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自己を売り込む。今改めてこの重要性を感じているわけですが考えてみるとごく日常、これってやらされますよね。自己PR、自己紹介、さらに会議や意見表示、説明など恋愛も仕事も、バイトの面接一つ取ったってあらゆるところで売り込みこのスキルは要求されるのではないでしょうか。で一番やりやすく簡単なことってのがあります。それは、なにかを紹介すること。以前HOVでの親睦会では「他己紹介」というのをやりましたが紹介したい自分以外の、品物、映画、音楽、人などを上手く伝えるというのがとてもいい練習になります。ところが相手や何かを紹介する時結局自分のいいたいことをべらべらとしゃべり自己紹介になってしまう場合がありますが会話でも、聞かれてもいないのに自分のことをただべらべらとしゃべる人、というのがいます。これはずばり一言で言えば、幼児性。5歳くらいの子供は、突然来て自分の言いたいことだけを言います。こちらが理解しているいないは関係なく今いいたいと思ったことを興奮交えて一生懸命口にする。5歳の子供のこう言った姿は可愛く微笑ましいですがいい年した大人がこれをやると当然嫌われてしまう。相手や周り構わず、言いたいことを言って緊張、興奮を伴う、自分では快感ですがその分相手は不快。ここが難しいところ。してはいけないと頭では思っても快感があるからついまたしてしまう。中毒症状と同じ。そして当然副作用もある。自分は気持ちよく相手は気分が悪いから相手との心が離れていく、自分が孤独になる、心が辛くなる。そして逃げ出しては又別の所で同じことを繰り返す、という悪循環。そして自分自身との乖離が始まってしまったら日常生活上問題が発生し、こうなると専門家による適切な治療を受けるべき状態と言えるでしょう。心理学での大人の定義の一つに「相手の要求に応えられるか否か」というのがあるそうです。自分のしたいこと、に終始せず今求められているのはなにか?これを正しく理解出来るか、または理解しようと努められるか。1+1の答えを求められたとき、答えを回答するのと、ただ言いたいからと自分のしゃべりたいことを口にする違いは冷静さ、客観性、精神年齢、そしてリラックス。興奮しやすい人は相手の真意を理解することが難しい。つまりは分泌される脳内の快楽ホルモンによる違いと言えるのかも知れない。であればこそやはり脳のトレーニングが一番重要なのではないか、と思うわけです。
2008年11月30日
オーディションでの参加者たちは子供あっても必死で自分を売り込んできます。芸能プロダクション所属の子や音楽の学生とか、プロになりたい、仕事をしたいとか言ってる人たちも必死で自分を売り込んできたり、逆にあまり売りこみはしないこともあります。恥ずかしい、逆に自分は凄い価値がある、などどちらであっても私から見て売り込みが下手だなーと思う人多いわけです。私ははっきり口に出せないようなことでまーラッキーな思いをたくさんしてたりして実は先日来いろいろと購入してる楽器屋さんの店長ともすんごい仲良くなってしまって欲しいものをネットでの最低価格を見てそこからさらに安くしてくれてたりする。ヘッドフォンも最初41.000円だったのが37.000円で良いですよ、支払う時になったらなぜなのか、本当によく分からないんだけど30.500円になってた、という。なぜか、相手に気に入られることが多い、つまり私の自分の売り込み方が上手いんだと思う。もともと私などはたまたま見ていたテレビが「若い子の意見を募集します!」みたいな企画があって、投稿したらそれから準レギュラーとして出演することになってしまった。中学一年生の時です。自己を売り込む、これはナポレオン・ヒルに言わせれば赤ん坊のときから皆誰でもやっていることだそうで「もっとミルク(おっぱい)が飲みたい!」「ママやパパに笑って欲しい、構って欲しい」「もっと遊んで」こうしたときの赤ん坊も必死に自分を売り込んでいるんだとか。そうした経験の有る無しや環境その他で大人になるほど売り込みが上手い人、下手な人とわかれるのでしょう。自分がちゃんとしてると、または優れていると思われたくてそのために余計なことして嫌われる、意外とよくあること。「こいつめんどくせー」と思われたりしちゃったりして。傷つきたくない、批判されたくない、から売り込まない、黙ってる、向こうが誘ってくるのをひたすら待つ。そのうち、いること忘れられたりなんかしちゃったりして。そうならないためにはどうするか。これからイベントだのミュージカルだのを会員がするにあたってもちろん私もミュージカルを多くの人に見てもらうために改めて自己を売り込む、ということが大事になってくるわけですがどうすりゃいいのか。実はナポレオン・ヒルの速聴プログラムの最後の方で「自己を売り込む」と言う章があります。CDで3枚分。ミュージカルをやる人にはこれを共有しようかなと思う。改めて考えると、いかに自分を高く売り込めるか、その技術さえ高ければ人生一番ハッピーなことになるんではないだろうか。欲しいモノが全部手に入る力ってこういうことじゃないだろうか。うちの会員って、ものすごいラッキーなんじゃないのか?(笑)HOVでミュージカルを目指すことって、人生においてものすごい力をつけることになるんではないだろうか、なんてことを本気で考えてしまう今日この頃。
2008年11月29日
今度HPを外注で制作する。でそれにはExcelが必要だってのはきいていただけどマッキントッシュ用のOFFICEは買っていたので大丈夫だろうと思っていたらなんとマクロが共通しないためだめらしい。でマック上でWINDOWSが動くソフトも以前買っていたしExcelの97は持っていたからどうにかなるだろうと思っていたら一部マクロが動作しない。ゲー。新しいExcel買わなきゃいかんのか・・・音楽機材で結構出費した上、HP外注でつくるのにこれまた費用がかかる、その上に、ほんのちょっとしか使わない程度だがこのソフトが必要なので、また出費かい。予算100万、もう随分使ってるのに。くあー、ほんと新しいことやるって予想外に、大変なんだ・・・あー、頭いてー!!
2008年11月28日
先日のオーディションで皆が一様に緊張していたのは構わない、しかしどこかびびっていたことが妙に腹立たしくてその不快感はどこから来ているのだろうかと考えてはたと思いつく。プロ意識がないのはプロじゃないから、ではない。一生懸命やっていないどころか全員凄く真剣。人前で1人で歌う、そりゃ緊張して当然。しかし、なにかすんごい違和感と不快感を感じたのはなぜか。売り込む という意識がまるでないのだろう。自分を売り込む、買ってもらおうとする、投資を受けたいと自分を説明し、自分はいくらの価値があると説得しようとする態度。こういった「自己を売り込む意識」がまるでないんだろうな。以前学生に作曲など仕事を振っていた時、たまにこういうタイプが(結構)いた。依頼に文句を付ける、小馬鹿にする、これださくない?なんかうさんクセー感じ(笑)、今時こんなの流行らないよ、などなど自分の意見を言う。言うのは構わない、しかし、「じゃ他の人に頼むから」と断る。たとえば、ラジオCMのジングルで全然今時でない、おしゃれじゃない企画だとしてその番組がお年寄りをメインリスナーにしているのなら若い子向けでなく、今時でなくてあたりまえ。自分の考えを、さも当然のように言うのが素人。プロほど自分がどれほど経験があってもマーケットをリサーチしたりして客観性のある、根拠のあるデータを元に判断する。自分はこう思う、がいかに通用しないか、つまり自分を過大評価しないかがプロ意識。プロは仕事をしなければ収入ゼロだから仕事が欲しい、この時、客先を小馬鹿にするような態度発言などするわけがない。それを学生は「こんなださい依頼で曲つくったらかっこいい曲にならないでしょ それよりここをこうした方が全然いいすよ」などと個人的好みでしかないことを自分視点で語る。ぼけ、タレントが着ぐるみきて、かまぼこおいしいって言う内容におしゃれなアシッドジャズが似合う分けねーだろ。だからお前には仕事やらない、お金も入らないし経験も積めない。仕事が欲しいなら、レベル低いうちほど「なんでもやります、やらせてください!」そうして経験積めばこの値段じゃ、やれないねー、といくらでも傲慢になれば良い。それでも頼まれるほどならどれほど傲慢でもいい。ま、私はある時期、傲慢になりすぎてかなり痛い目にあったけど(笑)話戻して、イベントに出たい、出て歌いたい、ミュージカルに出たい、やりたい、のであれば自分を売り込まなければ。その意識がある人ほど返事、挨拶をよくする、声を出し慣れてるから通りやすい明るく、自信のある振る舞い態度、に見えやすい人をよく誘う、どうすれば楽しませられるかたくさんの経験を積む、という風に繋がる。人を誘う、それには膨大な事を考えて適切な行動が必要だ。相手の好みや、何をすればよろこぶ、どういえば「Yes」と答える、人を誘うなら基本的には楽しい誘いが多い。パーティやイベント、来ると楽しいよ、と。さらに自分が出るライブ、ミュージカル、いかに人が誘いに答えてくれるか、そのためにはかなり考えてそしてダイナミックな行動が必要だ。ところがビビっている人というのは基本的に自分がどう思われる、こうは思われたくない、など自分のことで頭がいっぱいだ。うまくいくのもいかないのも、自分視点で自分のことばかりに関心を持ちだから、どんどんびびっていく。以前から会員の人にはほんとにミュージカルやるとなったら300人集めることになる、家族や友達誘うだけじゃ、間に合わないんだよ、とさんざんいってるがどうも、本気で耳を傾けているようには思えなかった正体もやっとわかった。自分を売り込む、その大変さとその先の喜びがわかってないんだ。いざとなったら一生懸命、チケット配る、くらいにしか考えてないだろう。人は来ないよ、いくら無料だって、わざわざ休みの日に交通費使ってそんなん、まずしてくれるもんじゃない。だからこそ、来たらどれだけ楽しいか、役に立つか、元が取れるか、得をするか、そういうことを、しっかりと売り込まなければいけない。もちろん、相手が得をするということを説明し理解してもらい、さらに行動してもらうということだが。人を誘うのが下手な人の提案は、はっきりいってムカつく。正しいこと言ったとしても、全然乗りたいと思えない、テンション下がる一方。自分を売り込む、この意識は舞台に上がる人間の一番最初に必要な心構えだろう。逆に言えばびびる、というのは究極の身勝手、自己中心的な態度。だからオーディションでビビった人たちを見てあんだけ不快感を覚えたのだろうと思う。
2008年11月28日
レッスン感想今回一応、全員イベント出演ということになりました。が、私的には合格というにはほど遠い結果ではある。まず基礎発声として円堂、くりっぷレベルが当然であって欲しいけれどそれすらままならず。本人たちですらオーディション形式という事で緊張しまくり。今後の事を考え戦術を練るほど、前回オーディションを思い出しては腹が立ってくる。びびってんじゃねーよ結局出来る出来ないで言えば、こちらが出来るようにどれだけ配慮してもレッスンに工夫してもびびってんじゃねーよ気持ちが負けてる。こんなんで300人の人間、前にして歌って踊れるんかい?感想を見ても悔しさなどはあんまり感じられない。確かに以前よりは良いとか、慣れてないから緊張してしまうなどわかるけど本番を想定して、自分の求められてるレベル考えたらもっと「焦り」「不安」「緊張」そしてそれを越えてちくしょう! 絶対次こそはそんな気持ちになって欲しいところだが。私はミュージカルに関してはド素人。しかし演技論にしても調べまくり、独自の戦術を考え始めた、今の会員のレベルでは感動出来る舞台は限りなく難しい、それをどうすれば補えるか、そう考え悩み今回効果音を多用する事、実際にそれをどうすれば実現出来るかの方法を考え出した。音楽制作のソフトもまるでわからない状態をなんとか最低限使えるように勉強して、今回効果音を用いた演技に使う音ネタを急いで創り上げた。これがどれだけ大変か。でも会員はそれをまるで当たり前のように感じてるのかも知れない。それでいい。それって普通だよね、そう思われるのに実際は半端なく大変だ、そこまでしてそれって普通、当たり前でしょ、くらいにしか思われない。他人の努力は見えないもの、だがこと自分の場合となったらどうだろう。ダンスを撮影すると言ったあとの休憩、どれだけ「やべ、自分のダンスが記録される、こんなんじゃまずい」と緊迫したか。それがないからどんくさいまま、平気でなんかよくわからない顔して踊る人がいたりする。今の会員は全員、真剣だし、熱心で一生懸命。しかし、しかしミュージカルをほんとにやる「怖さ」を実感しているようには見えない、だから12月のイベントでも良い意味での「怖さ」を想像してない、だからオーディションごときでビビる。やる前に怖さを想像して事前にクリアーしてれば良いものを。たかだか8人、それも全員顔見知りの状況でビビることをもっと悔しがれっちゅーんじゃ。