしまう。2、 夫婦で家にいるのに会話もなく、独居状態になる。テレビが友達になる3、 仕事一筋で頑張って来た人ほど、定年退職後は認知症になりやすい。やることがないし、何をやっていいのか分からない。膨大なありあまる時間に潰される。4、 面倒見てくれるのはありがたいが、今までやっていた自分の仕事を役割を奪われることとなり膨大な有り余る時間に潰される。5、 悲しみから立ち直ることが出来ずにやる気をなくす。1~5全て心へのダメージがある。絶望や喪失感が作用して認知症が発症していることが分かります。引越をしなくても、歳が大きくなれば、周りでなくなる人も多くなるわけだから、友達が多い地元でも、友達が減っていくという現象が起きますので、いろいろなことに興味関心を持ち、孫ぐらいの年齢の人とでも話が出来るようにしておく準備をする。周りが多干渉に思えるなら、周りの人たちに感謝をして、その気持ちを受け入れる心の器を作ることが大切だと思います。やることがない、役割がないという喪失感については、働いている方なら定年になる10年位前から、定年後の準備をして、有給などを使って趣味活動をする。できれば、身体を使う運動や体操系と読書や生け花、お茶などの心を練るようなもの静と動の2種類の趣味と、夫婦二人で楽しめる趣味を仕込んでいくことも大切です。愛する人が亡くなることほど悲しいことはありません。でも、人間は死んでも生きています。あの世がありますから。現代の科学では解明されていませんが、宗教以外でも医者や経済学者などもあの世の世界を紹介しています。あの世があるかないかは死んでから分かりますので、あの世があると思って生きていた方が恐怖に囚われずに、安らぎに満たされ、安心して生きていくことが出来ます。実年齢に囚われず、常に若々しく、明るく生きて行く事が認知症にならない生き方だと思います。
2020年02月20日
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自分自身を愛すること前回LITTEL GLEE MONSTERの歌詞から物語を考えてみました。一つ目は自分自身を愛すること二つ目は夢が自分を育てることこんな内容でした。今回は自分自身を愛すること、愛について考えてみます。自己保身(じこほしん)意味自分自身の利益や身分などを守ること、を意味する表現。特に、社会的な地位や名誉や経済的な利権などに関した自分自身の利益を守る態度のことを指す。<実用日本語表現辞典より>自己犠牲(じこぎせい)意味自分を犠牲にして他のために尽くすこと。<三省堂大辞林第三版より> 「自分自身を愛すること」と「自己保身」がよく似ているかもしれません。自己保身は自分の利益や身分を守る行為です。自分を愛している。自分が好きだから出来る行為なのかもしれません。「自己保身」の対義語何だろうと調べてみましたが、無いそうです。しかし、こじつけるように無理矢理作るとしたら、【愛】がテーマなので、「自己犠牲」かなという気がします。自己犠牲自分はどうでもいい、自分のことは置いておいて、他者を助けたり、尽くしたりすること。自己犠牲といえば、キリスト教を作った、イエス・キリスト様ではないでしょうか。意味として考えると「自己保身」の方が自分を愛している感じがします。でも、実際に自己保身の塊ような人を思い浮かべてみると、自分を愛しているというより、自分の地位や経済的権利を得るために手段を選ばずに必死になっているという姿が思い浮かんでしまいます。自分の中の愛を守るというより、外的環境の事象に執着して、自分だけが利益を得ることが出来れば良い、他者なんて関係ないという態度です。そういう人の態度や行動を見ると短絡過ぎると思えて来ます。人と人の繋がりの中で出来上がっている社会の中で、余りにも自分だけ、自分100%いや1000%の利益を得ることが出来ればそれでいいという態度だと、最終的には孤立し、自分に利益が来なくなるという状況が出てくるのではないかと思えてたまらない。自己犠牲は、自分のことは良いから他者に利益をもたらす行為という風に言い方を変えると、なんか【愛】ぽくありませんか。自己保身は愛を他者から奪い取る行為自己犠牲は愛を他者に与える行為愛を与えられると感謝されるので、与えた時は傷を負うかもしれませんが、与えられた人たちが、傷を消毒し、薬を塗って、ガーゼを貼って治療してくれます。最終的には自己犠牲をした人は多くを与えられるという現象が起きてくるのではないかと想像します。こうしたことを前置きにして自分自身を愛することとはどういうことか。僕は生き方だと思います。どういうことかというと、自己犠牲は、自分はどうでもいい!から他者を助ける、尽くすという行為ですが、自分が破滅してもいいとは思っていない。