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世界文化遺産の天龍寺の景勝を堪能し
大原と同様女性に人気のある嵯峨野巡りに10回にわたり
ご鑑賞しましょう
【嵯峨野巡り1】
歴史の真相は定かでは有りませんが、伝説では、いにしえにも
女性の「哀話」が隠れています。そして【嵯峨野巡り】にも、静かに
潜んでいます。従って女性には京都の観光で、一番人気があります。
勿論春は桜、秋には紅葉の景勝地でも有ります。
文化・詩歌にも史跡を見出し、世相の喧騒から人間らしさの原点に
戻れそうでも有ります。
既に【嵐山】【渡月橋】そして【天龍寺】世界文化遺産はお話しました。
特に 【琴聞き橋】と【小督局】は、筆頭に御紹介しました。
天龍寺を後にして、 「小柴垣」の道を歩み最初に辿り着いた社が
嵯峨野巡りの入り口
野々宮神社
本殿
【野々宮神社】 です。祭神は「野宮大神」(天照皇大神)が祀ら
れて居ます。
「黒木の鳥居」をくぐるも、こじんまりした小柴垣に囲まれた神域で、
小さい苔と池のある庭園も見られます。
苔の庭園
1021年に記述された[源氏物語]に戻ります。
「伊勢神宮に仕える前に「斎宮」(さいぐう・いつきのみや)に選ば
れた未婚の皇女が「潔斎」(けつさい)のため1年間篭られるそうです。
【源氏物語】第十帖【樫木の巻】 (さかきのまき)に登場します。
【光源氏】(ひかるげんじ)と【六条御息所】(ろくじょうみやすどころ)
の別れの場面です。
光源氏(23歳)は、少女のような「紫の上」と結婚したものの、
気持ちが充たされなかった。
それにつけても、青春時代を埋めてくれた「六条御息所」(30歳)が
愛おしかった。その御息所(みやすどころ)が源氏を待ち切れず、
「斎宮」とともに伊勢神宮に下向するという。源氏は嵯峨野を尋ねて
会おうとするも、会ってくれない。源氏は「榊」(さかき)を持って来て
強引に会うことが出来たが「神聖な榊を折って来られたの」と
責めて伊勢神宮の下向を思い止らなかった。
源氏は、この年上の恋人の深い愛情を無視して心奢って、
ないがしろしたことを悔いた。
源融は、ほんの近い【嵯峨釈迦堂・清凉寺】に住まいしていました。
【嵯峨野の竹薮の道】
野々宮神社を後にして、小柴垣から。大らかな嵯峨野の竹薮の
道を歩みます。とても豪壮な「孟宗竹」でコマーシャルの背景に
よく出てきます。
孟宗竹林と小柴垣
「孟宗 」 とは、中国の古事【二十四孝】にでてきます。孝行息子
【孟宗】 のお話です。
「冬の雪の積もる季節に、母上が、筍を所望されました。
孝行息子の誠意の念力と願いが適い、竹薮から「筍」を掘り出す
事が出来ました。それを聞いた村人は、感動して「孟宗竹」
と名付けたそうです。
ここでも中国の良い面があります。昔の中国人は偉かった。でも
この程共産党トップ書記長が【習近平氏】に代わりましたが、
日本との外交政策は、如何成るのでしょうか?
互恵の政策が立てばよろしいが、支配の傾向がみられます。
次回は「大河内山荘」へご一緒しましょう。