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悪い事や不幸なことは起きると、環境のせいにしたり他者のせいにしてしまうことが多いです。僕自身も知らず知らずのうちに、環境や他者のせいにして、責任を回避しているぞ!ズルイ心があるぞ!と反省することがあります。施設で誤薬の事故があったとします。字が読みずらかった。他の職員から手渡されたとか責任回避する言い訳は出来ると思いますが、それでは、次につなげることは出来ないです。自分の至らなかったことは何なのか。自分が反省すべき点、改善すべき点を考えて、情報を共有する。自分のミスをさらすのは、恥をさらすようなものですが、同じミスは自分もしない、他の職員にもさせないという気持ちで勇気をもって行動していきましょう。
2020年05月31日
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不平不満を多く言う方々は、考える習慣が無い方が多いように見受けられます。見ようによっては不平不満ばかりの世界です。不平不満の種を見つけようと思えば無限に見つかります。でもそこには発展はなく、嫉妬や妬みがあるだけです。嫉妬や妬みは下に引き摺り下ろす行為です。そこに明るい未来はありません。一時的な感情で不平不満を捉えるだけでなく、その不平不満が自分を成長させるものに使えないか、組織やグループを発展させられるものに使えないか、会社を繁栄させられるものにつかえないかと考え続ける習慣を持つことが大切だと思います。それは常に未来の危機を考えて、それの備えを考え続けていることになります。考え続けることによってアイデアが浮かんできます。仏教では深く考え続けることを「思慧」といいます。
2020年05月30日
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社長にしても従業員にしてもなんだかんだで不平不満が出てきます。不平不満があるということは、まだ完全ではない。出来上がっていない。成長期であるということです。会社内の不満が、サービス向上へのキッカケになり、利用者の満足度を上げ、社会貢献に寄与することになれば、その会社は発展繁栄し、売り上げは上がり、従業員の給料が上がっていきます。会社の社会的信用もうなぎ上りになります。不平不満が全て発展のキッカケにならないとは思いますが、捉え方を変えることで、現状を変えることは出来ます。現状が変われば、違う展開が起きてくるかもしれません。個人にしろ組織にしろ、転んでもただでは起きないぞ。自分が、会社が智慧を獲得して、未来に繋げるんだという意地を持って観の転換を考え続けることが大切だと思います。
2020年05月29日
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会社で働いていると、不満が出てきます。それ自体は悪い事だとは思いません。その不満を改善すれば、サービスの向上につながる可能性があるからです。しかし、不満ばかり言っているのは、賢い選択とはいえません。不満を言った後に、このように改善して欲しい!と意見を言う。こちらのやり方の方が利用者にとっても職員にとっても利益がある。Winwinの関係になると、意見、改善提案をプレゼンしていくのがいいと思います。その提案を受け入れてくれるかくれないかは上の判断になりますが、少なくとも提案をすることにより、判断する選択肢が増えることになります。しっかりとした理由付けがあれば、今すぐには出来ないとしても、数年後にはそこまで持っていけるようにしよう。少しずつ改革をしていこうとなるかもしれません。不満を不満で終らせて愚痴るだけでは、何も変わりません。
2020年05月28日
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人間には魂の記憶があると言われています。それをアーカーシャの記憶と言います。人間は生まれつき身についているものがあります。絵が上手だったり、歌が上手かったりと、もちろん、それを職業にして金を稼ぐ手段にするためには、天性の輝くスキルを更に磨きをかけなければいけないと思いますが、その天性のものは、過去の転生で何度も何度も磨いてきた魂の記憶が今世に現れてきているからだそうです。天性のスキルで過去の転生において人々に愛と喜びを与えてきた記憶と考えられるので、天性のスキルはその人にとって喜びや幸福の源泉であると思います。天性のスキル、得意分野を使い、人の役に立つ仕事、感謝してもらえるような仕事をしてもらう為の支援をしていく。それにより認知症と魂が癒されると思います。アカシックレコードを知りたい方https://ja.wikipedia.org/wiki/アカシックレコード
