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楽天内ですが引越しすることにしました~。学校も2月一杯で辞めてしまったし、だからといってここを閉鎖するのもあれなので放置状態にして心機一転ちょっと新しい方向でがんばってみます。雰囲気ちょっとかわりましたが、IDも変えてじゃんあち(しょうゆ漬け)にしました。でもこれからもみるかると呼んでくださいませ~良かったら遊びに来てください^^http://plaza.rakuten.co.jp/jinhojinho/
2008年05月29日
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韓国に来てからいろんな人と出会っては自然に連絡が途絶えたりとかしてきたんだけど、時々ぎょっとすることがある。それは何年か前に会ってそれなりに親しく過ごした人とものすごーーーーく似ている人に会うことだ。それも一人二人ではなくて結構多い。初めてそれを実感したのは6年くらい前までとっても仲良くしていたオンニがいたんだけど、私が学校に勤め始めて2年目かな、生徒の中にそのオンニとすごく似ている子がいたので超びっくりした。姓も違うし親戚でもないみたい。声までそっくりで、そのうえ人格というか性格も私服のスタイルもにているので私は韓国ってこわい国だな?!なんて思ったこともあった。先日某モイムで初めて会った男の子がいるんだけど、その子も超昔ちょっと葛藤があったオッパにそっくりで(ただやせただけ)生え際のあやしさまでそっくりでもうどうしていいのやら。幸いにも声は似ておらず、性格もまじめな感じだったのでよかったけど。しかし、すごい不便としか表現がみつからないくらいちょっと・・・であった・・・3ヶ月くらいこのモイムが続くのでちょっと、いやかなり、変な感じ。韓国は血のつながりが重要だから、きっと彼らも元を正せばどこかで親戚関係なのかもしれないけど・・・。冬のソタナの設定もあながち鼻で笑えないものなのかもなぁと思ったりして。
2008年05月09日
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やっぱりこれもミクシーにはかけない日記。私が結婚するに当たり家族に少しの隠し事があり、それが知られることが怖いのだ。チノがまた職場が変わることになった。といっても1年働いたこの会社は教会の友人が立ち上げた会社で、そこでやっぱり「友達と起業してはいけないな」というのが見えてきたため。チノの友人二人が立ち上げた会社にチノがインテリアをしているときに引っこ抜かれて働くことになっただけど、1年間働く中でいろいろと問題があった。社員が足りないからといって入社後6ヶ月くらいたったところで、また教会の仲間(年下)を引っこ抜いてきたのだが、その人はもちろん私も知っている男の子で大企業をやめて移職準備をしていた。それでもいままでの業種とまったく違うわけでチノの部下となったわけである。しかし、のちのち知ったことには彼との給料差が100万Wもあった(もちろん彼がたくさんもらっているわけ)・・・。あまりの額差に唖然としてしまい、そのうえ1年経って再契約のときに給料が上げてもらえないことを知りちょっと失望してしまった模様。もともとこの仕事はチノがしたくて入ったのではなかったし、あまりにおいしい話を聞かされてそそのかされた?といったほうが正解なので、チノは仕事に対する情も友人に対する情もうすれて、もともと好きだったインテリアの仕事に戻ることになったのだ。で、月末金曜日に仕事納めとなり、月曜日はお休みとなった。その休みを利用して大田にいるアジュボニムに会いに行くことにしたのだった。アジュボニムは高校2年生のころから精神をわずらい、ソウルの病院で入退院をくりかえした後に大田の施設に入った。大田の施設に入って5年が経つのだが、その前は本当に波乱万丈だったという。行くたびに胸が痛み涙がでそうになる。簡単に言うとそこは監獄だ。すべてが閉鎖病棟となっており、ペン1本でも差し入れするときは記録しなくてはならない。ライターなどを持ち歩くことも禁じられ、服装はぼろぼろのジャージだ。3回の食事はあるけれど、昔家で暮らしていたときよりも30キロも体重が減ったといっていた。週に1度の間食時間があり、その日だけコーヒーやタバコを5本くれるそうだ。アジュボニムは薬を飲まなければ普通の人が見えないものが見え、聞こえない声が聞こえる。そして、薬を飲むとものすごくつらい副作用があるという。前に面会に行ったときは薬をきちんと飲んでいなかったために状態がとても不安定だった。今回はとてもきちんと対応して健康そうに見えてよかった。アジュボニムは大統領になるとか、司法試験をうけるんだとか、大学受験についての夢を捨てていない。テレビに自分が出てくるのが見えてつらいことなどを話した。月に一度だけシオモ二が面会に行く。シアボジは未だかつて一度も面会に行ったことはない。私たちは忙しさを理由にいけなかったけれど、こういう時間をみつけて行っている。ソウルに実家があって家族も友達もいない完全閉鎖施設で一人で暮らしている。周囲にいる人はみんな精神病患者だ。先天性の人もいるし、後天性の人もいる。どれだけ面会の日を待ちわびているか、悲しくなった。以前差し入れてあげたカセットウォークマンを同じ施設の人とたばこと交換したといってシオモ二が憤慨していた。でも今回行って、その気持ちも理解できた。タバコをすうと頭のもやもやや副作用が緩和される。だからアジュボニムは私たちがいる間中ずっとタバコをすっていた。数時間の間に一箱すってしまったくらい。面会のときだけは自由に好きなだけタバコが吸えるのだそうだ。どれだけ副作用がつらければ、ウォークマンをタバコ1本と交換するだろうか、また悲しくなった。あまりのタバコの煙で頭痛がするくらいだったけれど、タバコを控えてください、健康に悪いからとはいえなかった。それじゃ家で面倒をみれば?と軽々しく言う人がいるかもしれない。私も本人に会うまではそう思わなくも無かった。でもそれは不可能に近い。シアボジはまだ現実を受け入れられていない。そしてシオモ二も病気についての理解が足りない。自分が目に見えるものがすべてで、正常でなければ異常、異常ならば正常にもどさなくてはならないという、なんと言ったらいいのか、シプモの元ではアジュボニムは暮らせないのだ。幸せな家庭、病気をまっすぐに受け入れていっしょに管理していこうという気持ちから程遠い家族なのだ。古典的ヤンバン家族といっていいのか、とくにシアボジはこういう結果になったことを未だに他人のせいにしている。シアボジはとても尊敬できる人で大好きだけれど、アジュボ二ムに関することについては落胆せざるを得ない。心を痛めているのはわかるけれど、そうしていたって何も現状は変わらないのに。総合失調症というのは完治は不可能で本当に脳のなかで信号が送られてしまうから本人の目や耳には見え聞こえ、その恐怖や不安もまた現実なのだそうだ。時がたてばシプモニムの役割は必ず私たちに来る。チノと私にできることはとにかく頻繁に顔を見に行くことだね、ってことで落ち着いた。
2008年03月31日
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気がつけば去年の八月から日記を書いていなかった。ミクシーばかり更新してはいたんだけど、ミクシーも身内から同級生から増えてしまってこの人にはここまで公開できてもあの人には公開できない!みたいな部分もありこっちに書く日記の方がなにげに楽だったりもする。私は2月28日に高校での職場生活がおわり、いまはぺクスやっています。いまはまったく違う業種の会社のほうめんを探しているんだけれど、やっぱりいろいろありまして。今年は子作り年にしよう!と目標を決めていたんだけど先月流産を経験しました。といっても超音波検査で、何週経っても子供の姿がみえず仕舞いだったので、流産という言葉で片付けてしまってもいいのかなという気もして。思い出してももう涙も出ないから、日記更新もそろそろできるんだなって感じて日記を書くことに。私は女性器官は本当に規則的なので、数えてみると6週から8週たっているはずなのに子供が見えずに本当に不安だったのでした。病院にいって今日は見えるかなと期待を膨らませていったその日に手術をすることになりました。ネットでもすごく有名なおおきな病院だったんだけど、結構へこんだ。心の準備ができないまま手術をして、病室でもないへんな簡易ベッドに寝かされ、これ以上にないくらいの苦痛のなか横のベッドでは分娩にはいる女性とその家族の幸せそうな会話が聞こえてきました。これってドラマの世界だけだとおもっていたのにまさか自分の身にふりかかるとは・・。看護婦さんも私が痛い吐きそうだ寒い、どうにかしてくれていっているのに「それはもう、どうしようもないことですから」と冷たくシャッとカーテンを閉めていってしまうのだった。入院とかもせずにやっとの思いで立ち上がれるようになってその場にいるのがあまりにつらいので、分娩室を出てオイオイなきました。その日偶然といっていいくらいにチノが休みがとれていっしょにいてくれたのでよかったものの、これでもし一人だったらあまりの痛さと苦しさでうちに帰れたかしらと思うくらい。分娩室の外でチノとしばらく痛みが引くのをまっていると中から赤ちゃんの産声が・・なんというか私自身の問題ではなくなんとなくこの病院に傷つけられたような気がしてならないのは気のせい?私の性格からか、シデク、実家、周囲には漏らせずじまい(妊娠したこともいってなかったからね)学校の親しい先生二人だけに話したけれど、慰めの言葉を言っているつもりでも反対に傷つく言葉を言われることの方が多くてしばらく本当につらい日々でした。やっぱり同じ経験をしないといくらかっこいい言葉を言っても、きれいごとにしかならないし、学校も首になり、子供もろくに作れない、ほんとダメダメ女だわ私・・・と奈落の底に飛び込みたい!などとも考えたけど、あったかくなって、すこしずつ気分も晴れて、いろんなところからも少しずつ声をかけてもらえるようになり、かなり回復した。このことはミクシーにはかけなくてでもどこかに書き留めておきたくて久々にここに書くことにした。取り止めがないけれど、まぁ次があると思ってポジティブにいきますわ。
2008年03月18日
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以前私はMBTI性格診断テストを4度ほどしたことがある。全部教会でやったんだけど、相手が自分と違うことを理解するという名目で。先天的であれ、後天的であれ、人の性格は分類できるものであって、よしあしではなく、それを強制的に変えることはできずまたする必要も無いということを教えてもらった期がするのだが。最近これ、うちの学校で流行ってる。学生たちにやらせることももちろん重要だと思うし、職場や、私生活でも知ってればいいことだと思う。一つ一つの行動に疑問や憤りを感じるときも自分とは違うんだってことを理解できるので有効かも。昔日記にも書いたんだけど、なんだかごちゃごちゃになってた。ちなみに私の性格はISFJ。チノはENFPというまさにF以外ひっつも同じところがない。あまりに正反対すぎて、付き合い始めのときはすごいけんかした。とりあえず、いまはこういう状況ではこいつはこうなるという判断ができるので、検査してよかったのかも。ってことでだれだれはJだFだのIだEだのとうるさい・・・。私にとってはいまさらなのに。
2007年08月23日
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日本から帰ってきて数日。光復節が終わったらもう学校だしなぁ・・・・。日本では父がWiiを買ってくれていた。包みも開けずにあったのだけれど、もって帰る前に家族総出でWiiを楽しんだ。私は幼少時代ゲームというものをまったく触ったことも無く、今まで育ってきた。スーパーマリオだってこの歳で韓国で不法のやつをパソコンで初めてやったのだったし。なので、コントローラーをピコピコするゲームというのはまったくの苦手。ゲーセンにいってもいっつもやるものがない。で、このWii、大人でもおじいちゃんからでも始められるつわものだ。しかも一緒に見ててもたのしいし。テニスやらボクシングは1度すると汗がだらだらで良い運動になるし。韓国に持ち帰り、○インチのテレビを10ヶ月分割で買った。それまでは18インチの超古型。ゴールドスターだったもの。ゴールドスターがエックスキャンバスになった(笑)18インチのテレビは字幕もほとんどみえないし、ボールの玉もきえてしまっていたのにやっぱり大きな画面とデジタルテレビは違うねぇ・・・・というわけで、1日の楽しみもできたし、チノと一緒に何かできるものもできて、そしてなによりいままでビールを楽しむ夜から運動を楽しむ生活にかわりつつあるのでそれがいちばんいいのかもな。というわけで、今日もハンゲーム^^
2007年08月14日
