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はじめちゃんの東京騒動記第841回 2006年5月28日第73回 ●SFクラブと山形漫画研究会はじめちゃんの東京騒動記 第73回●SFクラブと山形漫画研究会東京騒動記73 井上にとってこの「SFクラブ」の存在は衝撃的だった。しかも、井上に送られてきた「ポップ」はNo28と書いてあるが「SFクラブ改め創刊号」とも書いてあり、発行も「SFクラブ改め山形漫画研究会」となっていた。「1969年4月10日“創立3周年記年号”」と記されていた。 誌名変更の理由を次のように冒頭に書いてあった。 「誌面変更/『ステップの準備段階』『本格的漫画研究会発想中』 SFプロダクションを山形漫画研究会と改名し、つづいて「SFクラブ」を「ホップ」とし、まったく新しい気持ちで、三年目のスタートをかざりました。 僕たちの目的は、漫画本来にもどったわけです。誌名を「ホップ」と変更したのは、「ステップ(肉筆回覧誌)」の準備誌として、まんがジャーナル的記事を掲載する役割をもたせたわけです。マニア諸君の広場としても、大いに活用していきたいと考えております。なにとぞ「ホップ」を愛読して下さい。 (たかはし) 自分の知らないマンガ同人会の世界を「コム」という雑誌で知り、さらにはそこで知ったこの「SFクラブ」いや山形漫画研究会の発行する「ホップ」という機関誌のなかみにはページをめくるたびに驚きがあった。 各会員順調製作中「合作漫画『大支配』 大好評!ステップ2号/続々感想文登来!うれしいひめい 漫画便 宮城・岩出山町「ビッキの会」紹介 頭のマッサージ ナンバー1 毎月2名に記念品贈呈 (福島県猪苗代町・岡部洋一) アニメ ジャングル大帝苦心談 手塚治虫先生 TVガイドより ガメラ・そのテーマとストーリー たかはしよしひで・小西均 特撮写真を安価でおゆずりいたします。定価50円 第一回山形漫画予備軍のつどい レターコーナー かんのまさひこ・水谷俊之・佐竹武彦・曽根啓視・小西均・和田輝幸 好友会 漫画研究会セーブ(山形県)曽根啓視くん SFショート・ショート「天才」 たかはしよしひで 雑記 たかはし記 中山天文同好会の参加した印象や「ステップ」三号への期待など。 来月から「かんのまさひこ」くんに編集していただきます。 とB5判6ページの「ポップ」創刊号の内容に驚き、こんなにすごい人たちがいることを知り、自分がいかに井の中の蛙だったかを思い知ったのだった。 06年 3月14日 火曜 記■(文中の敬称を略させていただきました)はじめちゃんの東京騒動記●第73回 完 つづく 第74回にご期待下さい!!
2006年05月28日
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はじめちゃんの東京騒動記第840回 2006年5月21日第72回 ●再びコボタンにてはじめちゃんの東京騒動記 第72回●再びコボタンにて東京騒動記72『再びコボタンにて』 新宿のマンガ喫茶「コボタン」は客が席の半分くらいの10人はいただろうか。コボタンの窓からは雨の新宿を傘を差して早々と歩いているビジネスマンや若い女性たちが目立って見えた。 井上はマンガ喫茶コボタンの店内にあるコムのバックナンバーを手に取り、懐かしさに襲われてきた。井上にとってコムとの出会いはほんの数年なのに、この雑誌と出会ってから、いろいろな思い出と出来事が有りすぎて、その時間の流れがとても急速に感じるのであった。「アッ…」 その一冊にたかはしと出会うきっかけになったコム 69年5月号があった。「これこれ」 と井上は手馴れた扱いでページをめくった。コムは最初のページが手塚先生の「火の鳥」で、最後の方に必ず出てくるのが「ぐらこん」のページであった。この「ぐらこん」は「グランドコンパニオン」の略称で、目的のひとつにはマンガ家を目指す者やマンガ同人会の全国組織をこの紙面で推進していた。