いつかはきっと・・・

いつかはきっと・・・

光と向き合って


最初は、光におっぱいをあげる時間がゆっくり出来て「余裕」があった。のんびり生活出来る毎日を嬉しく感じていた。みゆも保育園にだいぶ慣れて日中一緒にいないせいか、愛おしく感じていた。

でも、ゆっくり出来る分、『何で光はこんな病気になったんだろう?』せっかく元気な体で授かったのに、当初から「帝王切開」という手段をとらなかった為に、光は『脳性麻痺』になった。「なんで?」「どうして?」と疑問に思う毎日が続いた。

光はよく経管栄養のチューブを抜いていた。邪魔なのだろう。鼻を擦れば一発で抜ける。だから、テープの張り方も試行錯誤した。毎日、同じ所だとテープまけして、かゆくなるようだ。かゆくなると、またテープ付近を擦り始め、チューブを抜いてしまうという始末。1歳頃まではチューブを抜いても、私がすぐ入れる事が出来た。でもある朝、チューブを入れようとすると、なかなか入らない。毎回、順調に入っていたのになんで入らない?

焦って、病院に電話し、先生に入れてもらう。それからは抜ける度、毎回病院に行って入れてもらった。土日も救急に行って。自分で入れる事が怖くなっていた。

その頃、光にひどい障害を負わせてしまった事への責任、これからこの子を育てていく不安・・ひどく落ち込みました。光に向かって何度泣いた事か。時には「ごめん」と泣き、時には「なんで飲めないの」「なんで座れないの」と悔しさを本人にぶつけていました。最低な母でごめんなさい。

障害児育児の不安、ストレスは誰にも相談出来なかった。プライドがあったのかな?「障害児を育てるなんてやっぱりかわいそう」と思われるのが嫌だったな。チューブの入ってる光の顔を見たり、光の話をしたりすると、皆、眉間にしわをよせて、答えに困ってたっけ。やっぱり障害児ってかわいそうなのかな?

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