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ミクシーに片寄った日記を書いていたのでこちらはご無沙汰・・・・最近になって実の姉がマイミクになったので、実生活暴露口大会はかけなくなってしまった・・・さてさて、昨日のことです。チノから電話があった。明日からうちらは日本行きなんだけど、そのまえにシデクに行って挨拶に行こうという。しかも7時半を回っていて、いまからいったら9時。家に帰ったらまた12時になる。なんで物事をミリミリ行ってくれないんだろ?そして何より、なんで実家に帰るたびにいちいち挨拶しに行かなきゃいけないんだ?嫁が嫁の実家にかえるくらい自由でいいじゃん。なんでいちいち報告してそして報告するや実家では喜ばれない大量キムチやら大量海苔やら高麗人参を渡される。韓国では大量というのが基本だ。韓国人同士ならそれを喜んでくれるとおもうけど、日本は違う。いっつもおんなじモノは嫌がられる上に、たまにたべたら、まぁいけるというものを大量すぎるくらい大量にもらっても、迷惑なだけなのだ。いつも行くたびに、「今度から持ってこないようにそれとなく言ってくれない?」と実家の母に言われるたびにストレスなのだ。だからといってシオモニが全然理解してくれないタイプでもない。でもやっぱり「これくらはしてあげないと精神」が働いて、これもってけ、あれもってけと、韓国の保存食品であるパンチャンなども渡される。もちろんもって行かずに自分ちの冷蔵庫に保存するってこともあるけれど、それでも実家+我が家のパンチャン1+1でくれるので、もう捨てるしかないのだ・・・。このストレスは私にしか分からないと思う。チノは日本語わからないから、実家の精神は分からないのだ。飛行機だって、旅行の日程だって全部私1人だ。とにかくシデクにいちいち報告して行くのは嫌だというので電話で口論。これから先ずっとこうやって報告しては相手の嫌がるものを大量にもらって・・・ていうのは嫌だって。そうしたら日本で暮らそうと。また出たよ・・・とほほほ。なにか職に就けて食べていける能力があればいいよ?でも日本語もできないし、転職しすぎてキャリアもないのに何いってんの?と。口だけで、行動に移せないならそういうことは言うなと。そうしたら途中で電話が切れた。そしてずーっと電話がつながらず。朝の5時に帰ってきた。で、まだ家で寝てる。まったく・・・私にどうしろって言うんだよぉ・・。
2007年08月03日
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私が住んでいる楊州市はキョンギ道の中でもヒジョーにマニアックで、とても小さい市でもあり、知名度もない都市です。いや都市ともいえない辺鄙な中途半端な田舎。そういえば私が住んでいた千葉も特産物といえば落花生?落花生といっても家の近くにそういった畑がたくさんあるわけではなかったし、なにもかもが中途半端なところだった・・・。よく言えば自給自足ができる土地?山あり海あり、米も作れて、家畜もいて、野菜も果物もある。ただ1位になれない有名じゃないってことかしら。有名なのは交通事故多発率とかだったしな。で、話しをもどすと、このヤンジュ市。昔はとっても大きな市で、いまじゃヤンジュ市なんか比べ物にならないくらい発展しちゃったナミャンジュ市やらクリ市も、もともとはヤンジュ市の一部だったのだ!いや昔は市じゃなく郡で、大きいから分けようってことになったらしい。もとの名をもつヤンジュが一番発展せずに地味な土地になってしまった・・・・。そりゃヤンジュが市に昇格して10年もたってないというのに、ナミャンジュやクリはとっくの昔に市になってたというのもいえる。地名度も低いので韓国人の友人に家はどこ?と聞かれ、ヤンジュと答えるとナミャンジュのどこ?と聞き返される。とりあえずウィジョンブとトンドゥチョンの間というとなんとなく地理的に想像がつくので、そういう説明をしている。ヤンジュといえば?といってもナンも無い。ソヨサンは東豆川のものだし、栗の産地とか地元の人は行っているけれど、パジュでもポチョンでも栗はたくさんある。ただ、ここ数年唯一日本人に「大長今テーマパーク」があると大きな声で?いえるようになったけど、あんなチンケなパークがあってもなんの自慢?にもならないよ。渓谷がちかくにたくさんあって、緑と自然もたくさんあって、38度線もちかくて、北に行くのには不便ないところ。でも東豆川みたいなディープな特色も無く、ただ予備軍の基地がちらほらあるだけ。やっと開拓地域に選ばれてアパートが建ちだしたのだが、それによってなおさらここだけの、ここならでのものがなくなってしまう気がする。住むのにはいいところだけど、やっぱり私が住むところっていっつも中途半端だわー。
2007年06月27日
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日本語の研究授業がおわると同じ日の最終授業7時間目に、英語の原語民公開授業があった。7時間目は私も授業があったので、見に行きたいけど見に行けない状況だった。しかし、権先生が試験範囲が終わっていないという理由で途中から入ってきて、授業をしだしたので、私は教室を後に。英語の授業なのになぜか社会科教科室で。英語の原語民先生は怒るとチョークを投げ飛ばし、怒鳴り散らすという50代のシングルの女性先生だ。ティームティーチングの相方先生は英語もとてもうまい若手の明るい女性先生。雰囲気もよくって、二人のティームティーチングはうらやましいと感じる部分がたくさんあった。ただ、ほとんど、子供たちが聞き取れなくてぼーっとしているところが目立った。韓国人先生がそれをすばやく判断して想像力を壊さない範囲でヒントを与えながら通訳?できればなって。あとはみんなうらやましい。原語民先生も表情が明るくてたくさん笑いながら、大きな声で楽しいそうに授業していた。教科書をつかわない授業をみせられるのってとてもうらやましい。私も2学期目はいつも同じものの繰り返しではなく、新し物をちょっとやってみたい。同じ枠で公開授業を3回やったので、今回は違うことをしたい。でも相方が権先生なので、本当にできるかどうかは・・・うーん・・わからない。
2007年06月21日
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公立高校ではたらくというのは授業数もそんなに多いわけじゃないし(実は多いけど現実には少ない)、それなりに楽しているとは思うのだけど、それなりのストレスもある。その昔はこんなことやこんなこともありましたが、それなりに喉もと過ぎてそれなりにすごしておりました。原語民は試験入力、提出、成績付けはかかわりません。あえて会話のテストや、出来上がった試験の確認などはします。私の存在価値はすべて「授業する」ことだけであって、子供たちに日本に関心を持ってもらって、親しくなって日本を身近に感じてもらうことが仕事なのです。公立は1週間に3回しか授業がないし、3回すべて一緒に入るわけではないので、私が子供たちに提供できることは限りがあるのです。しかも国定教科書を使うのは義務?のようで、私のティームティーチングを組む先生が年配の男性なので、なおさら新しいものの究明、努力、熱意などがないので、長年つちかった?というかただの反復をくりかえすだけです。いまどきの子供たちがそんなんで満足できるでしょうか・・・。授業中はただぼーっと寝るのを我慢。それだけの50分だそう。その昔、家の学校の学力がものすごーい低かったときは私が教材を作って、1時間1時間私の授業をしていた。でも今はただ教科書をだらだらだらだら進度進めるだけ。私も面白くないし、子供たちも面白くない。この先生は家の学校にくるときに4年契約でやってきました。公立でも紹介や、推薦などでこういった4年間は絶対いなければならないという契約でくる先生もいます。普通ほかの地域はわからないけれど、キョンギドの場合は2年以上勤務をすると転勤できます。若い先生は、2年すぎるとさっさと都市に近いほうに転勤していきます。年配の先生は校外(都市から離れる)にしたがってもらえる点数が多かったりするので家の学校みたいなところを選ぶ先生が結構います。昇進のためね。田舎の学校は結構点数が大きかったりするので、家の学校もそのうちのひとつだったりするのです。最近原語民である枠を超えて、わけのわからない仕事をさせられるのでストレスです。いままではいい方に考えようともおもったんですが、もうだめ・・・ことしでこの先生も4年目私といっしょに仕事をし始めて4年目。来年、もし契約延長できるのであったら、新しい日本語の先生を迎えてほしい。
2007年06月14日
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今日は待ちに待った?教師の日。午前中に行事を行って、生徒は給食も食べずに解散下校。というとうれしいことはうれしいのだが・・・。結局教師の日ってのは「担任の先生の日」ってことなんだよね・・・原語民としては担任ももたず、副担任でもなく、しかも1週間に3時間しか学生と会わないので、学生との距離も微妙だし。私の隣の席のK先生の席には大きなランの鉢。そしてケーキ、花束、餅、などなどのプレゼントが。私の席まで占領しているというのに。別にプレゼントはもらいたいわけではないけれど、完全に蚊帳の外って感じなので。そのかわり卒業生から昨日電話がきて「明日生きたいけれど時間がありません、今日夜に学校に行ったんだけど先生退勤してしまって」と。他の卒業生からもムンチャが来た「先生いつまでもお元気で」って。やっぱりこういう一言がうれしい。先生やってて良かったなって思う。物質的な贈り物もいいけれど、こんなに生徒と少しの時間しか共有していなかったのにちゃんと覚えててくれて。いやぁとりあえず、教務室は餅のごま油の臭いで一杯です・・・
2007年05月15日
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今日から中間考査。ってことで10時半には学生たちは下校。のこった教師も普通なら11時半には帰れるのだけれど、毎回高齢のテスト第1日目の教師親睦会。今回は体育大会が開かれる。 給食を食べた後校庭で。 男の先生は足バレー、女の先生はキックベース。 最後に男女混合ドッジボール。 毎回思うんですが、韓国女性 運動神経無さすぎ+ルールしらなすぎ。 野球のルール知らないって?!てかボールけったこと無いの? 私体育はそんなに得意じゃなかったけど、そりゃちょっとひどいんじゃ?ッてくらい。 ところで、給食を食べた後に校庭に父兄が現れ、肉を焼きだす。まぁこれは予想の範囲だけれど、何度見ても私は学校内で酒盛りをするのはありえないことだと思う。 てかさっき、ご飯食べたじゃん?おなか一杯なのになんでたべられんの?? 相当の数のビールとマッコルリと焼酎・・・。 寄宿舎の学生たちも見守る中教師たちは酒盛りとスポーツを楽しむのであった・・・・。 ところでドッジボール。これは男女別々にやってほしかった。 男の先生本気になって女の先生当てるので怖かった。 まぁ私は3ゲームとも当たらず逃げ回っていたけれど・・。 予定より早く終わってテニスをしにいったのだが、 普通だったら1ヶ月かかるのに上達が早いとほめられたうれしいわー。最近尊敬する人それはお蝶婦人。おほほほ。
2007年04月25日
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実は私先月から除毛(脱毛)施術を受けている。全部で7回受けたらほとんどの毛がなくなるって話なんだけど。脚とワキ。で、今回2回目です。1回目は脚でこんな痛みが世の中にあるのか!と思いましたが、今回はいかに?!1ヶ月ぶりにカンナムへ。同僚の司書先生は2回目のほうが痛かった!たまらん!って行ってたので、ちょっと不安でした。病院に着くや、ソファに寄りかかっているおばさん。目にアイスノン?を当てている。すぐさま「二重したんだなぁ」と分かる。また、ややすると「あいごー気持ちが悪い」といいながらまたおばさんが出現。人目で「鼻を高くしたんだな」と分かる。このおばさんとつきそいのおばさん全部で3人一緒にきて施術を受けたらしい。手術したてのホヤホヤを目にしてすんごい「おぇぇぇ」ってブルーな気持ちになりました。二重アジュンマは目がものすごい腫れあがり、まぶた周囲はない出血、化け物状態です。鼻高アジュンマもなんだかフランケンシュタインみたいでこわかった。二重アジュンマは帽子もサングラスも準備してこなかったらしくどうしようどうしようと騒いでいた。第3者のためにもぜひサングラスを準備してきてほしかったわーと思いました。私の施術はとても簡単なもので、あっという間に痛みはほとんど無く終わってしまった。こんなんでいいのか?ってくらいで。すでに私の毛の50%が死んだ!との診察をうけ飛び上がるくらいにうれしかったのでした。ほほほ。で施術を受けているときに、この痛みは日記でどう表現していいものかなぁとずっと考えていました。まぁ今回の施術も「前回に比べたら」痛くないのであって、痛いことには変わらないので。で、ひらめきました。とくに脚にレーザーを打つときの痛みとは「鼻毛を抜く痛み」に似ています。それを永遠と20分くらい繰り返す!と思ってください。われながらこの表現にマンセーって感じです。女は美しくなるために痛みを伴わなければならないのねぇーと感じたひと時でした。施術後、オリタンを大量に作ったからもって行きなさいとシオモニに言われていたので、シデクによる。シデクには木曜日に退院したシアボジもいた。シアボジが携帯を変えたいというので、チノといっしょにSKテレコムへ行って文字が大きくてカラーで写真付きのものを購入。シアボジは今の携帯8年も使っているので保証金もポイントもすごいことになっているのだ。とにかく私のよりよっぽどいい携帯を買ってご機嫌だった。この日は家の方では桜が満開になるころなので、先週みれなかった桜を見に行こうとしたのだけれど、結局うちに帰ったら8時だったので却下。日曜日も朝から用事があったので却下。結局桜をほとんど見物できずに春がおわることに・・・。