「このページにたかはし先生が主宰する『SFクラブ』の同人誌『ステップ』が紹介されていたんだ」目を輝かせて井上はその誌面を探した。 あった。「ぐらこん」ページの下段に同人誌の写真と総評が載せられていた。 SFクラブ [会誌名] SFクラブ [形 式] B5判。ガリ版刷り。 八十六ページ [会 員] 三十名 [本 部] 山形県東村山郡中山町大字長崎三一四 高橋良秀 [内 容] ストーリーまんがが三編。怪獣をくわしくあつかった記事。 [短 評] まんがと怪獣の好きな人のためと銘打ってるだけあって、すべて、怪獣に関係 したまんが、記事、読み物である。 予算がゆるせばコピー印刷の方が、よりよいのだが。 井上はいつの間にか1年も経っていない、あの高校1年生の春に記憶は戻っていた。 自宅2階の自分の部屋で、正座をしながら畳にコムを広げ両手でそれを押さえて、この記事を食い入るようにいつまでも見ていた。 それは15歳の井上にとってはとても衝撃的な記事であった。(僕と同じ山形県に、こんな凄いことをしている人がいるんだ。東村山郡中山町長崎なんて今まで聞いたこともない所だけれど、きっと米沢よりも在郷(いなか)なんだろう。その在郷でこんな組織と同人誌を発行していることに衝撃を受けたのだ。高橋良秀ってどんな人なんだろう…?) 井上はこの人に連絡を取るべくハガキを書いた。 ~ COMでSFクラブを知りました。僕は高一ですがマンガが好きで、ペンを使ってマンガも書いています。手塚治虫先生や石森章太郎先生、水島新司先生、永島慎二先生の作品が好きです。会員募集とありますがどんな会なのですか?会員になる条件を教えて下さい。 米沢市中央3丁目5番5号 井上はじめ ~ 一週間は経っただろうか。自宅に大きな茶封筒が届いた。分厚いその封筒には10円切手がたくさん連なって貼られてあった。油性のサインペンで丁寧に書かれた井上宛の住所と氏名、そしてその下には「SFクラブ」とガリ版刷りされていた。その洒落たセンスが心引いた。 大きな手鋏で丁寧に封筒の頭を切っていった。恐る恐る封筒を除くと中から数冊の冊子が出てきた。その冊子には機関誌「ホップ」と書いてあった。 「ホップ」はすべてがガリ版刷りだった。藁ばん紙に青インクのガリ版刷りは小学校時代から見なれていたはずなのに、B5判のこの冊子は今まで見たことのない全く異質なガリ版刷りだった。インクは黒インクだった。タイトルのレタリングから、カット、ストリーマンガまで、すべてが驚くほど高度なガリ版技術で描かれていた。井上の頭に衝撃の波がさらに大きく押し寄せて来た。身体中が震えてきた。 この会の作品集は肉筆回覧誌「ステップ」というらしい。それに掲載された作品の作評や近況は大阪や静岡からも寄せられていた。マンガや映画に対する大人びた批評と分析、どれもがしっかりした文章で、それは井上にとっては難解だった。 たかはしよしひで、かんのまさひこの名前やカットが目立つ。 特に、かんのまさひこのショートマンガはガリ刷りを感じさせない「ペンタッチ」が再現されており、マンガの内容はショートにしては珍しい日常生活を題材にしたストーリーだった。人間の優しさと悲しさを配分した新しいマンガだった。「ショック」だった。(かんのまさひこってどんな人なんだろう…)井上が好きなマンガ家のひとりに「水島新司」がいる。水島は貸本屋向けの日の丸文庫の単行本に常連作家として地味な生活マンガを描いていた。昭和30年代に誕生した貸本屋の単行本は荒々しい劇画が主流で、水島のような地味な内容は珍しかった。しかし、一般の商業マンガ誌では地味すぎて水島の「生活マンガ」は掲載はむずかしい時代だった。 井上はこの「SFクラブ」の機関誌「ホップ」だけで、同人誌の魅力を初めて体感したのだった。 2003年10月26日記■(文中の敬称を略させていただきました)はじめちゃんの東京騒動記●第72回 完 つづく 第73回にご期待下さい!!
