日々草

日々草

2006.09.27
XML
テーマ: 今が旬の話(408)



安倍新政権が発足し、5年半続いた小泉政権は幕を閉じた。

 小泉政権に対して、私なりの論陣を張って、このブログに意見を書き続けて来た者の一人として、ここで何かコメントすべきだが、その熱意を失っているというのが今の私の心境である。余りにも自分の予測通りに社会が急展開しているのは驚くばかりである。
それと同時に、政治家を先頭に、ごくごく庶民に至るまで、自分の信念や考えなどどうでもいいのか、簡単に権力の側になびき、擦り寄っていく様は驚くほどである。
 市場の自由競争によって、自分が金持ちになれるかのごとく幻想をもたされて、日本中がマネーゲームに浮かれた日本。
自由な競争によって、自分の能力にふさわしい仕事口が見つかると期待している若者たち。
睡眠する間もないほどに真面目に懸命に働き通しても、悲惨な日常しかない庶民。
ますます老いる身に鞭打ち、細々とした暮らしているその生活さえ立ち行かなくなっている大量の老人たち。

このような社会現象は、益々社会の奥深い所で深刻化している。そして、深いところでの人間性の破壊が進行している。

昨日、発足した安倍新政権の首相:安倍晋三は「美しい国へ」という本を出した。
この本は読むのに難渋した。遅々として読み進めなかった。
この本の主張したいところは一体何なのか。支離滅裂でつかみ辛いのである。

この本の中で安倍三は言っている。
 憲法や教育基本法は、敗戦による日本が、連合国への「詫び状」のようなもので、けしからん。(詫び状と言っているのはあの戦争の犯罪性を認めているのか)。
日本人は、戦争をやったことに対して、自虐的になって、戦後生きてきた。(それドンナ日本人で誰のこと、安倍氏自身のことなのか)
日本人としての誇りが足らん。(それ誰のこと、自分のこと言っているのか)
もっと日本の古くからの文化に誇りを持たなければいけないとお説教しているかと思うと、アメリカの個人主義的な自由主義に高い共感を述べている。
アメリカの言うままの憲法はけしからんと言うその一方で、アメリカとの同盟関係はより強固にしていかねばと言っている。

要するに、この安倍晋三の保守主義は、ただ単なる、戦争をお国の為にやった人は偉かった。独自に日本で評価し直し、国民たちにも、国のために戦争で戦った人たちを敬うように強力な介入で強制しなければいけない。
(庶民にとって、犠牲になったのは父であり、兄であり、息子であり、痛恨の思いで戦後生きてきたので、敬ってもらうより、戦争のない国づくりのほうが、死者への力強い鎮魂となるけれど)

自分の祖父(岸信介)は偉大であった、信念を貫いた人であった。誇りに思っている。自分は幼い時からそのような祖父の生活を見てきて、あの戦争は、そんなに卑下すべきものではないと思うようになった。
日本人として誇りを持てよ。
と何度も繰り返しているのは、よほど安倍晋三なる人物は、戦争の犯罪性に後ろめたさがあり、日本人として自虐的に生きているのではないのか。

さらに恐ろしいことに政治家は「闘う政治家」であるべきだ。自分は闘う政治家だと、言いきっている。自分のおじいさんもそうだったので見習いたいと言っている。

 私は、教育にたづさわる者として、安倍晋三が「美しい国へ」の第7章;教育の再生で述べていることについて考えてみたい。

 安倍晋三は、イギリスのサッチャー改革を教育のお手本にしようとサッチャーをえらく持ち上げている。日本教育の問題点と似通っているとさえ断定している。

日本の子供たちの学力低下、モラル低下は戦後の教育にあり、とりわけ近年の子供たちの学力低下は「ゆとり教育」にあるとさえ言っている。
これほどでたらめな論理は、反論するのも馬鹿らしい。私は「ゆとり教育」に別に賛成でもないし、反対でもないが、日本では「ゆとり教育」などやられた事は一度もない。
数年前に国が「ゆとり教育」なるものを打ち出し、総合学習時間を作るよう命令したが、こんなものは、まともにやられていないし、その成果は1年や2年で現れるものではない。成果が現れる前に止めになって、今は分けの分からぬ教科の補習時間に使っている。

