目指すは健康体!実録みすたー残業の食事と睡眠

目指すは健康体!実録みすたー残業の食事と睡眠

■なぜ健康。なぜ生きる


起床時刻報告を始めてからも、およそ180日経ったことになります(早。

今年は特にあわただしく、年賀状の作成も満足にできなかったり
気がつけば怒濤のように月日は流れていっている。


一日2食健康法のメールマガジンが6/30に届きました。

1日2食の健康革命


引用するのが難しいので(許可取ってないので)、引用しないが、
考えさせられることが書いてありました。

以下は、メマガを読んで考えたこと。
(メマガの内容そのものではありません)

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「月日は百代の過客(はくたいのかかく)にして、
               行き交う人もまた旅人なり」



松尾芭蕉、『奥の細道』の一節だそうです。

月日が流れるのはあっという間。


ちょうど、行き交う人もまた旅人といっているが、

すべての人間は旅人のようなもの、といえるのかもしれません。


「 知らず知らず 歩いてきた 細く長い この道
  振り返れば 遥か遠く 故郷(ふるさと)が見える
  でこぼこ道や 曲がりくねった道
  地図さえない それもまた人生 」


美空ひばりの名曲、『川の流れのように』の冒頭。

気がつけばどれほどの道を歩いてきたのか知らないが、
それでもそれぞれに、人生を歩んできて、まさに


「生きることは 旅すること 終わりのない この道」


生きていくことは旅することだ、とこの歌は歌っている。




昨日から今日、今日から明日へと旅を続けている私たち。

「ずっとここに、とどまっていたい」

と思っても容赦なく前進していく、

つまり年をとっていく。



20歳を過ぎたらオッサンだオバサンだ、とどこかの人が言っていたけれど、

先日誕生日だった私も、若いといいながら、親から結婚の心配をされる年齢。




もう三十路の声も聞こえてきた私。

「ああ、また年をとってしまった」

と誕生日のたびに溜息をつく、のかもしれません。



目指すは健康体! と銘打っている私のブログ。


しかし、 いくら健康に気を遣っても老化は防ぎようがない

いくらか老化を遅らせて、元気な体でいるようにする工夫しかできません。



『川の流れのように』では、「終わりのないこの道」と歌っています。

確かに、 健康のための努力には終わりがない 。


しかし、結局数十年生きれば死んでいかなければならないのも事実。

人生という道には終わりがある ということも
気がつかなければならないのかもしれません。



ならば、

どうせ死ぬのになぜ健康?


健康に気を遣うのは健康になるためですが、
皆が皆、健康体になることをもって、
それに満足するだけの健康マニアではないと思います。



もちろん、健康でいて長生きでもするとか、

健康体の方が人生色々楽しめるからとか、

私もそうありたいです。


ただ、

長生きしたって結局死ぬし、やりたいことは尽きません。


私は名古屋出身なので、「きんさん、ぎんさん」のニュースは
ローカルでも結構流れてきていました。


100歳超えてあの元気、どこまでも生きているような錯覚さえ覚えましたが、

結局ある日、なくなってしまいました。



いくら健康でもどうせしぬのだとすれば、
「健康体で生きる」という目的は最終的には破綻することになる。


生きているときに何をしなければならないか、
生きているときに何を成し遂げるのか


が問題になるのもわかります。




「健康体で生きる」ことのための健康でなく、

「何をするために健康になるのか」が問題。


そのことをよく知っておく必要があるでしょう。


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