2006年05月21日
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はじめちゃんの東京騒動記第839回 2006年5月14日第71回 ●アングラくんはじめちゃんの東京騒動記 第71回●アングラくん 春の日差しがガラス窓から注いできた。春とはいっても米沢の春風はまだ冷たさを残している。お昼休みになり、佐藤修一が井上に近づいてきた。「おい、井上。さっき秋野さんに贈ったマンガの件だけどな」「……」 井上は黙って佐藤の目を見た。また、冷やかされるのかと思うとウンザリしてしまうのだった。 「あの『帰ってきたヨッパライ』の人物はなかなかいいんじゃないかと思うだ。つまりあの歌(帰ってきたヨッパライ)のイメージにも合うんだけど、あの人物その者がおもしろいと思う。井上はマンガは上手だけれど、どうしても石森章太郎風で独自性がない。ようやく井上らしいマンガの人物が出来ようとしているなあとオレはうれしくなったんだ」 佐藤はお世辞などいえるタイプではなかった。それだけに佐藤の言葉に井上の胸は熱くなり、うれしさが沸き起こってきた。「修ちゃん、お笑止な(おしょうし=ありがとう)」 井上は素直に言った。 それから井上はもう一度「帰ってきたヨッパライ」を複製して描いてみた。 この登場人物のヨッパライを「アングラくん」と名付けた。その他に、この歌にはないオリジナルの場面を付け加えてみた。 地上に落ちた酔っ払いのアングラくんがなんと田んぼの中で、そこには麦藁帽子を被ったステテコ姿のおじさんがおり、このおじさんがアングラくんをつかまえて、「お前何やってんだ。この忙しいときに。さあ、働け働け」 と言うのである。肥担ぎをするのである。 このステテコおじさんは当時人気絶頂のクレージーキャッツの植木等をイメージし、肥担ぎはそのクレージーキャッツの人気に迫る勢いだった、ドリフターズの加藤茶の肥担ぎを参考にした。佐藤修一がこの肥担ぎポーズが得意で、よくクラスの中で演じて笑いを誘っていたで、井上には強烈な印象として残っていたのだった。 井上はそのステテコ姿のおじさんを「田吾作おじさん」と名付けた。目は帽子に隠れていたが鼻毛が伸びていてなかなかおもしろい人物に描かれていた。 佐藤修一に借りたレコード「帰ってきたヨッパライ」は意外な効果を井上のマンガに与え、この「アングラくん」と「田吾作おじさん」はその後も井上のマンガの中で活躍するなどとは井上自身も想像はしなかったのである。 2006年 3月 8日 水曜 記■(文中の敬称を略させていただきました)はじめちゃんの東京騒動記●第71回 完 つづく 第72回にご期待下さい!!
2006年05月14日
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はじめちゃんの東京騒動記第838回 2006年5月12日第70回 ●アングラとハレンチはじめちゃんの東京騒動記 第70回●アングラとハレンチ 「帰ってきたヨッパライ」は5月近くにはラジオを中心に大ヒット曲となり、「アングラソング」として社会現象となってきた。同時にこの曲を収録したオリジナルLPレコード「ハレンチ」の名前も流行語になっていた。 デザイン界にもその影響がおきた。 アングラやハレンチを連想させる、原色を使った派手な油模様があちこちで見かけるようになった。 井上が考えた「帰ってきたヨッパライ」のイメージ人物(キャラクター)は、井上が数分で考えたものとしては完成度が高かった。同級生の誰もがそのマンガを認めた。 井上は歌詞に合せて2ページのイラストにしてみた。これを描くのにも時間は意外にかからなかった。一晩で描き上げた。この「帰ってきたヨッパライ」は井上に不思議な力をあたえた。だから一気に描き上げられたのだろう。 いつものように3年3組の担任春日先生が教室に入ってきた。 春日先生はいつものように、貧乏ゆすりをして左手をズボンのポケットにつっ込み、小銭をいじってチャラチャラ音をさせていた。「おはよう。今日は話がある。オイ、秋野。前に出てきなさい。」 春日先生は黒板に向かって一番右側の二列目の席の秋野紀美子を呼んだ。 秋野は少し恥ずかしがりながら頭をもたれて、春日先生の右側に立った。「秋野はおとうさんの仕事の都合で岩手県盛岡市に転校することになった。急のことだがそういうことだ。オイ秋野ひとこと挨拶しろ」 秋野はいつものようにモジモジしながら、照れくさそうに上目遣いで話した。「み、皆さん、急ですが、盛岡に行きます。グスン、皆さんのことは一生忘れません。