破滅願望があるわけではないのです。自己犠牲で一番つらいことは、命を落とすかもしれない、死ぬかもしれないということですが、自分が死ぬために、誰かを助けたり、尽くしたりするわけじゃない。自分の行為が多くの人たちの幸福に寄与するか、社会愛に寄与するか、人類愛に寄与するかということだと思うんです。自分の命を、人生を、時間を多くの人幸福のために使いたいと思って生きている人、そのような生き方が、自分を愛しながら生きている、生活している人だと思います。自分を愛する人は常に未来を見ているんです。多くの人が愛にあふれ、幸福に生きること、生活するにはどうしたらいいのか?一秒後の未来、10分後の未来、1時間後の未来、明日の未来、1年後、10年後、100年後、千年後、46億年後の未来をも愛が溢れ、幸福の世界でありますようにと祈るような気持ちで未来を創造する。まさしく夢が自分を作っているという歌詞の通りだと思います。認知症になり、時間も場所、状況も理解不能になりどうしていいのか分からなくなって、不安のモンスターや怪獣になって襲ってきたら、深呼吸をしてください。息を吐きながら、不安が心から出て行く、息を吸いながら安らぎを吸い込んで、私は私を愛しています。愛に満たされる。と何度も深呼吸をしてください。認知症なんだからそんなこと忘れるよ!何言っての!と思われますよね。人間には身体で覚えてことはなかなか忘れない、身体が習慣化してしまっていることは、それが必要な状況になれば身体が勝手にやるんです。だから安心してください。(パンツ履いてます(笑))不安が過ってきたら深呼吸をする習慣を作ってください。ご家族の方一も緒に息を吐きながら、不安が出て行く、逃げて行く。息を吸いながら、私は私を愛しています。心が安らぎと愛に満たされるといってください。それも大声で。そういう小っ恥ずかしいこと何度かいうと笑えて来るんです。大人は。今日は以上です
2020年02月19日
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LITTLE GLEE MONSTERの5アルバム内 Love Yourselfを聞いて思ったこと君を閉じ込めていた世界それは君以外誰も壊せない君を誰より愛せる人は君だこんな歌詞がありました。認知症のあなたは、今の自分の現状が分からなくなり、心が不安で埋め尽くされ、外界への恐怖心が、外界への情報をシャットアウトし、自分を小さな世界に閉じ込め、そこで目を瞑り、耳を塞ぎ、震えている。そんな認知症のあなたを私はあなたを愛しています。あなたの全てを愛しています。あなたの全てを受け入れます。震えている認知症のあなたの横に座り、背中をさすって、恐怖心が過ぎ去るのを待続ける。ふと、認知症のあなたは少し顔を上げると、私に微笑みかける。私は、認知症のあなたに「あなた自身を誰より愛せるのはあなたです。自分自身を愛しなさい」と言いました。認知症のあなたは目を開き、顔を上げて、口に手を当てて「私は私を愛します」と大声で叫びました。その瞬間不安の世界は崩れ去り太陽の光があふれ出す世界に飛び出しました。眩しい世界が待っていてくれたのです。認知症のあなたは太陽の光を反射してキラキラ輝くのです。私はあなたの認知症が治ったと確信しました。すると私もあなたのキラキラで一緒に輝きました。心で君が夢を作り出しているわけじゃないいつでも夢が君を作り出しているのさこんな歌詞がありました。オレは夢なんてない。そんなことを言いながらオレは思った。もっと金があれば、もっとかっこよければとささやかな希望を持っていることに苦笑した。オレは認知症と診断された夢も希望も持っている意味がない。夢を持っていたって、すぐに忘れてしまう。そんなオレには夢を持つ価値も抱く価値もない。ハッキリって社会のお荷物、社会のクズだ。死んで屑籠に入ればいい。そんなことをブツブツ呟いていたら、実家に遊びに来ていた愛娘が「お父さんは大ぼら吹きだったよね。私は世界一美人だとか、オレはビルゲイツより金を持っているとか、オレは寝るとウルトラマンに変身する。だから3分寝れば疲れが回復する。」とか言って昼夜問わず寝ずに働いて、身体壊して、果ては認知症になって馬鹿じゃないの?」「そうだオレ馬鹿だ。認知症だしな」「でも、そんな大ぼら吹きながら笑って私をポジティブに夢を持つことの大切さを教えてくれた。私気がついた。夢が私を育ててくれた。夢が膨らめば膨らむほど、大きな世界に夢が私を連れていってくれた。父さんもあの頃のように大ぼら吹いてよ。その大ぼらを夢にして。そうしたらそのシンクビッグの夢が父さんを認知症の世界から、違う世界に連れていってくれる。違う地平を見せてくれる。認知症は治るから」こんな二つの物語が思い浮かんできました。