
物書きがいた。
彼の創造の泉は枯渇してるようだった。書いても書いても、
満足できるものが書けないでいた。
彼は書いて、暫くして読み返すと破り捨てた。
不思議なことに、自分の書いたものを破り捨てる時になぜかしら快感を感じていた。
部屋は紙くずの山を作るのが日常となっていた。
けれど、何故自分が書いたものを破るときに快感を感じるのか考えていた。
私は自分をいじめたいのだろうか?
それほど完璧を望んでいるのだろうか?
完成することなど意味のないものだと潜在意識で思いこんでいるのだろうか?
良いアイディアが浮かんだかと思うと、男は無心で書き殴った。
けれど書いても書いても、満ちることのない罅の入ったワイングラスのようだった。
彼は、直ぐ破り捨てた。
もう2年もそんなことをしていた。一時彼の本は売れていた。
あの時の感性はもうなくなったと自分でそう思っていた。
「私が良い仕事が出来ていたとき、私は恋をしていた」
彼はぽつりと言った。
「恋は私に情熱とひらめきを与えていた・・」
と物書きはぼそぼそとつぶやいた。
彼は破り捨てた紙くずに埋もれ、情熱は失われつつあった。
食事を取るのも、ままならないほどにやせ衰えていた。
私は、ひらひらと窓からその様子を眺めていた。そして、
隣のビルの花壇から一輪の赤い花を銜えてきた。
赤い花を銜え、彼の部屋の窓をひらひらと舞った。
やせ衰えた物書きは、私に気がつき窓を開けた。彼は赤い花を受け取り、
小さな薬瓶の中にそっと差し込み水を注いだ。
彼は薬瓶の中のその花を暫く眺めていた。すると彼の目から涙が一粒こぼれ落ちた。
彼は、なにやら書き始めた。
私は、部屋の天井から彼を見ていた。
蝶が部屋にいることも忘れているかのようだった。
翌朝まで彼は書いていた。
そして書いたものを破ることはなかった。
私はほっとし、物書きが紙くずを片づけている姿を見て、彼にお別れを告げた。
朝の光が眩しく清々しかった。少しだけ、あの梢で眠るとしょう。
了
絵 ウラジミール・クッシュ 作 花村美葉
<著作権がありますので転用はお避けください>
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