300人に向かってけんか売れるようになれっちゅーんじゃ。だからまず私が会員にケンカを売ってるわけですな。してもらってることに感謝してんのかよ、できてないことに悔しさ感じてんのかよ、口先の奇麗ごとで誤摩化して、自分のだめさ隠してんじゃねーよ、と。何故ここまで口汚く言うか、それはいよいよ始まるから、なにが?新人募集。外注業者さんにお願いしていよいよ、ミュージカル用のHPを作る。目的はただ一つ。よい新人を集める。ド素人、未経験、全然OK、しかし先日ライブでものすごくうまくなった彼のように本番を前にして「このままじゃまずいぞ」「もっと練習しなければ」そう思える人だけを募っていく。そんな人が集まり出した時先輩面できるように。自信持って「あなたより私の方が上手い」そう断言出来るように。ちなみに良い緊張、良い不安を持つだけでなく、先日プロ以上に上手くなった彼のようなタイプには別の共通点がある。例えば私がレッスン中に歌う、と彼は「凄い、それどうやって出すんですか?」としっかり受け取り、レッスンのために用意したことなどに「ここまでしてもらって本当にありがとうございます」とか言う。レッスン費も必ず新品の袋に入れて丁寧に差し出す。教わることに敬意と感謝をしっかりもってそれをきちんと表に出せる。今まで上手くなった人(くれは、なみか、などなど)は必ず受け取ることを、単に当たり前だと思わないし、もし自分がそれをするなら、とこういうことを考えられるし共通している。これが反対だと、自分は出来もしないのに偉そうに論じたり判断してじゃあ、お前がやってみ、できるんかい?と問われてそのくらいできると思います、と実際やってまるでできない。想像力が違う、そのリアルさが違う。自分の未来をリアルに想像出来るから本番を前にして「やべ」と思うことができるし、事前に対処をする、だから本番ではおりゃくそ、もうやったるわい!と吹っ切れる。緊張するのは当たり前、良い緊張はあっていい。しかしビビるのとは違う。現実にしたい未来をいかに想像出来るか。12月に本番がある、いよいよ新人を募集する。これはあと少しの未来で現実に起きること。その時、どうなるか。それは今どれだけ想像出来るかによる。来年9月の舞台の上でびびってんじゃねーよ。
2008年11月26日
こんにちは 人見です。先生>レッスン・オーディションありがとうございました。みなさん>レッスンお疲れ様でした。ダンスレッスンでは、映像を残そうという話があったのですが、そういったレベルになりませんでした。私はステップがなんとなくになってしまい他の方とのタイミングなどかなりバラバラだったと思います。先日、先生の家で参考資料を見させていただきましたが、動きのタイミングから体の角度までびっちりそろっていて、大人数でのダンスの魅力を感じました。逆にそろわないとものすごくかっこ悪い。一人ができないとすべて壊してしまいます。他の方の足を引っ張ることのないようにきっちり練習をしたいと思います。ダンスの映像を撮った際に先生より、ファインダーを通すと客観的になって見えるという話がありました。以前のイベントで会員の方が、自主練習の際に、第3者の方に歌を聴いてもらい感想をもらったそうですが、そういった「プレ」的な練習客観的な視点が大切だという話がありました。先日、まなさんとカラオケへ行き、感想や以前の自分の歌について聞きましたが、自分ではわからない感覚だったので非常に参考になりました。客観的な視点を意識したいと思います。効果音を使った演技練習の際、私は最初前に出て、違う音で同じ演技をするというのをさせて頂きました。同じ事をやっていてもやりやすさがぜんぜん違います。演技を誘導されているようでした。他の方の演技を見ていても音楽があるのとないのとでは本人の動きも、こちらの受け止め方も違います。音の力を感じました。イベントのオーディションの際に、感情が出せるようにといったアドバイスを頂きました。先日の宿題などの文章は、自分で読んでもあまり感情を感じません。感情が出すのが下手ミュージカルをやる上でとても問題になると思います。他の方の文章や歌と自分自身を比べるなどして改善していきたいです。オーディションでは、大阪の2人がとてもはじけてらっしゃいました。2人と比べると、自分は、自分の世界の中でごにょごにょやっているようでした。相手に向かっていないというのがはっきりわかりました。また、オーディションというつもりで一人前に出て歌うと、いつものレッスンで一人で歌うのよりもとても緊張しました。本番ではさらに緊張するかと思います。そういった緊張のなかでも歌えるように歌をなじませていきたいと思います。
2008年11月26日
寿です。11月レッスンの感想です。>先生レッスン、アドバンスド、その後のミーティング、どうもありがとうございました。>参加されたみなさんお疲れ様でした。今回は、レッスン前日締め切りの宿題と、レッスン当日の様子からそれぞれ相手との距離の近さの順に会員を並べられました。自分はどちらも近かったのですがこの順番がなにによるのか、当日もいろいろお話いただきましたが感想を書くにあたり自分をふりかえりあらためて整理して残しておくことにしました。宿題には課題のほかに注意点が示されていました。自分が意識したのは”伝えたい気持ち” ”会員同士にとって有効”。それが相手との距離を近くしたでしょうか。この気持ちはレッスン時も持続していたように思います。自分は技が苦手で、できもしない自分が人になにかを教えるなんてできない、してはいけない、ずっとそういう気持ちが拭い切れずにいました。今回は、苦手な中にも、技の経験の浅い人に伝えるとよいことがあり、それをしないのはただ自分だけをみていることと思い、気づいたことは伝えるようにしました。相手の視点に立つとはまず相手がいることを認め、そこに関わりを感じることからと思いました。自分に弱いこの感覚を養いつつ、ナルシストになったとき、どう相手とかかわるのか、学んでいきたいと思います。
2008年11月25日
先生、先日はレッスンありがとうございました。参加されたみなさんお疲れ様でした。今回のレッスンは、レッスン(オーディション)の前に先生からメールでいただいた言葉に応えられるよう頑張ろう、という気持ちで臨みましたが、手刀、合気の技、柔道の技とやっていくうちに型がすぐに理解できなかったり、覚えられなかったりしてもたついてしまい、やはり気持ちの面の意識が薄くなってしまいました。出来ないのに出来るふりをする事はいけないけれど、どうやったら出来るか考えたり、何とかついて行こうとする気迫が足りなかったと思います。ダンスステップについては、事前に先生からいただいた資料をみて何度も練習して臨んだのですが、ただこなしているだけで、撮影していただいたビデオで客観的に見れば本当に恥ずかしい程ぐちゃぐちゃで動きもぎこちなかっただろうなと思います。お客さん側からの視点で見るという事が本当に重要だと思いました。オーディションの前に、相手との距離ということで宿題とレッスン後の順番をつけていただきましたが、レッスン後の距離が椅子より後ろになってしまいました。椅子より前と後ろの差は、自分を守ってしまっているか、さらけ出しているかの違いだと先生がおっしゃいましたが、このことはまさに自分自身の最大のテーマです。なかなかこの壁を超えられない自分が不甲斐ないです。型どおりにやる、まずはこの事に集中し、出来るようになる事でもっと自分に自信をつけて壁を越えられるようにしたいです。また、ミュージカルの効果音をすべて録音でやるというお話がありましたが、これはものすごく大変な事だと思いました。型どおりにやる、以前から先生がおっしゃっていた事ですが、録音という事は、自分たちが少しの狂いもなく音にぴったり合わせて動かなければならないという事で、ミュージカルに対して、当事者意識をもっともっと高くしていかないといけないと痛感しました。次回のレッスンもご指導よろしくお願いいたします。
2008年11月25日
まなです。先生>レッスンありがとうございました。また、レッスン後に、お話をさせていただき、翌日もミュージカルの参考の映像などを見ながら、いろいろなお話をしていただき、さらにミュージカルをやりたいという気持ちが高まりました。本当にありがとうございました!みなさん>お疲れ様でした。ミュージカルに向けて、メイクをしてレッスンを受けました。手鏡で、見ていたときはすっごい濃くメイクをしたと思っていたのですが、レッスン室の壁の鏡から見ると、舞台のメイクには見えませんでした。メイクひとつをとっても、客席からどうみえるか?という視点になれていないことを感じたので、客観的にものを見るということをもっともっと意識しないといけないんだと感じました。今回、久しぶりに合気道の技を行いました。人見さんと組んだのですが、今まで、ずっとやっていたし...と思ってやってみると、お互いに肩が硬くなっていて、今までの感覚でやるとうまく出来ませんでした。やらなくなれば、すぐに戻ってしまうこと、また、技をかけるとき相手の癖などを覚えてしまって、それにあわせてかけていることを感じました。馴れ合いではなく、ちゃんと効まるということを意識して技をやっていきたいと思います。ダンスステップの練習を行い、15分の休憩時間があり、その後に撮影をするといわれたのですが、とても、映像として残せるレベルにならず、先生から、当事者意識がない、もっと当事者意識を持てといわれました。ミュージカルに出るためには、自分でちゃんとやることをやらなきゃいけないと、わかっているつもりでしたが、先生が何とかしてくれるという意識を、無意識に持ってしまっていたと思います。もっと、自分がやらなければいけないということを自覚しなければと思いました。その意味でも、24日に先生がやりたいと思っているミュージカルのイメージを、教えていただけたことは、自分のレベルとの差を知り、当事者意識を高める時間になったと思います。ありがとうございました。ミュージカルで、効果音を多用したいという話があり、効果音を使った、演技の練習を行いました。今までは効果音というのは、お客さんが舞台を楽しむための効果としか思っていなかったのですが、今回、効果音にあわせてやってみたところ、演じる側が自然と気持ちを作っていけますし、演技の説得力が出てくるものなんだと感じました。先生が、レッスンの前の宿題メールの内容を見て、相手に対しての距離が近い順に並べたとき、先生に一番近いところにいました。ですが、レッスンの様子を見て改めて並びなおしたときは、かなり後ろに行ってしまいました。レッスン時の様子で並べたときに、最初は、ジャンプアップしたくりっぷさんが、ステップなどがよかったので、ステップがひどかったところが一番の要因かな?と思っていたのですが、相手と近くなるには、殻に閉じこもらず、さらけ出さないとというようなお話を聞いて、演技の練習のときの、吹っ切れなさが一番問題だったのではないかという気がしました。ホームでのイベントに向けて、オーディションがあり私は、勝手に先ほど並んだ順番かな?と予想をしてしまっていたので、予想外のところで呼ばれ、とても緊張してしまいました。少人数で全員が、顔見知りであり、レッスン中などに、同じ歌を歌ったこともあったのに、オーデションという形にしただけで、緊張をしてしまうものなのだということを感じたので、悪い緊張ではなく、いい緊張にうまく切り替えられるよう、また、「自分はこれだけやった」という自信をもてるぐらいまでしっかり下準備をするようにしなければと思いました。
2008年11月25日
こんばんは。11/23のレッスンありがとうございました。今回のレッスンで一番重要だと感じたのは、「型通りにやる」ということです。それはどんなことをやる上でも最低限のことだと理解はしていると思っていましたが、それをきっちりやるのがどれだけ難しいことか、今回改めて感じました。特にそれを感じたのはダンスステップのビデオ撮りの時です。自分では順番もタイミングもちゃんと合っているつもりで、先生からリズムが滅茶苦茶だと言われるまで、何とか出来ていると思っていました。先生からご指摘を受けるまで気付いていない・・・この状態が一番怖いことだと思います。自分の中だけで完結してしまい、間違いに気づくこともないから、この状態がまずいという『当事者意識』も生まれなくなってしまうのだと思います。ダンスのノリがいいと褒められた方は、まず型がきちんと身に付いているのではないかと思います。型が体に染み着くまで出来て、初めて思い切り大きく、なおかつ楽しんで動くことが出来、それがノリに繋がっていくのだと感じました。また、オーディションで最初歌った時は、リズムと音程を取る事・歌に感情を付ける事など色々なことを考えすぎてしまい、自分を出し切ることが出来ませんでした。色々なことを考えすぎて100%のパワーがまるで歌に出せなかったことに対して、すごく悔しい思いでした。そんな気持ちで2回目歌えるチャンスが巡ってきたので、ある意味吹っ切れて最初よりは思い切り出せたのだと思っています。これも「型通りに行う」ことがもっと、しっかり体に染み付いていれば、思い切り感情を入れることも思い切り歌うことも、もっと自信を持って出来たのだと思います。「型通りに出来ないなら出来るまでやる」「出来る方法を考える」今回ダンス・歌のオーディションをして、そこまで行き着く大変さが想像以上のものだと本当に認識できたレッスンでした。先生が以前、「すごい大変な思いをして作り上げて、それがやっと他の人には普通に見える」とおっしゃっていたこを改めて思い出しました。それ以上のものをやって初めて「こんなの大したことない」と言える格好よさに繋がっていくのではないかと感じました。かえで荘でのイベント・次回のレッスンもよろしくお願い致します。失礼致します。
