目指すは健康体!実録みすたー残業の食事と睡眠

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■荒海に立ち向かう…




私の好きな言葉に、

「善因善果、悪因悪果、自因自果」

これは、お経に出てくる言葉らしいのですが、その意味は、

「善い原因は善い結果を生む、
 悪い原因は悪い結果を生む
 自分で作った原因は、自分に結果が返ってくる」

ということだそうです。要するに、

「がんばったらがんばっただけの結果が、ちゃんと返ってくる」

ということです。逆に、

「さぼってしまったら、その程度の結果しか返ってこない」

ということも言えるでしょう。

そんなことは、わざわざ大仰に言わなくても分かっている
ことかもしれません。
それでも、

なかなか宿題をする気が起きなかったり、

ついついテレビを見過ぎてしまったり、ということも

あるかもしれません。


入試はもうあと一年と迫りました。

「もう、一年しか残ってないのか」とも
「まだ、一年残っている」とも言えるでしょう。


同じ授業を聞いていても、理解の程度は人それぞれ。

机の前に座って学習しようとしても、続く集中力も人それぞれ。

問題を解く早さ、ノートを書く早さ、これも人それぞれ、

ですが、


どんな人も、「時間」は同じだけあります。


色々なことに挑戦して満足行く一日を過ごす人もあれば、

だらだらだらだらと一日を過ごす人もあるでしょう。

いずれも同じ、一日を過ごしたのですが、
時間には限りがあります。

例えば入試のことで言えば、後一年です。


これを長いと感じるか短いと感じるかは、それぞれあるでしょうけど、

どんな過ごし方をしても、一年は一年です。

同じようにすぎていきます。



これからの一年、この時間をどのように使うか。



やはり 大切なのは「目的意識」 ではないでしょうか。

「自分はこの学校に絶対入るんだ!」という、強い気持ち。



もちろん、中学入試でうまくいくことが最終的なゴールでは
無いでしょうから、


その先、どのようになるのか。どうなりたいのか。

当然、中学選びはそのことを基準にされると思います。



「将来こうなりたい」と思い描く自分に一番近づけそうな選択肢。


・・・・・


ゴールがハッキリすれば、

塾に来てなんで夜遅くまで授業を受けているのか、

残って自習なんてやっているのか、

色々思い悩むことがあっても、

「このためにがんばるんだ!」と頑張れるでしょう。



そして、ゴールにたどり着くために必要なことは何だろうか。

必要なことは必要に応じて、手段を選ぶようになります。


講習会が必要なら、講習会にも出る。

ゼミにでた方がいいならゼミにも出る。

授業のコマ数を増やす必要があれば、増やしてみる。



そして、受験勉強だけでなくて、

休むことが必要ならば休むでしょう。



休むことと、サボることとは、違います。

必要なことなのに何もしようとしないのは単なる怠け者ですが、

頑張りすぎているときに少し休むのは、必要なことです。


「よく遊び、よく学ぶ」。是非ともがむしゃらに頑張るだけでなく、
手段を選んで頂きたい。


そうやって、 ゴールまで一歩一歩確実に近づいて頂きたい。



ゴールまで、遠い人もあるでしょう。近い人もあるでしょう。

でも、 進んでいったならば必ず、そう遠くない日に
ゴールにたどり着くことはできます。
「善因善果 自因自果」ですから。



・・・・


そうやって、ゴールまで頑張る、それはすばらしいことです。

ここで、気をつけて頂きたいのは、


途中にいくつもの「罠」が待っていることです。
安楽いす、とでも申しましょうか。

そこにすっかりはまってしまって、進めなくなってしまうことが
あるということです。



一つには、「分かった」ということ。



本当に分かっているのならば良いのですが、
実際にちょっと問いかけを変えただけで分からなくなることがある。


「分かったつもり」になっているのです。
だから、分からないことが分からない。


確かに、授業は日本語で行いますから、
日本語は認識できるでしょう。


しかし、聞いて分かったつもりになっているのと、
本当に分かったということとは違うものです。


「分かった」にも、いくつもの段階があるそうです。



