そういちの平庵∞ceeport∞

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高校時代


暴走族のあんちゃん・・・シンナー中毒のあんちゃん
有名高校のあんちゃん・・・無名高校のあんちゃん

雑多な人が出入りしておりました・・・溜まり場でした
朝まで色んな人と色んな事を話し合いました・・・面白かったですねえ
学校は面白く無かったですがねえ・・・
真面目にコツコツ生きてきた担任の先生には随分心配をかけました
遅刻や無断欠席の常習犯でした・・・
地下鉄で通学しており、土曜日午後学校の帰り、友達と2人で
銀座の名画座(当時3本500円)で「ローマの休日」を見に行き
満杯状態の映画館で地理の先生に会い
「俺は何回も見たから席を譲る」てなことがありました
少年院や鑑別所に入った中学の同級生や・・・
高校に通いながらも何も見出せない友達・・・
話してて見えてくるのは社会はこうなっておるのだから君たちも従いなさい・・・・
それが、勉強なんでしょうねえ・・・
勉強していい学校いい会社・・・
その事に不満はあってもとりあえずしゃあないかあみたいなことでした
バイクに乗り鉄パイプを振り回し闘争に明け暮れる集団もあれば
勉強こそ全てと、とりあえず割り切ってがんばる集団や
何にもする気になれない集団もありました
女こそすべてという集団も・・・
スポーツでがんばる人達
甲子園に出た友達もいました
王貞治の出身地で野球が盛んでした
結構覚めた目で世の中を眺めてた僕は、どの集団にも共感を覚えつつも
一定の距離を置いていたように思います
当時、夢中だったのが音楽と読書でした
これは、ほとんど病気でいまだに治っていません
音楽理論にレコード屋漁り、ギターの耳コピー
アルバイト、どんちゃん騒ぎ・・・大家さんによく怒られました
心配する担任の先生・・・・
みんな必死だったんですねえ
現実や自分とどう折り合いを付けていくのかで・・・
自信は無いし、不安は一杯・・・エネルギーだけはふんだんに
純粋なままでは、生きられないから・・・
傷ついて、もがいて・・・そしてお互い助け合って
少しずつずるくなって・・・したたかに生きるようになりました
当時担任の先生がこんな事言ってました
「今、お前達は退屈だったり管理社会に嫌気がさしてるだろう
自分達の生活をつまらないと思ってるだろ
だけど大人になると懐かしくなるものだ」
確かにその後社会の荒波にもまれ子供の頃を思い出すと
懐かしさが残ります
まだ、何も知らず、何も出来なかった、あの頃
だけど全てが新鮮で利害より友情が全てだったように思います
今は利害やしがらみや責任や病気そんなこんなでがんじがらめ
生きることを学び、信じることを学び、死について考え

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