2008年11月25日
一恵です。先生、23日はレッスンを受講させていただき、ご指導いただきありがとうございました。参加されたみなさん、ありがとうございました。今回のレッスン日を迎える前もレッスン受講中もすごく苦しくて、気持ちの落ち込みと葛藤でいっぱいでした。逃げ出したい、でもここで逃げたら絶対後悔する、逃げたくない…そのことばかりが頭をぐるぐる回っていてレッスンに集中出来ていませんでした。目の前のことに一生懸命取り組んでいるつもりでも自分のことしか見えず、先生から「型」の大切さ、型を見に付け、型通りにやることによってはじめて全体の流れがピタッと合うこと、型があることで却って自由度が高まることをお話いただきながら、そのお話を活かせず、手刀で静止する際に型を決められずに何回も同じ注意を受けたこと、合気道(特に横面打ち)・柔道技の覚えが悪いこと、前回り受け身を介助に回ってくださった方を見ずに無理矢理やったこと、効果音に合わせたシチュエーション別の即興演技で勝手に個人のテリトリーにずかずか入って行ったこと…と、自分のことしか見えず、自分のことしか考えられないことが一つひとつに如実に表れ、場面場面でどうやって突破・対応するかを即座に見つけようとすることも出来ませんでした。オーディションを始める前、先生からレッスン前に与えられた宿題の内容と本日のレッスン受講姿勢を見てお客さんとの距離順で会員全員の順位付けが行われました。私は宿題でも受講姿勢でも最下位でした。お客さんにはとても伝わらない、自分しか見ていないと視野の狭さを突き付けられました。レッスンの数日前、オーディションを目前に先生から全く同じ点を指摘いただいていました、このままではあなたはおそらく落胆する結果になるだろう、失敗するだろうという厳しい言葉をいただいてから、頭の中は失敗するイメージばかりでした。なので、目の前に歴然とある順位を見つめながらにじみ出る涙をこらえるのに必死でした。いよいよ先生の言葉が現実になる、失敗するんだ、と思うと血の気が引きました。怖くてたまらず正直逃げたくなりました。でもここで逃げてどうなる?「やるのは他でもない自分」「自分の人生は自分のもの」、とレッスン中に先生が「当事者意識」のお話をしてくださったじゃないか、どうせ今から何をどうやっても必ず失敗するんなら、いっそ精一杯立ち向かって潔く完敗しようと思い直し、結果はどうあってもいい、たとえ聴き手役の会員のみなさんにドン引きされて冷たい時間が流れても、「何でこんなことしなきゃいけないの?」と手拍子の呼び掛けに応えてもらえなくても、嫌われても何を思われてももうどうでもいいや!と気持ちを吹っ切って臨みました。在院者の方と一緒に手拍子を打ったり歌を歌うことを通じて少しでもイキイキと笑顔がこぼれるひとときが持てたなら…在院者の方に歌う主役になってもらいたい、と考えて事前に考えてきたMCでしたが、最後の最後でいわば捨て身となったことでMCを話しはじめても緊張はほとんどなく、人目を気にせず用意した段取り通りにやり切った時、達成感と爽快感がありました。聴き手役として目の前に座っている会員の方一人一人の目を見ながら笑顔で手拍子を続けた結果、少しずつ手拍子をして応えてくださる方が出てきてくださって、かすかにでも通じ合えるものがあったような気がしてとても嬉しかったです。逃げずに立ち向かい行動して本当によかったと思いました。歌に関しては目を閉じて歌ってみることをご指導いただいてやったところ、自分の世界に入った方がよいという発見を得ました。最下位である(自分しか見えない、関心がない)こと=悪一辺倒ではなく(社会生活上はそれではいけませんが…)、使い様によっては良い面も引き出せるというエンターテイメントの妙を思い知りました。レッスン後、先生から「ナルシストになれ」「わがままになれ」とご指導をいただきました。周りの目を気にすると自分の良いところでさえも悪くなってしまう、自分の好きなようにやることが自分の良いところも悪いところも活かせる、というお話でした。ホームイベントの出演許可の連絡をいただいて本当に嬉しく思いましたが、同時にもっともっと意識を高めなければと身が引き締まります。イベントでは自分の世界に入り込みながら在院者の方を楽しませることを考えてプレを重ねしっかり臨みます。先生、自分勝手で自己中心でわがままな私を厳しくご指導いただき、貴重なお時間を本当にありがとうございました!
2008年11月25日
先生、レッスンありがとうございました。皆さん、お疲れ様でした。今回は通常レッスン1回、武道場レッスン1回の休みを挟んでの久しぶりのレッスンだったので付いていけるか不安だったので、いつも以上に集中して臨みました。今回のレッスンで特に私の中に残ったのは「当事者意識」「モデル(型)」「効果音の影響」の三つです。当事者意識をもっと持つ必要があるというお話を伺いました。当事者意識、危機意識。これがないと十分な備えができない。結果、本番までは気楽に構えていていざ本番で緊張してしまいステージでボロボロになってしまう。今回ホームイベントのオーディションで、前回オーディションに続けて、このことを体験することとなってしまいました。前回のオーディションで悔しさを味わいましたし、どれだけ準備してもやはり本番、人前というものは緊張して失敗する可能性がある。そういう経験をふまえて練習してきたつもりだったのですが、まだまだ足りなかったと言わざるをえません。特にプレ的な練習が不足していました。先生からのご指摘にもありましたが本当にプレの大切さは身に染みました。(家やカラオケで家族に聞いて指摘してもらっていたぐらいでした。 もう少し距離の離れた人に聞いてもらうことが必要だと感じました。)ホーム、ミュージカル、それぞれに向けて、もっともっと不足していることを把握して埋めていく、そして練習に練習を重ねて完成度を高めていくことが必要だと痛感しました。また、ミュージカルでは効果音を多用するが、諸般の事情で効果音に動きのタイミングを合わせる必要がある、つまり、自分がモデル(型)として指示されたことを完璧に遂行する必要がある、というお話を伺いました。(演技だけでなく、裏方作業的にも。)今回ダンスの撮影を行いましたが、あの簡単な動きでさえキチンと完璧に動きこなすのは難しい-特にフィルターや観客視点という冷静な目の前では-ということをご指摘を受け、実感しました。私とくりっぷさんは動きが良いと言っていただけましたが少なくとも私に限っていうと、きちんとモデルとして踊れている人に囲まれていたらどうしようもなく下手さが浮き上がる程度の状態だったと思います。(手順をとちってしまった所やふらつくところなど)以前のレッスンで伺った「中級までは型を覚える、型に自分をはめ込む」ということにも通じるであろう今回の「モデルになる」ということ、今後、より意識していきたいと思います。(さしあたってはホームの課題曲を歌手に近づける、という手段で 練習してみようかと思います)今回効果音に合わせて演技をしましたが、演技に合った効果音の場合、とても自然に演技に入れ、その効果に驚きました。演技者自身がこれほど影響を受けるものだとは思っていませんでした。「演技臭い」演技に陥らず、できれば自然に起きてしまう動きなどを取り入れる、(嵐の海の船中での演技など)見ている人に船の揺れが伝わるように、動きに揺れを取り入れる→自分視点だけではなく全体視点で演技をするということが強く印象に残りました。今後ドラマや映画など役者さんを見る時には上記のような部分を意識して見てみるようにします。また、いち、に、さん、と声を出しながら大外の掛かり稽古を行いましたがくりっぷさんの声、動きに一体感があり圧を感じました。マネようとしてみましたがうまくいかなかったので何が違うのか考えてみました。次回確かめてみたいと思います。(動きと発声が連動していない、動きのタイミングが正確なリズムを キープしていない、声の大きさに意識が囚われてしまっている、等)それから、久しぶりに先生の歌を聴かせていただきましたが、やはりすごかったです。特に荒城の月、ほんの一節でしたが、それだけで雰囲気ができるというか、物語を感じさせるというか、、うまく言えないですが、圧倒的な違いを改めて感じました。自分もあのような歌が歌えるようになりたいのだと再認識しました。また、オーディションでのNさんの歌声がとても綺麗で、聞き入ってしまいました。特にアリア的な要素を入れた方が良い、というご指導の後の歌声は本当に綺麗でした。こういうのが聞いている人に喜ばれる歌なのだろうな、と思いました。宿題、レッスン時の様子から、お客さんとの距離順に並べていただきその中で宿題・レッスン加味それぞれ前の方に配置していただけたのですが、いざ実際にオーディション、となるとまるでダメでした。全体的にみても並びとオーディションのできは関連性がなさそうでした。アーティストは自分を押し通す、ということで良いと認識させていく所もある、というような意味のお話を聞かせていただきましたが、本当に難しいなと感じました。お客さんのためになること、その視点が重要で、変な意味でのナル、自分を見て!というのは必要ない。だけど、自分のやりたいことで押し通す、というのもそれはそれで魅了する力がある。良い人なだけだとモテない。ここにも逆説的なものが含まれている気がしますが、どこが共通していてどこが違うのかを解明できれば「魅力的な歌」の本質というか、何か大事なことが分かる気がしますので考えてみたいと思います。(ダンスの「やる気ない」「なんてことない」という余裕のあるかっこよさ。 そこに通じるような気もしました。)■その他、技などについて・一教 動きが小さくなっていた。体全体で相手を持って行くように。 動きは肘を受けるところから相手を制するところまで 一連の流れを途切れさせないようにする・四方投げ 相手の肘を取ってから、更に肘を下げて相手を浮かせる状態まで持っていく 相手の肩を伸ばすということを意識する (自分一人では絶対にできないストレッチ効果) 回転する途中で万歳しない。我慢して相手の腕を遠くに、という形で回していく・体落とし HOV式では右足を上げてから捻りながら相手の膝に絡ませつつ下ろしていく。 (逃がさないように絡ませる) 更に、体重も一旦右足にかける。(この時点では顔はまだ向き合っている) 振り向きつつ左足に体重移動し、その重みで相手を投げる・正座している相手の両手を後ろから取った後、前方に投げられる(以下、正座側視点) 先に取られた方の手で投げる 逆側の手は添えるだけ。先に取られた方の手の肘内に入れておく。 そのうち勢いを付ける段階では逆側の足を一歩踏み出していく■打ち合わせ(簡単なメモ)・ホームの資料を集めたはいいが、それをどうするのか?管理は誰がするのか? 会場が取れなかった時すぐ次の会場確保に動ける状態になっているのか?・各種の係を決めて、責任を持ち、かつ連携をしながら進めるようにした方が良い (実行係、というのもあり) (とりあえず会場係まなさん、宣伝係私)・集客について店長さんから色々方法を教えていただきました(初回時の映像利用等)
2008年11月24日