 なぜ、今の子供たちは、高い真の意味での学力が形成できないか。

 私はこのブログでも、繰り返しこの問題を取り上げ考えてきた。
現代の社会のありようと子供たちの成長の仕方は深く関っており、極めて、高度な専門的な分析や、対策、教育プログラムが必要な問題であると私は考えている。
教育の現場の専門家たちが、深く分析し、研究し、新しい方法の確立なしには解決できない極めて現代的な問題だ。
現場の教師たちの多くがこの点での認識の一致、深い解明に、自由で活発な討論や研究実践をしていない、単なるサラリーマンになりさがっている教師が多い。これが一番問題ではないか。そのようなことを自由に許容しないのが、今の教育現場ではないか。

お上のいうことの当たり障りのない伝達者に教師は成り下っている。
長いものには巻かれろである。

そして、国は、ころころと現場の教育方針を変える。
現場は右往左往して、それに迎合している。
教育の方針が、このように、ころころと時の国家、権力によって左右されることこそ、最も教育を退廃させている原因だ。

三安晋三はその本の中で、
「ぜひ実施したいと思っているのは、サッチャー改革が行ったような学校評価制の導入である。学力ばかりでなく、学校の管理運営、生徒指導の状況など国の監査官が評価する仕組みだ。問題校には、文科相が教職員の入れ替えや、民営への移管を命じることが出来るようにする。」
と言い切っている。

このように国家が教育を統制するとは、恐ろしいことである。
それは、権力が変るごとに教育の内容が変ることでもある。国家権力の思いのままに、教育を通して、国を支配しようということである。

これは、まさに戦前の日本が歩いてきた道そのものへの復古である。

過去の歴史から何も学ばない。教育する者の態度とは相容れないものである。

 先日、東京都教育委員会の「日の丸・君が代」強制を違憲とする判決が東京地裁で下された。
「日の丸・君が代」云々については、さまざまな意見、感情があり、どう判断するか難しいとこであるが、それを現場の総意でおこなったなら、それはそれでいいことではないか。
さらに問題なのは、そのことを、人事権にまで及ぼしていることである。
もし、東京都や国のいうことは、すべて正しく、それに従わないものはけしからんというのなら、
教育の中立など成立しなくなる。

 現在の国や東京都と反対の思想の階級が権力についたら、教育の現場は又それに従うのか?
安倍晋三の論法でいけば、時の権力により、ころころ変るのが教育ということになる。
このように極めて政治的な事柄が、教育に持ち込まれることを厳しく禁じているのが今の憲法であり、教育基本法である。
今国会で、教育基本法改定案は再び審議される。
安倍晋三氏は、なぜ教育基本法を改定したいか、その目的は何か、私たちは注視しなければならない。

 安倍晋三の「美しい国」とは、明治、大正、昭和と歩んできた、アジア共栄圏の名のもと、侵略戦争を遂行した国家のことではないか。日本の山河を廃墟としたあの戦争遂行の国家のことではないか。
西洋かぶれの現代的なスマートなカバーをはがしたら、中から現れるのは、独善的な歴史観を国民に押し付ける全体主義的な恐ろしい国家なのだ。
アメリカと共同して世界中で戦争をやることが可能になることをめざす国家である。

私は、美しい国とは日本の国民が時の横暴や圧制のなかにあっても、営々と築いてきた文化であり、粘り強くつつましく暮らしてきた日本人の心であると思う。

 アメリカに言いなりの憲法はけしからと言いつつ、片方で、アメリカの新自由主義的な市場万能の経済を先頭になって推進し、庶民の生活をアメリカナイズされたモノ主義、拝金主義に染め上げている政権。アメリカの言いなりになっている政権。
これが「美しい国」といえるか。

 では真の保守とはなにか。何を保守すべきか。
 日本のこの美しい国で暮らす人々が、ゆったりと豊かに暮らせる社会ではないか。そのような暮らしを可能にする思想ではないか。
それは、過去の日本人たちが長い歴史の営みの中で、営々と粘り強く築き上げてきた文化のなかにあるはずだ。その伝統を新しいく作り変えて継承していけるような知性や智恵を子供たちに育てることこそ教育の真髄であると思う。

保守すべきは、過去の歴史の中にある。
大東亜共栄圏の名ののもとに、戦争へと国民を駆りたてたものから何を学ぶべきか、何が日本人として誇れる学びかを教育の場で深く研究し、実践しなければ、美しい日本など絵空事だ。
日本人が千年もの歴史のなかで造り上げてきた生活をめちゃくちゃに破壊し、「世界の負け組み」になることを免れたと、その成果を誇示する政権が今の日本の国家である。
今、日本の山河は疲弊している。
今、日本の子供たちの心はゴム鞠のように弾んではいない。
これを克服していけるのは、過去の歴史どう見るか、そこから何を学ぶか、という歴史観が厳しく問われている。

