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1970年のきょう、ビートルズ(正しくは元ビートルズというべきでしょうか。)のポールはたぶんビートルズが社会的にも大きくなってしまった為に、そしてアップルという会社も運営していたためにビートルズの脱退を公にしたけれど法的にはビートルズというグループが存在していたらしい。
彼はアップルのアラン・クラインを適視していたけれど、ジョンはアランが孤児だったこともあり、思い入れがあったようです。
アランがその前の年にアップルに入った次の日にポールは弁護士のイーストマン父子を顧問弁護士として迎え入れています。
ポールを除くビートルズの3人はアランを信用していたようです。ポールの発言ではアランを訴えるためにジョン、ジョージ、リンゴの3人を訴るしかなかったそうです。
その年の4月にポールがソロLPの試聴盤を出したことがイコール解散ということになったのですが、ジョンもポールのように「ジョンの魂」というLPを出す前に宣伝をしていたのです。
ただの偶然なのかジョンが死ぬ前のちょうど10年前の12月8日、ローリング・ストーン誌の編集長と語り合っています。
こともあろうにジョンはビートルズそのものを否定するような発言をしているのです。
そして3日後にそのレコードです。ポールが先にビートルズを脱退することを公にしたことについてジョンは非常に傷ついたということがひしひしと伝わってくる類まれなる名盤となっています。
このレコードを聴いてポールをはじめほかのメンバーも驚いたろうことが推察できます。
だからポールは年の瀬とか関係なく、あるいは解散した年の内に高等裁判所に訴訟を
起こすしかなかったんだと思います。
今年もこんなブログをお読みいただきありがとうございます。
除夜の鐘にはちょっと早い。