2007年04月21日
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手抜き日記ですみません・・おならの音と臭いを吸収するクッション多くを語る必要は無いでしょう。とりあえず買ってやりたいが高い。
2007年04月19日
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あさから暇ピーしていて、世間で一生懸命働いている方に申し訳ないくらい暇な1日です。しかも明日は3年生全国連合考査だから授業ないし。なので昨日書こうと思った日記ちらっと書こうと思います。******土曜日の出来事先月からクレジットカードを使うのをやめた。自動引き落としの保険と交通カード以外は使わないことに。それでかなりの出費が抑えられることを実感。でもって今月は家族会議を開いて予算を決めることに。1ヶ月のお小遣いと絶対に今月買わなくてはならないものなどを決め、そしてなによりも酒日を週1にした。酒日の予算は一回2万wを超えてはならない。しかもそれは週末にってことで。で、この日が待ちに待った酒日だったのです。マートで瓶ビールを○本買い、(1万w分)鶏肉と乾物つまみを買って17000w。鶏肉はヤンニョムが付属していたので家に帰ってブルタクを作ることに。ねぎとニンニクを入れて、味見をしたら結構甘いので唐辛子の粉をワサワサ投入して乾杯した。とてもよい日でした。日曜日の出来事朝起きてご飯を食べた後、ソヨサンに行くことに。ソヨサンは地下鉄1号線の最北端の終点で、家から車で30分くらいのところ。ソヨサンにたくさん桜が植わっているというので見に行ったのだ。しかし、まだ2~5分咲き。かなりガックリ。登山客は地下鉄が開通してからかなり増えた。あったかくなったし、天気も良かったからね。ただ、この山は国営?の自然公園なのだが、入場料をとられる。2000W。チノと二人で山のふもとの公園みたいなところでバトミントンをした。15分くらい打ち合ったところでチノが低血糖になって駐車場の売店に捕食を取りに行った。時間も時間なのでソウルへ向かう。ソウルのナムサンは桜ももう終わりにちかずいてたけれど、いろんな花が咲き始めて、緑も出てきたのですがすがしい。礼拝では説教をクリスティーナ・キムという超パワフルな独身アジュンマ宣教師がした。私が教会に居座るようになったのはこの教会はどんな、誰が聞いても胸を打つ話しをするからだ。この日はたまたま担任牧師ではなくこのアジュンマが話したんだけど、結構考えることがあった。*人は心の傷が人生をダメにするんじゃない、傷を受け入れる自分の価値観が人生を左右するのだ*人にとって大事なのは速度じゃなくて方向だ*自分が過剰反応すること、自分の行動が正常に働かないことがあるときは、潜在的な部分で幼いときに影響をうけたことがあるといえる。そんなとき自分で問いただして答えを見つける努力をすること人生って苦労した人が語るとやっぱりその言葉は重く感じる。この宣教師も幼いころとても苦労し、思春期のころも、かなり複雑だった人だ。ここでまたいろんなことを書くと宗教じみてしまうからあれなんだけど、とにかくつらい経験や苦労を経験した人ってのはすごい説得力があるなぁと感じた。人にとって大事なのは速度じゃなく方向だっていうのはほんとに私が教師として生徒に伝えたいこと。勉強できて大手にはいる子もいるし、勉強できなくて大学にも行かない子もいるけれど、それが人生のすべてじゃない。「方向」っていうのも結局は自分の極意みたいなもので、どれだけ充実しているか、どれだけ自分が自分らしく生きられるかってことでしょ。幸せの定義は人それぞれ違うし、幸せか幸せじゃないかって言うのは自分の判断だからね。他人が不幸だと思うような状況だって自分が幸せで満足だと思えばその人の人生はいい物になるんだし。お金が無ければ、かっこいい人と結婚できなければ不幸だと思う考え事態が不幸でしょ。なんだかよく分からないけど・・・とにかく・・・。その後は夫婦モイムにチラッと行って、その後はシアボジのところへ。実はこの日シアボジが入院していたという事実を知ったのだ。家のシアボジ私よりも日本人らしい。家の両親よりも日本人ぽい考え方の人。子供に頼ることを嫌い、人に迷惑をかけることを何よりも嫌いとする。人に金は貸しても絶対借りない人だ。去年交通事故にあって砕けた骨が、今また分離してしまったという。複雑骨折で、今回は、腰の骨を腕に移植する手術をしたんだって。結構大きな手術だったんだけど、シオモ二に絶対このことを他の人に言うなって言い張って。この日たまたまシオモニに電話したのだけれど、シオモニは家族だけにはと思ったらしく話してくれた。見舞いにくも行かないもスキにしなさいって。で、結局お見舞いに行ったところ「そうか・・・しっちゃったか母さんが言っちゃったんだな」ってたいそう喜んでくれた。あるうちは「イタイイタイ」と大事のように、子供たちに面倒を見てもらおうとするシデクもあるという。いろんな意味で、家のシアボジ、私が30年早く生まれてたらたぶん恋してたかもって思うくらい価値観が尊敬できる人だ。この日はソヨサン→ナムサン→サンボン→ウィジョンブ→家って感じで結構いろんなところをぐるぐる回ったけれど、なにげに充実した日だったのです。
2007年04月17日
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とっても長い日記を書いたのに・・・消えた・・・書く気なし。あ。家のほうはまだ桜が見ごろじゃありません。来週くらいに満開になるかなぁ~
2007年04月16日
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韓国では小中高と放課後実習みたいな感じでいろいろな科目を教えるプログラムがある。校外から講師を呼ぶ場合もあるし、学校内の先生がやることもある。美容からスポーツ、外国語、パソコン関係にいたるいろんな科目。高校生にまでなるとほとんど外国語とパソコン関係だけになっちゃうけれど。で、この放課後授業のことを「とくぎてきせい」(トゥッキチョクソン)という。私はこれを漢字で「特技適性」とずっと思っていたのだが、在韓のこの授業について書かれている日記を読むとほとんど全部が「適正」と書いてある。でも「正」は韓国語で「ソン」とは読まないし、ハングル2005で「チョクソン」と書いて変換すると「適性」と出る。特技適性は自分の性質?に特技を持たせるって言うイメージがあって、正すものではないような・・うーん。うーん私が間違っているのかなぁ・・・。******************************どうでもいいけど最近の悩み事最近自分のブログへの書き込みたいするレス、他の方のブログへの書き込みに気の利いたことがかけない。なんとなく変な、いやにかたっくるしかったり、変に自分のことだけツラツラと。書き込みしてくださる方へのレスもなんか変。気を悪くされたりすることがあるかもしれませんが、私も悩んでいることなのでちょっと理解してもらえたら・・と思います
2007年04月13日
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去年の夏に科学の先生がいろいろと実験を行っていたのは知っていた。そして人工授精してヒヨコが生まれたことも知っていた。それが成長過程をビンに詰めて学際で発表し、その他生きているヒヨコたちの親探しをしていたのも知っていた。 しかーし・・・。そのひよこたちがまだ学校に存在することは最近になって知ったのだ。 うちと学校はすぐ隣。隣というからには本当に隣で私が住んでいるアパートから壁は大体20mくらいしか離れていないのだ。 どうも最近「コケコッコー」と毎日どこかから聞こえてくると思ったら、うちから一番近い学校の端っこに鶏小屋ができていた(脱力) 日曜日も朝も昼も夜も関係なく鶏は鳴くのである。 しかも3年生校舎の一番すぐちかく。 授業中もコケコッコーとうるさい。 ある学生は私に 「先生!鶏どうにかしてほしいです。もってかえって食べてもいいですか?」と冗談交じり。 かくいう私も 「住民として耐えられないわ、あんたが学校で懲戒処分になったらわるいけど、もって帰ってもいいよ、てかどうにかして。」とまた盛り上がる。 「先生鶏小屋の鍵の番号入手しました」 「そうか・・それじゃいつやるの?」と。 一般の高校で鶏育てるってあり?ありえなーい! どうにかしてくれ鶏の鳴き声・・・。
2007年04月11日
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一日中室内にいるほか、出退勤も徒歩3分なので、天気がいいとか、寒いとか暖かいとかあまり感じない今日この頃です。 でもまだこの辺は寒くて桜もチラホラ?桜自体無いのかもしれないけれど。とにかくケナリとチンダルレがチラホラ咲き始めました。 週末です。今日はもともと4時間授業があるのだけれど、私が一人ではいる授業はなんと2時間。その上、権先生が出張などで抜けた分を補修するとかで、今日は授業に入らなくてもいいことに。その代わり、来週の金曜日に提出の中間考査案を作っている。 私が新任で来た時は、原語民に試験を作らせることはまず無かった。2年目から2,3問、去年からいきなり20問くらい作らされ、今回にあたってはほとんど?の割合を作っている。 それでも私が作った問題はそのままそっくり出されるわけじゃなくて、権先生が手直しして出してくれるのだけれど。 そんなわけで、難しいのは去年、一昨年と問題がひとつも重ならないこと。教科書が同じで、いつも範囲が同じでその上範囲が狭い2年生の1学期の中間が一番難しい。だって出すこと無いんだもん。問題に出すことが限られてしまうから。 また研究部から「ちょっとこの問題直してください!」って指摘されるんだろうなぁ・・・。 それにしてもいつもは試験問題提出期間の10日間は学生が教務室立ち入り禁止になるのに、まだ立ち入り禁止の札がだされないので、問題が作れんのです。そんなわけで今日は結構余裕の一日です。
2007年04月06日
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久々に学校が終わった後、J先生(うちの学校の国語の先生)とD先生(2年前までうちのに学校いたコンピューターの先生)と会うことになった。J先生とD先生は同い年で37歳。同じ団地に住んでいるのだが、なかなかあえなくて、たまたま今日時間があるのであったのだった。J先生のうちでD先生を待つ間、凶暴化+甘えモード+ワガママ炸裂の子供を相手にしてヘトヘトになる私。1時間くらいして、D先生がやっと来た。外で食事しようかと思ったところ、雨が降ってきたので近所でまぁまぁおいしいコプチャンをシキることにした。J先生「久々にあったんだから一杯乾杯しないといけないんじゃない?」D先生はすごい酒飲みで毎日毎日ソジュを飲んでいるイメージもあり、泥酔するところも何度も見たことがある。とにかく酒がないと遊べない、お酒大好きなのである。そのD先生が「あ、私お酒飲まない」というではないか!!!J先生と私、瞬時に「ピーン!」ときましたよ。J先生「あんた、妊娠したの?!」D先生耳が赤くなる。わー!やっぱそうなんだ!!3週間前私がD先生に会ったときは毎日ダンナさんと晩酌をしていると聞いていたのに。D先生2年前まで、相当夫婦仲がもつれていたのに、時間は薬だ。いろいろな努力?がみのったのかぁとうれしくなる。上の子が今小学校5年生。その間二人目を望んでいたけれどいままでずっとできなかったという話しを聞いていたのでなおさらのことだ。これで夫婦の仲がいっそう深まって大事にしてもらえたらなぁと思うのだった。***で、ここからは「考」の巻妊娠が発覚したらやっぱり今日の話題は妊娠、出産となるわけです。そこで、聞いた話。D先生は昔かなり有名な製紙会社に勤めていた。結婚してすぐやめて子供ができ、5年後に社会復帰をした。5年間子供とだけ向き合って、専業主婦をした。よって、義母や自分の親に預けている母は「ニセ親だ」と断言する。毎日子育ての酸いも甘いも経験している親は子供に対して声を荒げて大きな声でしかることも多々あり、アジュンマ街道まっしぐらになるしかないけれど、子供ができてもお姫様街道から抜け出せないのは子供をほかに任せている親だからできることなんだとさ。それと、これはちょっと納得した話。いくら経済的に困っているといっても1円でも多く稼ごうと躍起になるなという話。D先生には製紙会社に入社したとき一人の女同期がきたそうだ。その人は結婚しても会社をやめず、妊娠しても毎日夜な夜なパソコンに向かって夜勤をしたそう。その際電磁波遮断エプロンと手袋をしながらの勤務だったらしい。結局その疲れか7ヶ月で子供を出産、保育器?に入れられ子供は未熟児で障害を持ちつつ一日10万Wの入院費。結局妊娠中に稼いだお金以上のお金が出て行った。