自分自身を愛すること、夢が自分を創造すること。愛と創造が自分自身を変え、心を変え、現実世界を変え、病気さえも治してしまう。人間の可能性は、こんな小さな身体に収まるようなものではないぞ!と教えてもらった気がする。心に希望を持ち、ポジティブにシンクビックに生き、水、食事、運動、趣味、仕事(社会の役に立つ、生き甲斐活動)の肉体のケアもしっかりやる。それで認知症は怖くない。ありがとうLITTLE GLEE MONSTER https://www.amazon.co.jp/s?k=little+glee+monster%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%A0&hvadid=337069333874&hvdev=c&jp-ad-ap=0&tag=yahhyd-22&ref=pd_sl_2pmuubwgj9_b
2020年02月18日
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これは介護保険法で定められていることです。介護保険のことが話題になっても、この文面が表に出ているのを見たことが無い。たぶん、みなさんそうなの?というだろうと思いこれをテーマにしようと思いました。しかし、介護保険が施行された2000年に介護予防という概念はありませんでした。介護サービスのところでは綿密に考えられていたと思いますが、予防のところのは隙だらけだったということです。もしかしたら、ケアマネに委ねていたのかもしれません。ケアマネの仕事で、新たな介護サービスの創造だったと思いますが、ケアマネが利用者の一番近くにいる存在なのだから、利用者を支えるインフォーマルサービスを考えていけ!というメッセージだったのかもしれません。ケアマネの仕事は多岐にわたり、膨大な仕事やっているのに、金にならないそんな、新たな介護サービスを考えることなんてするわけがない。というより、そんなことを考える余裕がありません。僕もケアマネの資格を持っています。業務を一度もやったことにないペーパーケアマネです。僕が起業してやろうとしている仕事は、介護保険外認知症ケア訪問介護と認知症就労支援です。よく考えると新しい介護サービスを創造してるしてるじゃんと思ったりします。この際なのでCM入れちゃいます。みんなのえがお商会の認知症ケア訪問介護サービスは、認知症を治す、あるいは改善させる生活習慣を構築するサービスです。で、認知症が治り、改善したら、その生活習慣を長く続けていくための次なるサービスとして、就労支援で働いてもらう。生涯現役で働いてもらう。認知症にもならず、元気でお金を稼いで老後も安泰。豊かで充実した生活が享受できるというサービスなんですね。前回特養は要介護度でなければ入所できないといいましたが、終の棲家という副タイトルみたいなものがあるので、元気になって退所するということを想定している職員が居ない、施設も考えていない。口悪く言えば、退所させる気が無いから、入居者も元気にならないということですよね。元気になって退所することが出来ないと施設長から末端の職員まで全員思っていたら、元気になる介護を提供できるはずがないからです。元気になる介護サービスが目の前にあっても、それに気づくことが出来ないからです。やはりどんなことでもそうですが、自分が思っている夢や目標設定以上に大きくならない。例えば貯金を10万円貯めるという目標を掲げて貯金をしていたら、10万円たまった時点で使ってしまう。10%や20%くらいは増える可能性はありますが、10万円という目標設定を変えない限り10万円を大きく超える貯金は出来ないと思います。違う例えで言えば、東大に入学するのが目標で、東大に入学したら燃え尽き症候群になってしまう人なんて、まさしく入学後の目標が無いためにそれで満足してしまい燃え尽きてしまったということでしょう。このように自分が思っている以上、想定している以上の大きな成果はないとうことです。特養は終の棲家だから特養から元気になって退所する人なんてあるわけない。そんなに元気になるわけがないと思って、信じて自分たちの介護のレベルはその程度だと思っている人達ばかりであるということだと思うのです。そしてもう一つ問題なのが、介護予防の概念が2000年の時になかったように、終の棲家なのに追い出されてしまったら、行くところが無いという状態になるんです。特養から対処してフォローするシステム、バックアップするシステムが無いのです。みんなのえがお商会は、就労支援としてフォローして、企業努力をして会社を大きくして社員寮を造ることが出来たら、高い施設に入らなくていいし、家族と一緒に生活できるから素敵な社会が出来ると思っています。夢が広がります。