くりっぷです。先生、昨日のグループレッスン、ご指導ありがとうございました。 参加されたみなさん、お疲れ様でした。 ■ご指導頂いた内容 ・手刀(しっかり振り下ろし斬る!左右交互にやる) ・座り一教、表・裏 ・立ちからの一教(ゆっくりやったり、速くやったり) ・四方投げ ・横面打ち ・基本のダンスステップ ・先生からのお話で、「型どおりやること」(道筋、お手本がある。) (できないなら、自分なりに方法を探しできるまでやる) ・前、横、後ろに相手を倒す(重心の移動) ・体落とし(相手の足に、自分の足を巻きつけるように) ・大外刈り(1、2、3と発声) ・一本背負い(1、2、3と発声) ・曲に合わせてのダンスステップ ・先生からのお話で、「当事者意識」が全くない(危機感のなさ) ・効果音に合わせて、役を演じる ・ホームで歌うオーディション ■やってみて思ったこと ・合気の技を久々にやりましたが、すぐに動けなかったり 横面打ちでは、グダグダでした。 ・相手を倒す重心の移動も、やはり焦りがあるのか上半身、 下半身の動きを同時にできないのが難しく感じます。 ・大外刈り、一本背負いでの発声は、やはり気持ちがいいです。 スッキリします。 ・「当事者意識」のお話では、危機感のなさ、良い意味での焦り が本当に足りないなと痛感いたしました。 ・効果音に合わせて役を演じる、音の重要性とまたそれに、いかに 助けられて安心して演じることができるのが深いなと思いました。 死体の演技、外国人のマネ、今回は効果音に合わせて演じる とやってきて演じることへの抵抗はあまりないのかと感じました。 もちろん、照れも恥ずかしいという気持ちもありますが 「はい!やって!」言われたときに、スーッと入っていけることが なにか自分でも少し不思議に感じました。 ・オーディションでは、今回、楽譜を見させて頂きました。 前にでると半端ない緊張があって、顔もすごくこわばっていました。 楽譜を見ていても、音程が合ってなかったりしたので、すごく 緊張に飲み込まれてしまっていたことを実感しました。 荏原ホームで歌わせて頂いた時とちがって、自分一人で歌う 逃げ場のない責任の重大さをすごく感じました。 一恵さんのMCと Nさんの歌声は素晴らしかったと思います。 また15分前の休憩の時に、自分はロビーで練習していたのですが Eさんの歌声が、こちらまで響いてきて「おお!すごいな!」と思いました。 人のやる気、熱意は伝わって「よし!負けてられないぞ!」と 気持ちになってすごく触発されます。 今回は、先生のようにいつでも ドン!と構えて振舞える自信をもっと身につけていけたらいいなと思いました。 そのためにも、やるべき事、できる事をしっかりやることからだと思います。 貴重なお時間ありがとうございました。
2008年11月24日
今、ロジックと言う音楽制作ソフトをいじくりながら来年のミュージカル、ドレミ王国の登場人物たちを音で表現するってか、曲を作ってたりしてます。で、昔で言えば楽器に当る、波形がもっともっとないとミュージカルの劇伴にはならんのでなにをどう購入するか迷って、ネットをさまよっていたら驚き。こう言う感じなんだよなー、こういう音でカンフーダンスしながら歌って踊る、そう、音的にはまさにこういう感じ。音の波形のサンプリングCDなのですがhttp://store.minet.jp/item/536-27.htmlこのページ中段の緑の四角い枠の真ん中の JAZZ GOEPEL WORLDという中のGOSPEL。これがとくに近い。WORLDは最初気持ち悪いけど途中から、ああこれいいー、に感じになる。ブラックミュージックやゴスペルなど好きな方にはぐっと来るんではないかと。会員の方、是非聞いておいてください。こういう感じで歌って踊ってもらいますので。
2008年11月19日
次回レッスンで行う12月イベントライブでのオーディションに向けていろいろとアドバイスと言うかコメントを会員さんたちにしていますが多くの人は覚悟を決めているらしく、返してくれる返事を読んでとても嬉しい。なにより、自分一人、ではなく他のメンバーと互いに刺激し合って共働作業、というみなで責任と達成感を分かち合うという認知行動療法をもとにしているから「みなさん自分の思いをさらけ出してここに来られているのに 自分だけ隠してよそよそしいままでは気持ちは伝わらないし 先に進めないと思ったので」こういう気持ちになってくれると本当に嬉しい。一緒にやっている意味と価値があるってものじゃないか。もちろん全員ではない。しかし本番を前にして覚悟が出来ない人は、私からしてあげられることは何もない。それはその人の人生を私が代わりに生きても何も生まれないっていうか無理だし。今まで数、イベントをして来て最後の最後に逃げる人がいる。別に良い。それはその人の生き方だ。やる人はやるし、やらない人はやらない。直前までどうにもならないように思えてた人でも最後の最後に、「うりゃ」とやる人だっている。逃げるかさらけ出すか。それはその人が決める事。自分の過去を振り返り、アレが出来ない、これがどうしてもだめ、そういうこれまでの人生を「変えてみたい」と思える人は誰かの助けを借りながらでも這い上がろうと最初の一歩を踏み出せる。その足は自分の足でなければならない。自分の意志でなければならない。私からの連絡で「ともてきつい」とか「今までそんなことをいわれたことがない」とか「戸惑いを感じた」などいろいろあるようですが基本的には「これをいい機会にしてまず取り組んでいきたいと思います。」「とても貴重な機会ですね。」「ずばりご指摘いただいてありがとうございました。」などと書いて来てくださる。有り難いし嬉しい。今、いろんな人がいろんな形で変わろうとしている。次回のオーディションで聞けるだろうみんなの歌が本当に楽しみです。覚悟を決めた人たちの声、これほど素敵な音色はないと思うから。
2008年11月18日
今会員の人にナルシストになる事を強く勧めている。だって、自分の出るステージ、ミュージカルの舞台で謙遜などするようなら、そんな自己否定、大迷惑。イヤー私なんてたいしたことないですよ、じゃなく「私の芝居、踊り、凄いよ、だから是非観に来て」こういう過剰なほど自信をつけてもらわないと良い舞台にはなりません。ふつー、ナルシストというのは悪い意味で使われます。勘違いやろう、とか。良いナルと悪いナルの違いはどこにあるだろう。それは思い込みの差。悪い意味でのナルシストは私はこうなの、と相手にそう思わせようとする。相手の視点をとてもイヤな意味で気にしている。よいナルは、相手がどう思おうがそんな事知ったこっちゃねーと振る舞う。それは自信があるそぶりにも見える。自信がない人というのは相手の目を気にし過ぎ。だからいつまでも、どこまでいっても自信がない。自信がある人は、誰に何を言われようとも気にしない、だから自信があるように見える。ナル、それはなりきること。誰がどう思おうがそんな事おかまいなしになりきること。自信をつけるというのは難しいようでいて実は誰もが当たり前にやっている感覚を少しずらすことで、誰もが出来る。ただし思い込みを切り替える、という意味で頭が固い人よりは柔らかい人の方が有利だけど。だからこそ、うちでは思い切り体を使うメニューがある。うつや人格障害、適性障害を改善するためのPRECISE 認知行動療法をもとにした発声の改善というボイストレーニングと武道の身体性を融合させたミュージカル。そのためには絶対自分という強い信念と自信過剰なナルシストが必要だ。
2008年11月17日
人見から教えられたのだけどリズム天国ゴールド。はまった(笑)ご存知任天堂DSのソフトで最初話し聞いたときは「へー」しか思わなかったけども「よいのか悪いのか一度見てもらえませんか?」と貸してくれたのでやったところおもしろっ!だがあっという間に娘に取られ「おいおいそれすぐ返さなきゃいけないんだけど」「えー?」とか言われたので、しょうがないから近所のヤマダ電機で買って来たよ・・・さてさて本題。しばらくはやるほど「おもしれー」「よくできてんなー」「これクリアしたら次はどんなんかなー?」などと思うのだが段々イヤになる。その理由は一つ、上手く出来ないから(笑)その「上手くいかない」には二つあるってことが本題なのだが一つは、打つべき所がわからない、なにをしていいのかわからない時。なにこれ、3連のハネで打つのか16分なのか?どうしても楽譜で演奏するクセがついてしまっているのか楽譜がないと、よくわからんところはなんとなく、じゃなく「これ、何拍目のどこでリズム取れってんだよ?」と考えてしまったりして、そのわからなさに段々イヤになる。もうひとつは、わかってるんだけど出来ない、って時。ゲームだからいやらしく、さんざん速いテンポで裏を打たせおいて突然、2拍目の頭打ち、などとギミックされるとつい、つられて、「あ」としくじる・・・これも楽譜にしちゃえばあとは楽譜見ながらリズム打てばいいんだけどそれじゃーなー、ゲームっぽくないってか遊びじゃないってか。感覚でやった方が遊びとしては面白いだろうし、「あぎゃー」ってなることがゲームなわけで。さて。わからなくて、出来ない。わかってるけど、出来ない。どっちが、つまらないだろう?私で言うとわからない時は何だよ、わっかんねーよ!? といらだちながらもどうなってんの、どうすりゃいいの?とかまだ続けてる、がわかるけど!、そうすりゃ良いって思ってんだけどつい、手が出ちゃうの、または出ないのっ!ていう時、はいはいどうせ、私はリズム悪いですよ、とかなんか、自分に言い訳してつまんねーよ、このくそゲームとか思い出して来て(笑)やめちゃおっかなー、なんてなって「もういいや」とほっぽり出す(でも翌日又やるんだけど)実は人間の学習とは脳内に軸索、ま、ようは新しい回路が出来るときのことを言うんだけどこの時、わかる、わかった、で一瞬繋がり、でもすぐ切れて何度も繰り返す事によって新しい神経が太くなりしっかりと繋がる、これが、出来るようになった、となるわけで。つまりなにか新しい事を増やすにはわかるけど、わかってるけど出来ない、っていう時今まさに脳内に新しい回路が繋がろうとしてるわけだ。わからないから辞めてしまう、こんなのは、やる気がその程度、っていうだけでなら、はなから、やらない方が良い。ボイストレーニングでもこういう辞め方をする人は結局、歌に向いてないってことだろう。だが、わかるけどできない、だからなんかもっと別の所、とかいう時は今まさに上手くなろうとしているがいっときの不快感で、全てを台無しにしようとしている。私はこれまでこういうことを良くこんな話で例えて来た。お湯を沸かしている時、段々と暖まって快適になってでもお湯になる直前、あついよ、あついよ、と冷ましたくなって自らガスレンジから飛び出してしまう。こういう人は、ようするに、ぬるま湯が好き。何も刺激がない、だから変化もない。しなきゃいけないことも辛いこともないがダラダラと冷めていく。ぬるま湯から出るのは寒い。しかしこのまま、つかり続けても良い事ないのは知っている、が出たときの一瞬の寒さを恐れて、出ようとしない。そして寿命がつきるわけだ(合掌)わかるけど出来ない、それは、やり続ければ良いだけ。それがわかってるんだけど、でもなんかむかつくんだよね。
2008年11月17日
私は歌うと喜ばれます。上手いね、じゃなくて、凄いですね、と。人というのはその仕組みがわからないものには興味を持ちます。私の発声は普通じゃない、だから「なんでそんなに響くの?」「どうやって出してるの?」そんな点でも興味を持たれる。とくにPAとかスタッフの人にも興味持たれる(笑)でそんなことだけでなく、特別養護老人ホームなどで一度歌ったりイベントすると、速攻、「今度クリスマスイベントあるので是非出ていただけませんか?」とお誘いを受けたりする。そんなこんなで12月にイベントをやるわけですが基本的に老人ホームとはいえ「下手な人はいらない」という態度です。ボランティアで歌う、としても求められる人とそうでない人に別れる。今回イベントも会員中心でやりますが、私に習っている会員の方、というある種の保証があるからやって欲しいと言われてるわけでで、会員にとってもミュージカルの練習になるので互いの利益は一致。しかし、じゃ会員なら誰でも良いか、とはならないので相応のことができる人がどうかを次回レッスンでオーディションするわけですがそこでも結局「あなたは歌ってください」「あなたは出られません」に別れるわけですね。結局、求められる人 とそうでない人 の違いになる。でこれはいろんな意味があって例えば昨日書いたプロ並みに上手くなって来た彼、こちらも教えたい! って思うようになる。こいつ教えたくないな、何だこいつ、うぜえな、と思ってた時期もありました。よく書いている双子にしても今はもう完全に信頼してますが以前はなんだよこいつら、と思ってた時期はあります。ろくに教えたくない、からものすごく教えたくなる。関心を持たなかったのが、愛情すら感じ始める。この境目はどこにあるのでしょう?相手に要求しなくなる、要求する必要がなくなる、というのが大事。レッスンで教わりにくる感覚のときは教えてください、つまりあれしてください、これしてください、習いにくれば上手くなると思ってる、的な考え方。そうではなく自分で上手くなる、自分でやる、こういう自立心が育ち始めると、取り組み方も自覚も変わって来ます。歌のレッスンで「教えてください」という人はライブ本番でも「私の歌を聴いてください」と要求します。ある、私の歌を聴いて欲しい、が口癖の人がかつていましたがこういう人は歌うほど「それほど上手くないね」とか言われてしまう。上手い、上手くない、じゃなくて相手に要求するから、要求された方はなんで?あんたに?とお断りする。家族やお友達は良いです。幼稚園児のお遊戯会のようになにをしても喜んでくれますが知らない人は、なんで見も知らないあんたの歌を聴いてあげなくちゃいけないの?となってそれでも聴かされると、腹立ちまぎれに「下手」だとか「つまらない」とか言われてしまう。ましてやそれがあなたのために、など言われたら「余計なお世話」にしかならないわけで。人は仕組みがわからないと興味を持つと冒頭に書きました。発声や歌唱のレベルだけでなく、歌の意味や価値に「おぉ、なるほど」的なことがあると仮に下手でも、喜ばれたりします。そのため今度のオーディションでは各会員が、自分の持ち歌に関して意味付けを行い、それをMCしてもらうわけですがその価値(意味付け)の仕組みが単純だとだから?で終わってしまう。実際芸能プロダクションのオーディションなどでよく審査員で呼ばれていた頃ほんとよくいるのが「私の歌でみんなをしあわせにしてあげたい!」別に良いよ、あんたに頼んでないから。モテない人というのは仕組みが単純すぎる。学生などでもよく「歌CDにしてきました、聴いてください」とかよく言われたんですけど時間もったいないから、やだね、って(笑)聴きたいと思われる人と思われない人は決定的に違う。しかしそれは生まれつきではなくて学べばいいだけの事。それを双子は学んだし、プロ並みになった彼も学んだ。私自身は人に歌って欲しいと頼まれ歌うと喜ばれる。お店でも商品でも又欲しいと思うもの、是非売って欲しいと思うものとそうでないものがある。人の感情というのは、同じなんですよね、何に対しても。で結論を簡単に言えばこの商品は凄いから買え、俺の歌は凄いから聴け、と要求したり私の歌を聴けばあなたは幸せになるとか、がだめ。判断は相手がする事で、相手の判断を導ければ良い。モテない人は、なんでも自分の視点で判断する。だから相手が喜ぶと勝手に決めつけてはそうならない。相手の視点を想像する、これはボイトレではないけれど歌がうまく聞こえる秘訣、是非歌って欲しいと思われる、大事なヒントの一つです。
