2005年5月のカルテ



 著者は「一日一分!英字新聞」というメルマガの著者。
早稲田を経て米国へMBA(経営学修士課程)留学なので、英語は達人に近いだろう。
英語力を落とさない為に始めたこのメルマガが、情報起業に開眼される第一歩となったらしい。
そして、何よりもさすが米国で学んだらしい、グローバルな物の見方。考え方。これまでの日本人には考えられない事。
 わずか380円しか通帳に無かった生活から、一変して、今は東京都心に一戸建てを構え、グランドピアノも趣味の車も数台あるという豪奢な暮らしをしているという。
 ほりえもんといい、楽天の三木谷社長といい、最近の若者(ですよね。。。?)元気がいい。ごく一部だが。
 自分の人生を掴み取っていこうと言う姿勢がとてもイイ。
 できれば、私もマネしたいね。同じ発想ではなく、別の角度からね。
いい刺激になった本であります。
                         5月5日


  青の時代 三島由紀夫 新潮文庫

 この前、文芸春秋に「ホリエモンは、光クラブの社長に似ている」という一文の所為。
b三島由紀夫の「青の時代」は、光クラブ社長の山崎晃嗣をモデルに書かれている。それを知って、即、アマゾンに注文をかけたもの。
三島由紀夫の作品としては、あまり聞かない題名であったのも、興味を惹かれた理由の一つ。文庫化されているので、それなりに読まれてはいるのでしょうが、私個人として初めて聞いた書名だったのが、気になった。
 また、題名の美しさも秀逸である。

大正14年生まれの三島は、昭和の年号と同い年。正に、昭和と共に生きた人であった。
彼が自衛隊市谷駐屯地で割腹自殺を遂げたのは誰もが周知の事実だが、この小説の主人公のモデルとなった山崎晃嗣氏は27歳で青酸カリをあおって自殺を遂げている。この事が三島に「死」についての「美」を感じさせた事は事実だと思う。
 そして、題名に「青」という文字を使っている事が、死に拠って選択された「永遠の若さ」を暗示している気がする。三島の自殺は「政治的」「文学的」「自嘲的」「ナルシズムの所以」など色々ささやかれてはいるが、彼が世を去ってしまった今、誰にも真相は解らない。ただ、彼の書いたモノを読む、彼の生い立ちを読む、彼の軌跡を辿ると、一つ見えてくるのは「老いる怖さ」が、彼の心を支配していたのではないかという事。
 青の時代は、「新潮」に昭和25年7月号から12月号まで連載された。光クラブ事件が起こったのはその前年の昭和24年11月である。三島自身の言葉に因れば、「資料の醗酵を待たずに、集めるそばから小説に使った軽率さは、今更誰のせいにもできないが、残念なことである。文体もまた粗雑であり、時には俗悪に堕している。構成は乱雑で尻すぼまりである」と、かなり自嘲した文章を昭和28年刊「三島由紀夫作品集2」の後書きで書いている。
 自分の中に眠る何かと対決したのが仮面の告白であり、それをまた自分の中に見出していくのが禁色だとしたら、この小説の位置する場所は非常に困ってしまうわけだが、兎にも角にも始めに題材ありきの歴史的意味を持つ小説という事で妙に納得する一冊ではある。
                  5月7日

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