prophecy(RIDICK)


将校たちがいなくなった司令室でピュリファイアは、彼にしては珍しく遠回しな表現をしたヴァーコの言葉を思い返していた。

「ヴァーコ司令官を私の部屋へ」
控えていた兵士に命じ、ピュリファイアは司令室を出た。
廊下に並ぶ無表情な兵士たちの横を通り、左翼にある自室へ向かう。
兵士たちは自由意志を持たない人形に同じだ。
一体何人が、本当にアンダー・ヴァースを信じてネクロモンガーとなったのか。
かつて信じていたものを捨てて信教に至らしめたものは、生と死を天秤にかけた結果だ。
改宗の代償は己の存在そのものだ。
ネクロモンガーの兵士と言う集合の一部となって、個としての己を失う。
しかし、とピュリファイアは思う。
己を偽り続けて生きるより、多くの惨劇を見続けるより、何も感じない方が幸せかもしれなかった。
そう思う事で生きてきた。
失っていた記憶が目覚めた時から、ずっと。

自室の扉の前で、ピュリファイアは一瞬だけ立ち止まった。
私の判断は正しいだろうか?
しかし今を逃せばもう機会は二度と訪れないだろうと、どこかでそんな予感がした。
音もなく扉が開き、ピュリファイアは部屋へと入った。
握り締めた手の中で、指輪がぶつかり合う耳障りな音がした。



兵士からの伝言を聞いたヴァーコは、不穏な空気を感じながらピュリファイアの部屋へと向かった。
『疑念を抱いたことはあるか?』
ピュリファイアの言葉が頭の中で繰り返される。
彼は気付いているのだろうか?
私と妻が話した事を、私の中にある暗い感情を。
廊下に響く己の靴音が異様に耳に付いた。

部屋に着いたヴァーコは、扉の前で一度立ち止まって息を吸った。
「入りたまえ、鍵はかけていない」
一連の動きを見透かしたかのように、中から声がした。
大きく息を吐き、ヴァーコは足を踏み出した。
多くを語らなければいい。
口を閉ざしていれば、失言もないだろうと自分に言い聞かせて。
二つ目の扉が開き、ピュリファイアの姿を認めたヴァーコは、我が目を疑った。
ブラインドを上げた窓の前に立つ浄罪師は、平服のローブを纏い、ヘッドギアも装飾品も――ネクロモンガーの証である一切を身につけていなかった。
彼が金髪であることを、ヴァーコは今初めて知った。

「もし君があの男を殺せなかった場合は、彼とヘリオンに近づかない限り追跡はしないと約束すると伝えよと、ロード・マーシャルは私にそう言った」
にわかに警戒した様子で部屋に入ったヴァーコに、ピュリファイアが言った。
「――私が任務に失敗すると言うのか?」
たかだか独りの男の追跡を命じられたこと自体に納得が行かなかったヴァーコだが、失敗を想定されているなど、侮辱に等しかった。
ひときわ鋭い視線を返したヴァーコを気に留める様子もなく、ピュリファイアは続けた。
「彼は恐れている。君自らの出陣を求め、その失敗まで考えるほどに、たった一人の男を恐れているのだ」
飾りのない素顔のピュリファイアはまるで別人のようだった。
『疑念を抱いた事はあるか?』
あの問いは、疑いではなく彼の中にも私と同じ思いがあるかを探っていたのか?
しかし周囲の目がある中で、その発言の意味は余りに重い。
「君や君の部下たちは何の為に戦う?たった一人の男を恐れるような者を指導者と仰ぎ従うのか?」
ヴァーコはピュリファイアの真意を図りかねた。
生粋の軍人であるヴァーコは、このような駆け引きは苦手だった。
「私に何を言わせたい?」
慎重に選ばれた言葉ではあったが、そのこと自体がヴァーコの変化を物語っていた。
かつての彼であれば、ロード・マーシャルへの否定的発言を即座に糾弾しただろう。


「昔――ある男がフューリア人に殺されると予言された」
暫くの沈黙の後で、ピュリファイアが口を開いた。
「フューリア人?あのリディックとかいう男がそうだったな」
フューリア人。殺セ、殺セ、フューリア人ヲ殺セ――。
記憶の間で媒体たちが口々に言った言葉。
妻がロード・マーシャルの秘密に関わると言っていたものだ。
「男はフューリア人を抹殺した。赤子から老人まで・・・他の惑星にいた者も全て」
ピュリファイアは窓に広がる暗黒の宇宙を見ていた。
目的地クリマトリアのあるイグニオン星系はまだ見えない。
「他の星にいた者まで探し出して殺すなど――不可能だ」
一つの人種を完全に滅ぼすなど、できる筈がない。
話の展開が見えない事を警戒しながら、ヴァーコは言った。
「成人のフューリア人は、離れた場所にいても同胞を感知する事ができるのだよ。フューリア人を一人でも捕らえて洗脳すれば・・・・・・事は足る」
抹殺者の手先となった同胞の導きによって、他の星にいたフューリア人たちは次々と捕らえられ、殺された。
暗闇を見つめたまま、ピュリファイアは笑った。
少なくともヴァーコには、笑ったように見えた。
「そして男は洗脳したフューリア人を今も側に置いている。殺し損ねた者がいないか、殺し損ねた赤子が成長した時に判るように」
恐れ。
そう、男は予言を恐れている。
ヴァーコの脳裏に、記憶の間で顔色を変えたロード・マーシャルの顔が過ぎった。
フューリア人に殺されるとの予言を受けた男とは、ロード・マーシャルに違いない。
彼の保身の為に私の部隊はここにいるのか。
彼の恐れゆえに、弱さゆえに?
弱者に、統治者たる資格はない。