2020年05月27日
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体で覚えた記憶のことで、自転車に乗るとか車の運転などです。この手続き記憶を利用することにより、その人の自信回復を図ることが可能です。その人がどのような手続き記憶を持ち、それをどのように使用したら認知症ケアに役立つのかを考えなければなりません。それには生活歴や仕事歴を調べなければなりません。その生活で行ってきたもの、仕事をしてきたものが、嫌で嫌で仕方なく早く辞めたい。こんな仕事自分の人生の汚点だ!と思っているとしたら、その手続き記憶を使って認知症ケアをするのは難しいと思います。認知症状を悪化させてしまう恐れがあるからです。何でもかんでも良い効果が出るとは限らないので、一つの手続き記憶を利用する前に、シミュレーションをしてどんな効果が期待できるのかを予測することも大切です。
2020年05月26日
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着替えは認知症の見当識に影響を与えると言われています。着替えにより朝か夜かが見当がつくということです。認知症で朝か昼か夜か分からない人が、何故着替えして時間の見当つくのかと言えば、それは認知症になる前に朝、普段着に着替え、夜、パジャマに着替えていた習慣があったからです。極端なこというと夜の仕事していて、朝、パジャマに着替え、夜、普段着に着替えていた習慣の人に、パジャマから普段着に着替えたらその人は夜と認識するということです。その人の生活習慣が大きく影響しているので、生活スタイルをしっかり調べたうえで着替えをすることで、着替えの効果が発揮され、認知症の方の混乱を少しばかり緩和することが出来ます。#着替えは見当識に影響を与えている#生活スタイルが大きな影響を与える#生活習慣を調べることで大きな効果が期待できる
2020年05月25日
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自分への自己信頼が無いとなにをやっても自信がわきません。オドオドした感じになってしまいます。自己信頼と天狗になることは似ていますが全く違います。天狗は努力をしません。自己信頼作るには常に学び、スキルアップをする努力をし、日々更新しています。オドオドした感じで自信なさげだと「この人大丈夫か?」とサービスを受ける側に不信感を与えてしまいます。逆に自己信頼を積みあがている人は、サービスを受ける側を信用させて、尚且つ相手も自己信頼を強くさせてしまう魔法をかけてしまいます。
2020年05月24日
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目に見えない効果がないと、どうしても無力感が出てきます。でも、そんなに都合よく目に見える効果が出てくるわけではありません。認知症が重くなる過程でも、ほとんど気がつかず目に見えない小さな混乱が積もり積もって、「最近様子がおかしい」と気がつくもの。改善し、治っていく過程も目に見えない希望が積み重なって「最近顔つきが明るくなった」という目に見える効果が出てくるものです。真に自分の力を信じることが出来なければ、相手の潜在的な力を信じることが出来ません。力は信じることによって大きくなります。信じる力が強ければ、強いほどそのエネルギーが大きくなり、影響力を増していくものです。
2020年05月23日
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認知症は治らない!改善もしない!何をやっても無駄だ!という気持ちが出てくることがあります。一生懸命勉強して、スキルを磨いても一向に良い方向へ行かない。認知症は重くなり、混乱は酷くなるばかり。それでも必ず良くなる。改善する。治る。自分のやっていることは何らかの影響を与えていると信じること。もちろんアプローチの方法を工夫するなどの反省はいるかもしれません。しかし自分のやってきたことが全て無意味だと諦めてしまうその心が、積み上げてきたものを崩してしまうのです。目に見えない効果が目に見える効果に変わるまでにはそれなりに時間がいります。それまでは諦めずに、自分を信じて、学び、スキルアップしながら耐えることが必要です。
2020年05月22日
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食事が摂れず、水を飲めなくなったら、あの世へ行くのが早いです。本当に早いと3日くらいで旅立ってしまいます。何かを食べると咽て食事を摂れない人が、大好物のうなぎは咽ることなく召し上がったと聞いたことがあります。自分の好きな物には興味を示す時があります。全ての身体機能は、自分の念(おも)いによって変えられるのではないかと思うのです。大好物で身体の機能が一時的、一瞬でも普通になるという奇跡が起きたのなら、この奇跡を梃子にして、廃用性症候群から脱出する方法が無いか考えることが必要です。最終的に亡くなってしまったとしても、絶望して亡くなるか、希望を持って亡くなるかでは、本人にとっても、家族にとっても全く意味が違ってきます。