お元気で……」 秋野は挨拶をしながら涙ぐんでいた。 あまりの急な話にみんなは驚いた。井上もキョトンとして秋野の顔を見ていた。そのとき、井上は秋野と目が合った、そんな気がした。 三校時が終ったとき、井上は突然席を立ち、秋野の席に行った。 傍に立って井上は秋野に声をかけた。「秋野さん、これをもらってください!」 大きな封筒を秋野に手渡した。井上はクラスのみんなが一斉に二人を見たような気がした。そして井上は顔を赤らめた。「…………」 秋野は黙って、その封筒を開いた。 中からは井上が描いたマンガが出てきた。それは「帰ってきたヨッパライ」だった。「ありがとう……」 秋野はひとことだけそういった。 井上は席にもどった。 秋野の周りでは井上の描いた「帰ってきたヨッパライ」を感心して見ていた。「はじめ、はじめくん!」 声をかけたのは班長の美智江だった。 井上は美智江を席から見上げた。「はじめくんは秋野さんが好きだったの?」「…………」 井上は黙って顔を下げた。「そうだったのかあ」 井上は困った。秋野にはそんな感情は一度ももったことはなかったからだ。 衝動的に持って来た「帰ってきたヨッパライ」を渡してしまっただけなのだ。第一、話しかけたのは今日が初めてだった。「美智江ちゃん、おれなあ…」「はじめくん、好きな人が転校だなんてかわいそうだね。でも転校を知ってたからマンガを描いてきたんだね」井上は何もいわないでうつむいた。「そんなことない!」 と心の中でいった。 2006年1月15日記■(文中の敬称を略させていただきました)はじめちゃんの東京騒動記●第70回 完 つづく 第71回にご期待下さい!!
2006年05月12日
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はじめちゃんの東京騒動記第837回 2006年5月7日第69回 ●おらは死んじまっただはじめちゃんの東京騒動記 第69回●おらは死んじまっただ♪おらは死んじまっただ おらは死んじまっただおらは死んじまっただ 天国に行っただ長い階段を 雲の階段をおらはのぼっただ ふらふらとおらはよたよたと のぼりつづけただやっと天国の門についただ天国よいとこ一度はおいで酒はうまいしねえちゃんはきれいだワー ワー ワッワー 井上は佐藤から借りたレコード「帰ってきたヨッパライ」を自宅の卓上ステレオプレーヤーで聴いていた。♪おらが死んだのはよっぱらい運転で「アレーッ!」おらは死んじまっただ おらは死んじまっただおらは死んじまっただ 天国に行っただだけど天国にゃ こわい神様が酒をとりあげて いつもどなるんだ「なあおまえ 天国ちゅうとこはそんなにあまいもんやおまへんにゃもっとまじめにやれ」「おもしろい歌だなあ~。レコードの早回しに聴こえるこの歌は実に単純だ。でも、あじがある。なんでだろう……」 井上は中三コース(学研・発行の学習月刊誌)に「アングラブーム」という言葉を見つけていた。そして、ラジオから聴こえる「帰ってきたヨッパライ」を世間ではアングラソングと呼ばれつつあった。「これはまったくマイナーな曲だ、だってテレビでは早回しでは唄えないから、レコードを流すラジオ専門になってしまう。しかも、詞がハレンチでとてもテレビでは唄える代物ではない。でも、おもしろいなあ、飽きないなあ」 と井上は何回もレコードを聴いた。♪天国よいとこ一度はおいで酒はうまいしねえちゃんはきれいだワー ワー ワッワー毎日酒を おらはのみつづけ神様のことを おらは忘れただ「なあおまえ まだそんなことばかりやってんのでっか ほならでてゆけ」そんな訳で おらはおいだされ雲の階段を おりて行っただ長い階段を おらはおりただちょっとふみはずしおらの目がさめた 畑のどまんなかおらは生きかえっただおらは生きかえっただ この歌全体が今人気絶頂のドリフターズのギャグに通じるのではないか……井上はそう思った。 そしてこの歌の登場人物を想像するのだった。 「帰ってきたヨッパライ」の登場人物は三人だ。 一人目はヨッパライ。二人目は神様。三人目はきれいなねえちゃん。 画用紙を取り出して、井上は鉛筆で丸や三角や四角を描いていた。そのうちに人物らしき絵になっていった。 髪はバサバサ、目は酔ったボヤ~とした感じ、鼻は団子、口は大きくしまりがない……そんなイメージが井上の頭によぎって絵になっていった。 おお、なかなかいいじゃないかあ。 井上は自分で感動した。その時間はわずか数分だった。 2006年 1月11日記■(文中の敬称を略させていただきました)はじめちゃんの東京騒動記●第69回 完 つづく 第70回にご期待下さい!!
