ネオリアヤの言葉

ネオリアヤの言葉

私はこうしてできている




「大人になろうなんて思うなよ」
「…」
「いい女になればいいんだよ」
「どう違うの」
「自分が好きなことを、当然の権利として自由に選択できる女性のことだよ。好きな男にも、埋めようのない距離感を感じさせるようなね。そうすれば、男なんて後からいくらでもついてくるんだから」
「でも」
「でもじゃないの。僕をズルい、勝手な男だと思ってんなら、僕をとことん利用していい女になれば、僕のことなんていつか笑っちゃうよ」

そう云って自分で先に笑った人。

「いい女ってさ。誰がどうみても、恋でもなんでも、いつも真剣そのものなのに、僕かな、と想わせるあたりでは肩の力が妙に抜けてて。本命に対していつも、余裕と逃げ場を作っておくんだ。それは別の意味では自分のためにね。なんでかわかる?」
「…傷つきたくないから」
「いや。そうじゃない」
「…?」
「いい女でいたいからさ。本当は泣いたり、べったりしたいのに、そうしたら自分の理想とするいい女でいられないからだよ。大人は、そんな馬鹿なことは選択しない。いつも渇望してばっかりの恋愛も人生も、選ばない。女も男も同じだよ」
「後悔したりしないの…?」
「後悔するのは、選択しなかった人間だよ。渇望を続ける生き方に憧れたまま。でも選んだ人間は、自分の意思で決めたという自負が、支えてくれる」
「大人じゃなくて、いい女になると、いいことがあるの?」
「…そうだね。たくさん楽しいことがあるかもね」

彼は、優しくて、薄く浅い笑いを浮かべた。
それが何なのかは教えてくれなかった。
本当に違いがあるのかさえも、私にはわからなかった。
大人といい女の違いも、それが正しいかも判断できない。
判断するには、あまりに経験がなさ過ぎたのだろうか。
でも、答えはなかったけれど、彼はいろんな言葉を私にくれた。

「いつも乾いていること。満たされて乾いている人間と、満たされない渇きを抱えて生きている人間とはぜんぜん違う」

「好きになったら、心のなかでは本気で想うこと。でも、それを態度や言葉にしようなんて努力はしないこと」

「いろいろな場所に、美術館でも博物館でも、水族館でもいいや。公園でも。デパ地下でも。とにかく一人でありとあらゆる場所に出かけていくこと。それから、たまには一日中部屋のなかにいて、誰とも話さない日を過ごすこと」

「これあげるから、新聞でも雑誌でも、眼についたもの片っ端から、スクラップしなさい。他人以外に、自分を客観的に見つめる術を持つこと」

「好きな男の写真見てる暇あったら、机の前に、自分が憧れる女性の写真とか、雑誌の広告とか貼っとけ」

「携帯なんかですぐつかまる女になるなよ」

「訊かれたことの半分くらい答えときゃいいんだよ」

「街でミニスカートはいて哲学書とか読んでみたら。それで声かけてくる男に限って大したことないから、いい勉強になるんじゃない」

「興味のないものを手に取ってみる必要はないよ。確認しなくたって、興味がないのはわかりきったことなんだから」

「云っとくけど、流れ星がみえたときに願い事を云っても仕方ないからね。いつも云ってること。いつも云ってて、たまたま流れ星が流れるから、願いが叶うだけのことだよ」

「衝動買いはすること。しなくなったらヤバいと思え」

「持ち物ってのはな、持ち歩ける物のことを云うんだぞ。持ち歩けないほど持ってても仕方ないだろ。…それ背負っても全部は無理だよ。守ってどうするんだ、守って」

「余計な引き出しはいらないので、のび太の勉強机一個にしなさい。あれはいいよお。右の引き出しはきっと全部空っぽでさ、おなかのとこだけタイムマシンになってんだよ。あれだけあれば何もいらないもんな。あれが究極の人生だと思うな」

「女性がいいと想うものは、男性だっていいと想うもんなんだよ」

「ちゃんと坐ってなさいって云われてちゃんと坐ってたら、旨い酒は飲めません」

「おまえさ、もらった情報をね、溜め込んでたら古くて旧くて困っちゃうよ。天下の回りものはお金だけじゃないんだから、ちゃんと使わないと。出し惜しみするとこ間違ってるよ、それ」