2020年05月21日
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廃用性症候群になっている状態は、人生に絶望しているので、希望を与えないとどうにもなりません。このような方に希望を感じてもらうには、生きていて良かったなと実感してもらうこと。「早ようございます」などの挨拶から始め、スマホの写真を見せながら「今はこんな綺麗な花が咲いているんですよ」と話しかける。私はあなたに関心があるとを態度で示す。きっと反応が無いか薄いかのどちらかが多いと思います。自分の実践していることは相手の心に希望の栄養を与えていると信じることが大切です。どんな時も希望を持って接し、相手の絶望を希望に変えてしまいましょう。
2020年05月20日
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介護の現場で働いていると、廃用性症候群になる方がいます。これは、精神、身体機能が著しく低下していく病気です。身体が弱くなり、いろんなことが出来なくなっていく自分にもう死んだ方が良いと、真剣に思うようになる。そうすると、身体が意思を持っているからのように、全細胞が意思を持っているかのように死へと走り出していく感じがします。本人は身体が動かなくなり、生きる希望も失い、絶望して生きる気力が低減するから食事をしてはムセ。水を飲んでもムセてしまう。希望を持ってもらう方法はなんだろうと日々考えています。
2020年05月19日
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感謝してもらうのが目的で仕事はしていませんが、感謝してもらうことが出来なければその仕事は先細りするばかりだと思います。自然と感謝されるような仕事をしなければなりません。介護の仕事は自立支援。自立には、自分で立つ「自立」と自分を律する「自律」があります。自分で立つ自立はどちらかと言うと生活(日常生活動作や家事などの手段的日常生活動作)の自立、経済的な自立。自分を律する「自律」は心の自律、生き方の自律になるかと思います。この2つの自立支援をしていくことで、利用者はポジティブシンキングで自分のできるところに目をやり、自分の心を律することで、出来ないところに執着せずに、見栄の欲を断ち切り爽やかに生きていくことが出来ると思います。こんな支援をすることで自然と感謝されるようになると思います。
2020年05月18日
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介護士が付き添えば転倒のリスクを低く出来るのに、100%歩けなくなる、介護士が責任を取らないという安全安心のリスク0を取る施設の実に多い事。だから介護技術も向上しない。介護技術が向上しなければ、介護の質も上がらない。プロの介護士がアマの家族介護者と同じもしくはそれよりも低い介護を提供している。それでは介護士は尊敬されない。感謝されない。給料も上がらない。社会的地位も上がらない。そんな介護士はいらないと、最終的にはここまで来てしまう。そんなリスクを考えてしまいました。ハイリスクを取ってその中で技術に磨きをかけるから、真剣に、前向きに、慎重に、真に安全に介護に向き合うのだと思う。
2020年05月17日
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転倒しやすい利用者様に転倒というリスクを負わすか、それとも安全という安心を与えるかということを調整するのがリスクマネジメントの仕事。歩いてもらうには介助がいります。転んだら歩けなくなる可能性は高いです。車いす生活では100%歩けなくなります。この時どうやってリスクを分散させるかです。リスク0は車いす生活。これはマネジメントとはいいません。毎日歩く機会を作ることにより、確実に歩行能力を向上させ、転倒のリスクを低くしていく。生活行動を把握して環境整備をし、動線を確保する。1日の中でふらつくときはどんな時か観察して情報を共有する。私たちが守るから安心してくださいと、絆や信頼関係を構築する。そうすることでリスクは限りなく小さく分散されます。
2020年05月16日