2008年11月17日
今日プライベートレッスンをした1人の彼。歌を聴いていて思わず「こいつ、プロも夢じゃないな」と思いました。もちろん本人はそれを希望してるんですがもともと才能ある方でもないし多少バンドの経験はある、くらいのまぁ、そこそこってか、普通だね~、という感じだったのがものすごい上手くなってた。理由は、私の素晴らしいレッスンのおかげ、といいたいどころだけれどあ、もちろんそれもあるはずだけど(汗)実は、彼が数日前時初めて行ったライブのおかげ。なにがどうってことはない、普通にライブハウスで30分やっただけだけどやはり人前で唄うという経験はいいらしい。彼は直前になんどもスタジオで個人練習するなどやっぱ取り組む姿勢が真剣だった。そしてレッスンでは、曲(オリジナル)、ギター、歌と素材が揃った所を「ここはこう言う発声で歌ってサビでこう変えた方が良い」とか「この曲テンポだとギターをもう少しはっきり刻んで、でも 歌詞は柔らかいんだから、こう言う発声で」などなど全体調整をかけていた。単に発声のレッスンではなく、やっぱオーケストラのアレンジもできる私だと音色や組み合わせにかなりこだわってしまう。で、実際、お友達だけでなく店のスタッフにも相当高く評価されたらしい。実際今日のレッスンではおさらいとして一通り歌ってもらったんですが直前のレッスンより、半端なく上手くなってた。そして聴きながら「このレベルなら本当にプロになれるかも知れない、 そこいらのプロより上手いんじゃないか?」と思ってたわけです。やはり、知らない人の前で本気で歌うという経験は相当にいい。12月に予定している老人ホームでのイベント、これに出られる人は貴重な経験を活かしてもらいたいものです。
2008年11月16日
くりっぷです。先生、本日のプライベートレッスン、ご指導ありがとうございました。 かもめの水兵さんを歌いましたが、まるで駄目でした。 ・出だしの音程がおかしい ・所々、音程があやふやである ・リズムも、あまりとれてない 前回の反省を踏まえて、まるでできていないことでお叱りを受けました。 ■ご指摘頂いたこと ・明るい歌のお兄さんのように歌う(その役になる) ・自分に甘い!手を抜いてしまう癖がある。(依存心がまだある) ・これくらいでいいだろうという考えが、人を不快にさせる (相手を馬鹿にしてる、ナメている) ・やるべきことをやる(優先順位、責任をもつこと) (結果、人に信用される、任される、個性を生かせる) 忙しいとか時間がとれなかったなどといい訳をしてしまってました。 すべてが曖昧だから、自信のなさがでていて歌い出しがおかしかったり、音程もあやふや、リズムにものれてませんでした。 最後にレッスン費を払う際にも、財布にいつもなら行く前に確認をしていたのに、今日は忘れてしまって下ろしにいきました。 ここの部分でもレッスン日は、わかっているのに事前の準備を怠って、意識が足りていませんでした。 次回に向けて、しっかりとやるべき事をやって今日みたいなことにならないように結果を出したいと思います。 貴重なお時間ありがとうございました。
2008年11月16日
今年1月にロジックと言う音楽制作ソフトを買いました。で、わけがわからない(涙)はるか以前、スタジオビジョンと言う音楽制作ソフトではその使い方を専門学校で教えていたこともあるのにその後しばらく、音楽制作から遠ざかってしまっていたので私の知識など、古い古い。どのくらい古いかと言うと、放っておいたぬかずけが発酵しすぎたどころかすでに酸化を通り過ぎて、風化して影も形もなくイヤなにおいだけは微妙に残ってるっていうか(涙、涙)ま、そのくらい今ではろくに役にも立たないというか使えない知識でありまふ。でだな、1月以来、ちっとずつ、ちっとずつ、亀がスローモーションで歩くくらいの速さ(←どんなや?)でマニュアルを見つつ、多少覚えはして先日のMTVでのある音楽番組での振り付けの際には曲データを制作して持ち込んだりしてま、ほっんの多少は理解出来てきた。んが。所詮基本中の基本だし、さらに基本的な事でもわからない事がまだ多く、暇を見てはマニュアルを見るも、催眠術にかかって寝てしまうのでなかなか進まなかった。ところがである。今回ミュージカルだ。劇伴(劇で使う音楽、芝居や歌の伴奏)を制作するにあたってあれもこれも、あんなこともこんなことも出来るようになっていないとマズい。なにがって、制作しながら覚えるのでは間に合わない。ミュージカルの劇伴だから大小合わせて4.50曲くらいは作ることになるだろう、だから曲作りながら「あれがわからん、これができない」では制作期間が無駄に長くなる。今、知らなければいけない事は大体想像出来るのでオーディオデータの編集の仕方やmidiデータのエディットなどやりたいこと、必要のある事を知った上で制作にはいりたい。で、本題その1。これをするにはどうすればいいのか?質問が明確になるほど、調べるのも速い。これを移調するにはどうするんだい?とにかく脇目もふらずにそれを調べる、だからそのうちなんとかわかってくる。XVのリストをフルで表示させたいが出来ないバンクがある。調べても掲示板で聞いても誰もわからない。ならこれは解決不能! として処理。こんな風に決め撃ちするから、わからなすぎてめまいする時も多いがそれでも前には進む。本題その2わからないことがはっきりして、やりたい事が明確だから出来た時、めっちゃうれしい。とくに解決したい欲求が薄いと出来ても「へー」で終わるけど、これをしたいっ!っていう欲求が強くて悩んだ時間も長くて「っほんっげぁ~~~!!」と暴れ出したいくらい困っているのが解決すると「あひゃひゃひゃ」と喜べる。わからないから、楽しめる。出来ないことがあるから、喜びを迎える。遊びを楽しむには誰かに何でも簡単にしてもらうのでは喜びがあんまり多くない。秘訣があるとするなら、苦しむってことだろう。上手に楽しむとするなら苦しさに、気持ちが負けないことだろう。最後にはやっぱ、粘り勝ちですよ、あ~た。
2008年11月14日
以前にも書いていますが週に一回、カウンセリングを受けています。で、どうもこういうのは普通自分の事を話して聞いてもらう、事の方が主流らしいんですが私はむしろ話を聞きたくて通っている感じでで今回も面白いお話、というか言葉を教わった。それが卒啄同時 (そったくどうじ)意味は、卵の中からヒナが殻を破って生まれ出ようとする瞬間、内側からヒナが殻をつつくのを「卒 そつ」、外から親鳥がつつくのを「啄 たく」といいこのタイミングが合う瞬間が同時に行われる自然の不思議さを表現した言葉だそう(このタイミングが合わないとヒナは死んでしまう)。なんでこんな話になったかと言うと、良く書いている双子の事で「この前凄く上手くなった彼女たちが、その後のレッスンでも しっかり歌えた、本物になってきたと思うんですよね~」 でもこれまで何度言ってもダメだったのに何故今回で 上手くいったのか、これほど上達したのか、その理由が なんかはっきりと理解出来ていなくて」などと話していて「そったくどうじ、が起きたのかも知れませんね」と。教える側と教わる側のタイミング、これが機を熟して合わさった時新しい変化が起きるとしてやはり双子が卵の中できちんと育ったから、が今回の成果の全てなのかなぁと。そったくどうじ という言葉をあらためてネットで調べていたら面白い逸話がありました。この言葉は禅の世界でも使われるらしく以下引用禅の世界では、師匠と弟子の間で佛法を相続、伝授するときに使われる大切な言葉である。師匠から弟子へと伝えられている佛法を、コップの水に例え、「一器の水を一器のうつわに移すがごとく」と表現している。弟子の器が小さ過ぎると水(佛法)はこぼれてしまう。器が大き過ぎると物足りないものである。絶妙のタイミングが要求される。ある修行僧は師匠のもとへ押しかけ「悟りの機が熟しました。どうか、啄いて、殻を破ってください」と言った。師匠は「啄いても良いが、命は大丈夫か」と問うと、生意気にも「弟子の私が悟らなければ、師匠のあなたが物笑いになりましょう」と答えた。師匠は途端に「未熟もの」と一喝した。この一喝が師匠の「啄」であったのである。師匠の一喝は、慈悲心の表れである。http://www.cable-net.ne.jp/user/terao-ji/teraB6.htmよりどれほど教えても上手くならないタイプの一つに出来もしない事をやりたがる、というのがあります。まともに基礎もないのに、プロ用の練習ばかりやりたがるとか腰や下半身の充実があって初めて意味の出る練習方法をまるで筋力もないのに「面白そう」とかいって注意してもやってしまう(で体痛める)遊びと練習の違いでもあるけれど楽しそう、それやってみたい、とかこうしたい、こうなりたい、など自分中心で考えてしまうと本来意味のある事、これが殻を外から破る「たく」としてひなが育っていないのに「そつ」をやってしまって失敗するてことになるんだろうか。双子の事で言えば、上手くなる前に私はけっちょんけっちょん にけなした。怒った。で彼女たちは危機感を持ち、教えた練習方法に集中して取り組み無事、殻を飛び出たわけですがどうも、これまで大勢教えてきて、ほとんどの人は結果急ぎすぎる。もちろん私もそうで、典型的なのは合気道はじめた頃鎌倉のすごい達人の存在を知って行きたい! と言ったら先輩たちに嘲笑された。「今の受け身のレベルじゃ、技かけてくれないよ」「投げられたら死んじゃうよ」かなりむっとしたが我慢して稽古を続け、お許しが出て実際に行き投げてもらって思った。以前にほんとに来てたら、死んでたな、と(大笑)ま、それはなくて師範は投げてくれなかったろう。教えてくれない、投げてくれない、相手にしてくれない、それは向こうに悪気があるとかないとかじゃなくこちらが受けるべきレベルにいるかいないか、という問題。なのに先の例の弟子のように「悟りの機が熟しました。弟子の私が悟らなければ、 師匠のあなたが物笑いになりましょう」ぬわんてこというと、怒られるか投げられて死ぬ(笑)そったくどうじ これは教える側からすればそのタイミングを推し量るという意味で教える事の難しさであるかもしれないが教わる側でも今、自分が教わるべきレベルを、つまり己を知る、というクレバーさに関わるんじゃないだろか。ちなみにこの日のカウンセリングでは先生がもう一つ面白い事、というか印象深い言葉があった。相手の要求にこたえること、応えられるレベルにあろうとする事応えられない時、どうやって出来るようになるか考える事、心理学ではこの時の態度でその人が大人なのか子供なのかを測る、という視点があります、と。思った通りにいかない、面白くない、つまらない、それを「心が病む」とか誰かのせいにする、これは心が子供なんだと。で質問した。「もし先生の所に相談してくる人でどうにも子供の人の時 どういう対応をするんですか?」「手はいろいろありますが正直、何もしてあげられない事も多いんです。 何もしないでいてあげる事以外なにもない、という状態ですね」ふぅ~ん。心の専門家ですら、そうなんだ。ド素人のくせに上級レベルばかりやりたがる人に対して私なんか、できることなにもないんだろな。双子にしてもFさんにしてもクリップ君にしても上手くなってる人はやっぱ、本人たちの成熟度こそに秘密がある。上手くなるのは教わるのではなく学ぶ側の意識一つなのかな。今の自分に必要なレベルを見極める。くだらんプライド捨てて正直になる事が大切なことなのかも知れない。
2008年11月14日