2006年05月07日
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はじめちゃんの東京騒動記第836回 2006年5月5日第68回 ●帰ってきたヨッパライはじめちゃんの東京騒動記 第68回●帰ってきたヨッパライ 尊敬する手塚治虫先生からのハガキには「それから上京する時は事前に連絡をください。楽しみにしています」と書かれてあった。このことで井上はますますマンガを描くのに力が入った。 しかし、佐藤修一も渡辺清も中学三年生になったことで、高校受験のための勉強に力を入れるようになった。当然、マンガなどを描いてる場合ではない。井上だけが描き続けていた。 そんなある日のことだった。 佐藤修一は一枚のレコードを持ってきた。「オイ、この歌知ってるかい?」 と、周囲の友だちに話しかけた。 みんなは知ってるぞと佐藤の所に集まってきた。そのレコードとは「帰ってきたヨッパライ」フォーク・クスセーダーズだった。 佐藤は歌を唄った。「♪おらは死じまっただぁ~ おらは死じまっただぁ~ 天国さいっただぁ~」 井上はその様子を離れて見ていた。 佐藤修一はいつも「流行」(はやり)を教室に持ち込むのが得意だった。しかも、成績はクラスでいつも一番で学級委員長を務めていたから、クラスでも一目置かれていたので流行にも説得力があった。 その日、佐藤は渡辺清と井上を誘って上杉神社の中にある児童遊園地に行った。 児童遊園地は客もいなく、ゴーカートや電車も動いていなかった。流行の歌謡曲がスピーカーから流れており、場違いな雰囲気になっていた。 児童遊園地にはいいにおいがしていた。こんにゃく煮のにおいだった。こんにゃくを割り箸で刺して、しょうゆとイカで煮る「こんにゃく煮」が山形での名物だった。お祭りには欠かせないものだった。 三人は椅子に座ってそのこんにゃく煮を食べていた。 佐藤が井上たちに言った。「この『帰ってきたヨッパライ』って曲は、ラジオの深夜放送『オールナイトニッポン』で人気になって昨年末から大ヒットしている。この曲を初めて聴いた時はショックだったなあ」「だってテープレコーダーで早送りしているような声だろう。しかも、酔払い運転で死んで天国に行って、そこでも懲りずに酒飲んで、女に恋しする話なんて、とんでもない内容だろう!?」「お経も入っている。この歌は大学生の自主制作LPレコードからピックアップしたんだってよ」 と、佐藤は「帰ってきたヨッパライ」の解説をした。「だが、このレコードはもう家では聴けない。父ちゃんに言われたんだ。お前何考えているんだって。もう中学三年生だぞって。こんなことばかりしていては希望する高校にはいけないぞってなっ!」「修ちゃんはクラスで一番成績が良いんだから大丈夫だよ。危ないのはオレだよ」 と渡辺が言った。「オレなんか、からだがついていかないから、勉強なんてあまりしていない。最近はマンガは描いているけど、興譲館(普通科進学校)は無理だ」 と井上が言った。「井上はいいよ。お前はいずれマンガ家になるんだからな。手塚治虫先生から直々にハガキをもらっているくらいだから見込みがあるんだ」 と渡辺が言った。「そうだ、そのとおりだ。井上はマンガ家になれよ。そこでこのレコードをお前に預ける。家に持って帰っても父ちゃんがうるさいから……」 佐藤はカバンからレコードを出して井上に渡した。「帰ってきたヨッパライっかあ」 静かにポツンと井上が言った。 2006年1月8日記■(文中の敬称を略させていただきました)はじめちゃんの東京騒動記●第68回 完 つづく 第69回にご期待下さい!!
2006年05月05日
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