極めて、イデオロギー的な安倍晋三が、「歴史のことは歴史の専門家に任せる」と発言したことの意味は重大である。
そこに潜む危険を私は見逃さないようにしたい。
安倍晋三が唯一、一貫しているのは「反共」ということである。この点だけが支離滅裂でなく、「美しい国」全体を通している太い糸である。

私より、若い世代がこの程度の歴史観しか持ちえていない日本は、やっぱり戦後の教育に問題ありと改めて思い知らされている。
そして、安倍晋三の歴史観は若い世代の共通項にも通じている。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006.09.28 08:45:27
コメント(7) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


そうでしょうか。  
富士子さんへ

先ず、首相の名前は「安倍晋三」です。「晋太郎」は父親です。

>東京都教育委員会の「日の丸・君が代」強制を違憲とする判決が東京地裁で下された。

本件は僕自身のブログにも書きましたが、この判決は不見識です。「国旗・国歌法」が施行された時点で、時の小渕首相は「強制するものではない」と申したそうですが、それは「私人」に対してであって、公務中の「公人」である教職員は対象外なのです。

都教委も卒業式における教職員の「日の丸・君が代」に対する「起立・斉唱」通達は、好んで行ったものではないと思いますが、それ以前の問題として教え子の門出である卒業式を妨害(積極的ではないにせよ)するような行為が、教育者に相応しいものでしょうか。国旗・国歌は公式行事の一部であり、私人としての思想・信条とは別次元で淡々と済ませるのが社会人の常識です。民間企業のサラリーマンなら、「馘首」覚悟でないと出来ないことですが、過剰に保護された公務員の身分に甘えた、実に馬鹿げた行為です。

>過去の日本人たちが長い歴史の営みの中で、営々と粘り強く築き上げてきた文化のなかにあるはずだ。その伝統を新しいく作り変えて継承していけるような知性や智恵を子供たちに育てることこそ教育の真髄であると思う。

これは安倍総理が理想とする「教育」のあり方と矛盾していないと思います。また、「反共」という概念は殆ど死滅しています。共産主義とは20世紀の大いなる愚行であったことが「ベルリンの壁崩壊」で証明されているのですから。

(2006.09.27 23:42:44)

Re:そうでしょうか。(09/27)  
冨士子婆  さん
渚のバラードさん
>富士子さんへ

>先ず、首相の名前は「安倍晋三」です。「晋太郎」は父親です。
ーーーー
総裁選挙の無効票のなかにも安倍晋太郎というのが一票あったいうことでしたが、うっかり間違えたことに気付かないとは、老人ボケの始まりかも。
ご指摘有難うございます。
それほど父親の影が強いということでしょう。今の自民党のメンバーを見ていると、2世議員が多く、このような人しか政治に関れないこと自体、閉塞した政党のすがたでは。本当に有能な若手が別の分野に行ってしまっている。カネがかかり過ぎて政界にには入れない。
>>東京都教育委員会の「日の丸・君が代」強制を違憲とする判決が東京地裁で下された。
>私は、教育は世間の会社と同じではないと思っています。会社を経営する論理で学校が運営されるなら、本当の意味で未来を担う人材はでてこないのではと思っています。
教員は公務員といえども、時の権力から自由でなくていけないし、そうであってこそ始めて、より高い専門性が発揮できると思っています。左右に揺れるようなものは教育ではない。そのための高い専門性を教師は厳しく研鑽しなくてはいけない。これが今の教師集団には出来ていないところに問題アリと思っています。
右のイデオロギーの思いのままの教育がなされるなら、左の側が政権をとったら、そちらのイデオロギーで教育がなされる。今までのソ連や中国はそうでした。この点で日本の安倍氏の言っていることも余り本質的に変っていませんよ。こんなものは民主主義でない。そんなコトで子どもが育つとは思えない。
「反共」という点で猛烈に「闘う政治家」であるという事は事実。要するに左右の両翼あるものは、本質的にどちらも全体主義的なイデオロギー的な基盤と私は思っています。
(2006.09.28 09:14:00)

そうでしょうか。その-2  
富士子さんへ
-----
>私は、教育は世間の会社と同じではないと思っています。会社を経営する論理で学校が運営されるなら、本当の意味で未来を担う人材はでてこないのではと思っています。