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ヒヤリハットに気がつくことで未然に事故を防ぐことが出来るというのは周知の通りですが、例えば高齢者にとって転倒というのは下手をすると死亡事故につながる可能性があります。しかし、転倒をさせない為に、歩かず車いすに乗るようになってしまったら、介護者は自由に利用者を動かせますが、利用者の自由は制限されます。ヒヤリハットはあくまで危険を予知して、利用者の自由を拡大するために使わなければなりません。自己保身に走らず、利用者の人生を豊かにするために、ヒヤリハットの智慧を使わなければいけないと思います。
2020年05月15日
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フリーページのみんなのえがお商会サービス一覧にメール、電話番号記載されています。
2020年05月15日
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BPSDを周辺症状とも言います。中核症状というのが別にあり、それは委縮した脳のことを言います。委縮した脳は元通りにならないので認知症は治らないと言われています。しかし、認知症は脳の病気ではなく、精神疾患なので周辺症状、BPSDが消失した時点で認知症は治ったことになります。そういうことなので中核症状は存在しません。認知症にならない、治る生活習慣を作って欲しいです。一番重要なのは飲水です。味噌汁やジュース、嗜好品を含む水分を1日2L飲む。この習慣をまず作ってください。
2020年05月14日
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BPSDが分かりませんとコメントがあったので、簡単に説明します。英語の表記では「Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia」の頭文字をとってBPSDです。何度聞いても英語で言えません(笑)日本語だと認知症における行動・心理症状です。昔は問題行動と言われていました。しかし、問題行動というのは、介護者側からの意見だと言われBPSDになりました。放尿や歩きなれた道で迷う。異食行為、暴力行為などがBPSDです。僕はBPSDを無くすために生活習慣を作っていきましょうと言っています。認知症は治り、認知症ではない方は予防になります。
2020年05月13日
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利用者が立位介助をする時、立ち上がれなかったとします。その時、立ち上がれない理由を科学的根拠に基づいて説明できる人が。この人立ち上がれないです。と言って来た職員に変わって立位介助すると、何の問題もなく立ち上がれることがあります。それは、手すりとの距離とか、軸足が滑っていかないようにするとか、足が床に着いていない。逆に浅く座りすぎる。など、何が原因で立ち上がれないのかを分析できていないのです。分析できていて立位が出来ない場合、立ち上がりのメカニズムの知識が乏しい。分析能力と知識があってエビデンスが成り立つのだと思います。常に学ぶ姿勢と分析能力に磨きをかけていかなければ、質の高いケアは提供できません。
2020年05月12日
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介護の世界はエビデンスの意識が薄いように思えます。たぶん、利用者に寄り添うという立場がエビデンスの真逆にあると思っている方が多いのかもしれません。ケアアプローチとして、白黒ハッキリさせると利用者の葛藤や悩みをスパッと切り捨てる。割り切ってしまうと冷たい感じになってしまいます。葛藤や悩みを共に考え、悩みその人が答えを導き出せるようにするにはこちらが答えを出さない。例えその方が最善の選択をしなかったとしても、一度はその決定を受け入れるということをします。そのアプローチの仕方にエビデンスが不要だったとしても、大きな方向性として、こちらの道に行きますという、行き方、道筋を組み立てる時にエビデンスを使って導いていく。介護にもエビデンスは必要不可欠な考え方です。
2020年05月11日
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エビデンスとは科学的根拠があるか。という意味ですが、もっと簡単に言うとしたら、原因と結果の法則です。認知症は脳の病気ではないというのも、その原因は全て脳に結びつかないからです。認知症のBPSDが出た時、例えば徘徊時、徘徊の原因の仮説を立ててその仮説が実証できるか実験する。その繰り返しをやり徘徊の原因を突き止めていく。もしかしたら家に帰るという徘徊とトイレを探している徘徊では行動が違うかもしれません。仮説→実験(ケアアプローチ)→BPSD消失、BPSD悪化。悪化なら仮説からやり直しです。質の向上という観点で考えると、BPSD消失しても、認知症の方が今よりも元気になるにはという視点で仮説→実験を続けていくことが大切です。
