Blue kiss

Blue kiss

サオリ

サオリ



呑兵衛]は、相変わらずだった。
7時前のこの時間はまだ客はまばらなのだ。
お洒落なワインバーかと思うような内装と雰囲気で
流れている音楽はシャンソン、
それなのに「比内地鶏と焼酎専門店」である。

テーブル席は7つあるが、
その内側にコの字型に作りつけられたカウンターに
わたし達はいつものように座った。
角を挟んで90度のとなりあわせだ。
この距離と角度が一番好きだ。

黒くペイントされた自然木のカウンターテーブルに
丁度いい間隔でスポットライトが灯りを落としている。

「おっ、久しぶりですね。」
奥から出てきた店主のクボタさんが、明るい声をかけてきた。
「お久しぶりですー」わたし達は同時に返事返した。
「相変わらず気が合うんですね。」クボタさんは笑った。
「とりあえずビールですか?」
「はーい。」

わたし達はいつもと同じような挨拶、同じオーダーを
とりあえず済ますと、
メニューリストを手にとって眺め始めた。
「何にする?」サオリがメニューを目で追いながら
聞いてきた。
「何にしようかぁ・・・」

この店はメニューリストを作るほどメニューがない。
習慣的に手にとっては見るが、頼むものはいつも決まっていた。

「クボタさん、黒じょかお願いします。」わたしはクボタさんを呼んだ。
クボタさんは小走りで戻ってきた。
「何にします?」
「う・・・んと・・」とサオリを見ると
サオリはメニューの<ご挨拶>に見入っている最中だ。

「こないだのやつ。<侍の門>がいいわ。」
わたしは勝手に酒を決めた。
「はい。承知しました。」クボタさんは棚にある
<侍の門>の残量を確認した。
サオリが<ご挨拶>を読み終えて顔をこちらに上げた。

「サオリ、黒じょか<サムライ>に決めたよ。」
わたしが言うとサオリは「うん、いいよ。」と頷いて
愛想よくクボタさんを見上げた。

「あと、アボガド地鶏サラダね。」
「比内地鶏溶岩焼き。」
「あ、最初に地鶏の三種盛りがいる。」

フードオーダーはサオリが速攻で決めた。
「いい?」とわたしを見たので、わたしは頷いた。
文句ないチョイスだった。
クボタさんは、最後に上品で親しみのある笑顔で
「かーしこまりましたぁ。」と一礼すると奥へ消えていった。


サオリはわたしの同期の友人だ。
今の会社には中途採用で入社した。
面接の時に知り合い、待ち時間の間に会話をしただけの出会いである。

2次の筆記試験と適正試験の時に隣になり、
帰りにお茶をし、メルアドを交換した。
合格が決まってもお互いに結果報告はしなかったので
入社日に再会した時は、大げさなほど喜び合った。

サオリは総務部、私は営業部に配属され2年になる。
未だに、何故サオリが総務なのかわからない。
わたしより、よっぽど営業向きなのに。と思う。

わたしはサオリが好きだ。
居心地がいいのだ。

規則や常識という言葉に過剰反応するが、
誰にも媚びず、自分の生き方を知っていて自由奔放。
でも、人に優しく接することを楽んでいるから、
周囲が幸福な気持ちになるのだ。

サオリは去年、大きな失恋をした。
雪解けの春のように穏やかにやってきて
ぽかぽかしているうちに、
相手がいなくなっていた。


「ねえ、レミちゃん。」
サオリがにんまりしてわたしを見た。
「なに?」
「最近カズキくんと会ってる?」

「カズキ!」最近忘れていた名前。
ほんとだ、どうしているんだろう。
「どうしてるんだろうねぇ。会ってないし。」
「え?」
サオリは驚いた顔でわたしを見た。


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