会社経営の論理と、学校が運営の論理は、後者が「非営利集団」であることより違う部分があって当然ですが、組織運営という面では同じです。学校は生徒に対し、「知情意」において十分な教育効果を達成する目的と使命があり、組織を通じて効果的に運営されねばなりません。公式行事において国旗・国歌が関わることは、五輪やW杯を観ても一目瞭然であり、国際常識です。教師が非常識な行動に出ても何等問題にされないとしたら、子供達はどうなるのでしょう。国際的な場において、恥を晒し顰蹙を買うことになりはしませんか?形式的な部分くらい、思想・信条などに拘らず、柔軟に対応するのが大人であり組織人だと思います。

教育とは国家の将来を次世代に託すプロセスであり、当然政治指導者の影響を受けます。民主国家においては選挙で国会議員を選出し、結果として与党が生まれ、国民の過半数の信頼に基づき国政を執り行う訳ですから、教育方針も政権に委ねられるのです。

教育職の公務員は政治の主導に従って教育方法や内容を変えて行くのが義務であり、これが否定されたら教育現場は無法地帯になります。主観は人間の数と同じだけありますから、個々の教師の自由裁量が無制限に認められたら、国家的な教育の混乱を招き、公立学校は成り立たなくなるでしょう。

富士子さんの理想は理解出来ますが、現実無視が過ぎるのではありませんか? (2006.09.28 21:21:27)

Re:そうでしょうか。その-2(09/27)  
冨士子婆  さん
渚のバラードさん
(その1)
私は組織論においても、渚のバラードさんの考えと同じくしません。現代の会社の組織のあり方そのものが今、厳しくどうあるべきか問われており、まして、子供たちが社会で活躍する20年後30年後には、恐らく大きく変っているでしょう。
ベストセラーにもなっている、梅田望夫の「ウェブ進化論」という本がありますが、ここでグーグルの組織の革命性について氏は述べておられます。この集団は、世界のエリート中のエリートが集まっているとはいえ、ここで行われている組織論は未来の社会がどう進むかという芽があると私は思っています。梅田氏も言っておられますが、日本の大企業に呼ばれて講演する機会が多いのですが、日本の支配層には、自分の言っている内容をあまり理解してもらえないことに失望しておられます。
教育が理想を失って、現実のイデオロギーに支配されるようでは、子どもは未来の社会を創造的に作り出す人材には育たないと思います。
中国の教育をみても、あのようなものが国民全体に強制されるような社会はまっぴら。日本もその点で余り変らない。
日本の憲法や教育基本法の先進性、世界に先駆けている点は、教育の中立性、政権によって支配されてはいけないということを、厳しく明文化しているところだと思っています。これは、世界の歴史が歩んできた到達点であり、過去の歴史のさまざまな苦しい歴史のなかから学んだものだと思います。
(2006.09.29 10:12:25)

Re[1]:そうでしょうか。その-2(09/27)  
冨士子婆  さん
冨士子婆さん
>渚のバラードさん
>(その2):その1からの続き
自分の子育てを通して、かんがみても、私は、絶えず社会の風潮や義務教育の公教育がやっていることに距離を意識的にとって育ててきました。その考え方はブログで述べている通りです。息子などオクスフォード大学でも学んだ時期がありますが、日本人として、世界の顰蹙を買ったこともないし、日本人としての誇りをなくしているとも思いません。むしろ、日本人として好青年として、それなりに評価してもらってきたと思っています。皇国史観で育てていないし、日の丸に敬礼するように育ててはいませんが、国際的に非礼な行為をやる息子に育っているとは思いませんが。むしろ、仕事においても若く未熟な息子に、どんどん国際感覚をみがくような仕事を与えて下さって、企業は息子を育てて下さっています。日の丸には敬礼していませんが、高い国際感覚と常識を身につけて育っています。新しい若々しい感性を育てていると思っています。
子育ての目標をその子が社会に出るときどんな人材、能力が要求されるかといことにおいてきました。このことは親として絶えず念頭におき、勉強してきたつもりです。
わが家の娘も息子も。義務教育時期はあまり模範的な子どもでなかったと思いますが、(むしろ学校教育のお荷物)今は、社会の最先端の問題と厳しく対峙して、仕事に生きがいを感じ楽しさを感じて頑張っています。
私の子育てや教育が単なる机上論の夢物語とは思っていません。何よりもわが家の子供たちが親から何を受け継ぎ、どう現代の社会で造り変えつつ生きていけるか、それが私の言っていることの成否の結果となるでしょう。これは、まだ進行形のことであり、結論はでていませんが。どう今後子供たちが成長していくか、楽しみにしています。、
。

