2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
全15件 (15件中 1-15件目)
1
先日、TVでスリや置き引きなどの犯罪を取り上げている番組を見ていて、空港でスリが日本人観光客をターゲットにしている場面があった。日本人として複雑な思いがした。一般に日本人は「お金持ち・無警戒」と思われているところがある。会計のときに財布の中身が見えても平気だったり、トイレに入るときに荷物を外に置いたり、確かに無警戒な人が多いと私も思う。そういう犯罪者たちにとって、日本人は狙いやすい格好の獲物なのだ。私もそれで何度も夫から「気をつけて」と言われている。日本と同じように行動してしまっては危険なのだ。オーストリアも比較的安全な国だといわれているけれど、それでも日本より犯罪率は高い。【2000年の凶悪犯罪数】殺人事件 日本の2倍 ( 165件)強盗事件 日本の4.8倍 (1523件)放火事件 日本の6倍 ( 654件)強姦事件 日本の4倍 ( 536件) 在オーストリア大使館「安全の手引き」より 海外旅行に行かれる皆さん、気をつけてくださいネ。私も気をつけなくっちゃ。最近は日本でも犯罪数が上がってきてはいるけれど、無警戒でいられるだけ、日本はまだまだ安全ってことなんだね。無警戒をバカにされても、それだけ日本人に犯罪者がいないってことを誇りにしたいな。
October 29, 2003
コメント(10)

昨日からオーストリアは冬時間になった。1年で2回、時計の針を一時間早めたり遅めたりしなければならないのだ。年中定時刻の日本で育った私としてはこれが非常に不思議で面倒くさくてならない。家中にある時計の時間を変更しなければならないし、生活のサイクルが1時間でも違うだけで体内時計も狂ってしまう。冬時間では1時間時計を遅らせるため、日本との時差は7時間から8時間になる。ますます日本が遠く感じちゃうな。これは昨日、散歩の途中に寒くて顔を凍らせながら撮った一枚だ。これはMur川といって、うちのアパートのすぐ近くを流れている川。ドイツ語の「r」の発音は難しくてカタカナでうまく表すことができないけれど、あえて書くなら「ムーア川」か「ムール川」といったところか。Mur川はグラーツ(オーストリア第二の都市)を貫流してユーゴースラビアに入り、ルーマニアとロシアの国境付近でドナウ川と合流して行き着くところは黒海だ。なんだか日本の小川と比べてスケールが大きく、橋の上に立っているだけで圧倒された。昨日はいつもとは違う散歩コースをのんびりと歩いた。途中から寒さの限界で小走りで帰ったけれど(^^;;; 娘はベビーカーの中で温かそうにすやすや眠っていた。去年は確かマイナス10度くらいでも平気で散歩していたように記憶しているけれど、あれは妊娠していて体温が高かったからなのだろうか?昨日も今日もマイナス2度の中を歩いてきたが、防寒できずに露出している顔の部分からぴりぴりと痛いくらいに寒さを感じた。外に居るのは1時間が限界だ。「寒い寒い」と言っている私に、「これからもっと寒くなるよ~」と夫。う~ん、これから寒さの厳しい季節、引きこもりになるかもね。。。寒いのは大の苦手です。
October 27, 2003
コメント(4)
私はキリスト教徒でもなんでもないから、毎週日曜日の朝に教会へ出かける人びとの気持ちは分からない。せっかくの日曜日なんだからゆっくりしたらいいのに、と思ってしまう。でもミサに参加してみると、なんだか心が清められたような、体がふっと軽くなるような気持ちにさせられるから不思議だ。先週の日曜日は、ミサに参加してきた。夫の母方の祖母が亡くなられて10年。親戚みんなが集まったのだ。いつもの日曜日なら私はまだ寝ている時間だ。ミサに参加するのは2回目だった。初めて参加したのは、日本にいる私の伯母が亡くなった時。お葬式に出られないから、せめてここの教会から成仏を祈ろうと思ったのだった。そこが一番天国に近い場所に感じられたし、宗教は違っていても、気持ちは通じると思ったそしてミサに参加することは、悲しみのどん底にいる母の側にいてあげられない苦しさから逃れるためでもあった。キリスト教信者でもないのにミサに参加することは、もしかしたら信者に対して失礼なのかもしれない。でも誰もわたしを責めたりはしないと思った。どんな宗教でも、救いを求めたり、心のより所だったり、死者への追悼だったり、何かしら通じるものはあると思ったから。それでも教会に入って椅子に座るとき、中腰になり片足のひざを床につけて神に挨拶する人々の姿を見て、神を信じるその純粋な心に心打たれるとともに、来るべきではなかったかな・・と、まるで聖域を侵したような罪悪感が私の中を漂った。ミサでは、神父さんが聖書の一部を読んだり、皆でキリストの歌を何曲か歌ったりする。私はその時に演奏されるパイプオルガンの虜になった。教会を反響するあの荘厳な響き。鳥肌がたち、音の中に吸い込まれそうになる。そして皆の歌声が合わさって、なんだか体が震えそうになった。ミサの後、心が清められたような気になるのはこのパイプオルガンのせいもあるのかもしれない。先週参加した時も、あの教会の静寂と祈りの厳かな雰囲気の中、パイプオルガンの音色はやはりとても心に響いた。たとえ私が仏教徒であったとしても、ヒンズー教徒あったとしても、イスラム教徒であったとしても、あのパイプオルガンの音色には魅了されていたと思う。思想や宗教の違い、そんなことで殺しあう世の中が虚しく見えるのは、私が特に宗教を持たないからなのだろうか。いや、違うと思う。本来、宗教は皆、世界の平和と人類の平和を唱えている。誰だって戦争のない平和な日々を望んでる。それなのに、なぜ人を救うための宗教同士でいがみ合い、憎みあい、殺しあわなければならないんだろう。宗教のために罪もない人々、子どもたちが殺されていくのなら、宗教なんてなければいい。何を信じようとそれは本人の自由だが、それは誰をも傷つけるものではあってはならないと思う。
October 26, 2003
コメント(9)

昨晩はいきなりの大雪!積もってる~~~~っ辺り一面真っ白!!今年は10月なのに雪ですかっ。夏は猛暑だったというのになんじゃこりゃ。そのせいなのか、なんなのか、昨晩は電気が小刻みに停電を繰り返し、コンピューターが使えない状況だった。提示版へのお返事が途中のままになってしまって申し訳ないm(_ _;)m今もまだ電気が怪しいのでパソの電源切っておきます。 雪は解ける様子を見せないが、その後電気のほうは通常に戻った。今日の新聞の第一面に「初雪、1000家屋以上で停電!」とあった。10月といえば紅葉の季節、木々には葉がまだたくさんついている。それが突然の大雪で、枝が葉に積もった雪の重さに耐えきれなかったようだ。背骨が曲がったように倒れこんだ木々が道路まで倒れこみ、そして電線も切ってしまったとのことだった。8月はヨーロッパの異常気象にやられ、9月は暑い日本に里帰りし、オーストリアに戻ってきたと思ったらすぐに冬が到来なんて。私の一番好きな季節、「秋」はどこにいっちゃったの~?。・°°・(>_<)・°°・。
October 24, 2003
コメント(4)
日本大使館から郵便物が届いた。一体何事?と、ドキドキしてしまった。開けてみるとなんのことはない、「在留邦人調査用紙」だった。在留届けの記載に変更はないかの確認である。緊急時にこの調査が大いに役に立つらしい。その調査用紙と一緒に同封されていたのが、オーストリア在留邦人(日本人)の都市別人数表。オーストリア在留邦人の数は、それによると、去年の検査時で合計1,765人だそうだ。ウィーン 1,321人ザルツブルク 63人グラーツ 42人インスブルック 29人リンツ 21人ヴィーナーノイシュタット 13人その他 276人 計1,765人ウィーンに集中しているとはいえ、この小さな国に日本人って意外とたくさん住んでいるのね~。ちなみに私の住んでいる町(その他)では、日本人は私たった1人である。。。(寂)なんだか気になったので、他の国の在留邦人の数を調べてみた。国(地域)別トップ15は以下の通り。1 アメリカ ・・・315,976人2 ブラジル ・・・ 72,343人3 中国(香港含む) ・・・ 64,090人4 イギリス ・・・ 50,864人5 オーストラリア ・・・ 46,893人6 カナダ ・・・ 36,475人7 フランス ・・・ 30,384人8 ドイツ ・・・ 27,810人9 タイ ・・・ 25,329人10 シンガポール ・・・ 2,0697人11 韓国 ・・・ 18,465人12 台湾 ・・・ 15,317人13 インドネシア ・・・ 12,732人14 アルゼンチン ・・・ 11,461人15 マレーシア ・・・ 11,256人(29 オーストリア)書いていてかなり疲れてしまった(^^;;;それにしてもアメリカに31万人ってすごい!!世界には一体何人の日本人が住んでいるんだろう?ということで調べてみたら約87万人! 87万人すごいな~この数!驚いたのは、 南極にも40人もの日本人が在留しているということだ。南極って住めるの?!寒そ~詳しく知りたい方はここ
October 21, 2003
コメント(10)
私はネットが繋がらないと、どうも不機嫌になるらしい。前回ウイルスにやられて使えなかったときも、ものすごくイライラしたのを覚えている。我が家についに電子レンジが登場し(前回の日記参照)、ご機嫌だったのもつかの間、今日はネットが繋がらずにイライラモード全開だった。月に40ユーロも払っているんだからしっかりしてよプロバイダーー!!!(怒)いつもなら夫の「ただいま~」の声に「おかえり~♪♪♪」とドアを開けて飛びつく私。でも今日は目もあわさずに「おかえり」とだけ一言。(やな奴~)いつものように飛びついてくると思っている夫は、大の字になって待ち構えていた(爆)ごめんね、夫。あなたに罪は無い。=====================今日、泣きたくなることがあった。私は先月の里帰りの際、日本から日本食品をごっそりと持ち運んできた。しかしそれも、これからの長い生活を考えると微々たるものである。私はクノールの日本のカップスープが大好きだ。オーストリアにもクノールのカップスープが売られているが、信じられなく不味い。日本から4袋入りのカップスープを2箱だけ持ってきたが、もう2袋が私の胃袋の中へと消えていった。今日はその3袋目をいただく予定だったのだが・・・・・・・ハプニングは起きた・・・・飲もうとした瞬間、私の目に飛び込んできたもの・・それは・・それは・・!カップスープの中に浮かぶ ハエの死骸!!!!ヽ(;TдT;)ノこの貴重な貴重な一杯がぁぁぁぁぁなんでやねん!!なんでやねん!!!!!熱すぎて飲めないと思い、少し置いておいたのがいけなかった。(猫舌)この悲しみ、わかっていただけるだろうか?もう無念でならない。あぁぁ・・
October 20, 2003
コメント(12)
我が家にいきなりDVDプレイヤーがやってきた。いつの間にか、夫がアマゾン・ドイツで購入していたのだ。数日前、「DVDプレイヤー買わなーい?」と聞かれて「日本のDVDも見られるのならね~」と答えた私。日本のビデオはオーストリアの一般ビデオデッキでは再生できないし、オーストリアのビデオは日本の一般ビデオデッキでは再生できない。国によって採っている方式が違うために見られないのだ。だから、DVDもそうならば、両方が見られるマルチプレイヤーではないと嫌だと思った。娘に日本語を聞かせてあげられる環境にしてあげたいし。しかしDVDは大丈夫らしい。ネットで調べてみると、オーストリアと日本は同じ表示になっていた。私の中では「よかったね、じゃ、いつか買おうね」で終わっていたのだが、大きな勘違いだったようだ。即購入していたとは!!!夫よ~~私はその前に 電子レンジがほしかったのよ!なんで冷凍物を「鍋」で解凍しないといけないのか?なんで冷たくなったおかずを毎回「フライパン」で温めないといけないのか?電子レンジを買おうって、もう去年からずっと言っていたことなのにーーっDVDプレイヤー買う余裕があるなら電子レンジ買おうよ!!!っていうか電子レンジって今じゃどこの一般家庭にもあるものじゃないのかね?日本に里帰りして、お金に余裕がないっていうから遠慮してたのに!!考えれば考えるほど電子レンジで頭がいっぱいになって、「買うものには優先順位というものがあるよー!」と帰宅後の夫にかみつく勢いの私。夫「買ってもいいって言ったから買ったのに。」・・・はい、その通りですヾ(;´▽`Aしかしここで下がってはいられない、電子レンジの必要性を訴えた。「便利なのは分かるけど置く場所がないし」と夫。夫は空間を大切にするために、ごちゃごちゃと窮屈なのが大嫌いなのだ。日本の家を“スペース殺し”と名づけたくらいである。しかしあなたDVD買ったよ?大きさの問題?それに料理するのは私なの!必要なの!離乳食には電子レンジがもってこいなの~!ほら、ここに置けるよ~♪♪何かと食いつき、説得を試みる私。その甲斐あって、ついに、明日!電子レンジを買いに行くことに決定~~!!バンザーーーーイ!!! ・・・・ふぅ。我が家の財布は夫が握っているから、夫が要らないと判断するものを買う時は大変なのだ。買い物に行く時は大抵いつも一緒で、払うのは夫。銀行への払い込みとかも、私はやったことがない。(そんなに私に任すと不安なのか?)夫は金銭面でしっかりしているから安心して任せていられるし、本当に楽なのだが。お互いに相談して買うようにしているとはいえ、やっぱり財布を握っているほうが強い。いくら貯金があるか把握しているだけの私。一度私がやりくりしてみると申し出てみようかなぁ。いや、滅多に言い争う買い物なんてしないんだし、任せておいたほうがいいのかな・・うーん ( ̄~ ̄;)
October 17, 2003
コメント(18)
2002年のオーストリアの離婚率はな、な、な、なんと! 44.4%!!(驚) え~~~~(ノ; ̄◇ ̄)ノ ビックリ~~~~約半分離婚してる!州別に見ると最高がウィーン州の54.6%! 最低はチロル州の36.7%! これでも減少しているんですって!オーストリアの離婚率減少!っていう記事を読んだのです。減少してこれですか。。。カソリックだから離婚率は低いと思っていたけど、大きな勘違いだったわ。ちなみに世界一離婚率が高いのがアメリカ。そして2位は韓国なんですって。
October 16, 2003
コメント(12)
“シュワルツェネッガー”ってスペル、ほとんどのアメリカ人が書けないそうだ。“Schwarzenegger”うん、確かにドイツ語である。そして意味的にはSchwarze 黒の+negger黒人ということになる。シュワちゃんは白人だけれど。(笑)苗字って、よく考えると面白い。先週、アメリカ・カリフォルニア州の知事選挙で2位と約130万票差という圧倒的な支持を受けてみごと当選を果たしたシュワちゃん。以前の日記にも書いたが、彼はここ、オーストリアのシュタイヤマルク州の出身である。彼は、かばん一つ、所持金たったの20ドルでアメリカに渡ったという。そしてハリウッドで大成功を収めた。 ここはシュワちゃんの出身地なだけに、今回のシュワちゃんの当選を喜ぶ人が多いみたい。今日、久しぶりにSPARというスーパーに買い物に行ったら、店の前になにやらポスターの貼った看板が立てられていた。そのポスター、よく見るとシュワちゃんの喜び顔アップ写真に、おめでとうの言葉。外国の選挙なのにそんなことするんだね。やっぱりオーストリアの国民的アイドルなんだな。政治家としての第一歩を踏み出したシュワちゃん。今後の活躍が注目されるところだ。
October 14, 2003
コメント(9)

この写真は昨日、家族でドライブに行った際に撮った一枚だ。夕方だったから映りが悪いけど、なんだかお城のような建物。これ、何だと思います?? なんとコレ、墓地の入り口なんですって!!墓地にしてはゴージャスだわね~^^。遊園地かと思った。 <逆カルチャーショック>さて、少し飛んでしまったけど、過去の日記その1その2に続き、以下は日本で感じたことだ。その3 飛行機から降りて日本に到着し、飛行機から降りてまず感じたのが、日本の湿気のすごさだった。身体全体を包み込むあのじわじわーっとした感触、まるでサウナに入ったかと思うくらいだった。今年のヨーロッパは確かに猛暑だったけど、日本に降りたときには、日本の方が断然暑く感じられた。多湿にやられた私たち家族は、時差ぼけのせいもあったのだろう、2,3日は外へも出られず眠りこけていた。----------------------その4 実家の家実家に久しぶりに行って感じたこと。それは信じられなく部屋が狭い!だ。そして天井が低い。ドアが小さい。テーブルが低い。いすも低い。窓の位置もなんだか低い。日本の家は外国人に『うさぎ小屋』と言われたりするそうだけど、まさにそんな感じがした。しかし私も日本人。狭いことなんてすぐに慣れた。もともと住んでいた家だものね。一方、長身の夫は窮屈な思いをしただろう。部屋に入るとき、何度も壁に頭をぶつけていた。(^^;;;日本にいる間、夫の「au!」(イタイ!)という言葉を100回は聞いたに違いない。----------------------その5 果物散歩がてら寄ったスパーの食品売り場。果物の高さにはショックを受けた。以前から日本の食品が高いことは知っていた。でもここまで高かったかな???りんご1個168円?!カキが2個で980円?!夫が信じられないという顔をしていた。何も買えなかった。冷蔵庫に母が買ってきた果物が入っていたので食べた^^。ものすごく美味しかった。やっぱり高いだけはある。(その6削除しました)つづく(かもしれない)
October 12, 2003
コメント(8)
オーストリアに戻ってきてからというもの、いまいち何もやる気が起きない。家族で散歩に行って美しい景色を見ても心ここにあらずだ。日々ダラダラと生活をしている私。(誰かカツをいれてちょんまげ!)今日は墓参りに行ってきた。相変わらずオーストリアのお墓はお花できれいだった。母の大好きなベゴニアの花もいっぱい咲いていた。オーストリアの埋葬は土葬である。日本のように火葬にしないから、その分、お墓一つあたりの面積が広い。最近亡くなられた方がいるのだろう、掘り起こされているお墓があった。新しく埋葬する際、前に埋葬した家族の白骨死体なんかが出てきちゃったりはしないのだろうか?掘り起こされたお墓を見るたびにゾッとしてしまう。夫の祖父母のお墓へ行き、墓参り用のキャンドルに火を灯し、その場を後にした。今日は秋晴れの最高に美しい日だった。日が沈むのが早くなってきたと感じる今日このごろ。いい加減、パシッとしないとな。パシッと。はぁ~それにしても娘の元気なこと。ママにエネルギーを分けてくり。
October 10, 2003
コメント(2)
町にある電光掲示板によると、今朝の温度は4度だそうだ。「だんだん日本は寒くなってきたよ」と父からメールをもらったが、オーストリアほどではあるまい。(@ ̄― ̄)y-~~~~ さて、前回の日記に続き、以下は日本で思ったことだ。その2スーパーの会計で、客が店員に「ありがとう」と言って去る人がほとんどいないな、とレジに並んでいて思った。オーストリアでは、店員に何も言わないのはちょっと失礼になる。オーストリアでのレジでの会話はいつもだいたいこんな感じだ。客 「こんにちは」店員 「こんにちは」 物をバーコードに通す 「○○ユーロお願いします」客 「お願いします」(お金を渡す)店員 「○○ユーロです」(おつりを渡す)客 「ありがとう」店員 「ありがとう、さようなら」客 「さようなら」そして週末なんかだと最後に店員 「よい週末を」客 「ありがとう、あなたもね」なんて会話もする。もちろん知らない者同士。初めのころは面倒くさいな~と思っていたけれど、やってみると気持ちがいい。日本ではレジに行っても、客は何も言わずに言われたお金だけ払って帰るように思うがどうだろうか。レジのアルバイトをしたことがあるが、ありがとうって言われた記憶はほとんどない。いらっしゃいませ。○○円になります。○○円お預かりいたします。○○円のお返しです。ありがとうございました。店員の一方通行である。帰り際にお客さんから「ありがとう」と言われると、とても嬉しいものなのだが。私は日本で、オーストリアでの癖もあって、毎回「ありがとう」を言っていたけど、いやな顔する店員さんは一人もいなかった。たった一言の「ありがとう」だけど、言ったほうも言われたほうも、なんだかいい気持ちになれる気がする。日本では客が来店すると「いらっしゃいませ~!」と言うが、オーストリアではグリュースゴット!(こんにちは!)だ。こんにちは!と言われるからにはこんにちは!と客は返す。しかし日本のように「いらっしゃいませ~!」だと、客は何も言えない。「いらっしゃいました~」と返すのはおかしいものね。やっぱり一方通行なんだな。。。
October 7, 2003
コメント(10)
これから少しずつ、私が日本で感じたことなどを書いていきたいと思う。オーストリアと日本を行き来するためには、どの航空会社を利用しても一度どこかで乗り換えをしなければならない。直行便がないのだ。乗り換えするために着いた、ドイツのフランクフルトでのことである。私はよくルフトハンザドイツ航空を利用するのだが、フランクフルトと日本を行き来する飛行機の乗客の8割、いや9割が日本人といっていい。フランクフルト空港に到着すると、そこにはたくさんの日本人がいた。新婚旅行できていたような若いカップルもいれば、学生旅行のようなグループもいたり、何かのツアーの中年グループもいたり。仕事で来ているらしい人もいた。なんだか見ているだけで気分が高揚した。だってこんなにたくさんのアジア人を見るのって久しぶりだから(笑)。そこではたくさんの人と目が合った。(だって私が見まくってるものね 笑)そこで私は迷いもなく微笑みかけたのだが・・・ガ━━━━━━(゚ロ゚;)━━━━━ン みんな無視かよ!!!そういえば日本では、知らない人と目が合っても微笑んだりはしないんだ!おもいっきり目が合ったとき、オーストリアでは微笑んで微笑み返すのが普通だった。もちろんうまく目をそらすこともあるけれど、微笑みかけられれば微笑み返すし、微笑みかければ微笑み返してくれる。それに慣れていた私だったから、おもいっきり無視されたというか、この人誰?みたいな顔されたのが結構ショックだった。目が合ってもさっとそらす。目が合って気まずそうにする。そんなしぐさが少し寂しかった。それでも赤ちゃんを連れていると親しげに話しかけてくるおばちゃんなんかいたりして、それはどこの国でも一緒だな~なんて思ったりした。
October 4, 2003
コメント(8)
里帰り中、日本で何より嬉しかったことって、家族が娘を溺愛してくれたことである。妊娠する前、「彼(夫)の子どもなんて見たくもない!」とまで言っていた母が、チビトモのためにいろんなおもちゃや服を用意していてくれた。チャイルドシートまで買って用意していてくれた。可愛くて仕方がないと言ってくれた。子どもの頃は私をいじめてばかりだった兄が、デレデレになって娘と遊んでくれた。寝かしつけまでやってくれたり、お祝いもいっぱい買ってくれた。父は職場に撮ったばかりの娘の写真を持っていき、孫だ孫だと自慢したそう。いつもでは有り得ない時間に帰ってくる、と母は父の帰りの早いことを言っていた。我が子が愛されているのを見るのって本当に嬉しかった。受け入れてもらえないかなっていう不安があったから、余計に嬉しかった。義両親ももちろんチビトモを可愛がってくれるけど、日本の家族が可愛がってくれるのを見るのはまた別で数倍嬉しいものがあった。ただ、母の願いはチビトモが完全な娘似(私似)になることだそう(苦笑)私の夫のことは相変わらず大嫌いな母だった。。。ところでその娘であるが、、、、今日、夫に娘の子守をしてもらっていたら、なんと、チョコレートを食べちゃっていた!!(汗!)その名もキンダーショコラーデ!(子どもチョコレート)(余談:もちろん大人も食べる。夫の大好物だ。)夫よ~!なんでチョコレートの箱を渡したのよ~!おもちゃ代わりだったって、開けると思わなかったって、ちゃんと目を離さずに見ておいてよ~っ!(怒!!)中に入っているスティック状のチョコレートを包みごと食いついていた娘・・。口の周りはチョコレートでべたべた。手もぐちょぐちょ。服もべたべた。も~~~~~~~っ!笑い事じゃ~ないっっ。7ヶ月でチョコレートの甘さ覚えさせてしまったよ。。。しかもオーストリアのチョコレートってめちゃくちゃ甘いんだから~~。あーもうっ。しかし一人静かにチョコレートをしゃぶってる娘もかわいかったりした^^。
October 3, 2003
コメント(0)
昨日、日本からオーストリアに戻ってきた。家族との別れは本当に辛かった。自分の選んだ道だけど、父と母にこんなに辛い思いをさせているんだと思うと、胸が詰まる思いがした。今回の里帰りほどこんなに自分が家族に愛されていると感じたことはなかった。子どもの頃、私はなんでこんな家族に生まれたんだろうって、自分を不幸に思っていた。細かいことまで口うるさく干渉し、すべて意のままにならないと気がすまない母。優しいけれど日曜日でも家にいない仕事仕事の父。嫌がらせばかりする兄。家族に感謝する気持ちなんて少しもなかった。学生の時に家を出て初めて、家族の存在自体が心の支えであり、自分がいかに親に頼って生きてきたか、そして帰る場所があるってことがどんなに幸せなことかと思った。そして今回、自分が一児の母になり、里帰りしてみて、父や母がどんなに私を心配し、愛してくれていたかを感じた。自分も親になり、視点が変わったこともあるのかもしれない。さりげなくしてくれる一つ一つの中に、私を思う優しさ、気遣い、温かさを感じた。日本を発つ日、父は仕事を休んで母と一緒に空港まで送ってくれた。兄までもが仕事を休んで空港まで見送ると言ってくれた。気持ちだけで十分だった。空港に到着し、最後の別れのとき、父も母も泣いていた。「またおいで」そう言って、私たちが見えなくなるまで手を振ってくれた。父の涙を見たのは初めてだった。私も涙が止まらなかった。飛行機の中で母が作ってくれたおにぎりを食べ、そしてまた泣いた。15時間のフライト。一人で乗っていると死にそうに長く感じるけれど、今回は夫もおり、そして娘の世話があるせいか、意外と短く感じた。オーストリアのグラーツ空港に到着すると、屋上から手を振る義母の姿が見えた。「ご両親との別れは辛かったでしょう」そう言って義母は私を抱きしめた。「夫は仕事でウィーンまで行っていて、来週にならないと帰れないのよ、でもあなたたちの帰りを楽しみに待っていたわ。」そう義母は話をした。日本とオーストリア、どちらにも待っていてくれる家族がいる。必ずどちらかの家族が辛い思いをする。私が次に父と母、そして兄に会えるのはいつだろう。再会、そして別れ、私は日本にいる両親に、毎回、こんなに辛い思いをさせなければならないのだろうか。車の中からそんなことを思いながら1ヶ月ぶりのオーストリアの景色をぼぉ~っと眺めた。1ヶ月前と何も変わらないオーストリアの風景。再び、私のオーストリア生活が始まった。
October 1, 2003
コメント(16)
全15件 (15件中 1-15件目)
1