次は分かるけど、納得はできない話。D先生の旦那さんの部下二人はD先生と同い年。その部下二人が同じ時期に妊娠し、同じく妊娠中になんらかのストレスを受けたという。一人は夫婦喧嘩、もう一人は借金のせいで仕事を無理にしたこと。同じ時期に出産予定だったが、出産前に二人ともおなかの中の子供の心臓に異常があることが分かった。病院の医師から心臓以外も保障できないといわれたという。一人は生むことを決心し、一人はあきらめたという。私はこの時点で耳を疑ったのだが、もっと衝撃的だったのはその子供9ヶ月だったんだって。犯罪では?ニュースでは7ヶ月で生まれた子供が健康に育ってるとかやっているのに。それって日本じゃ絶対できないことだよね?韓国でも不法なんじゃ?結局子供を下ろしたほうの親は2年間ずっと寺に通い続け罪を償い苦しんだけれど、2年後こどもをまた授かったという。ここでメデタシメデタシといっているD先生J先生にちょっと疑問を感じる。で、一方、心臓に問題があるといわれても生んだ母親。子供は7歳になってもオムツをし「おーおー」という言葉しか発せられない。よだれをたらし、寝たきりの子供。それでも母親は「あなたを生んでよかった、あなたがいてくれるから私は幸せよ」と言っているという。それに対してD先生J先生は「世間体」だと言う。自分に言い聞かせているだけの言葉だという。私は子供がまだいないから、なんともいえないけど、それって?って思う。どんな形であれ、自分の子供だったら愛情ができるものなんじゃないのかな?健康じゃなかったら邪魔者なの?2人の子供を比較していたけれど、9ヶ月でもおろして良かったと言っている二人にはちょっと疑問を感じた。それぞれの家族には傍目から見ては分かりえない事情があるからなんともいえないけれど、なんだかなぁとふと思った。私も子供を生んだらしばらくは仕事をしないつもりだけれど、でも子供が健康じゃなくてもどんな形であっても、それはそれで自分の運命なのだからと受け止めなきゃいけないものなんじゃないのかなって・・・。
2007年04月03日
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今年に入ってからずっとプールに通うつもりだったのに気がついたら4月になっていた・・・。私の住んでいる地域はプールがひとつもなく、あるとしたら隣の市まで行かなくてはならない。でも私が住んでいる団地からシャトルバスが出ているので、新しい気持ちで通おうと決め、シャトルバスに乗り込んだ。 シャトルバスで20分くらい。駅から近いビルの6回にプールはある。ヘルスやらヨガ、ゴルフなんかもできる、このあたりでは多分一番大きな施設なんだと思う。ソウルだったらこの程度の施設はどこ行ってもあるのになぁ・・・。 19時から自由水泳時間だったので1ヶ月料金ではなく1回料金で入った。5000W。毎日は通えないし、しかも月水金いがいは21時からなのだ。ということで気が向いたときに行って、気の向くままに泳ぐことに。 入り口から脱衣所を通って入ると沐浴湯みたいな感じの大きな浴場があって、そこでシャワーして、一通り洗ってから、水着に着替える。風呂場で水着に着替えるって結構違和感。沐浴湯から階段を下りていざプールへ。目が悪いので、段差が分からず結構こわかった。 私の体重がおそらく今より20キロくらい軽かったころ、つまり遠い昔チームのエセ選手だったころは自由形は50m34秒くらいで泳いでいた。バタフライも50m45秒くらい。今は重くてバタフライなんかしたくもないけど。 1時間チョイ泳いで、無重力のいい感じ?をひさしぶりに味わった。どれだけ泳いだのかはよく分からないけど、とりあえずソウルで通っていたときより水がきれいだったのが印象的だった。 かなりヘトヘトになって、浴場で湯船に浸かって洗ってから帰りのシャトルバスはもう終電終わっていてなかったので、地下鉄で。家に帰ってきた時点で筋肉痛が始まっていた・・・いやぁ久しぶりすぎて無理したのかも。
2007年04月02日
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先日の日記で日本語の放課後授業がなくなったことは書いたのですが・・・。研究部の先生がこそこそ話しているのを聞き耳立てていたのだが・・・。放課後授業、しかも原語民の授業だけ5000W下がるという・・・。去年も予算の関係で一斉5000W下がったので差し引きおととしより10000W下がったことになる。しかも今回原語民だけ。ほかの科目は一緒。はぁ~今回やらんでよかったわぁと思いましたよ。やりたくてやってるわけではなく、半分はのためにやってるものだからなぁ・・・。どうでもいい話なのだけれど、私はネィテブという言葉は別になにも思わないのだけれど、仕事上ネィティブの管理をするさい「原語民先生」といわずに「原語民」と呼び捨てみたいにつかわれるのでなんとなく気分が悪い。たとえば「原語民の管理どうなってるの?」とか「原語民の公文が来た」とか。分かるんだけどね。分かるんだけどさ、なんとなくいい気分がしないんだよねぇ。自分で使うのならまだしも。あと教頭に「みるかる先生」ではなく「みるかる氏」と呼ばれるのも嫌。しかも私だけ。ほかの先生、ほかの原語民先生には先生って言ってるのに。まぁささなことだけど、小言ってことで。
2007年03月28日
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今日は私の日本語担当の権先生がいなかったため、一日の授業をすべて私一人でやった。 最後の授業は7時間目3年3組だったのだが、権先生もいないことだし、7時間目だし、月曜日だし、これからヤジャもながいので20分くらいは質問コーナーにした。 私は学生だけじゃなくていろんな韓国人から結婚したから国籍が韓国人になったのかと聞かれる。 そのたびに超面倒くさいのだが、今回もそういった質問を受けた。 私のアイデンティティーの問題や、結婚という一瞬のことで国は変えられないということを話したらすごく納得していた。 結婚したからといって、彼氏が韓国人だからといって、サッカーで韓国を応援するのか?といわれるけれど、みんなには申し訳ないことだけれど、それは絶対ナンセンスな質問なんだよ。って言ってみたところ 「それは絶対当然のことです。なんで誤るんですか?」と口々に言われた。 なんだか私は周りにいる大人たち?には「なんで韓国人にならないんだ?韓国人と結婚したんだから当然韓国人になるべきだ」とか「韓国人なんだから当然韓国を応援する」と思っている周囲の教師たちに比べるとなんて物分りがいいんだろう?というか、私を日本人として認めた上で、私個人を認めてくれたような小さな幸せを感じてちょっとジーンとした。 こういうことって結構ある。 教師って言う職業はなんでも人に「教えよう」として人の話を聞かない。自分が言うことが正しく、その話し方も人より上に立ったものの言い方をする人が多い。教師っていう職業病なんだと思う。私は周囲の先生と親しくなれば親しくなるほど、また、それが少しでも歳が上なら上なほど感じる。他人が知っていることよりも自分が知っていることの方が多く、絶対最後まで伝えなくてはならなく、同時に人の言うことを聞かないことも多い。 私も気をつけようと思うけれど、私自身もたまに、自分がそうなっているのを感じることがある。 私が正直に思っている竹島の考えとか、韓国人にならない理由も生徒たちは関心を持ってまじめに聞いてくれた。自分とは違う考え方でも、自分とは違う意見を持っていてもそれを受け入れられるってすごいことだと思う。 そういうのって言っても分かってくれない今の教師よりも、生徒の方がよっぽどマシだなって思った。そしてありがとうって思った。
2007年03月26日
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土曜日はデスノートをけっこう楽しく見た。予想の他おもしろかったのだが1,2を立て続けに見てたら2時を越してしまった。 さて、1と2を見る間にちらっとテレビをつけたのだが、MBCで純福音教会の某担任牧師の問題がとりだたされていた。純福音教会は教会の建物、教員数、献金額など世界1の規模で有名な教会。 韓国のクリスチャン(プロテスタント)ならこの牧師を知らない人はいないといえる。 韓国ってクリスチャンも多いが、その分、神学を学び牧師になる人が多い。牧師が多いとなると、自分で教会を立てたくなるものだ。普通、ちっちゃなドンネの小さなビルの2階とかにある教会の場合、財政はとっても困難で牧師をはじめ、伝道師も生活がとても困難である。(それは自分が望んでしてるってのものあるけど。) しかし、大きな教会になると牧師もBMWに乗り、どこどこの何々アパートに住み、ってこともありうる。 教員の数と牧師の給料は比例する。これはどうしようもないことなので私はどうも思わない。 なぜなら貧しく暮らさなくてはならないという美学は仏教思想であって、クリスチャンは民主主義だからだ。 お金持ちもいて貧乏もいる。ただお金持ちの場合お金の使い方が重要だというものだし。 ここでの問題は、この牧師は引退宣言をしているのに引退をせず最高の地位を持って、その妻(牧師)も教会の最高支持者の中の一人だし、財政を管理する人も親戚ばかりだということ。 そして細かい決算などが公開されず秘密というところが問題なのだった。でもまぁ大多数の教員たちが別に神経を使ってないんだから、教会外部の人が問題をつくっているのかもなぁと思ったり。自分が通う教会で問題を感じないのだったらそれでいいんじゃ?とも思ったり。 だって献金だって自分で納得して出しているのだろうからね。 ちなみに、この放送で純福音協会と比較をする教会というもので私の通う教会も出た。私が通っている教会はネットで知ろうと思ったら、牧師の給料も、伝道師、カンサまで、また献金から予算決算まですべて見ることができる透明性がある。 お金の使い方では本がベストセラーになる牧師だ。私もいろいろ学ぶところもあり、テレビで自分の教会がでることがうれしくもあった。 自宅訪問して宣教する人、道で勧誘する人、電話で勧誘する人は普通の人には全部「教会」とか「クリスチャン」とか一くくりにされるけど、普通はそんなことしないのに。 今回もお金の問題に関してこういう風にテレビで取りざたされるとまた教会(クリスチャン)のイメージが悪くなるんだろうなぁとチノと話していた。
2007年03月24日
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先日おととし一緒に勤務をしていて、近所に住んでいるD先生に久しぶりに会いに行った。 家が近いのに会うのは久しぶり。 このD先生は不動産にやたら詳しくジェテックもいろいろな方面でやっている人だ。 ソウル、イルサン、私が住んでいる開発地域にアパートを持ち、今度、どこが開発されるのかいつも目を光らせている。 この人に聞けば、我が家の値段はもちろん、隣の団地やら、少し離れたところ、市内、ソウル一体の値段まで知っている。 今回もウィジョンブの有名なモロクソボロのドンネが開発されるという情報を入手したという。数年前中浪川が洪水で氾濫し地価のとても安い地域。彼女の話がただしければ、議政府に新世界デパートが進出し、新世界がくると、ロッテもくるというのだ。駅の近く、いま議政府市場がある辺り一体。 ふつう、開発地域に選ばれ、アパート建築が確定すると、そこのもともとの住民にアパートのプレピア層(高層階)が優先で分譲権が与えられる。 そこでジェテックをする人は「もともとの住民になりすます」という業を使う。ボロ屋でもいいので、ビラでも連立でもいいので部屋を買う。D先生はそのドンネでボロビラの小さいビラを買ったそう。5000万で。そりゃおトクだよね。 来年になったら億単位になるって分かってんだから。 狭いビラなので分譲しても25ピョンくらいの家しかもらえないだろうってことだけど、それでも簡単に1億なんて簡単に儲けちゃう・・・。 そいうのも不動産、宅地開発にくわしくて、ある程度の資金があって、テチュル率もいろんな銀行調べて利子が少ないところを選び出し、とにかく自分で聞いて回って行動を起こす人じゃないとこんなジェテックなんてできないよなぁ。 宅地開発の決定が出てからでは地価がすでに上がってしう後なので、うわさが出ている時点で行動に移しビラを買い、実際決定されてすでに地価が上がっている。 やっぱそういうのにぬきんでている人にしかできないと思う。 私は知識がないのでそこまでできない。ただ今のうちの値段が2000万上がったというので両手をあげて喜んでいるだけ。 ともかくD先生とは会うとかならずジェテックの話しを聞かせてもらうんだけど、私とは違う世界のことだなぁ・・・と感じるのだった。
2007年03月21日