2020年05月10日
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『発展思考』という本があります。その中に理想像から見て計画を立てることを教えてくれています。例えばメジャーリーガーになりたい子供がいたとします。その子供がメジャーリーガーになって活躍している。そこが出発点で計画を立ていく。そして、今、何をしなければいけないのかを考えて、実行、実践していくという考え方です。認知症ケアも理想像や夢があり。その理想像や夢から出発して、今、何をしなければいけないかを考える。時々理想を語るとそれは理想論だよね。と揶揄されることがあります。それでも理想論を貫き、質の高いケアを実現していけるように情熱を燃やしていかなければならないと思います。発展思考(電子書籍版) 楽天市場https://books.rakuten.co.jp/rk/603f487a98d6306582fd002b8220bf79/アマゾン(電子書籍)https://www.amazon.co.jp/発展思考〔改訂版〕-無限の富をあなたに-大川隆法-ebook/dp/B015QPK6AM単行本https://www.amazon.co.jp/発展思考-books-大川-隆法/dp/4863951663/ref=tmm_hrd_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=
2020年05月09日
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以前、パーソンセンタードケアはその人中心のケアですよ!と言いましたが、利用者側、認知症の方側からの視点で見なければ正しいケアは出来ません。それが分かっていて、職員の人数的な問題や環境的な問題でやらないのならいいとしても。実際良くはないけど。それに気がついていなかった場合、職員の人数や環境が整っても利用者視点でのケアが出来ません。職員視点でケアが進められていくと、業務を終わらせることがケアであるということになってしまいます。それでは本末転倒です。どんな環境下においても利用側、認知症の方側からのアプローチがどうしたらできるのだろうかと考え続けなければならないと思います。
2020年05月08日
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認知症の方が不安で落ち着かなくて、立ち上がったりする時、施設系でも通所系でも「座ってください」と声をかけるところが多いと思います。だんだん立ち上がらなくなると「落ち着いてきたね」という評価をします。本当に落ち着いているのですか?認知症が重くなって、気力低減しているか、立ち上がることが出来なくなるほど、下肢筋力が低下したかどちらかじゃないですか?現に歩けなくなる。もしくは歩行能力が著しく低下している方がほとんどです。落ち着いたのか認知症が重度化したかは、その後の認知症の方の行動で判断するのが良いと思います。
2020年05月07日
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神や仏を信じていなくても、人知を超えた存在が在るのではないかと思う方は多いと思います。大自然や太陽の存在でもいいです。そのような存在に感謝をすることがとても大切だと思うのです。人間は太陽の光が無ければ生きていくことが出来ません。雲が出来て適度に雨が降ってくれなければ水不足あるいは水過剰になります。地球という星が無く、宇宙空間では生きることが出来ません。星があり、植物があるから酸素が供給されます。当たり前のような世界ですが、当たり前ではない、日々奇跡の連続で当り前の日常が出来ていると思うのです。自分たちが当たり前だと思っている日常に感謝をすることで、奉仕の心が生れてきます。そして他者の幸福のために自分を使いたいと思うようになります。その奉仕の心は自分と他者の心も身体も癒す力になります。
2020年05月06日
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1.5L~2Lの飲水。2km程度の歩行。便秘解消、便秘にならない生活。タンパク質、ミネラル、ビタミン等の栄養バランスの摂れた食事。趣味活動。筋トレと柔軟体操。口腔ケア、睡眠。この8つを日々の生活の中に取り入れて、習慣化していきましょう。ゲートボールやグランドゴルフの運動系の趣味を入れることで歩行2kmは達成しやすくなります。ジョギングなどする方は靴にも配慮して、足や膝に負担が掛らないようにすることも大切です。運動しながら飲水すれば2L飲むことも難しくない。食物繊維が摂りにくい場合は、サプリや栄養補助食品を使うのも効果的です。