(2006.09.29 10:18:23)

そうでしょうか。最終  
今回で最後にします。

>私は組織論においても、渚のバラードさんの考えと同じくしません。

質問ですが、富士子さんは学校を出てから「組織人」として働いた経験がおありでしょうか。主婦として母親として頑張って来られたことは良く分かりますが、社会の現場を肌身で知った上での御意見とは思えません。日本の経営者が梅田氏の説に理解を示さないのは、日本の企業社会の現実から程遠いからです。経営者は現実主義者ですから、上手く機能しないシステムを導入するほど不見識ではありません。

>中国の教育をみても、あのようなものが国民全体に強制されるような社会はまっぴら。日本もその点で余り変らない。

ということは、富士子さん御自身、日本の教育現場が憲法や教育基本法の理念とは掛け離れていると認識されている訳です。教育改革は時代遅れの理念から解放され、現実的で実効性のある教育を実現しようという動きですから好ましいことです。

>自分の子育てを通して、かんがみても、私は、絶えず社会の風潮や義務教育の公教育がやっていることに距離を意識的にとって育ててきました。・・・・・私の子育てや教育が単なる机上論の夢物語とは思っていません。

富士子さんのお子さん達は優秀で立派な若者ですから、全く問題ないのです。TPOに応じて、国旗・国歌に対しても適切な対応をされると思います。問題は教育力のない家庭のお子さんの場合、卒業式で教師が国旗・国歌に対して不適切な態度を取ったとしたらどうなるでしょう。「先生だって起立しないし、歌ってないじゃん!」と、安易な方向に流れますよ。これは、個人の思想・信条といった高次元の問題ではなく、「お行儀」の問題なのです。御自分の優秀なお子さんを引き合いに出しても、それは議論にはならないのです。 (2006.10.01 23:37:32)

Re:そうでしょうか。最終(09/27)  
冨士子婆  さん
渚のバラードさん
>今回で最後にします。
-----
私は議論する時、自分個人の例を出すこと最も嫌っていますのでなるべく自分の例を出さないようにしているのですが。たとえわが家のことでも、現代の問題として普遍化して出そう努力しています。増して、私のうちの子供などは、優秀でもないし、わが家は庶民中の庶民で貧乏人なので、庶民のお行儀作法しか教えてありません。ただ、どう生きるか、どう時代を切り開く能力をつけるか、ここの点でしっかりした大人に子どもを育てたいという願望を、夫婦ともに強く持っており、精魂傾けてきました。余り反論はしたくありませんが、父親(私の夫)は全く現代の組織の矛盾の集中したところで生きていますし、息子もそうです。そこから私たち夫婦は多くの事を学んで、子育てに生かしてきました。
現実をどう見るか、その問題のありかを何処におくか、この点での深い討論を私たち夫婦は子育ての中でやってきました。老年期にさしかかり、このお互の意志疎通は、これからの晩年にとても良かったと今感じています。これだけは少し自慢させて下さい。
立場は違っても誠実に懸命に生きている点では、渚のバラードさんと同じです。ともによりよい社会、より力強く社会で生きる事の出来るれる子供づくりを目指しましょう。

(2006.10.02 14:08:28)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

冨士子婆

冨士子婆

バックナンバー

2026.10
2026.09
2026.08
2026.07
2026.06
2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01

コメント新着

背番号のないエース0829 @ 松谷みよ子 「私のアンネ = フランク」に、上記の内…
冨士子婆 @ Re[1]:夜来の雨(03/28) ミーシャ1225さんへ ブログの年齢間違…
冨士子婆 @ Re[1]:夜来の雨(03/28) ミーシャ1225さんへ お久しぶりです。…
ミーシャ1225 @ Re:夜来の雨(03/28) お元気そうでなによりです。 変わりなくお…
背番号のないエース0829 @ 学童疎開 「外間邦子 ~ 対馬丸記念館 ~ カテゴ…
幸達 @ Re:2018年 明けましておめでとうございます(01/02) 今後ともブログでどうぞ宜しく(=^・^=)
修楽7036 @ Re:早春の絵手紙から(孫娘の祝中学入学)(04/07) こんにちは♪  ごぶさたです。 絵手紙 …

お気に入りブログ

源氏物語〔38帖 鈴虫… New! USM1さん

秋の陽ざしの中で ミーシャ1225さん

秋の安曇野 フォト安次郎さん

ピカさんの夢のある… ピカさん65さん
親仁の意見-50男… 渚のバラードさん

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: