-小麦粉記-

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資料一


 S(18)の机の上に残されていた手紙
 ところどころ読みにくいところ、または判読不可能の部分は推測で補足した。
 なお、手紙の第一発見者はSの友人のT(18)とK(18)である。


 この手紙を書いている今も、精神は絶えず蝕まれている真っ最中で、現に友人がくれたボールペンもまともにもてず、蟲が這った跡のようなふるえる字を後でこの手紙を見るための人にかいているというわけだ。こんな情けない醜態をさらしているオレを嗤ってくれ。字は人をあらわすというからね。
 細かい理屈なんかを書けば長くなるからはっきりと、短く、書こう。
 オレは、大罪人だ。ひどい罪を犯した。
 オレの精神は、犯した罪の意識でムシャムシャ蝕まれている。あぁ、別に頭がおかしくなったかどうかを気にする必要はないよ。キミは(この手紙を読んでいる人間がきっとTかKだろうと確信した上でいうけれど。もしかしてIじゃないだろうねぇ)以前からオレのことを「頭がおかしいな」と言っていたけれど、今はそうじゃない。むしろ頭が、以前よりよくなった、いや、冴えてしまったが故の罪なんだ。医療の進化は病気を減らすのではなく、新たな病気を発見してしまうと言うだろう???ハハハ、マヌケな話じゃないか。洞窟にいた人間が安心しようと暗闇でろうそくを灯したら、闇の向こうで眠っていた獣をわざわざ起こして、逆に不安を増やしているようなものだからね…。
 オレの罪も、そういった類のものなんだ。
 自ら犯した罪のだれも気がついていなかった埋もれた罪状を、わざわざ掘り起こしてしまったことによるんだ。
 いや、ちょっと違うかな?
 正確に言えばIの奴が、無意識に、道端で合ったときに軽く会釈をするくらいの気持ちで、そう、無意識で、だ、オレにその罪状を突きつけたことになるな。(句読点が多いね。悪い癖だ)だがオレは彼女が通る道を避けようとすれば、避けることができた。軽い会釈をされずに済んだかもしれないが、実のところわざわざ自分から見つかりに行ったようなものだからヤッパリ最初の言い方でいいかもしれないね。
 オレは罪を犯した。このことはもはやオレの世界では間違いの無いことで、他人に言われてどうこうするものじゃないといっておくよ。もしかしたら、ほかの人にとってはダンゴムシほどのことかもしれない…いや、そうでなければいけないと思うが…とにかく、自分で許しがたい罪を犯したんだ。
 汝、姦淫するなかれ。
 だれでも知っているだろう?
 みだりにエッチなことをするな、ということだ。
 オレはIを犯した。Iへの婦女暴行が、罪状だ。
 まぁあわてるな。
 落ち着いてよく聞いて(読んで?)くれよ。

 ある夕方のことだ。
 オレの家への帰り道は、だいたいあばら家が多いことは知っているだろう?
 今度の市の区画整理で、バラックに住んでいた連中はみんな立ち退きを食らったんだ。そういうことで、最近の帰り道はめっきり人気がなくなってね。工事が入るまでは、ほとんどだれも通りやしない。犬の散歩にだって、みんなこの道は避ける。
 そういうところをほてほてと歩いてるとだ、なにやら小さなメモをもったIが、きょろきょろしながら心細げにたってるじゃないか。
 オレがIのことをずっと好いているのは、周知の通りだ。
「おまえ、どうしたんだよ」と声をかけたよ。
 一瞬びっくりキョロキョロして、俺の顔を見たらIの表情がぱっとほころんだんだ。本当だ、自意識過剰じゃないぜ?
「S君…よかった、この辺、誰もいなくて、ちょっと困っちゃって…」
 そういってオレのほうにパタパタ寄ってきた彼女、なぜか知らないけど、道着なんだ。ホラ、あいつ、なにか武道をやっていただろ? 剣道じゃない、なんだったかな、好きな女の子となのに、わすれっちまったよ、ア、ハ、ハ。
 その姿がさ、異様に、どうにかしてしまいそうにオレの精神を揺さぶったわけだよ、ウン。
「S君、悪いんだけど、ここのお家がどこか、教えてくれると嬉しいんだけど、わかるかなぁ」そういったIにオレはニッコリ笑って「知ってるさ。オレ、ここの近所だから」ってさ、手なんかつないじゃって、案内したんだよ。
 もちろん、立ち退き命令で誰もいない、わりとまともなあばら家にね。
 知り合いだったしあばら家に住んでる割にはキレイ好きな奴でオレもなんどかそいつの家に遊びに行ったことがあってね、勝手はしっていたんだよ。
「えって、あの、S君? わたし、この家に来たかったんじゃないけど…あと、ちょっと、手が痛いよS君。S君、S君、どうしたの? 顔色、悪いみたい…S君…」
 Iの奴、明らかにおかしいっていうのに、オレの健康の心配をしやがるんだ。まったく、そういうところが好きだったんだかね。おっと、今でも好きさ。Iのことは。
 で、だ。あとは諸君の想像の通り(経験の通り? ア、ハ、ハ!)ベージュのカーペットの上に彼女を押し倒したよ。待て、マテ、引くな。話はこれからだぜ? ア、ハ、ハ! 濡れ場じゃないか。ご期待通り詳しく教えてやるよ。   やッ! どうも筆が進むと手の震えも止まってきたようだね。
 もちろん彼女は抵抗したさ。武道家だからね。「S君! S君! や、S君!」なんて叫んでさ。それでも所詮、男と女だ。男と男だって負けない自信があるオレに、彼女が勝てるわけがないだろうよ。
 顔なんて、真っ赤さ。目元に涙なんて浮かべちゃって、一生懸命オレから逃げようとして暴れるんだけどね、あばら家の柱に引越し用の忘れて行った粗紐でもって手首を縛ってるから、動けば動くほど道着がずれて、胸元が開いてしまうっていうわけだ。
 壮観だぜ?
 オレは足を押さえているだけで、両手を柱に縛り付けられたIが必死に動いて自動的にやけに扇情的なストリップショーの始まり、始まり! 「S君! こんなの、ひどい、非道いから! こんな、こんなのでなんて、Sクン、Sクン! 非道いからぁ!」って泣きながら暴れて、胸元がはだけていくんだぜ? たまらなかったね。
 途中でそのことに気がついてIが動くのをやめて、まだ赤くなれたんだって感心するくらいに顔を赤らめて露出した胸をどうにかしようとしてたんだけど、それは無理って言うものだよ。
 そこらの売女と違って、張りがあって、そうだね、レモンを半分に切ったみたいな、かわいらしい形の胸だったよ。てっぺんはほんとに桃色で、ふるふる震えていやがる。
 手を伸ばそうとしたら必死で首振って「お願いだから、Sクン、おねがい、Sクン」って何度も俺の名前を呼ぶんだよ。だから極力やさしく、やさしくさわってやった。
 Iの目から涙がこぼれたけど、構わずゆっくり、至極やさしくその天国みたいな感触を楽しんでやったら、だんだん桃色のてぺんが感触がましていくんだよ。
 Iの奴、信じられないみたいな顔してないてたね。しだいに息も浅くなり始めてさ、撫でている胸が上下して、たまにくっと力が抜ける。
 道着の下を脱がせたときにゃ、もう陥落寸前虫の息ってところだ。オイオイ、ここまで読んでキミらの息子を起立させるんじゃないぜ? なに、していない? どうだか、アハハ。
 後はもう、ご先祖様が残してくれた遺伝子の言うとおりに、足を開かせてIのソコを弄るわけだよ! だがね、残念なことに余りソコのことは覚えていないんだな、コレが。
 だがね、そんなことはもはや問題じゃない。手だけ柱に縛り付けたIの足をM字に開かせて、オレの、もう既にこれ以上ないくらい起立した不肖のムスコをやってやるだけさ…。