2020年05月05日
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大成功している作家が書いた本の中で「自分は意志が弱いから習慣化するのだ」と言っていました。たくさん本をかけるのも、原稿を書く習慣。本を読む習慣。作家としてネタが尽きないための努力項目を習慣化することで長い間書き続けることが出来ると言っていました。生活習慣病というのがあります。日々の生活が病気を作る習慣になっている。習慣化の力は、人を病気にすることも出来るし、大成功をさせることも出来る。認知症も認知症にならない生活習慣があります。その項目をしっかりと習慣化して認知症予防をし、健康で生活できる時間を多くの人の幸福のために使っていきましょう。
2020年05月04日
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加齢になったら、認知症になったら何もできなくなるなんて思うのはナンセンスです。いくつになっても鍛えれば頭だってシャープになるし、身体だって丈夫に、柔軟になります。歳を取ったら何もできない、これがあるから無理だ!という無理や諦めは絶望に繋がります。毎日本を読むとか。本を読む習慣がなければ、漫画でもいいし、字が小さくて読みにくいなら絵本でもいいです。運動は歩くことから始めればいいし、昔やっていたスポーツでもいいので、無理せず、少しずつでも毎日休むことなくやることで自分に自信を持つことが出来、自分の中の無理のリミッターが外れます。
2020年05月03日
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認知症は不治の病だ!認知症になったら終わりだ!という認知症を怖がることが逆に認知症を呼び寄せることがあります。波長同通の法則と言いますか、怖がりの人を驚かせたくなる気持ちみたいなものでしょうか?悪趣味ですが、冗談半分でビックリさせたことありませんか?恐怖心は認知症になる前も認知症になった後も大敵です。恐怖心を克服するには、認知症は脳の病気ではないので治るという正しい知識。そして私は絶対に認知症にならない。私は必ず認知症を治す。という確信。飲水、食事、運動、便秘解消、筋トレ、趣味活動、歯磨きの生活習慣を作り。最後に神様に感謝する。これで人生が希望の光で永遠に照らされます。YouTube投稿100本目。ありがとうご財増す。これからもよろしくお願い致します。
2020年05月02日
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例えば目が覚めると全く知らない場所で寝ていたとしたら、ほとんどの人がここはどこだ!と家の中を歩き回り、外に出て周辺を歩き回り、自分の知識や記憶を総動員してどこなのかを知ろうとするはずです。もし、何も手がかりが無く、何も分からなかった時、不安が襲ってきて、時間が経てば、不安が恐怖に変わると思います。認知症の方はほぼそんな状態が24時間続いているといっていいでしょう。不安と恐怖の中を生きている認知症の方を救うのは「どうしましたか?」と優しく声をかけ、話をとことん聞いてあげること。「あんたに会えて助かった」と、一段階目の安心感が生れます。軽い飲食で第二段階目の安心感が生まれます。その後共同作業で何かに集中できることをすることで不安と恐怖が抹殺されます口コミテーマで再投稿しています。同じ内容でYouTube「みんなのえがおチャンネル」のリンクが貼りつけてあるものがあります。もしよければ観てください。
2020年05月01日
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例えば目が覚めると全く知らない場所で寝ていたとしたら、ほとんどの人がここはどこだ!と家の中を歩き回り、外に出て周辺を歩き回り、自分の知識や記憶を総動員してどこなのかを知ろうとするはずです。もし、何も手がかりが無く、何も分からなかった時、不安が襲ってきて、時間が経てば、不安が恐怖に変わると思います。認知症の方はほぼそんな状態が24時間続いているといっていいでしょう。不安と恐怖の中を生きている認知症の方を救うのは「どうしましたか?」と優しく声をかけ、話をとことん聞いてあげること。「あんたに会えて助かった」と、一段階目の安心感が生れます。軽い飲食で第二段階目の安心感が生まれます。その後共同作業で何かに集中できることをすることで不安と恐怖が抹殺されます
2020年05月01日
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