日本が少しずつ衰退してゆくという印象はどこから来るのか。
平成が終わると聞いて振り返れば、この三十年はずっと微量の出血が続いてきたような気がする。フクシマの 汚染水
に似ている。
経済について言えば、最初にあぶく景気があったがそれはすぐにはじけた。余禄に与(あずか)ってはしゃいだ人は国民の何割くらいいたのだろう。
それ以来、政治は明らかに劣化、格差の拡大を止められなかった。倫理の面でも、現政権ほど虚言と暴言を放出する閣僚たちは記憶にない。これが今も一定の支持を得ているところがすなわち劣化である。
災害が多かった一方、表立った戦争がなかったことは評価しよう。自衛隊はあちこちで戦場に近づいたけれど、まあそこまで。国内では オウム真理教
がショックだった。
人々は SNS などを通じて思いを述べるようになったが、それは思いであって考えではない。その結果、反知性主義が世を席巻し、世論はネトウヨとブサヨの二極に分かれた。
*
衰退という印象の理由の一つは高齢化である。出生率が下がれば国民の平均年齢が年ごとに上がってゆくのは小学生の算数でもわかる。しかし日本の政治はそれに対して何の対策も立ててこなかった。
先進国はどこも似たような状況かもしれないが、出生率を保っている フランス
のような国もある。ぼくはあの国に五年住んで、子供二人を学校に通わせ、育児支援の手厚さを実感した。あそこでは子を産んだからといって女性は職場を離れない。社会は女性に育児を押しつけて彼女たちの仕事力を手放す愚を犯さない。
「 公的教育費の対GDP比率 」という統計がある。これによると日本は三・四七%で、百五十四カ国・地域中の百十四位!
はじめ嘘(うそ)かと思った。
最上位の 北欧諸国 は軒並み七%台。
三十七位の フランス が五・四六%。
五十九位のアメリカが四・九九%。
いつから、どうして、日本はこれほど子供たちへの出費をけちるようになったのだろう?
教育費は未来への投資である。 江戸時代
から日本人は教育に熱心で、それが高い 識字率
を生んだ。来日した外国人が、こんなに庶民が本を読んでいる国は他にないと驚嘆した。この知力が 明治維新
以降の 文明開化
の支えとなり、列強による植民地化を防いだ。教育は長期的な国力を養う。
今、日本の教師たちは雑務に追われ、残業を強いられ、肝心の子供たちと過ごす時間を削られている。本来は最も創造的であるはずの仕事なのにその余裕がない。
政府は大学を改革するとて「論文生産性」などとおよそ学問の本質と無縁なことを言う一方で、国立大学への補助金を毎年一%ずつ機械的に減らしている。百年後にはゼロになる。大企業があれば大学など要らないと言わんばかり。
この教育費と似たような順位表を見た覚えがある。
女性の社会進出を測る「 ジェンダーギャップ 指数 」で日本は百四十九カ国の中の百十位。
(どなたか、この二つの統計の間の相関係数を算出していただけないか。)
更に、「 債務残高の対GDP比 」という統計を見ると、先進国中で日本は二三六%と断トツの一位。アメリカの一〇八%の倍を超える。
国債というのはつまり次世代からの借金である。一九五〇年代に月賦という販売法が登場した時、ぼくは不思議に思った。お金がないのにどうしてものが手に入るのか。金本位制がなくなったのと同じ原理で 貯金箱
がなくなった。信用という概念はわかるが、それが破綻(はたん)する実例も何度となく知ってしまった。
『コーラン』は「孤児(みなしご)にはその財産を渡してやれよ」と言う。自分の子供を大事にするのは当然として孤児にも気を配る。
今の日本のように怪しげな信用の上に立って借金を増やすのは、子供の資産の強奪ではないか。いずれ必ず到来する彼らの困窮を前提にして現世代が浪費を重ねているのではないか。
*
以上三つの統計から見えるこの国のかたち ――
出産や育児、教育の現場から遠いところに地歩を占めた男どもが 既得権益
にしがみついて未来を食い物にしている。彼らは日銀短観四半期より先は見ないようにしている。原発のような 重厚長大
産業に未来がないことを敢(あ)えて無視し、女性を押さえつけ、子供の資産を奪い、貧民層を増やしている。
二〇一六年の「保育園落ちた日本死ね」というブログの言葉はこの異常な国家の姿への呪詛(じゅそ)だった。
事態は変わっていない。
(朝日新聞 1月9日)
*これを見てあれっと思った人は、都会の人ですね。
当地では新聞代も、3,093円(2,864+229)です。
夕刊はなく朝刊のみです。
地元紙に合わせているのでしょうか。
東京は、3,775円(朝刊のみ)
「
公的教育費の対GDP比率
」、 「
ジェンダーギャップ
指数
」、 「
債務残高の対GDP比
」の
3つが、池澤さんがあげる三つの統計です。
平成は、政治や経済が
劣化した時代という指摘には大筋同意ですが、
単眼的で救いがない見方のようにも思います。
ネット右翼のように、日本一番、日本はすごいなんて言う気はありませんが、
劣化の中にも光があるように思います。
そういう希望の光を見つけて、人々に啓示するというのも知識人の役割でしょう。
原発事故、企業不正、公文書の改ざん、違法統計と、平成は 嘘が露呈した時代
だったように
思います。
原発事故に関して言うならば、絶対安全神話は崩れ元首相までもが今や反対派です。
いまだに原発神話を信じる首相や経営者はいますが、カネのためでしょう。
しかし、相次ぐ原発輸出のとん挫で、彼らの金もうけの夢も消えつつあります。
日立にいたっては、逆に3000億円の損失です。
まあ、その分は再稼働や廃炉で取り戻そうと思っているのでしょうが。
経団連会長となった中西は、いまだに馬鹿のひとつ覚えのように再稼働を言い続けています。
老朽化した東海原発を無理に動かして事故が起きれば、日立市もいっかんの終わりです。
*「 将軍たちは一つ前の戦争を戦う
」
池澤さんには、教育にお金を使い、女性の社会進出を助け、しかも健全財政の日本を描いた
近未来小説を発表してほしいと思います。
PS:「 ありふれた生活
」
ほのぼのとしていますが、プロの物書きとしてはどうでしょう。
年末の話を今頃とは、これでは田舎のテレビです。
テレ朝系のローカル局で、テレ東の「ハラスメント・ゲーム」を越年して放送しています。
あるいは、もしかしたらこの原稿はクリスマスのころ書いた?
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