「より強い指導者が必要だ」
ヴァーコに向き直ったピュリファイアが、ヴァーコをまっすぐに見据えて宣言した。
ピュリファイアがロード・マーシャルへの忠誠を持たない事は明白で、敢えて反論しないヴァーコもまた同様であるといえた。
「新しい指導者・・・その最も近い位置にいるのは、あなただが?」
「自らの意思で得た地位であればそれを望みもしよう。しかし私は――君のように強くはない」
鋭い視線を向けたヴァーコに、ピュリファイアは言った。
「・・・あなたは、私ほど人を殺していない」
あなたも私を唆すのか――喉元まででかかった言葉を飲み込み、僅かな間を置いてヴァーコは答えた。
「私の強さは、殺してきた者たちを負っているからだ。私の命令で死んでいった部下たちや、私が手にかけた者たちを。私は、強くあらねばならない」
数々の任務で死んでいった同胞たち。
理想郷を目指す過程で、理解し合えず殺しあう事になった者たち。
”殺したものが受け継ぐ”それがネクロモンガーの教義だ。
ヴァーコの言葉を聞いたピュリファイアは、装飾を外した掌を見つめて静かに言った。
「多くを殺した。多くの同胞を」
訝しげな表情でヴァーコはピュリファイアを見た。


「記憶と自我を取り戻した私が感知できた同胞はただ一人だった。何人を殺したのか、負うべき者の顔も、負うべき数すら――私には判らない」
ピュリファイアは右の胸をきつく掴んで苦々しげに呟いた。
ヴァーコは知らなかったが、フューリア人の右胸にはその証である印が刻まれている。
「あなたは――フューリア人なのか」
ヴァーコは呆然と呟いた。
洗脳されたフューリア人、望まぬ地位、ロード・マーシャルへの叛意。
全ては一つの線で繋がっていたのだ。
「予言のフューリア人とは、あなたなのか?」
危険を察知する為に間近に置いていたその人物をこそ、ロード・マーシャルは恐れるべきだったのではないか。
力なく手を下ろしたピュリファイアは、笑おうとしたようだった。
「私には殺した同胞を負うだけの強さがないのだ。統治者にはなれない」
「では、あの男が予言を実現することを望むと?私は認めない。何も知らぬ余所者に教団を委ねるなど――」
私はあの男を殺す。
命令だからではない。
予言通りにあの男がロード・マーシャルを殺して玉座を継ぐなど考えられなかった。
あの男が我々をアンダー・ヴァースに導くことができるとは思えない。
ヴァーコが強く断言すると、ピュリファイアは諦めにも似た表情を浮かべた。
「ああ――恐らく君は彼より強い。彼は君に勝てないだろう」
同胞への思い入れ。
それがヴァーコとリディックの決定的な違いだ。
ピュリファイアは、ロード・マーシャルを憎んではいたが、他のネクロモンガーたち-同胞たち-を憎んではいなかった。
彼らの未来を考えれば、玉座に相応しいのはヴァーコだろう。
「そしてロード・マーシャルを殺すという予言ごと君が受け継ぐのだ」
ピュリファイアの背後、窓の外を彗星が過ぎる。
幻想的ですらあるその光景は、あたかもピュリファイアの言葉こそが予言であるかのようだった。





ヘリオンへ帰還する船の中で、ヴァーコはこれからのことを考えていた。
「ロード・マーシャルはリディックを感知しなかった私を疑っているだろう。再教育される前に私は死を選ぶ」
そう言ってクリマトリアに残ったピュリファイアに、ヴァーコは船を残してきた。
戻らないと判っていた。
しかし万に一つの可能性を思ったのだ。
死ぬ事が贖罪かとの問いに、答えはなかった。
浄罪師を名乗りながら、己の罪を浄化する方法が判らないとだけ言い、彼は船に戻るヴァーコを見送った。

『より強い指導者が必要だ』
ピュリファイアの声が蘇る。
ピュリファイアを失い、”警報装置”を失ったロード・マーシャルがどう動くか。
もはや彼を指導者と仰ぐ時代は終わったのだ――。











presented by MISSING LINK/Aug.22.2004




『リディック』観てサクっと書きたくなりました。
リディック追跡中の船の中です。
ピュリファイアがいいとこ取り過ぎて悔しいので、ヴァーコもかっこよく、とか。


後で読み返して、誤字の多さに泣けてきました。
アホ丸出しでした。はっずかしーな、もう!





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