2020年02月17日
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特別養護老人ホームは終の棲家という表現をされていますが、厳密に言うと終の棲家ではありません。介護保険には居宅サービスと施設サービスがあって、特養は施設サービスなので、要介護度1から5までの人しか入所できません。最近では国の方針で、実質要介護度3以上じゃないと受け入れてもらえません。ハードの違いもありまして、従来型(2003年4月以前に建てた特養で、多床部屋がある)とユニット型(すべての部屋が個室)あります。特養での生活ですが、たいていの施設が日課みたいなものがありまして、その日課に業務を当てはめる形で生活サービスをやっているという感じです。施設サービスを提供した居たものとして、言えることは、特養にしろ老健にしろグループホームでも自由がないというのが厳しい現状ですよね。2015年くらいからだと思いますが、入所してもその人の生活習慣を変えなくても良いようにしていきましょうと謳ってはいます。現実出来るはずがないです。例えば、毎朝4時に起きて1時間くらい散歩の習慣がある人が入所してきても、それに対応できることなんてできません。一人で行って来てくださいなんて絶対に言わないです。事故になったら困るのは施設なので。自己保身が働きますから。一人で外に散歩にも行けない。食事、掃除などは施設が提供するからお金がいらない。お金を持っていても使うところが無いから、お金を持たない。持たせない。毎日買い物に行きたいといって、毎日買い物に行けるかと言えば行けないし、仮に行けたとしても、その人ばっかりという嫉妬心とみんなを平等にしなきゃいけないという変な感覚でやらない。ケアプランというものがありますが、それは個別支援計画です。その人だけの個別の計画なので、ケアプランに買い物を入れればいいだけの事。ケアプランを実行して、実践して介護保険は収入を得ることが出来るのだから、でもケアプランはクダラナイ個別計画に終始しています。とてもいいプランを作るところはありますけど。施設サービスはケアプランで差別化をつけるべきです。以前研修に行った時に話してくれた講師は特養の方でした。その特養は日課を撤廃した状態で開所しました。目覚めた時が朝眠くなったら夜お腹が空いたらご飯時というような感じで完全個別サービスを展開している特養でした。その施設のケアをさざ波式といって、4,5人同じ時間に起きてくるので、大抵寝起きはトイレに行くので、トイレ誘導、朝食、トイレ誘導みたいな一連の流れが終わった時に、第2波がきて、第3波が来てと、とてもやりやすいと言っていました。そんな施設が多くできれば素晴らしいと思います。ふと施設サービス(特養や老健)の事を考えていたらこれは管理社会の縮図だと思いました。管理社会というか監視社会である現在の中国習近平政権の限られた自由しか与えられていない監視社会の縮図だと思いました。自由に外に出歩くことが出来ない。どこかへふらっと歩いて行くと、いつまででもついてくる。トイレにもついてきて終わるのを待ち構えて、チラチラ覗く。寝る時間、起きる時間、食事の時間は決められている。おやつなども自分の自由に食べることは出来ず、自分で管理させてくれずに、取り上げられて、職員の許可がなければ食べれない。風呂は入る日が決められていて、それ以外に入ることはほぼ許されない。これが中国共産党の管理社会、監視社会と体制がそっくりじゃないですか。で、施設の自治形態は社会主義。これでは本当の意味での自立支援なんて出来ないですよね。僕は介護保険外で自分も仕事上の拘束なく、利用者様も自由闊達な生活を謳歌できるように努力していきます。ご視聴ありがとうございました。
2020年02月16日
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介護の力でみんなをえがおにみんなのえがおチャンネル。原田範如です。よろしくお願いします。今日はここが変だよ介護保険ということで介護保険の話をしたいと思います。これを見てください。要支援と要介護の支給限度額の上限です。要支援1が一番低くて要介護5が一番多い。要介護5が介護サービスをたくさん使えるということです。それはみなさん分かっていると思うのですが、これを施設側、事業者側から見ると要支援1が施設に入ってくるお金が少ない、要介護5が施設に入ってくるお金が多いという構図になります。要介護だけで見てみても、要介護1は16万円。要介護5は36万円と20万円の差があります。そうすると施設としては、要介護5の利用者をたくさん受け入れた方が儲かるわけです。僕たちの介護の仕事は利用者様の自立支援です。