「親は他人だと思いなさい。そうしたら優しくなれるから」

「仕事のことを考えて眠れなくなる夜、そういうの経験したほうがいいよ」

「ぼけぇっと突っ立ってないで、スキップとか、あり地獄とか作ってれば」

「よかったね。仲間はずれとか嫌がらせされたことないかと思ってた。いまどき、いじめ未経験だなんて、よっぽど履歴書に特記したほうがいいよ。人生半分損してきましたってね」

「戦争とか、戦うことでしか自分たちの平和を手にできないと思い込んで、それだけを信じて育ってきた人たちと、今この国で生まれた僕たちと、どんな言葉があれば同じテーブルにつくことができるだろうか。価値観の違いって、そういうことなんだよ」

「一緒にいると落ち着くんだよね…でもさ、男を落ち着かせる女の人になっちゃだめだよ。僕の前ではいいけど」

「忘れたい場所があるんなら、好きな人とそこにもう一度行き直したらいいだけのことだよ。考えすぎ」

「男の作法を女性がやっちゃいけないよ、それ反則。だって女性のほうがかっこよくみえるに決まってるんだから」

「こうね、歯磨き粉の泡を口のまわりにくっつけて磨くほうが、女性は色っぽいんだから、上手に磨こうなんて思ってもらっちゃ困りますね」

「男の言葉なんてさ、いつまでも信じてちゃ駄目だよ。賞味期限短いから気をつけてね」

「恋人が風邪で寝込んでるのに、外で飲み歩いてるくらいの男のほうが信用できる。だって一緒にいたって、できることなんてたかが知れてるでしょ」

「人間は見た眼で判断しなさい」

「朝方に、ベッドの中で寝惚けたふりして手とか握ってみたら? そうしたらさ、どんなに肩肘張ってる男でも、ベッドの中でなら、隙をみせるようになるもんだよ」

「迷ったら寝てみりゃいいんだよ。寝てみたかっただけかどうか、はっきりするんだから。それって結構大きな問題なんだ、これが」

「クリスマスを一緒に過ごそうなんて云う男は、ただの獣かフェミニストだと思うんだけど、どう? 表現が古い?」

「すぐに憧れるのはいいけど、その前に憧れた人よりも、プラスαのある人にしなさい」

「で、どっちになりたいわけ?」

「なんでもおいしそうに食べるよね…ほかではちゃんとたまに、ん?って顔してね」

「温泉? 行ってもいいけど、おまえ寝相悪くて風邪ひくからと云ってパジャマとか平気で着てそうだからなぁ。…浴衣着てくれるんならいいけど」

「料理とか掃除は、できるだけ自分のためにだけすること」

「好きなのに別れなくちゃいけないという、それこそ理不尽な恋愛を経験したほうがいいでしょう。理由? そんなもの、好きになったときにレッキとした理由がないのと同じで、別れる理由なんてあってたまりますか。好きなのに別れなくちゃいけない状況に理由なんかあったら、好きなうちに入んないよ」

そういう言葉をたくさん、私に残していった人。
楽しいときも、悲しくて泣きそうなときも、いつも彼は私に言葉をくれた。
黙って、私の話をひと通り訊いたあとで、
大好きな赤ワインをまずグラス一杯あける。
そして、全然違うことを云うような素振りで、ちょっと笑ってから。
私の話に、それは違うとか、もっとこうしたほうがいいとか
非難めいたことやお説教のようなことは一切口にしたことのない人だった。
私が何か意見を求めているのではないということを、始めからわかっていた。

だから、私も話すことに重荷を感じなかった。
感じさせないだけの度量を持っていた。
ただ訊いて欲しいという気持ちをわかってくれ、その話に対して、
短い言葉を残すだけの関係。
彼との年月は、人の話を訊くときの距離のとり方を私に教えてくれた。
そして短い言葉を残すことの難しさと、経験の大切さを伝えてくれるものだった。

「風邪ひくなよ」

彼が最後に私にくれたのは、別れ際に笑ってしまうようなひと言。
また明日。
そんな言葉が訊こえてきそうなほど、
優しい微笑みとともに、寂しさが漂う爽やかさで、私の心のなかを駆け抜けていった。

「それはこっちのセリフだよ」

私はそう云って、街の四つ角で二人のあいだにできた九十度の、
もう別々の方向に歩き出し始めた距離を確かめた。

ありがとう。

私が言葉にできなかった本当の気持ち。
こんなにも微笑んで離れていく二人に。



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