5歳



二言語育児~日本語とドイツ語



■5歳~■

この時期、家族4人で『半年』という期間限定付きで

日本の実家のそばへ引っ越しました。


何週間という単位で実家にお世話になるのではなく、

きちんと日本で家族で「生活」してみたかったのです。


娘が小学校へ上がる前がチャンスだと思いました。


そして娘は日本の保育園へ通うことになりました。



最初はトイレでスリッパを履きかえることに慣れず、上靴のまま入ったり、

給食でデザートから食べ初めて友達にデザートは一番最後だと教えてもらったり、

言いたいことがあるのに流暢に言えないから

「何言ってるか分からない。」と言われてしまったりすることもあったようですが、

日本の文化や保育園でのルールをどんどん吸収し、楽しみながら普通に受け入れていっていました。



給食のときにみんなの前で「いただきます」を言う“お当番さん”になった日は

とても興奮していたのを覚えています。




ブランコで並ぶ事や

かわってほしいときに、10まで数えた後、

「おまけのおまけの汽車ぽっぽー ぽーっとなったらかわりましょ、ぽっぽー かーわって」

と歌うこともいつの間にか覚え、


「い~けないんだ~いけないんだ~ せ~んせいに いってやろ~」なども覚えて帰ってきました。


話し方も、それまで ~でね、~してね、それでね、のような感じだったのが、

いつの間にか「~でさぁ、~してさぁ、」と今時の子供の話し方になっていました。




日本で娘が興味をもったのは「表札」や「看板」の文字、【漢字】でした。


おじいちゃんに「水」っていう字はこう書くんだぞ、と教えてもらうと、

嬉しそうに何度も書いていました。


5歳で漢字は早くないだろうか、と迷いもありましたが

覚えたいなら教えてあげよう、と、漢字が溢れているこの環境で、

少しずつ教えてあげることにしました。


本屋さんの「本」の看板、
「田中」さん 「森」さん 「山中」さん 「木下」さん などの表札、

どんどん読めるようになっていって嬉しくてたまらないようでした。




保育園の最後の日、

お友達に囲まれているミニトモを見て泣きそうになったのはわたしで、

ミニトモは照れ隠しかケロっとしておりましたが

「ミニトモちゃんがいなくなると寂しいな」って言ってもらえたこと、

何よりの宝物だと思います。




お花見、お神輿、こいのぼり、盆踊り、花火、海水浴、 セミの脱皮、

とにかくいろんなことを見て体験できたこの年、

ミニトモにとっても刺激的で忘れられない思い出となったようです。



オーストリアに戻ってからも、しばらく盆踊りをして遊び、

1年後の子供の日も2年後である今年(2010年)の子供の日も

自分で「こいのぼり」を作って遊んでいました。



春に桜を見れば、日本を思い出すようになってくれたのは

日本人の母としてとても嬉しいです。



この日本滞在を通して、彼女の日本語が完璧になったわけではありませんが、

以前に比べたら随分と自然な日本語が話せるようになったかなと思います。



そして日本にいて驚くほど後退してしまったドイツ語は

オーストリアに帰るとすぐに戻りました。

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