自立支援ということは一人で出来ることが多くなっていくということです。そうすれ当然要介護度も下がっていきます。施設としては職員研修や勉強会などをやり介護技術の向上に力を入れて利用者様のために努力をする。職員ももっと利用者様のために頑張る。その努力と頑張った結果、要介護5だったのが3になり、3が2になり1になり、要支援2になり要支援1になり自立になったとします。頑張りに頑張った結果施設は収入がどんどん減っていく。例えばデイサービスだと、これだけの広さに対して、人数が決まっています。職員の人数も決められています。収入が減ったうえに、経費削減が出来ない。かといって介護保険のデイサービスの値段をこちらで勝手に変更することも出来ない。こんなおかしな商売って無いと思います。極端な話定員10人のデイサービスで、全員要介護度5の利用者と全員要介護度1の利用者だったら1日の差額200万円です。定休日のないデイサービスだと1ヶ月差額が6000万円です。ずるい事業者は要介護が下がるのは良しとせずに、今のままの要介護度を維持するように指示したくなります。不正ではあるけど、加齢という言葉をつければ、丸く収まります。もともと民間が入ることによって企業間で競争することで介護の質が無限に上がっていくというのを想定していたはずです。しかし、サービスの価格が自由にできない時点で、そもそも競争が成り立たない。この店で買うか買わないかを決める決め手は価格が大きく左右するからです。みんな同じ値段だと、差別化を分かりやすく宣伝できません。認知症ケアのプロが居ますといっても、サービスを体験して初めて分かるもの。頑張って、努力して収入が減るなら頑張らない方がいいということになります。頑張らずに適当にやっても最終的には加齢ですからで通ってしまう。介護保険は働く人を腐らせる、やる気をなくすシステムであることが分かるんです。頑張った分だけ収入に跳ね返ってくるシステムを作れないものかと思います。
2020年02月15日
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前回の動画で自分を許すという話をしましたが、少し補足。許すのと自分を甘やかすのとは違いますので勘違いをしないようにしてくださいね。今回は20年ほど前になりますが介護の研修に行った時のことです。講師がもし、あなた方の施設に殺人歴のある方が入所してきたら偏見なく介護できますか?と質問してきました。この質問をふと思い出して、答えを考えることがありますが、なかなか答えが出ません。偏見、色眼鏡てみてしまう可能性が大きいと思う。もしかしたら、そんな人を入所させるのをやめよう!と言ってしまうかもしれない。自分が殺されるかもしれない、他の利用者が殺されるかもしれないと考えると恐怖心が出てきます。「罪を憎んで人を憎まず」の精神で介護が出来るのだろうか?この言葉は性善説から来ていると思います。もともと人間は善なる存在であるという価値観ですね。この善は、人間は神仏から分かれてきた存在なので善であるという価値観だと思うのです。人間の心の中にある神性あるいは仏性。神仏と同じ性質が心にあるという価値観です。自分の中にも、相手の中にも神性、仏性があるのだと信じることが出来れば、恐怖心は恐れるに足らずです。相手の中の神があるなら、介護することが相手の中に隠れている神を探していることになります。かくれんぼで、隠れている友達を探し当てるように、相手の心の中にある神性、仏性を探し出していく。これこそ介護だ!と言いたくなりませんか?ナイチンゲールは、敵味方関係なくクリミア戦争の時に献身的に看病しました。身体が傷ついた人達に包帯を巻いたり、傷に薬を塗ったりする肉体的治療よりもナイチンゲールが傷つた人たちの心から神性を見つけ、その神性に祈りという手段で希望を与え、言葉という手段を使って安らぎを与えたから白衣の天使と呼ばれるようになったのだと思います。(僕の感想です)殺人を犯した人でも必ず神性はある。神と同じ性質を見つけ出し、そこに祈り、積極的な明るい言葉をかけながら、神性を目覚めさせていくアプローチをしたら、その方は自分らしく生活して行く事が出来ると思います。過去を見て恐怖するより、未来を見て希望を持とう!未来の可能性は無限大、どのようにも変えて行ける。僕は愛が溢れる世界に未来をしたいと思っています。これが結論になっているか分かりませんがこれで今日は終わります。
2020年02月14日