最初は「分からない」。何がなにやらさっぱり分からない。

それが、「分かった」となる。これは実は、「分かったつもり」。
通り一遍の話を聞いて分かったつもりになる。

しかし、問題を解いたり、切り口を変えて見てみたりすると、
また「分からなくなる」。

でもこれは、退歩したのではない。より理解が進んだということです。
「分からない」ことが分かったのは大変な進歩です。


そして、もう一段階を経て、本当に「理解した」となる。



本当に理解しているかどうか、それを判断するのは容易ではありませんし、
本当に理解すること自体、簡単なことではありません。

ですから、一概に「こうなったら、理解したということだ」と
申し上げることは致しかねますが、

一つの指標として、
その単元内容の問題が一通り、問題の意味を汲んだ上で
問題がきちんと解けることを目安にしていただけたらと思います。



もう一つは、これはかなり微妙の問題を含むのですが、
「ノート」です。

ノートをきちんと取っているからと安心してしまうことです。


授業でかかれた板書を丁寧に、しっかり色分けしたノートをとる、
これ自体はすばらしいことです。


ただ、経験から言えば、必ずしもきれいなノートを取っている子の
成績が良いとは言えません。
もちろん、きれいにノートを書いている子が成績が悪い、とまでは
申しませんが、伸び悩んでいる子が多いようにも思われます。


ノートをきれいに取ることが悪いのではありません。
問題は、きちんと理解して書いているか。

少なくとも、自分の頭で考えて書いているか。



以前、当時の受験生に対してテストをしたとき、私は範囲を指定した上で、

「カンニングペーパー持ち込み可」(用紙サイズは指定)

としました。


これは、お子様がそちらの方が喜ぶ、ということもあるのですが、

「決して狭くない範囲を、限られた紙の上にどうまとめるか。」

そのことを見たかったのです。
だからカンニングペーパーも回収したのですが、それを見てみると、


力業でテキストの内容を丸写しする子、こういった子も多かったのですが、
自分で理解して、わかりやすくすっきりまとめたものを持ってきた子もありました。


やはり後者は、たいていテストの点数も良かったです。


ですから、授業中はノートをきれいに書くことも大切ですが、
最低限でもいいので、なるべく理解することを心がけていただきたいと思います。


・・・・・

中学入試まで後一年、内外から受けるプレッシャーは、これまで
経験したことのない、大きなものになるかもしれません。
受験勉強は、決して楽なものではないでしょう。


これは、違う学年の時にお話しした内容なのですが、

私は、なるべく
「勉強しなさい」といった言葉は使わないことを心がけています。


どういうことかといいますと、

「勉強」は、強いて勉める、とあるように、強制的にやらされている、
というような感じを受けるのです。

もちろん、受験勉強はあまり進んで行うというものではないのかもしれませんが、

「やらされる」のではなく「自ら学び、習って」いただきたい。
そういう意味では「学習」という言葉を使いたい。


私は担当をはずれますが、それぞれ一度きりのことですから、
やれるだけのことをやって頂きたい。そして、

終わったときには笑顔で戻ってきて頂きたい。

そう願っています。

=====

ここで終わるのですが、

私は、実は「がんばれ」という言葉は好きではありません。

ただただがんばれと繰り返すだけでは、どうにも無責任に思えるからです。

ただ、がんばる理由のある人は、がんばる。がんばって欲しい。
俺もできるだけがんばる、だからがんばって欲しい。

そんな気持ちになるものです。


・・・・

上の文章は、あくまで私が教師の立場であったから、あのような言い回しになりましたが、あれは決して、教師
から子供へ教訓を垂れるとかいった意味で言ったのではありません。

そもそも、そんな立派な人間ではありませんし(苦笑)。

あのことを直接、ではないのですが、伝えたい相手があったから。もっと言えば、自分自身にも言い聞かせたい
ことでもあったから、です。どういう意味かは、また追々。


もちろん、私が今更入試をするわけではないですよ(笑。


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