来年のミュージカルに向けて会員の方々に踊りや発声だけでなく 「思考力」という脳の力を向上してもらう必要がある。で、自分たちだけでやってもらう用事を伝えたりしてますがどうも心許ないってか、つい「そんなんで大丈夫なんかい?」と思ってしまったりする。ましてや表現者として必要な「離見の見」つまり自分視点だけでなく、相手の目線に立つ、というのも非常に大事で以前も問題出しましたが今回さらにスキルアップしていただきたく、新たな問題を。論理クイズ、正解率は4%、だそうだ。さらに答えがわからない人は、答えを聞いても意味が理解出来ないと言うとてもおもしろい問題です。ではここから。ーーーーーーーーーーーーー一人の男性が肖像画を見ています。ある人が、その男性に尋ねました。『どなたの肖像画をご覧になっていらっしゃるのですか?』 その男性が答えました。『私には兄弟も姉妹もいません。でも、この男性の父親は、私の父親の息子です』(この男性の父親というのはもちろん、肖像画の人物の父親の意味です)さて、男性は誰の肖像画を眺めていたのでしょう?ーーーーーーーーーーーーーしばらく考えていただきたいが下に重要なヒントを書いておきます。背景と同じ色文字にしてあるので反転させて読んでください。肖像画の男をAとします。そして父親をBとします。Aの父親Bは、私の父親Bの息子。数学のロジックで答えると、A=Bの息子(私)と言う回答にたどり着くわけです。つまり、兄弟がいない父親Bの息子は自分自身を表す事になります。それは父親Bが共通であると言う意味で捉えた場合でですから多くの方の答えは『私自身』となります、がこれは間違いです。正しい答えは、別にあります。どうだろう、おわかりになったでしょうか。こう言う感覚が優れるほど欲しい結果に対して何が必要かを具体的に考えることができるし自分の独りよがりの視点から離見の見へとつながる。逆にこう言うのが苦手ほど、狭い自分視点でのみ物事を捉えてしまい、悪気はなくても結果的には過剰に自分を評価しているのと同じになったり相手に良い事してるつもりで実は自分の事しか考えていない行動になってしまったり、というかそう思われてしまったりします。で、上の問題はかなり難しい、という方にはもう一つ。こんなのどうでしょう。疑う、確認する、こういう視点がきちんとしてないと都合良くこうなるだろう、とかなんでこうならないんだよ!とか一生懸命やっているのに欲しい結果に繋がらない、と言った事にやりやすい。何を確かめ、なにはしなくてもいいか。問題です。ーーーーーーーーーーーーー片面に数字、片面にアルファベットが記述された4枚のカードがあります。このカードは次のルールに従って作成されていなければならない、というルールがあります。・左右対称のアルファベットの裏は、偶数では以下に示す4枚のカードがこのルールを満たしているかそれを確認するためには、どのカードの裏面を確認する必要がある、と思うでしょうか?裏面を確認する必要があるカードを答えなさい。 _____ _____ _____ _____ | | | | | | | | | M | | 2 | | P | | 7 | | | | | | | | | _____ _____ _____ _____ ーーーーーーーーーーーーーおわかりなっただろうか?今何をすべきか、何はしなくても良いか。必要なことはしなけりゃいけないし、余計な事はしない方が良い。そして、何のためにそれをするのか、前提条件を忘れてただ頑張っても意味は全くない。無駄に頑張る人は目的意識が薄いか自分(の都合)しか見えていなかったり必要な事しない人は、別にそれくらい良いだろうとかなんとかなる、大丈夫、などと曖昧にして誤摩化しやすい。だいぶ以前、レッスンの申し込みで、細かいどうでもいいようなことを何度も何度もメールで質問してきてもちろん聞かれれば何度でもどんなことでもお答えするけど「HPにはっきり書いてあることは、自分でちゃんと読んで欲しいな~」とは思ってた。そのかわり場所は確認出来ましたか?と尋ねると「よくわからないけど、きっとなんとかなるでしょう」とか適当な事言ってて最後にはHPに大きく記載してあるのにレッスン費をメールで「でレッスン費はいくらですか?」と聞いてきてびっくりして答えると「高いから行きません」と連絡してきた人がいた。ほんと、疲れた(笑)もちろん参加するもしないも本人の自由。だけど、なんか気にする順番が違っているように思うの私だけだろうか。きっとこの人、同じ事をこれからもするんだろうな~。この人自身、無駄な時間をこれからも使ってしまうんじゃないかと余計な心配すらしてしまった・・・やることやらない、いらないことする、このどちらも、明確な結果を邪魔する思考です。必要なことのみをスピーディにする、これこそが効率よく、また負担も少ない最良の方法ですが、あなたはそれが出来る人でしょうか?正解(背景色の文字なので反転して読んでください)答え M と 7 のカード。Mは左右対称なので裏が偶数であるはずだがそれが本当にそうなっているかどうか確認する必要がある。2は偶数なので裏のアルファベットは左右対称でも左右非対称でもどちらでも構わない。ルールは左右対称のアルファベットの裏は、偶数であるなので偶数の裏のアルファベットが対称でも非対称でも構わないから。Pは左右非対称なので裏は奇数でも偶数でも構わない。7は奇数なので裏が左右対称のアルファベットでは困る。もう一度言うとルールは左右対称のアルファベットの裏は、偶数であるだから7の裏がもし左右対称のアルファベットであってはいけない。そのために、そうなっていないかどうかを確認して確かめる必要がある。神頼みか、欲しい結果が手に入らなくてもいい人以外はこういう能力が絶対必要というかあるともんの凄く得。こう言う力(能力)をHOVでは伸ばしていくわけで。
2008年11月14日
(会員の方に向けて書いた文章です)次回レッスンはかえで荘イベントライブ出演のためのオーディションを行います。その際、発声、歌唱レベルの審査だけではなくもう一点あります。なぜ、12月かえで荘で歌いたいのか、その理由を問います。ただし「私はこうこうで、だから歌いたいです」といった説明は必要ありません。そのかわり自分の歌う曲のMCをしていただきます。でMCは曲紹介、ということではなく歌う事の説明です。わかりにくいと思いますので一例を。Fさんから聞いた話ですが以前かえで荘でお友達がカモメの水兵さんを歌う際に「曲に合わせてみなさん、手足を動かしたり 手を握ったり開いたりしてリズムを取ってみましょう」という説明をして歌ったそうです。この方はただ自分が歌いたい、聴いて欲しい、ではなく歌う事にきちんと意味が、それも相手(聴き手)が得をするような内容(体を動かす、リハビリ的な意味)があって歌う、という行為をしたのだと思います。あなたのために、といいつつ自分の欲望だけを満たそうとするのでは今回イベントに出ていただくわけにはいきません。なぜ歌うのか?それは自分が歌いたいとか、歌が好きだから、そんなレベルではなく聴き手が得をする意味、価値を自ら作り出して欲しい。私は人前で唄ってみたい、経験を積みたい、だから今日のあなたたちは私の練習台です、これはまずい。独りよがりではHOVのステージに立っていただくわけには行きませんので今からしっかり自分の歌う目的これを落とし込んでいただきたいと思います。そしてこういう思考の訓練をする事によって相手を楽しませる方法や技術というスキルを磨き、上手く聞こえる歌い方(聴き手が喜ぶほどもらえる拍手は大きい)さらには来年のミュージカルがさらにより良い物へとなっていきます。
2008年11月14日
おはようございます。11/9のレッスンありがとうございました。今回は先生が前からおっしゃっていた『離見の見』の重要性を強く感じたレッスンでした。最初の時間、自分達だけでレッスンをすることになった時、私は何をどうしたらいいのか全くわかりませんでした。他の方に、「今、先生は柔道の動きを重要視しているから」と指示を受けて動ける状態でした。その後、会場下見の報告がなかったこと・私の連絡の遅さについて注意を受けて、私には相手が何を必要としているか・相手にどう見えるかという認識すらなかったのだと痛感しました。全体を見ようとしなければ相手のことが見えず、その相手とのコミュニケーションが取れてなければ相手が何を必要かなんてことはわからない、という悪循環のような状態に陥っていたのかなと感じました。ステップの練習にしても、手の動き・足の動きなど正確なものが全然認識出来ておらずダブルキックの足の動きなどは他の方の動きを見ても自分が間違っているがわかりませんでした。自分としては正しい動きをしている、他の方と同じ動きをしている" つもり " になっていたので気づけなかったのだろうかと思いました。ダンスに関してもこういう反省すべき点が多々ありながら、「ナルシストになる」というのはすごく難しいことだなと思います。ただの自意識過剰なナルシストと、自己陶酔はしているけれどもちゃんと周りが見えているナルシストとに境界線を引いて理解するのも難しいと思います。ただ、四方斬りの時などに「なりきって目の前の相手を斬る」という意識を持ったほうが動きが良くなったように自分では感じられるのでそういうことが「いい意味でのナルシストになる」ということなのかと今回のレッスンで感じました。それでは、次回のレッスンもよろしくお願い致します。失礼致しました。
2008年11月13日
レッスン感想今回はストリート系のヒップホップダンスを中心にレッスンを行いました。少し前からはじめた柔道技、そして今回のダンス。なんでこんな事をしているかと言えば長セリフを効率よく覚える、脳みそ を作らなければいけないから。普段しない、したこともない体の動きをそれもかなり全力、またはリズムに合わせる事で必死にやることにより新たな農家色、 違う、脳回路を作り出す。来月又やる老人ホームでのイベント、こういうのも人前で唄う、普段味わう事のない緊張感、達成感などなど話を聞いただけでは絶対味わえない感覚を体験する事でとても意義深いものになるし。多くの人の人生で、人前で唄うと言うステージを経験する事はあまり、てか普通ない。誰かの結婚式くらいだろうが、ま、ああいう場はほとんど誰も聴いてないってのがあるし。それが来年には舞台だ、ミュージカルだ。本当に頭痛するくらい思ってるけど歌を人前で歌うなんて舞台に比べりゃ、屁でもない。一人一人、入れ替わりでただ歌えば良いし、誰かが間違えようが影響はそれほどないが舞台(ミュージカル)となれば準備も大変だけど本番中、誰かがセリフ忘れた、小道具間違えた、衣装やかつらが落ちた、などアクシデントの可能性が半端なく多い。相当に、関係者全員が視野広く、良い緊張でスピーディに対応する必要がある。で今ミュージカル参画を希望している会員の方には相当な能力向上をしていただかなくてはいかずそのために、柔道技であり抑え込みであり、ヒップホップダンスである。わからん人には、全くわからんつながりだろうが別に良い(ふん!)何度も書いているように、全く音が取れない、コンサートに言っても手拍子すら取れなかった双子は今やア・カペラでも歌えるようになってきたし、これまで何度も遅い遅い、くらい固い、人を緊張させ不愉快にさせるので怒ってきた福井さんは、大分柔らかくなった。なんか、余裕すらある感じで、暖かくしなやかだ。人間関係、とくに異性となるとどうしようもないほど緊張していた彼も大分、打ち解けてきたどころか発声をすると、すごい。このまま真面目に続けたら、私と同レベルになるのもそんな遠くないとも思う。ま、そんなこんなをしているわけですが今回ダンスの覚えが全員半端なく悪くてもう、帰っちゃおうかな、とさえ思うくらい悲しいってか、やる気なくなってきた・・・でもいい。なぜなら、出来ない事を出来るようにする、それもより速く、より効果的に、これが大事だから。教えてください、じゃなく身につけるためには、頭と体をどう使うか、つまりは学習方法そのものを学んでもらう事に意味がある。ま、こっちは胃に穴が空きそうになるくらい、腹も立つんだけど(笑)私は双子の事が好きだ。だから怒れる。福井さんにしてもさっきの彼にしても怒る。好きだし信頼しているから、本気で怒る。好きじゃない人には怒らない。責任もてないから。そういう意味で彼らはこれまで真剣に何度も食らいついてきたし、その信用が実績となって彼らを信頼しているから怒ることができる。彼らは決してズルをしない。卑怯な事もしない。不出来だけれども、真面目に取り組み続けてきた。インチキもせず自分を過剰に魅せようと言う欲もなくただ真摯にやってる、だから好感が湧く。ズルをする人と誰も観てなくなくても決してズルをしない人がいる。この心の差はどこから生まれるのだろう。できもしないのに口を開けば大言壮語な人、決して無駄口叩かず、言われた事を守る人。この態度の違いはどこからくるのだろう。武道でもスポーツでも最初に学ぶのは「構え」心にも構えがある。文字とおり 心構え。心の学びとはこの、心の態度、構え方から始まる。うちはすんごい商業ミュージカルをやろうとしているわけではないけれど踊りも芝居も、そして殺陣も知らない人が観て「おお、結構やるな」と思われるレベルにはしたい。いや絶対する。てことは全員が芝居も結構出来て、ダンスもかっこよくできて長セリフの芝居もこなせるようになる所までいかないと。ミュージカルをやる最終的な目標は本番までの道のりを経る事でできなかったことができるようになる、ここに意味がある。心の病気とか言う言葉あるけれど投薬やカウンセリングだけで治らない場合も多い。それは、本人が何を選ぼうとしているのか、による。できることもやらない、できることならする、これとは別に、出来ないけれど出来るようになりたい、ではどうすればいいか、を問う。何を選ぼうとしているのか、どういう人生を送りたいのか、話がでかくなってしまうけれどようはそういうこと。あ~だからしない、こ~だからできない、もいい。そこで帰結する答えを本人が求めているなら。出来ないのは怠惰ではなく本当にできないことだろうから。しかし、出来ない、で終わりにする事も正解なら周り中が辞めろと言ってもなんとか出来る道を己で作り出す事も正解。どちらも正解だ。鍛える事も優しく癒す事も、どっちも正解、だが今の自分はどちらを求めているのか、この問いから逃げていては、いけないように思う。話戻して今やっているメニューが落ち着いてきたら今度は英語での寸劇が始まる。英語の発音も当然しっかり出来るようにしていただくが目的は腹圧だ。しっかり、はっきりしゃべる。普通にしゃべるだけで舞台の一番後ろまではっきりと聞こえる発声を身に付けていただく。それが身に付いたら、日常でたまたま立ち寄った店の店員に「良い声ですよね~」と言われても何も不思議ない。今の私がそうだから。そうなるとここには書けない、良い事が一杯起きる(マジ)。そしてミュージカルを目指す人には全員そうなってもらう。そのためにも、一番最初に必要な心構えと言う、学び。今はダンス。リズムに合わせて踊るだけでなくノリを体全部で表現出来るように。今回あまりの覚えの悪さに大変だったけれど次回レッスンではどうなるかな。恐ろしくも、楽しみではある。へへ。