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許すこと。許すとは、認知症の方本人を許すという意味ではありません。自分を許すことです。介護している中で色々な葛藤が出てきて、認知症の方に大声を出してしまったり、冷たくしてしまったり、優しく出来なかったりと、後で後悔することがありませんか?なんであんなこと言ったんだろう? なんでもっと優しくできないのだろう?そうやって自分を責めていませんか?自分を許してあげると他者に優しくなれるのです。自分を責めたところで状況は何も変わりません。でも自分自身を許すことによって、認知症の方本人を救うことになります。認知症の方は全てお見通しです。全部分かっています。そして、ご家族や介護者が後悔しているように、認知所の方も後悔して自分を責めています。あんなことするつもりじゃなかった。あんなことを言うつもりじゃなった。暴力を振るう気なんてなかった。本当に申し訳ない。ごめんなさい。と心で涙を流しています。介護者自信が自分を許すと、心が感謝の念(おも)いで包まれるのです。心が感謝で満たされるのです。その感謝の心は、太陽のように光を放っていて、 認知症の方の葛藤や自分を責める心をも優しく癒してくれるのです。そして認知症の方の心も感謝で満たされてしまうのです。でも、日常生活で忙しく生活していると自分を責めてしまうので、また許すのです。自分を許すのは勇気がいります。だって逃げているんじゃないかと思うからです。許しているのか逃げているのかはすぐに分かります。許していれば感謝で心が満たされます。幸せな感じがします。逃げていれば、後ろめたさと自分は卑怯だなという罪悪感が心を満たします。許すことは自分を愛すること、自分を愛することが出来れば他者を真の意味で愛することが出来る。この愛の心が認知症の方に絶大な安心感をもたらし、認知症を治癒に誘うのです。
2020年02月13日
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はらだのりゆきの介護の定義その人に寄り添って、その人の人生を共に創造していく事
2020年02月12日
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例えば拘束の代替えケアをする会議をする場合、拘束ありきという価値観の人とどうしたら拘束をしなくていいかの価値観のぶつかり合いが多かったと思います。拘束ありきは拘束しかないという価値観。しかし、どうしたら拘束をしなくてすむかを考える価値観は、可能性が無限大で、介護技術が無限に向上する価値観。
2020年02月11日
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すでに絶版になっています。
2020年02月10日
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今日は満月ですね。綺麗な満月です。少しボケてしまいましたが満月には願いを叶える不思議な力があると言われています。みなさんの願いが叶うと良いです。僕が願うこととしたら、全ての認知症の方本人、ご家族が幸せになる事です。
2020年02月09日
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軍人さんで、暴力行為のある方の話
2020年02月08日
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認知症の方が居る世界が真実で、事実なのです。相手の世界に入ってケアをするのが一番うまくいく。
2020年02月07日
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2020年02月06日
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若年性認知症の就労支援のお店を立ち上げるぞ!!カフェならラテアートやらなきゃそうそう松田聖子や荻野目洋子、浅香唯、早見優、松本伊代、おニャン子クラブは僕が18歳ではなく、子供の頃です。米米CLUBやBaBe、小沢健二、とかかな18歳くらいは。
2020年02月05日
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記憶は脳と密接な関係にあります。脳が原因ではない認知症は記憶に起因していないと言えるのではないでしょうか?記憶に起因していないのなら、長谷川式認知症スケールはまったく無駄な検査だということです。
2020年02月04日
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不安の軽減を第一に考えてケアしよう
2020年02月02日
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