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いつも日記で04年度の卒業生教えてたころはほんっとに大変で、まぁいい思い出だけど、2度とは担当したなくないと何度も書いてきた。 でもなんだろう、卒業して、たずねて来てくれたり電話をくれるのはいつもその年の卒業生だ。 あのころと同じくらい人懐っこいところは変わっていないけれど、とっても成熟して大人になったなって実感する。 05年度の卒業生はどの先生に対しても尋ねてくることもなく、修能のとき意外は知らん顔なのに。 昨日ホンソクが学校にやってきた。 以前イラクからコレクトコールで電話をかけてきた海軍の卒業生。 学生時代はみんなから「サムライ」と呼ばれていた。 目つきが結構鋭く、はかまが似合いそうな感じの子。 日本人っぽい顔つきでみんなからサムライと呼ばれていた。もちろん勉強はゼンゼンできなかったし、いっつも学生部によびだされ、連行され、懲戒(これを韓国語読みすると怪しくなるのであえて漢字で)を受けてた。 6ヶ月の任務でイラクからもどり、1ヶ月休暇がもらえたそう。 そして、これからは海兵隊にまた戻って勤務をするんだって。 兄弟がいないからこうやってたずねてくるのかもしれないけれど、うーん、なんか立派になってお母さん感動!っていう感じ?3回ほど死ぬ瀬戸際まで行ったと話していた。 こうやって自分の国、ひいては自分自身なにも得になることは何にもないのに、他国に行って戦って守ってあげる精神がすごいなって思う。 あのころはまったく将来のことなんか考えていないアホだったのになぁ・・・。そのときだけ楽しきゃいいって感じで先生に対しても反抗的だったし、生意気だったのに。 なんだか彼を見てると 勉強だけがすべてじゃない、不良学生っていわれても地に足はついてるんだなって思う。
2007年03月19日
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地下鉄を乗りついで、超ひさしぶりにカンナム駅まで。 カンナムはソウルに住んでいたころはしょっちゅう来ていたところなのに、なぜもコンナに遠く、そして胸が高鳴るのかしら。 *事前話 私はマイミクの鮒ゑさんとネットで調べたことを考慮して、ちょっとミロって行きました。(あまりきれいにそりすぎてもあれかなぁとおもい超雑に。なので、ところどころケがピヨンピヨンとでていたり、ジョリジョリしていたり。家をでる直前までノースリーブを着ていこうか悩んだのだが、えい!もう知らんわ!どうせ借りられるんでしょ!と思い中には何も着ないで行った。) さて、病院について予約を入れた胸を言う。 脱毛の相談を受ける。てかコレはただの説明だった。というか、全然相談とは関係ないんじゃ?ということだけ聞かれて恥ずかしかった。 医師 「えっと、あのなんでこれ日本人の名前なんですか」 「なんでここだけ剃ってここに毛を残してあるんですか?」 (↑この質問再三されたのでちょっとムカついた+恥) ともかく5回以上して今ある毛の80%無くなったら永久の効果があるといえるそう。5回やって80%くらいの効果がでるひとと、そうでないひとがいて、人それぞれなのでとりあえず、やってみないとわからないとのこと。 私が行ったところはパッケージで 5回、ワキが20万、脚(膝下)が50万。あわせて70万。 A/Sは2年以内に2回サービスを受けられる。 ほかのサイトを参考にすると膝下はほとんど100万でその代わりに永久A/Sが受けられるというものばかりだった。 でもこの病院、ほかのところよりかなり安い値段で提供しているのでだんだん経営が困難になってきて、数日内に値上がりをするらしい。ので参考にされる方はご注意を! なんだか相談っていえるのか説明といえるのかわけ分からずに医者と話を終えて脱衣所へ。 脱衣所で、キティーちゃんのかわいいノースリーブワンピースみたいなのに着替えて、上からはガウンを着てレーザー室へ。 レーザー室は毛がこげたみたいな匂いが漂っていました。 まずはワキ。ここではほかのネットで書いてあったようにサングラスみたいなのはせずに、レーザーやってる間は目を閉じててねって言われただけ。 ピーとなるとバチって音がしてチクっと刺される感覚。周囲よりも中心が痛かった。ところによって痛いところと痛くないところがあるんだけど、多分毛が集中していたり、神経が集中しているところはいたいのかなと思った。 しっかし、ワキは5分くらいであっという間。 この後行われる脚に比べたら屁のようなものだ・・・。 ひざ下・・・。 もうコレは・・痛かった・・・。私がもともと毛が太いのもあると思うけど、たとえて言うなら、一昔前のきれいなお姉さん脱毛機でブチブチ毛を巻き取りながら抜いていく感触?それを5本くらいイッキにそれもゆっくりと抜かれる感覚。 私は毛が太いのでいつもこのきれいなおねえさん使うときは抜いた後、毛穴から血が出ていたものだけれど。まぁでも痛みもそのうち慣れてきて、もうどうにでもなれって感じ。 かく言う私も痛みには強いほうなので。 終わってみると脚の毛穴はすべて真っ赤でこれも「きれいなお姉さん」した後って感じだった。 その後冷却なんとかというものもせず、 「じゃ、終わりました」ってんで、着替えて会計を済ませた。 ほかのところは冷却マットやらそんなのもしてくれると書いてあったのに。 そんなわけで、私の場合、かなりの痛みを伴いました。 その名もドクタージェモというところです。 http://www.doctorjemo.co.kr/ 医者が変わっているのでカンナム店よりもヨンドゥンポ店のほうがいいらしいです。ヨンドゥンポは女医さんで親切らしいし。 カンナムはちょっとへんちくりんな医師だったのでうーんと思いました
2007年03月17日
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今年、今の学校4年目で、私立と違い、毎年毎年先生もすこしずつ移動になり、しいては担当部署が全部いっせいに変わるため、原語民担当も毎年変わるわけで、そのたびにビザに関することやら、公開授業、休暇など、いちいちいちいち契約書を掘り返しては確認して、ってかなり面倒+迷惑なのである。 1年目はなーんもせずにのらりくらりと授業したら 2年目からは突然公開授業の命令が教育庁からくだされ、 3年目からは公開授業が年2回になり、 毎年担当も、たまに校長や教頭もかわったりするのでそのたびに言われることが違ったり、この間まで正しいとしていたことが間違っていたり、間違っていると思っていたことがあっていたり。韓国の先生に対する不信感と、適当さはもちろん日常の姿を見ていても「先生たるものそれでいいのか?!」と思う場面は日常茶飯事。もし子供がいてもこんな学校絶対通わせないと思うのだった。 ** 今日突然日本語の権先生が話がると言って私を呼んだ。 権先生は私が来たときに転任してきた40代後半の男性で、学生課の部長をしていてとても忙しい人でもある。 私が来たときから一緒にやってきた仲なので、あうんの呼吸みたないもう、言わなくても分かるような仲でもある。(決して会っていて気を許せるような人ではないけれど) 公開授業を突然教育庁からやれと公文が来たときは、とても憤慨して抗議していた先生でもある。 ので、権先生は公開授業に関してとても否定的なイメージがあったのだ。 んで、今日のお話。 5月か6月に研究授業があるというのである。 今年はうちの学校が師範学校?に選ばれたので、研究授業が多く開かれ、外部からのお客さんもたくさん来るというのは聞いていた。 しかし話しによれば権先生自身が、教育庁に研究授業の公募に、私と授業をするという前提で自ら参加したというのだ。 それも私に一言も言わないで・・・。 その研究授業もおそらく権先生自身の点数稼ぎのためだろう。 研究授業は春と秋に1度ずつあるという。 ってことはなに?私が無条件しなきゃいけない公開授業が年2回で権先生の研究授業に強制参加されると今年の公開授業は4回か?ってことです。 そのうえ、自分の力だけでどうしようというのではなく、おととしやめた情報処理の先生にまで手を借りようという始末なのでため息物だった。 全くトホホだよ。他人の点数稼ぎのために私は教案も作らなければならないしパワーポイントもつくるのさ。 私にプラスなものは何一つ無いのに。 給料上げてくれよって感じ。 自分がやりたくない授業は奨学師にまで抗議して、絶対やらないとか言っているのに、自分の点数稼ぎのためには公募に応募してまで、そして、他人の手(能力)を借りてまでするってあたり全く「らしい」と思った。 部長クラスの人はそういったパソコン関連、編集関連に非常に疎いので昇進のために、部下の先生を利用し、ただ働きさせるのも去年もよく見た光景だったからね。 憤慨はしたものの、もうこんなことには慣れっこだ。 驚きもしない。ただただメンドウなのでいかに手を抜いていかにテキトーにやるかだけを最優先に考えよう。 私は公開授業なんかよりふつーの授業のほうがよっぽど自分のためにも、生徒のためにもなると確信があるからね・・。 まったくすでに何を言われても驚かない自分に驚いたさ。
2007年03月15日
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昨日ひさしぶりにチノのドンネでチノの幼馴染3人と会った。お酒の席だったのだけど、私は運転するから飲まず。チノもできる限りはのまずにちびちびやっていた。以前の日記にも書いたようにチノの高校時代はかなりの荒れたモノ。そのときの友達ということで悪友といえば悪友。でもやっぱり会うと楽でおもしろいやつらだ。一方私はと言うと、小さいころ自分で言うのも何なんだけど、曲がったことが嫌いで、校則は絶対守る、守らないやつはゴミだと思っていた模範生。遅刻も欠席も、早退さえしたことがなく、オートバイに乗ったり、お酒やらタバコなんかやっている人は不良だし、大きくなったら絶対後悔して、痛い目にあい苦労するだろうと信じていた。しかし、この年になって、若かりしころお互いすごい正反対の考えと行動を取っていたもの同士が酒の席で会うと、やっぱりおもしろい。酒とタバコなどは当たり前のことで、中学3年生のときにTがチノに初めてエロ本の切り抜きを50Wで売っただの、ゴミ箱にすてられた怪しいビデオをみんなで鑑賞しただの。配達(チャジャンミョン)のバイトをしているときアパートでトイレがなく急なので、エレベーターのドアの中心に向かって放尿しただの、タバコのにおいがあってばれそうだから、バイクはにおいを消すために舌を出しながら運転しただの。今考えるとどうしてあんなことがおもしろかったのかわからないけど、バスの手すりにガムを引っ付けたり、女子トイレのゴミ箱を廊下に撒き散らしたりといたずら満載で、うちの学生よりよっぽど荒手だ。私は昨日のその話しを聞くまで、バスの手すりについているガムは「貴様の仕業か?!」とはじめて認識したのだ。つうかそれが、故意的にやられているということさえしらなかった。いやはや私がいつも相手にしている(してきた)生徒たちなんてホントに屁みたいなもんなんだなぁ・・・と。つうかそれよりもかなり上を行ってた人が私のダンナであり周囲の友達であったことがなんとなく面白くもあり心強くもあった。
2007年03月14日
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毎回日記に書くように生徒の質が年々よくなってきていると実感する。私は助動詞も教えないような第2外国語の日本語教師だけれど、多分ひらがな筆記、発音指導など初級の指導は何度も何度もやっている。生徒の質が変わるのを実感するのはそりゃ生徒の顔を見てもわかる。だっていかにも勉強できなさそうなコってホントにできないことが多いから。いままで何千人かの生徒を見てきたけど、やっぱりその感は裏切られたことがほとんどない。たまにできなさそうでもできたり、できそうに見えたりするこができなかったりすることはあるけれど。新学期にはいってすっごく痛感するのは字の書き方。今年の2年生はいままでにないくらい字がうまい。うまいというか丁寧に書く。ペン字教本というものを毎年かわせて書き方練習をさせるのだが、今までの生徒は「うまく書く」より「早く埋める」ことのほうが重要で字に対する執着も、集中も、愛情もなかった。今の2年生すごすぎる。字がキレイ。ゆっくり、私が書いたとおりに丁寧に書いていく。韓国って日本よりも字をうまく書こうとする習慣が早く薄れてきているような気がする。私が見る限り、韓国語を習って使っている日本人のほうがよっぽどハングルを上手に書くし。私も中、高と自分の下手な字をどれだけうまく見せられるか、すごい努力した記憶がある。漢字も、ひらがなも。今は昔よりぜんぜんへたくそになってしまったけれど、すくなくとも黒板に書く字だけはキレイに書いているつもり。やっぱり字がキレイだとあまたが悪くても教養があるように見えるし、頭がよさそうに見える。(気がする)私が通っていた大学はなぜかよくわからないけれど、体育会系の男の子もみんなほとんど字がうまかった気がする。少なくとも同じゼミだった子は字が下手なコはほとんどいなかった。超ギャル系で色っぽい某ちゃんなんかもすごい達筆でおお~とうなっちゃうような字を書いていた。ま、そんなわけで今回何が言いたかったっていうと、字を一字一字集中して書いてくれる生徒を目のあたりにして、やっぱりこれも教養なんだなと思ったわけです。
2007年03月13日
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私は韓国人と結婚したけれど、いろいろな諸事情もあり、「典型的」な韓国の嫁や家風からかなりずれている。もちろんシデクも(義父さん以外)私もクリスチャンっていうのも一理あるのかもしれないけれど。チノは小学校のときに難病とも呼べる1型糖尿を発病し今年20年目だ。小さいころは「コレを食べたら死ぬ」「運動しないと死ぬ」と本気で信じていたらしく、中学校くらいまでは本当に規則正しい生活を送っていたという。病気のせいで修学旅行には1度も行った事が無い。いまでも我が家で砂糖を使うことはほとんどない。チノがポンプにしたから結構お菓子も食べるようになったけれど、ケーキやお菓子を作ったとしても食べることに罪悪感があるのでほとんど作ったりもしなくなったし、食べもしなくなった。砂糖をつかったとしてもカロリー0のパルスウィートか韓国にも売っているカロリ50%オフのもの。私たちが太った理由は簡単。ビールである。甘いものはがまんできてもビールが我慢できない。体に悪くて、体を蝕むって分かっていてもお互い好きだから我慢できずに結婚1年がたって、二人して相当太ってしまった。話を戻して。もともとシオモニとシアボジの性格が正反対で仲が良くない中、チノの二つ上のお兄さんが高校生になる前後に精神を病んだ。日本名でいうと総合失調症で、韓国ではまだ分裂病と呼ばれている。そのころから家庭はかなり破壊されて、チノも高校にはいってからかなり荒れた。そのときは家庭からも認められず同じ水のなかで生きている友達とつるんでいたという。でもいくら非行にはしっても、ほとんど外泊はできなかったという。家に帰って注射を打ちに帰ってこなければならなかったからだ。私にはシスッ(アジュボニム)がいるけれど、ほとんどいないに等しい。シスッは施設にいて、これからもずっといるとのことだ。家庭によって家族が温かく、根気強く保護できるのであれば、十分に社会復帰できるというが、事情が事情なので彼がもどれる場所が無い。義母さんも、義父さんも、愛していないわけではないけれど、それを受け入れられる器がないということだけはたしかだ。それを受け入れるには想像もできない努力が必要なのだ。器があったとしても想像を絶する。だからミョヌリである私がどうこう言える立場でもないし、だからといって我が家に引き取るわけにはいかない。だって24時間看護が必要だから。痴呆症よりもはるかに扱いが難しいのだから。チノの病気は医学の発達と共に歩んできた?ともいえる。幼いころは血糖値を計るのに注射で血液を採取して結果がでるのも1日がかりだったという。いまじゃ針で1滴だけ血をだせば10秒も待たずに血糖値がでる。インシュリンもそのころは豚などの動物のものを使っていたし、注射もガラスだったという。いまじゃペン型のもあって外見からでは注射には見えないものもある。そのうえポケットベルくらいの大きさのポンプがあって、食べた分だけインシュリンを注入すればいいといという機械もできた。一般化されて無いけれど吸引式のインシュリンもできたし、なかにはすい臓移植をする人もいる。それを考えると、うちらが老人になるころには完治も難しくない研究ができそうだよね~などと話しているし、実際そうなると信じている。。とりわけ、何年か前の黄某教授の発見やら開発は私たちにとっては希望のものだったので失望も大きかったけれど。チノが大学卒業してから改心したのは、高校、大学と無茶な生活をしたため(酒タバコ)合併症がでたためだ。眼底出血して何度か手術した。それからちっちゃいころはただ通うだけだった教会に心も一緒にのせて通うようになったのだ。んで、私とそのころ会って付き合うようになった。私と付き合い始めてからも初期のころ本格的な手術をした。ものすごく大変で実際私も怖かった。私はチノと付き合って、いろいろ悩んだし、彼の家庭環境、全部受け入れられるか悩んだけど、いまも、多分これからも後悔はしないと思う。チノは小さいときから義母さんにぜったい病気のことを話すな、じゃないと一生結婚できないよと言われてきたらしい。韓国ってそういう社会だから仕方が無いのだけれど、なんとも悲しい。でも私と結婚したことは、義父さんも、義母さんも、彼自身もとても誇らしく思ってくれる。最近は義父さんの笑う顔もとても増えてきたし、結婚してよかったと思う。夫の浮気やら、借金、酒癖、家庭によってさまざまだから、我が家が不幸って思ったことは無いけれど、でもやっぱり条件を見て結婚しようとしている女には腹が立つ。そしてちっちゃなことでウダウダ言っている人には「でも健康ならいいじゃん」と言いたくなる。正直うらやましいから。一度でいいから心配も恐れもなくチノと一緒にビールが飲みたかったかもというのがかなわぬ望みといえばそうかな。それと親戚。私はまだ子供がいない。姉も結婚していないから私には甥も姪もいない。チノも二人兄弟だからもし私が子供を一人だけしか生まなかったら、そして仮に姉が結婚しなかったら本当に私の子供はこの世で一人なんだなぁと思う。私も親戚とのやりとりも苦手だけれど、いない立場から見るとやっぱり親戚私からみるヒョン二ムとか、子供のいとことかがいないってさびしいと思う。そういう部分でほかの親戚やともだち、在韓日本人妻の日記などをみるとうらやましくもある。まぁでもそれに勝るものを得たということも確かだけれど。
2007年03月12日
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なんだかんだいって、最近日記を書いていない・・・。新学期が始まりちょうど1週間。うちの学校も今年で4年目です。例のアホ校長は2学期からほかの学校に移るとかで、結局私は日本からのお土産もさりげなく求められるモノもやらずに放っておくことに。雨の降る中始業式+入学式を経て、新しいクラスへ。2年生は3年生になり、1年生は2年生になった。毎度2年生は初めて会う顔振りだけれど、顔を知っている子も結構いる。3年生は今年受験生で、夜間自立学習も9時から10時までに延長。顔つきもちょっと変わった気がする。思えば3年間、子供のガラが、本当にかわったよなぁ。うちの学生サルから人間に進化しているよ・・・・。2004年はじめてこの学校に来たときの3年生。クラスの1人か2人くらいしか筆記用具をもってこず、小テストするよっていうときも教室でペンが空中に飛び交ったものだった。そりゃかばんも持ってこないんだからね。教科書はその当時私の授業では使わずプリント教材だったからよかったけれど。3年生なのに、受験なんて言葉はあってないもので、毎日毎日ほとんどの学生が食べるか遊ぶか寝ていたしなぁ。あれはあれでいい思い出だけど、同じ子をまた教えるとなるとちょっと勘弁。2005年の3年生は2004年よりはましだった。問題のある子や勉強にあまりに興味なさすぎの子は委託班として実業高校やテハン高校にいくことになったからだ。でもこのときの3年生は愛着があまり沸かなかった。そりゃ私にも問題があったかもしれないけれど、反日感情を言葉にだして、または態度に出す子達だったからだ。今までで一番心が生徒と遠くなった時だったかも。2006年の3年生はそれはそれは感謝感激雨あられ。日本語ができてもできなくても、本当に親身だった子たちだった。男子生徒も女子生徒も、とにかく授業で笑わない日はなかった。今年卒業して彼らに会えないと思うと本当に残念で仕方ない。で、いまのところの2007年の3年生。結構いい感じ。やっぱり勉強(日本語ももちろんひらがなは去年1年も時間を与えたはずなのに「あいうえお」まで書くのがやっと)できない子もいるけれど、それなりに楽しそう。私の話を聞いてくれないときはもちろんイライラするけれど。クラスにボールペンが2,3本の時代から一人一人ペンケースに赤ペン、シャーペン、蛍光ペン、消しゴム、カッター、のりまでそろえられ、ノートまで準備している感動ものだ。2年生はまだあったばかりでよくわからないけれどバシッと心をつかんで1年がんばらねば。でもやっぱり3年過ぎるとちょっと仕事に飽きだすという私の習性が見え隠れ・・・。ほかの職業や資格に興味もあるしいろいろ考える1年にもしようとおもう。
2007年03月09日
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またもや昨日話。やっぱりこの季節っていつもプライドを傷つけられるというか、韓国のやり方?に不満?不信を感じる。そりゃね、契約職っていうものは日本もおなじかもしれないけれどさ、原語民を雇うというのはある意味国と国の関係であって、それなりの礼儀をちゃんと守ってほしいわけだし、一方通行だけじゃだめだとおもうんだよね。契約するまえに研究部の部長先生から校長室に一緒に行くよう言われた。採用は校長の意のままにされるので、いままでは勝手にことが進んでいて、じゃ、行政室に行ってサインしてくださいねってので終わってた。でもいまの校長はちがう「来年度も仕事をしたいのなら『させてください』と意思表現しないでどうする?!」というのである。ここでの『させてください』というのは『言葉』じゃないのよ。『物質』なのよ。噛み砕いていうなら「プレゼント」、ダイレクトにいうなら「商品券(現金)」よ。私、はっきり言いますけど、ここでできなくてもいくらでも探せば生きていけるし、いままでみたいにビザ欲しさで学校に弱みがあったのも結婚ビザでいくらでも職をさがせる時間も余裕もできたわけよ。はっきりいってゴマすりしてまでいなくてもいいわけよ。結局契約がきまったのはいいのだが、今年から教育庁から下された契約内容が少しずつ変わった。1、産休90日のうち2ヶ月間は給料がでる→無給2、ビザに関する手数料支給→無給3、母国訪問(冬)に航空料75%支給1,2に関してはホントショック・・・子供生むなってことでしょ?3に関してだけはいいけれど、なぜに中途半端に75%?わざわざ高い飛行機で行かないと損だよね。それと不服事項今回私の給料は2等級というものだ。いきなり契約書に2等級という文字がでたので行政室で聞いてみた。1等級、小中高の教員免許所持、科目に関する資格所持、修士卒業、2年以上の経歴2等級、小中高の教員免許所持、科目に関する資格所持3等級、4大卒業って考えると私は1等級ではないの?質問してみるとこれは英語だけにあてはまるのどうのこうの。今年から能力給というのが契約書には書いてあるけれど、ぜったい生かされないと思うんだよね。何年やっても同じよって感じ。いくらがんばっても、それはどんな基準で誰が判断するんだよ。1~3等級はそれぞれ給料がちがう。そして相変わらず中国語は日本語より給料が低い。まったくなんでかねぇ・・・・いろいろ突っ込みたくもどかしいことはたくさんあるんだけどさ、まぁいままでいたところが一番ラクということもあるし、いちおうあと1年は様子を見てみようと思う。*****************結婚して変わった点今日がバレンタインデーなんてすっかり忘れてたよ・・・。
2007年02月14日
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高校で働いて3年過ぎた。でもって今年再契約が可能に。ってことで4年目。それはいいことだけれど、3年間一度も契約内容が変わらなかったのに、今回変わったらしい。教育庁からのお達しで妊娠休暇90日、いままでは2か月分は給料が支給されたのに、今回からは無給になった。子供生むなってか!?人権侵害だ~!!(?)しかも韓国人と結婚したら半分は韓国人で少子化に助けをしてやってることになるのに!!なんだよなんだよ。去年子供生んだ中国人先生がうらやましい・・・・(泣)
2007年02月13日
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実は今週の土曜日に補修は終わっていたのだが、ウォンジンの希望もあり、今週末だけ補修を延長することいなった。日本語を話して通じることに面白さを感じたのか、話しているときは、もどかしくも一生懸命知っている言葉をつなげて会話をする。今日は最後だっただけれど、韓国語が50%も入り乱れてしまった。彼の家庭環境などを日本語で会話したり、また未来のことで助言をするときに韓国語が不可欠となったからだ。やっぱり家庭環境が複雑だと、将来の夢をかなえる道がむずかしくなるんだよなぁと感じた。とくに金銭面の問題だったりさ。でも家庭環境に問題があってもちゃんと育つ子は育つんだよなあ・・・などと感じ、彼の行く末がものすごく気になったりもした。さてさて明日は私のウォンス(敵カタキ?)でもあるコユネの結婚式だ。うちのガッコの先生なのだが、この3年間ひじょーに不愉快きわまる行動をとってきたので行くかどうか迷っている。どうせ来年からほかの学校に移るというのだし、べつに行かなくてもいいよね。ふふふ。
2007年01月19日
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先日チノと「美人は辛いよ」という「カンナさん大成功!」が原作の映画を見に行った。でた当初から見たかったのだけど、開放してからだいぶたってみることになった。さて、その見たところが「サンボン劇場」という超マイナーな映画館だったのだ。チノの実家の近所にあり、ソウルですがソウルっぽくない雰囲気の町にあり、その映画館はそれはそれは「昔」と「田舎」を強調している映画館で、カップル席に座り、なんだかべたべたする床で、不倫ぽいいやーな雰囲気をかもし出した中年カップルが後ろに座りげらげら笑い、前方には教会のモイムと思われるおばさん集団がごちゃごちゃうるさく、電話がかかってきては堂々と話し・・・。後ろの席はどすどすと私が座っている椅子を蹴る。ここまでは韓国じゃいつものことなので、まぁまぁと思っていたのだけれど。今回私は映画をみながらコリャだめだなと思ったのはその1 携帯電話を何度も確認する。これって、視界に電気の光が入ってものすごく不快なのです。隣の席のおっさんが、何度もでんわかかってきて、そのたびに確認するのでどついいてやろうかと思った。ホントむかつきます。その2 後ろにすわった中年カップル。どう見ても夫婦じゃないですよ。でね、映画みながら(男女ともに)ゲップしないで。これは反則。お手上げ。ごめん、あやまるからそれだけは勘弁して。
2007年01月16日
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すでに10日も過ぎておりますが、今年もよろしくお願いします。最近はミクシーの方ばかり日記を書いていてこちらの方に全然書いていなかったのですが、あるときは楽天のほうが打ち明けられる(打ち明けたい)日記の内容もあるなぁとつくづく感じます。さてさて2日から補習授業がはじまった。いつもこの補修はやってもやんなくても全然意味のない、中途半端なやるきの生徒のあつまりだったので、今回は「私が生徒を指名します!」ってなもんで、二人だけを指名したのだった。学校という施設はまったくおかしなところで、学院では考えられないことをふつーにやろうとする。それは「人数15人以上でお願いします。」とかわけわからない注文をつけてくるのだ。公立でやる気のある15人?いるわけねぇ~!私はふじぶじの生徒15人よりもやる気のある一人を選んだ方がよっぽどいいのだ。で、今回二人を指名したが、すでに一人は挫折。で、残った一人のウォンジン。まさに原語民課外無料講座ですよ。でもやる気もあるし、誠意もある子なのでとても面白い。私がこの学校ではじめて100%日本語で授業したってのが感動以外のなにものでもないわけで。文法は韓国語で説明し、会話を50分間かたことの日本語で話す。たのしくて彼も時間を忘れて話す。いつもは静かで口が少ない成績優秀性。背は190センチ近くあるのに、小心者。夢は漫画家で、大学に行くか行かないか迷っている。1年間授業と特技適性で顔をあわせてきたけれど、この1週間でものすごく近くなれた気がする。1年間一緒に勉強してきたのに、両親が離婚したとか、妹が陸上の選手だとか、自分のこれからの進路への心配、悩みなんか、こうやって個人の時間じゃないと話せないもんね。今だからこその悩みとか、なんだか新鮮であっという間の2時間。今年は3年生になるけれど、どうか日本語能力試験合格目指してほしいなぁ~。***********************さて、結婚してやく半年が過ぎたけれど、私の日常は相変わらずで、あまり変わったことなど無いに等しい。チノは忙しくて一日1時間顔をあわせるかあわせないか、私は相変わらず韓国一人暮らしをしている感じ。変わったのはお金。お金を直接使っていないのにお金が無い。ローンとは恐ろしい・・・・。月々家のローン、車のローン(あと1年!)、カード、保険、管理費光熱費・・・。全く恐ろしい。年末に私の総合保険を始めたために家計が・・・恐ろしいことになっている。その上1年に2度決まって「家に帰って来いコール」これもある意味結構負担。日本に1年に2度帰ると言うのは結婚したので一緒に帰るのが前提となっている。なのでいままでの2倍お金をためなきゃいけない。なによりも負担なのはチノの職場でのガソリン代(うちはガス車だけど)どのくらいかかるって今月は50万を越していたよ・・・。これも後から清算して戻ってくるけれど、毎回カードでそんなにたくさん抜かれると家計のやりくりが複雑になって非常にむかつくのだ。それ以上に、いそがしくて清算する時間さえも無く、会社から返してもらわなきゃいけない額が日に日に増えていく。ソファーも買いたい、テレビも買いたい(学校の社宅からかっぱらったものを使っている)、カーテンさえも家にありません。(でも暖房は月6万代に抑えている)旅行にも行きたいし、いろんな習い事もしたい(最近3ヶ月6万Wという破格のヘルスをはじめた)ネットショッピングでは一番低価格のものを探し抜き自己満足。でも買わないみたいな生活。貧乏ってホントつらいっすわ。唯一の救いは家の値段が1000万上がったことですか・・・・。将来は一通り不自由なくゆったりした気持ちですごしたい・・・それが夢かなぁ。ロトでも当たってくれりゃいいんだけど。
2007年01月12日
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韓国に来て7年、韓国人の嫁になって早半年過ぎた。その間両親はもちろん、祖母も当然歳をとり、ここ数年は認知症もひどくなって来ていた。1年に1度か2度、せっかくあっても、何度も私のことを繰り返し、姉と錯覚する。ここ1週間の間、祖母が急に倒れたと母から電話があった。劇症肺炎で、肺に膿みが溜まって意識が無いらしい。もちろん膿はとったけれど、いつどうなってもおかしくない状態という。数え年では90超える祖母。私の職場の契約書を確認してみると、「特別休暇」の欄*本人の結婚 7日間*産休90日間 (そのうち1ヶ月は給料無し)*両親、配偶者、子の死亡 5日間とあった。祖母の欄はもちろん、義理の両親の欄も無い。これっていったいどうなんだろう。私は祖母がもしもなくなったときに日本へ行くことができないんだナァとおもうと悲しかった。父方であればまだ分からないけれど母方だからなおさら難しいかも。うちの学校の教頭は韓国では稀に見るほど情の無い人だから。契約書に無いものは絶対に認めてくれない。契約書に無いことを認めてくれないというのは日本だったら当たり前のことなのかな・・・。
2006年11月20日
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今日は日本で言うセンター試験のようなもので、一年の総まとめ。一大行事です。 高校3年生は今日のために生きてきたって感じ?毎日夜10時まで学校で勉強して、それから塾に行く子もいたけれど、今日はそれが最後の日。(受かればの話だけれど) 遅刻学生のために警察のパトカーや白バイが送ってくれたり、会社の出勤時間を1時間遅らせたり道路整備されたり。 客観的に見ても日本とは比べ物にならないくらいの学力社会。 軍隊に行かない男は男じゃないといわれるように、大学に行けないと人間扱いされないと言われるくらいだ。(実際高卒と大卒では職業の幅から給料の差が断然違う。) ほとんどの子は親が会場まで送ってくれるらしいのだけれど、会場には後輩たちがてんやわんや暖かい飲み物を振舞ったり、応援歌を歌ったり、踊ったり。 普通この日は学校はお休み。先生たちはこの修能の試験監督に借り出されるので、お休みなのだ。 とりあえず私は当日に借り出されることは無いので、飴のかわりのペペロを人数分与えた。あわせて50000Wくらいの出費だったけれど、今年の3年生は本当に冗談じゃなくおもいいれも深くていい子達だったし、3年生は2クラスしか教えないからこのくらいはしてあげないと思って。ところで、どころで しかーし!!!! 今年はどういうわけか私の住んでいる市の学校の先生は試験監督をしないことになった。よって1,2年生は通常授業。 なんってこと!?どういうこと?休日っていうので超計画?たててたのに!! 一番鬱なのは、学生たちでしょう。先輩の応援にもいけないし、授業もあるというのでかわいそう。 ちなみに今日はマイナス2度。 いつもこの時期に急に気温が下がるので 「入試寒(イプシチュウィ)」という。 とにかく受験生たちよファイティン~!!^^
2006年11月15日
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最近かなり日記を放置している・・・。別にこれといって変化のない毎日だからね。いやいや、適当すぎる準備でも形だけ褒めちぎられて終わった・・・。 正直な話、私普段は100%韓国語で教えています。だって直説法で教えられるくらいの人数でもないし、私一人で授業をしているし、そのうえ、教科書進めないとテストできないし。 でもこの公開授業というのは普段やらないティームティーチングで私は直説法(日本語オンリー) いつもしない形式の授業な上にいつも使わないパワーポイントもつくったりと結構面倒くさいのだ。絵カードなんかは作るのは簡単だけどね。 今回去年からあわせると3回目で、教案も全部そのまま再利用。内容とかせりふだけ変えるという感じで。 反省点はいくらでもあるんだけど、とりあえず形式的なものなので、適当でもいいのさ。 生徒たちもとりあえず台本どおりにやってくれたし(笑) とりあえず、うちの学校は言語民を受け入れるだけの体制も姿勢もないので、かなりイライラすることもあるのだけれど、まぁとりあえず来年の再契約のためにがんばりました・・・。 最近教頭が私のことを呼び捨てで呼ぶのですごく気分が悪い。 韓国以上に呼称に関して敏感な日本人を呼び捨てにするなんてすごいむかつくのである。 まったくとりあえず私だって先生の端くれなのにさ。
2006年11月01日
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学園祭でした。一日中外で騒音響きまくり。私は特に仲がいい先生とかいなく、今年にいたっては学校の内部事情とかホントに知らないですごしてきた。今日はひさびさにちょっと衝撃なニュース。9月はじめにやってきた英語ネイティブのおっちゃんが10月で辞めるというのだ。学校のすべての人が知っているのに私はしらなかったっていう衝撃と、なんのための契約なんだ?みたいな衝撃が。このおっちゃんはカナダ人で、両親は無くなり、兄弟もいず、結婚もしていない50代。タイで教授をしていたのだが、いろんないきさつがあって、うちの学校にやってきたらしいのだが、詳しいことは知らない。私がおもうに、原語民の先生って、すごく孤独だ。だれか面倒を見るといっても、限界があるし。そしてやっぱり男は男が面倒みるのがいいし、女は女が見てくれるほうがありがたい。原語民の立場でいわせてもらうと、英語の先生が気の毒に思えてならなかったのだけれどね。学校の立場としては「???」な行動が結構あったらしく、あっさりやめることになったって。とにかく私は学校が原語民を受け入れる姿勢がないのにもかかわらず原語民を借り出してきたことが一番の問題だと思うわけで。英語圏だからかしらないけれど、要求を200%受け入れちゃうって言うあたりもうちらを含むほかの原語民と違う。子供たちだって、辞書をもってくる子もいないし、言語を学ぼうという姿勢がいっつも受動的。分かりやすく説明してくれるのが当たり前と思っているのだから原語民が100%英語で話したら面白くも無く、当然集中力もなくただ「あいつは何行ってんだか分からない、うまく教えられない先生だ、むかつく」と結びついていくんだ。他の先生が「もうすこしゆっくり説明してください」というと、ネイティブ先生は「自分の授業だから口を出さないでくれ」と言うらしい。これだって私の立場からいったら当たっていることでもある。子供たちが、原語民がいる意味のない授業をしているなぁと思う。「病院にいく」のなんのと用事を言っては授業をしないときもあるらしいが事実はどうかしらないし、彼自身のスタイルなので伝わらないこともあると思う。韓国語ができる私でさえも気持ちがつたわらなくてもどかしいのに。変にベールに包まれてそのオブラートしか見えてないのに学校側も言いたい放題だなぁとも思った。一度迎え入れたんだから最後まできちんと話し合うとか授業に関してだって子供たちに関してだって打ち解けられる環境を作ってあげればいいのに。とも思ったし。まぁでも私はこの原語民先生がうちの学校にいる意味は無いと思う。うちみたいな学校の場合、外国人と打ち解けることのほうが、価値があるのであって、英会話バッチリを望んでいるわけじゃないから。孤独な韓国生活をしてまで、ここにいる必要は無いと思うので、辞めたいとおもって正解だと思う。私がもし、韓国語がわからないうえで他でもない今の学校に来たら孤独で狂っちゃうと思う。イライラするし、日本語の先生も日本語がうまくないし。原語民を雇うならその姿勢から直したほうがいいと思う。子供たちも学校も。正直今だって、私が原語民としている意味が無いもん。ほとんど韓国語の授業だし。なんだかまとまりの無い日記だナァ。とにかく契約って守るための契約なのに、普通に書き換えられたり、無効になったりするあたり、韓国だなぁってまた実感したのだった。
2006年09月28日
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朝鮮日報って突っ込みどころが満載でむかつくこともあるけれど、目から鱗が落ちるほどあきれ果てたりもする。最近ツボなのは暮らしの知恵袋その1 ハンバーグのひび割れにはハンバーグを焼いているとき、表面がひび割れたときは、上にチーズを乗せるときれいに焼けたように見える。その2 だし用昆布の保管法 だし用の昆布は10センチ程度に切って保管すれば使いやすい。その3 包丁がよく切れないときは包丁はアルミホイルで研いでもかなりよく切れるようになるなどなど。最近ネタ切れなのはホントにくだらないこんなものを記事にできてしまうところがすごいとうなりをあげてしまう。どうでもいいのですが、うちの学校いまシラミと流行性眼病がはやってます。どういうこと?