2008年11月12日
ぶっちゃければ、治ります。いや治る場合があると言うか、治る人もいるしそうじゃない人もいる、というのが正しい言い方かな。先日プライベートレッスンをしたある人。その人は体の一部にある違和感がありいろんな整体や操体、歯やアゴなどさまざまな治療も試みていながらどうも、改善しないらしいです。で現在、認知行動療法的な部分をかなり意識している私から見てその人のものの考え方、捉え方で何が間違い、ってことはないけれど、「もっと、こうしたらいいんじゃないの?」と思う点がありレッスン中、PRECISEを応用した発声練習をしてみた所ものすごい、落ち着いた笑顔。「どう?」と聞いたら「今ものすごく落ち着いています、寝ちゃいそう」って言ってました(笑)発声はとても柔らかくかつ響きがあるので力強い。かなりの音量を出しながらも、気持ちと体は深いリラックス状態になったらしく体の違和感がかなり改善されたとも言ってました。しかし、治療そのものではないのでこれ一回でこれまでの肩の違和感が全て無くなる事はありえない。でも大事なのは、日常でくりかえすメニュー、つまり自宅での練習方法を教えたのでこれから毎日くりかえすことによって段々と改善し、良い状態が定着していく事はありえるでしょう。この人はちょっと利得的な所があって何でも一生懸命やるんだけど、ちょっとして思った通りの結果が出ないといやになりはじめる。だから次を探してと、これまでたくさんのことにトライしながら結局、なにも身に付かないと言うかものにならない。だって辞めちゃうんだもん、当たり前。一方的に頑張って、順番抜かした結果ばかり手に入れようとして焦ってそして苛立ち、次第に凹み、いやになる。で、なんか違うな、とか他の方がもっといいかも、と新しい、都合のいい未来にばかりに気がいってしまう。頼まれもしないのに余計な事やったり妙にいろんなものを「あなたのために」と紹介宣伝するのは好きだが頼まれごとはきらいだし、約束もいつの間にか反故になる。自称ギブが大好きな、ほんとはもらいたがり。この矛盾を自覚しないから葛藤が始まる。もらいたがりでもいい。それを「いや、私はそうじゃない」とか「あなたのために」とか言い出すからおかしくなる、実際に健康状態に影響が出る。以前本当に良く来た質問に「何回習えば上手くなりますか?」知らんよ、そんなのわかりません。武道を習うのに「何回稽古したら達人になれますか?」こんな質問ありえねー。こういう人が利得的だ、というのはなるべく少ない回数、少ない努力、少ない投資で最大級の効果を得たいと考えるから。近いならやる、安いからやる、もちろんこの考え方はいいし、私もなにか習うのに遠いより近い方が良いし、高いよりは安い方が良い。ただ重要なのは自分視点、つまり自分の都合と言う「自我」に捕らわれていると手にする結果というのはそれに等しいわけで先に書いた人で言うなら「最初は良かったけどなんか違うかな」と思えてきてしまう。先日来書いている、ア・カペラでも歌えるようになった元重症音痴の双子は私の教室以外ではここまで出来るようにはならなかったと断言出来る。なぜなら、音楽知識、経験、才能を度外視した 脳開発として全身使う発声練習というトレーニングと最近では認知行動療法と言う、より「心」というカテゴリに特化したボイストレーニングは他にはないから。Fさんも変わり始めた。ようやく本腰を入れ始めたと言うか。気構え、心構えなんだ、一番大切な事は。その時、自分が得をしたい利得的な人、自分に都合がいい人、というような自我が強い状態だと守ることは出来ても攻めることができない。そして多少、攻めるくらいじゃダメでやって失敗してやり続けて失敗に学び次はこうしてみよう、今度はこれを、を継続し続けて、なにかが心の樽を満たした時突然、栓が抜けるように、はじける。ちなみにまた12月に老人ホームでイベントをするわけですがこういう人前で唄う、というのも擬似的というか、攻める機会を持たせる、という意味合いがあって人前で唄う、本番をする、こういうある種逃げ場のない状態を体験する事によってくだらん自我の殻を崩せるとよいなと思います。ただし難しいのは、欲を捨てないといけない。双子にしても以前いたくれはと言う、ド素人からライブを定期的にこなし、テレビのニュースで放送されるわテーマパークでライブするわ、ラジオのディスクジョッキーまでやるような激変した人も欲がなかった。何回で上手くなりますか、なんていうバカな質問をするような人では決してなかった。ただ無心に取り組んで、時期が来たら自然と光り始めた。そのためにも、深いリラックス。今回プライベートレッスンで変化した人も「心から深い落ちつき」を感じてようやく心も体も変化し始める。急いで焦って欲しい結果を貰いたいとばかりに一方的に頑張っては不安と緊張が生まれてしまう、そしてうまくいかずに、悩みが生まれる。それは全て自分の心が生み出しているのだ。落ち着きを取り戻す。そのためにはまるでものを盗むように都合よく、手に入れたいものばかりに心奪われるのではなくなにもいらない、と無心になれるかどうか。しかし何かを得たい人というのは、今まさに海で溺れかかっているのと気持ちは同じ、だから落ち着け、というのがなによりも難しい事なのだけれど。欲しがる人には与えられず望まぬ人に富が集まる。世の中とは、不思議だ。
2008年11月12日
寿です。11月レッスンの感想です。>先生レッスン、アドバンスド、ありがとうございました。>参加されたみなさんお疲れ様でした。今回は大きく2つのことをあらためて学んだように思います。ひとつは、相手の立場でものをみることの大切さ。もうひとつは学習のしかた。レッスン前日に会員で会場の下見に行ったことについてその日のうちに先生に報告しませんでした。レッスンのはじめに、それは相手(先生)の立場で考えられていないからとご指摘いただきました。が、レッスンで私たちが新しいダンスステップの覚えがとても悪く、どうしたらできるようになるか会員同士で話し合ったとき、先生にしていただくことばかりを考えていました。先生に教える気になっていただくことや、先生の負担が少ない方法を考えるなど自分からは出てきませんでした。ご指摘いただいても、すぐには身につかない。視点を切り替えていくのは自分自身の意識なんだと痛感しました。このダンスステップの習得のためにふたりずつに分かれて、気づいた点を指摘しあうという方法をとりました。その後で先生が、できないことを、わからないこと、わかるけどできないことに整理してそれぞれに対策を講じるということをお話くださいました。以前、教えていただいた学習の4段階を思い出しました。認知、理解、再現、応用。自分がどの段階でどうつまづいているのかを明らかにすることがでは何をどうしていくかを考えるのに必要なことなのだと思いました。そしてなにより、心構え。 このレッスン中に習得する! できなければ、できるようになるの必要なことを 見つける!10月のレッスンで、レッスン前の準備の遅さをもとに時間の大切さを教えていただきました。いつでも自分から探して行かなければ到底追いつけないことがよくわかりました。 どうもありがとうございました。
2008年11月11日
まなです。先生>レッスン、ありがとうございました。みなさん>お疲れ様でした。レッスンの初めに、8日の会場下見の報告メールを誰も出さなかったことについての話がありました。特に、問題がなかったと思ったので、連絡の必要がないと勝手に判断してしまいました。自分自身の勝手な判断で、相手が全く見えていなかったです。先生(相手)のことを考えたら、なにも問題がないならないで、そのことを報告するべきでした。こういう、相手が見れていないままだと、ミュージカルで、お客さんの視点が持てなくて、独りよがりになると指摘していただきました。指摘されるまで、全く意識になかったのが、とても、まずいと思いました。相手のことを見る意識をしていきます。今回のレッスンは、ダンスステップが中心でした。ダンスステップがなかなか、覚えられず、他の人のステップを見て、間違っているところなどを指摘する時間があったのですが、何かが違うのはわかっても、具体的にどこを指摘していいのかが、わからず、うまく指摘できませんでした。また、手拍子をしていたのですが、手拍子に必死になると人を見るのがおろそかになってしまい、人を見ていると手拍子が狂ってしまっていて、2つのことを同時にやることが出来ていないことを痛感しました。指摘するのがうまい人は、ステップの覚えも早いようでした。先生が前に言っていた、技の覚え方にも通じていると思いました。先生から舞台上では、すっごいことをやって、お客さんに、やっと「普通」と思われる。HOVのミュージカルは、出演者に思い入れのない人がみても、いいと思ってもらえるものにするということを、しっかり、意識をしてレッスンを受けて行きます。前回のレッスン後のカラオケで、歌を褒めていただいたので、前回がまぐれだったのではないか?カラオケに助けられていたからじゃないか?と不安でした。家では、小さい声でし練習してますが、小さな声では歌えても、大きな声で、アカペラで歌うと焦っていまい、わからなくなってしまうことがあり、今回も、そうなるのではないかと思っていましたが、歌ってみて、とても落ち着いて歌えました。先生が、書いて下さった、歩きながら歌う練習方法は、すごいです!!今回、四方切りを行いながら歌いましたが、歩く以上に、リズムを取りやすく、歌っていて、みんなのリズムがきっちりしていた気がしました。体で、リズムを取ることを意識します。
2008年11月10日
こんにちは 人見です。先生>レッスンありがとうございました。みなさん>レッスンお疲れ様でした。最初に、45分間先生がおらず自分たちだけの時間がありました。レッスン日前日の会場の下見の際の報告を誰もせず、自分たちだけで出来るのかという問いかけをこめた時間でした。連絡をしないというのは相手の事を考えていないということミュージカルはお客さんがどう感じるかが大切相手の立場に立って考えることが出来なければミュージカルで相手を楽しませる事は不可能というご指摘をいただきました。今回、まったく意識が抜けてしまっていたので非常に怖いと思いました。意識をもてるようにしていきたいです。ミュージカルの目的は「自分を肯定するため」という話があり、自己陶酔、ナルシストになるという事を進められました。独りよがりではなく、周りも納得させれる、周りにそういう人だと思わせるような自己陶酔をしろとの事でした。今回、基礎的なダンスのレッスンがはじまりました。私たちがダンスがなかなか出来ないので、どうやって身に付けるか相談し、2つにわかれてお互い指摘あう。といった方法をとりました。瞬時に相手の問題点を探すのが難しく、特に、自分が出来ていないところは気づきません。これから覚えることが増えていく際に、瞬時にお手本を理解する能力、お手本と何が違うかを理解する能力が必要だと教えていただきました。また、相手のダンスステップを見ている間補助で手拍子を入れていましたが、自分では上手く出来ず、福井さんの手拍子を基準にさせて頂きました。一人でリズムを出来るように練習をしていきたいと思います。レッスンの最後の休憩で、思いついたということで、今までやっていなかったステップを行いましたが、先生はしっかりイメージが出来ており、その場で見本を見せれていました。イメージ力やそれを実現できるだけの身体が自由に動かせるのだと感じました。ダンスを覚えていく上で、こういった能力が必要になってくるのだと感じました。