2006年09月21日
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題名だけ見るとなんだか犯罪者みたいな感じがするけれど、チョット趣旨はちがいます。最近周囲に妊婦も多いけど、痛い人が多い。 超身近にはシアボジ(義父)が先月から交通事故で入院してるし、生徒もギブスをしている奴らがたくさんいる。 今年私が知っている人の範囲で交通事故に遭った人がなんでこんなにたくさんいるんだってくらいいるし。 ところで私の愛する学生テウ君。 先週の月曜日くらいから体調が悪いといって伏せて寝ていた。 テウらしくも無いし、伏せ寝か?とおもっていたところ、ホントに体調悪くて次の日から学校を休みはじめた。 2,3日みかけなくなって、いつもつるんでいる他の2人に聞いてみたところ、テウはもうすこし悪くなってたら入院してたといっていた。 で、昨日久しぶりに朝遅刻してきたのを見かけた。びっくりするほどやせ細って。 聞けばのどに炎症があって、今なんにも食べられないのだそうだ。テウの具合が悪くなって1週間くらいたつけど8キロもやせたって。 腕をつかんで「ちゃんと食べられるの?」とたずねたときの細さにびっくりしてしまった。声もほとんど出なくて、顔も真っ白ダークサークルができている。 高校生って1日学校休むってかなり大きいことだから、早くよくなってほしい。 今年になって怪我などで入院して学校を休んだ子は一人も漏れずに勉強についていけなくて落ちこぼれていくのが目で見て分かるから。 ともかく心配な感じです。 最近思うのはやっぱり私は話がある程度通じて、大人だけど大人じゃない子供たちと気が合うというか・・・。まぁそんなわけで、とにかく私は生徒が好きだ。
2006年09月19日
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私が某放送にでないことになって数日たった。突然父から電話が。「みるかる~げんきかぁ?とうさんなぁ テレビに出るんだ!」「はぁ?」「さ○まのか○く○テレビだ!それをね、$^T&^Y*(&(**()*)」まったく年寄りの言うことは支離滅裂で何いってんだかさっぱりだ。「ゆうこ」という名前がでたので、親戚のちょっとお金持ちが働いてテレビに出ることになったのか?とも思った。うちまでロケバス?が迎えに来るんだ!と騒いでいたので、テレビ関係であることは確からしい。結局アフォ父の話は良く分からないので母に代わってもらうとうちの近所のゴルフ場でその番組の収録がある。「ゆうこ」とは「なんとか星からきました」とかいう最近はやってる謎のアイドルらしいこともわかった。まぁそいつや、浅野○子や、さ○まなどがくるというのでそれをただ見に行くだけ。ただギャラリーで見るだけらしい。それを自慢したくて国際電話までかけてきたアフォ父。「お前がW杯の時に贈ってきた赤いTシャツと帽子をかぶっていくからな!」と。その前に映るかわかんないし、映ったとしてもここでは見れませんから。そのうえ実家のビデオ壊れてて録画できませんから。かなり脱力の電話であった。
2006年09月12日
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テレビ出演? 某ローカルケーブルテレビでたまたま私の名を知ったクリスチャンテレビ作家の某金さんから何週間か前から連絡があった。 それはイホンリョル(写真→この人名前だけきくと「離婚率」にきこえる)のトークショー出演依頼だった。 このイホンリョルは実は羽田空港で生で目撃したことのあるおっさんだったので、ちょっと親しみがった。 トークショーでしかもケーブルで、しかもローカルなクリスチャンだけがみるケーブルテレビいだったら何とかなるかなぁと思ってやる方向で返事をした。で、電話で変な誤解があるといけないからダンナと話してくれといったところ、やっぱり韓国チックな場の展開。 電話がかかってきたのはある木曜日。 撮影は次の週の水曜日になる。 スタジオだけだと物足りないので夜(7時ごろ)、うちですごすところを撮りたい。とのこと。 あぅ・・すごい突然でしょ・・・。 私よりもチノのほうがノリ気だったのだが、毎日夜中に帰ってくるのにそんな暇なんか無い。 ってことであえなくおじゃんになりました。 あちら方はかなり残念だったらしく、最後まで残念残念っていってたけど、いま日記に書いている理由は出演しなくなったからだ。してたら絶対いえないよー。(あ、でもその前にケーブル入ってるうちそうたくさん無いよね)
2006年09月11日
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久々にチノが土曜日まるまる一日休みをもらえた。去年学校で仲良しだった近所のD先生に会う約束だったので、ゆっくり寝ているわけにもいかず、朝ごはんを食べた後、掃除してGSマートに買出しに。D先生と会うのは約束していたが、時間は約束していなくて、連絡をとった2時間後に会うことになってしまい、料理の準備もなにもできなくて結局ただ洗って切ればいいというサムギョプサルで迎えた。私がつくったのはテンジャンチゲのみ。私が引越ししてから始めて会うD先生。私がここに引っ越すことができたのもすべてD先生のおかげで。彼女はジェテックに成功している人なので、いろいろ買うタイミングやら市勢なんかを教えてもらった。そんな彼女とそのだんなさんと、チノと4人で肉をつつく。Dだんなさんはとにかく機関銃のようにしゃべる人で、うちらに話すスキを与えてくれない人だったが、まぁ話すことはなすこと面白いのでがはははは笑いながら聞いていた。小学校4年生になる息子のサッカーの試合があると長いもせずにそそくさと帰っていったが、とにかく人がたまにこうやって小出しにくるのは大歓迎だ。(一気に大勢来るのは嫌だ)それからチノと久しぶりにソナタじゃないバスにのって映画を見に行くことに。話題(になった)「怪物」を見に。あんまり話題になっているもんだから、おもしろいんだろうと思ったのに、はっきり言って失望でしたよ。なんかウルトラマンを映画で見ているみたいだった。あの怪物もよく分からないし。途中で眠いのをひっしになって我慢して見た。ハリウッド並みの?スケールの大きい映画とか何とか言っちゃって、あのスケールでハリウッド並みなのかぁ・・と失望。それだったら「日本沈没」か「シンデレラ」見ればよかったよー。まったく。
2006年09月02日
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昨日の話です。うちの学校とりえも何も無いのですが、唯一全国で有数のボーリング強豪校です。昨日全国大会があったのですが、7時間目は教務室もみんなテレビをつけて応援してました。たまにあのクソ校長が映し出されて萎えたけれど、いつも見ている顔がテレビに映って、しかも教室にいるときとはちがう表情をみられてとてもかっこよかった。いつもはお昼まで授業をうけてその後は練習で授業を受けない特技生扱いで、なかなか顔も見られない。でも、たまに授業に出ると授業を受けていなかったので、日本語もまったくといっていいほどできなくて、自信なさそうな印象がつよい。でも、試合で見る彼女たちの姿は本当にイキイキしていてかっこよかった。今回クリの学校に最後の最後でストライクを取れずに負けてしまった。3点差だったかな。ずっと勝ってたのに逆転されてしまって(泣)いままで何かにつけて強い学校とかで、テレビで応援するなんてことはなかったので、きっとこうやって甲子園ときは野球の強豪高校なんかの先生は学校で応援してたんだろうなぁと思いました。それにしても負けちゃって悔しいぃぃ
2006年08月31日
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昨夜も9時ぐらいにぐでぐでして寝てしまった私。やっぱり一人でいるとすることが無いからねぇ。 アパートに市場が来る日だったのでルンルンになって今日はぜったいマッキムチをつくるぞと張り切っていたのにもかかわらず、5時半に行ったら野菜はもうほとんど片付けられて車に積まれていた・・・。 私の目的の白菜はもう姿もない。 仕方ないのでとりあえず煮干のエッチョだけ買ってきた。来週はカルククスに良く合うマッキムチを作ります。(多分) それは本当にどうでもいいことなのだが、いやね、12時ごろにすごい音で目覚めたんですわ。 「ががががっががががっがががが」って音で。 上の階で壁にアナでも空けてるのかと思ったよ。(まぁ韓国では釘などを刺すために穴を開けるのは日常茶飯事だからね) そしたらその音ゼンゼンなりやまないのさ。ごごごごごごごごごごって。 私はあんまり音が大きいから上の階の人だと思っていたんだけれども。 そしたらアパート住民たち韓国チックに怒り出すわなんのって怒鳴り声が響き渡りました。 「うるさーい」「うるさーいっつってんだろ!おさっさんやめろ!!」 夜のアパートに響き渡ります。 上の階の人ホント常識無いわーと一人で思っていた。何せ私がぐちゃぐちゃいわなくても回りの強いおっさんたちが叫んでいるので出る幕も無く。 で、あまりに外がガヤガヤするので眠たい目をこすりながらベランダへ出てみると、 隣のアパート建築現場で工事してた。→道路に穴をドリルで掘ってたよ。 いや上の階の人じゃなかったさ。 工事現場に人々が集まって、がやがや文句を言っている。結局は30分くらいもめて静かになったけど、また隣の隣の棟くらいのところでまた工事を始めたらしく、また遠くで文句言っている声がきこえた。ホント韓国ならではって感じで笑えたわ。 **** うちのアパートは住宅公社のアパート(日本で言うマンション)で、1団地から5団地まである大型の住宅地。そのとなりに6団地から8団地を建設中なのだが、学校のすぐウラが現場なので爆弾落とされたのか?という音が授業中に聞こえてきたりする。 工事もね、いいんですけど、学校のしかも高校のそばで工事をするって結構やばいんじゃないの?
2006年08月30日
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サイワールドは言ってみれば実名のミクシーだといえる。サイワールドは2003年からやり始め、ミクシーは今年5月くらいからやり始めた。にしてもすごい。サイワールド。サイワールドは、ミクシーと比べると写真中心サイトだけれど、私が韓国に来る前に知り合いだったヒトとも連絡がとれるようになり、近況を教えあったり、チョット感動した。何年か前に、日本語の動画教材の中で私の知り合いの韓国人が出演していて超びっくりしたのだが、今も日本にいるのかなぁ~なにしてるんだろ・・と思っていたところに突然訪問録に「みるかるさん、私を覚えていますか」と来るでは無いか。そのほかにも私が8年前に知り合った人たちと連絡が取れて、今どこにいて何をしている、結婚したとか、出産したとかうれしい知らせを聞けて感動。そしてミクシー・・・実名じゃないのに中学校の同級生やら高校の同級生と再会ってのが感動だ。もともと私は燃え尽き症候群で、小学校は小学校のみの人間関係(燃え尽きる)、中学校は中学校のみの人間関係、以後同様・・・なので私の人間関係はかなり包丁でざく切りにしたような感じである。だからこのミクシーをするまで卒業後ホトンド音信不通だったのだ。卒業後だから当時特別仲が良かったりしていた仲でなくともこの歳で結構気軽になれたり、ミクシーってすごいなぁと思う。ま、そういうわけでなんとなくじわじわーっと薄れてなくなりかけた人間関係がまた復活していくような自己満足に浸っていていい感じ。
2006年08月29日
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相変わらず新郎は3時に帰宅へとへとでも朝7時に出いてゆきました。私は2度寝してぐうたら起きてひさしぶりに大衆交通で教会へ。 教会がミョンドンにあるにもかかわらず毎回車だしミョンドンの駅のほうは通らないからミョンドンがあんなに変わっているのを知らなかった。 便箋を買おうと思っていたのだが、数年前の超笑えないダサダサキャラクター?っぽい便箋はホトンド姿を消し、私の好きなシンプルなデザインやおしゃれな柄の便箋やカードが普及していて感動した。 今日から若い夫婦学校が5週の期間で始まるわけである。 結婚予備学校→新婚夫婦学校→若い夫婦学校→親密な夫婦学校などの順で父親学校、母親学校なども開催されるが今回は若い夫婦対象で、子供が3歳以下の夫婦のための学校。 うちらは数ヶ月前結婚予備学校でまぁ結婚の妄想を捨て現実を知りましょうとか、夫婦の性について勉強しましょうとか相談員や心理学者のヒトが講義をしてくれた。 今回の若い夫婦学校では、またどっかのおばさん教授が講義をしたのだが、それはそれは楽しく面白かった。 この学校の目的は夫婦間の葛藤の原因や葛藤を解消する方法を学んだり、よりよい家庭を築くための努力を一方ではなくパートナーとともに賢く?していくことである。 とりあえず自分の足りない部分を補うという点はまったく正解でうなりを上げつつ聞いてみた。そのうえ参加者は全部若い夫婦(友達も含む)で、ひさしぶりに同志に会えたようなそんな感じだった。心を開いて話してみるとやっぱり私がモンモンと考えているようなことをみんな抱えていて、私よりももっと辛そうなヒトもいた。 グループのリーダーをしてくれる執事夫妻は結婚20年で、いろいろなノウハウや「幸せな家庭」に向かうコツなどを教えてくれた。 参加者が夫婦で手をつないでハグする時間も、今日は私チノが出勤で一人ぼーっとしていたけれども、それはそれなり良い時間だった。 *********** お勧めレビュー (愛の5種類の言葉) 翻訳本だけれど、とてもよく整理されていて読みやすい。 簡略すると、人間というのは愛として認識するものがそれぞれ違ってそれが大体5種類に分けられるというものである。愛の形は相手が喜んでくれてこそ愛であり、自分が「愛」だと思っても相手がそれを望むことでなかったり望むことがまた別のことであったりする場合、それは「自己満足」であるということ。男女によっても違うし、個人によっても違うらしいが。 1、認めてもらうこと、ほめられること 2、一緒にいる時間 3、プレゼント 4、奉仕 5、スキンシップ 男性は1が多いというが女性は2以降が多いらしい。ちなみに私は245かな。チノはダントツ1だけど。 もし1を望んでいるのに3をプレゼントされてもそれは愛ではないということ。この本は以前の講義で聞いたことだけどまさに本当のことだとおもう。それぞれ愛の型を持っていて、それにちゃんと当てはめてくれるパズルの片じゃなければ満足できないし、それをちゃんとパートナーは知るべきだという本です。 「火星から来た男、金星から来た女」が出てから、いろいろそれ関連の本が出ているけれど、夫婦間や恋人同士で読んだらとても相手のためにもなるし、自分のためにもなると思う。 私もチノと一緒に読んで論議して、まぁこういうのも幸せだなぁと思った
2006年08月27日
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