2008年11月10日
今回レッスンで驚いたこと、それはこれまでかなり重度な音痴だった双子が前回レッスンでようやく歌いながら自分の声を聴けるようになりそれと同時にリズムや音程が良くなったわけですが今回レッスンでいきなり「歌って」と何も伴奏のない、メトロノームさえもない中、そして準備の時間も与えずほんとにいきなり歌わせたのにちゃんと歌えた、ということ。一年前には音が取れていない事さえ自分でよくわからないくらい、経験、才能のなさでは「本物!」「見事に完璧な音痴!!」と太鼓判を押せるくらいだったのに今回、ア・カペラできちんと歌えるようになった。本物の力がつくと、余計な飾りも助けもいらず出来るようになるもんだと、感心しきり。一番驚いたのは本人たちかもしれませんが。で結局では何が大切かと言えば落ち着いて出来るようになる、という事なのかもしれません。音程、リズム、発声の仕方、がよくわからない、だから不安、緊張、ネガティブな発想、と悪循環することをしないようにさえなればいいのかもしれない。上手いとか凄いとか以前にちゃんと歌える。それも完全無伴奏できちんと歌える、ってことは誰の助けも借りずに、いつでもどこでも歌うことができると言うことになる。こういうのを「本物の基礎」というんじゃないだろうか。
2008年11月10日
(レッスン感想)最近、週一回、カウンセリングを受けています。自分のカウンセリングを受けながらいろいろと療法そのものについても専門的な立場から教えてもらっているわけですがさまざまな人格障害に分類されるいろんな症状についてこの専門家は「みんな全部まとめて、すぐ、うつ、って言っちゃう人が多いんですよね」と。ふぅん、そうなんだ。最近で面白かったのは境界性人格障害の解説をネットで見て症例(良くある症状)を見てて「あ、俺、これかも知れない」と思った事をこのカウンセラーに伝えたら「血液型占いってあるでしょ、あれ誰もがどのタイプを読んでも 全部当てはまるんですよ、ようは 何を言われてもその時の気分で当てはまると思ってしまうものです」だって。確かにそれを読んだときはものすごくイライラして不快感と不安などなどがある時読んだのでなんだ、そういうことかい。認知行動療法についても学んでいるのですが大体なんでそんな事をしているかと言えばすべてはミュージカルのため。人格を演じる。その時、そういう風に見えない、では良い芝居ではないので良い芝居にするため、良い芝居とはなにか、演じるとは何なのか、これを考えて行き当たったのがPRECISEと呼ばれる療法。例えばさまざまな人格障害者に対して欠陥、つまり思い通り行かない、思い通りにならない状態これをどう補完するか、言葉を変えると、適切な思考と行動になるようどう調整していくか、という療法に演技する事の本質を見いだしたわけです。今どれだけ貧乏でも自分が金持ちだと信じ振る舞えばそうなる。心理学で言う、行動は感情をコントロールする。思考は現実化する(ナポレオン・ヒル)潜在意識(マーフィ)人を動かす(カーネギー)この三つは私の精神的な基本3本柱ですがこれをミュージカルでの、歌、踊り、芝居という目的に照らした時適切に振る舞うこれがビッタシだと思えたわけですね。で。今回レッスンでは柔道技という全身運動、それも上半身と下半身が逆に動くと言う動きの中でリズムを取り、それに合わせて発声、という事を行い結果として、上手くいったときはあれって思うくらい軽く相手が見事に倒れる、と自分の状態が良かったかどうかがすぐわかる。そして今回、その前後にいろいろありましたが以前から教室に参加している双子に関して行動療法の応用もしていて稽古後のカラオケでは見事に歌そのものが改善されていた。この二人は悲しいほどリズム音痴だし、ねーちゃんの方は一年前は、音が全く取れない、取れていない事に自分で気づけないと言うかなり重症の音痴だったのに、今回二人ともリズム、音程がきちんと収まって、なにより自分の声、歌を歌いながらしっかり聴いているので本人たちは自然にやっているから気づいてないと思いますが歌いながら、微調整をかけている。だからおかしくなっても自分で元にもどせるようにさえなっていました。さらに言えば、楽譜がわかる人間が歌を聴くと今歌っている人が楽譜を理解しているかどうか、がすぐわかる。今回双子は、音符一つ一つにきちんと意識が行っているように聞こえるので、そういう意味で上手い以上に、上手く聞かせられるようにもなっている。で当然それだと褒められるわけで、褒められる(存在を肯定される)、やるほど気分がいい、だからもっとやりたくなる、つまり前向き、積極的になる。これを「うつ」だという人はいないわけでPRECISE という行動療法の最後(ゴール)である、自己効力感、達成感を持ったとき、適正、適切な思考と行動が出来た、これを、良い歌が歌えて気持ちがいい、が重なる瞬間な訳です。ただしこの結果が出るにいたるまでにはさまざまな要素をクリアしなければならず、誰でもすぐこうなる、とは決して言えないですが。この日の1人の男性がある言葉を言って私はぽかんとしたと言うかちょっと引いたんですけれどあとで聞いたら、あくまで本人は冗談としていったらしい。でも全然笑えないどころか、一つ間違えると「何言ってんだ、この人?」みたくなる。緊張性、または強迫性を抱えている場合によくあることでこう言うタイプはふざけて冗談を言ったつもりが、より相手を刺激して緊張させたり、怒らせたりすることになる。笑いどころがずれている、というよりあ、まぁ長くなるので割愛しますがこう言う点もこれから改善していこうと。今簡単に誰でもうつとかいっちゃったりする世の中ですがより快適になるための具体的な方法として認知行動療法としての、ミュージカル、つまり歌い踊り、他者(の人格)を演じられるようになる事でさまざま事を改善していく。今回はとにかく、双子が上手くなった、これに乾杯、でした。ただしある、こういうタイプだけは絶対改善しないというのが一つあります。それは・・・いや、やめとこ。
2008年11月07日
まなです。先生>レッスン、ありがとうございました。みなさん>お疲れ様でした。柔道は、合気道と違い技をかけるときにかけている側も不安定になると聞き、安定させたまま技をかけようとしているのが間違いだったとわかってから、技のかけ方が、以前よりつかめた気がしました。ただ、本当に不安定になって自分自身も転びそうになったりしていたので、不安定な状態から、すぐに体を戻せるような柔軟性が必要だと感じました。リズムをとりながら技の練習をやっていたとき、リズムが走りやすかったりしてしまいましたが、先生から、リズムがあっていると言われているときは、技の入り方もうまくいっていたように感じました。家でも、シャドウなどで取り入れていきます。レッスン後のカラオケで、先生にほめていただいて驚きました。前回のレッスンで、本当にダメで、先生から厳しい言葉をいただいたおかけで、気持ちが変わったのだと思います。今まで、はっきりと目標を決めずに、ちょっと進んだからと納得したふりをしてきてしまいましたが、ミュージカルという目標ができたことで、やっと、自分の進みの遅さをまずいと心のそこから思いました。これからは、しっかり先生についていって、ミュージカルに立てるようにしていきます。
2008年11月06日
こんにちは 人見です。先生>レッスンありがとうございました。みなさん>レッスンお疲れ様でした。先生から、芸能人(特に芸人さん)には声がいい人がいるが、違和感を感じる、首から上しか響かせていない人が多いという話で、実際に、首から上だけを響かせた声、身体全体を響かせた声を出して下さいました。身体全体を響かせた時に、先生の身体、全身がスピーカーのようでした。いい声と言われる芸能人でもわざとらしいと感じることがあるのですが、なんとなく理由がわかった気がします。前回のレッスンの柔道のときにまなさんから指摘で柔道の技をかけた時にとても不安定な形になると感じていたのですが、今回のレッスンで先生より、相手の動きを使う合気道と自分から技を仕掛ける柔道とは違うということを教わりました。不安定な状態から安定した状態へ技を仕掛けることによって動きも生まれるけど、自分が不安定になる。ダンスも不安定な状態でバランスを保つものそういった形でも柔道はミュージカルに繋がっていくことを知りました。柔道技を習得していく上で、なんとなくで覚えるのではなく、具体的に右の○○という技が苦手といった形で覚えるとあとで、分析することが出来るというアドバイスもいただきました。今後、ダンスを覚える時などで、自分自身で出来ないところを練習していく必要が出ると思いますのでこういった考え方を身に付けたいと思います。レッスン後のカラオケでは、珍しく先生に誉めていただけました。なぜ変わったかといった理由を先生と一緒に考えてみたのですが目標がハッキリした。他の会員との比較で自分ができていない事を自覚した。と言ったことがあるかと思います。まなさんから、「とりあえず少し前進したからいいやとなっていたのが、 ミュージカルという目標があり、 そこに追いつかなかったら、 ちょっとだけすすんでも意味がない」という話がありましたが、まさにその通りだと思いました。目標に追いつけるように、レッスン、自主練はげんでいきたいと思います。よろしくお願いします。
2008年11月03日
くりっぷです。先生、昨日の武道系レッスン、ご指導ありがとうございました! 人見さん、まなさん、お疲れ様でした! ■ご指導頂いた内容 ・相手を横、縦に動かして倒す(重心の移動) ・大外、大内刈りと小外、小内刈りの足の動き ・支えつり込み足 ・大外刈り、体落としでの発声(1、2、3!と発声) ・自分で回って受身の練習 ・体落とし、大腰からの受身 ・前後に動いての大腰 ・相手が丸くなってかがんだ状態からのひっくり返し方 ・押さえ込みの練習 ・相手と掴みあって足掛けの攻防 ・カラオケでの練習 ■やってみて思ったこと ・先生と組んで自分がかけられる側になった時に ふんばりが弱く、すぐに浮かされて投げられていました。 以前から言われていた、土台がないという部分で 本当に足腰が弱いなと、また痛感いたしました。 ・相手を動かして倒す、重心の移動も体の重みを うまく利用できず、感覚が難しく感じました。 ・大外刈り、体落としでの発声は、先生にも注意をされましたが 最初の1の発声で、力みすぎてがなってしまってました。 ・受身では、やはり畳の部屋で思い切りできるので 気合も入り気持ちがいいです。 ・先生との押さえ込みでは、袈裟固めと横四方で、自分がかけても すぐに浮かされていました。ここでもふんばりが弱いと感じました。 ・足掛けの攻防ですが、先生とまなさんと組んだときに足がぶつかって しまい申し訳ありませんでした。本気になるのはいいと思ったのですが つい夢中になりすぎて自分視点になってしまい相手の動きを冷静に 捉えることができなくなっていました。 間、場を読む、状況を把握することに繋がると思いますので 自分が冷静に判断できるように努めたいと思います。 ・カラオケでは、かもめの水兵さんを歌いましたが出だしが音程が ずれて歌っていました。 自分でもなにか変だなというぐらいで捉えていて先生にご指摘される まで相当ズレていることに気づきませんでした。 先生が歌ってくださった 「The Rose」 はすごかったです! 正直、この曲は聴いたことありませんでした。 先生が歌うと、すごく存在感があって奥行きと響きがあり 堂々とやわらかく歌ってる声に引き込まれました。 今回は、技であまりにも、足腰でのふんばりができておらずまた自分が技をかけたときにもフラついてしまわぬように 下半身(足腰)の強化を徹底的にしたいと思います。 貴重なお時間ありがとうございました!
2008年11月03日
今、祝杯をあげてる。少し視界が潤んでいるのは何故だろうか。私の教室に通う双子。二週間ほど前、けちょんけちょんにけなした。「お前ら、自分がどれほど下手なのか、まるでわかってない!」と。そして今日のレッスン。驚いた。発声、リズム、音程、他すべてがまだまだ、いや、だめだめだったのが見事に改善されている。ここまでの道のりは平坦ではなかったなんて簡単なものじゃない。なんでダメなんだ、わからないんだ、できないんだ!?頭かきむしる事、数年。ようやく、ようやくここまできたんだね。本当に大変だったと思う。よくやった、ほんとうによくやった。今手放しで褒めてあげたい。なんかもう画面がにじんで良く見えないからここまでにしよう。本当に良く頑張った、やっとここまで来たんだね。来年、同じ舞台でミュージカルをする事を心から楽しみにしています。
2008年11月02日
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