 とまぁ、そういうことだったんだよ。
 だがね、これで全てが終わったわけじゃないんだな諸君。
 一連の行為を終えてオレがズボンを上げてる最中にだ(Iはまだ柱にくくりつけたまま、足の付け根のソコからイロイロと拭き取らねばならないようなイロイロを放置したままだ。全く、表現が猥褻だね? 諸君、嗤え、笑え! ア、ハ、ハ!)
 Iの奴、流す涙も尽き果てたような顔で、何かぽそぽそと呟いてるから、顔を近づけてみたら
「Sクンとなら、こうなってもよかったのに、ちゃんと、言葉で言ってくれたら、私だって、ちゃんとしてあげられたのに」だって………!!!!!
 ア、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、!!!
 傑作じゃないか!? え? 耳を疑うとか、そういうレヴェルじゃねぇんだよ、コイツはさ!
 たった今全く完全に無理やり犯した女から愛の告白じみたものを聞くやつがいったいこの世界に何人入るって言うんだい?
 待て!!!
 早まるなよ?
 オレは、このために罪の意識を抱いているわけじゃあない。
 そんな安っぽい小説みたいなことで罪を感じたりはしないんだ。
 あくまでオレはIを犯したということに罪を感じて…あ、いや、彼女の告白もそのうちにはいるとしたら、はいるか。失敬。

 まぁ、この辺でいい加減馬鹿げたことを書き連ねるのはよしておこう。今までの記述なんて君たちにとっては何のタメにもならないただの落書きだと思ってくれよ。
 そうだ。
 正直にいおうか。

 もしかしたらぴんぴんした、いつものようにハツラツと元気な気配をまとったIが深刻に手紙を読んでいる諸君らの後ろを通りかかって「何してるの?」とたずねているかもしれない…。

 ア、ハ、ハ。

 気が付いたかい?

 今まで書いたことの全ては、全部一つの家のうちの一部屋の、さらにいうなら一人の人間の、つまりオレの脳味噌の中だけで行われた犯行だって言うことだよ!

 待て待て! 落ち着け、じっくりとオレの手紙を読むんだ。ここまで付き合ってくれたんなら、あと便箋一枚くらい、どぉってことはないだろう? ウン、まぁ、コーヒーくらい淹れてきてもいいとは思うよ。お口直しだ。この壮大に貧弱なキミの友人(だと思っていたかい?)のアホな独白だ。
 問う。
 キミ等だって一度や二度は誰か気になった女の子を犯してしまう想像や、そんな夢を見たことがあるだろう? 無いとはいわせないや。そんな野郎は、インポテンツを患っていると断言しようじゃねぇか。
 オレも、この手の想像は過去に何度も、それこそ数え切れないくらいやった。Oの奴を音楽室で後ろから犯したし、あの大きな胸に錘の付いた洗濯ばさみをぶら下げて思いっきり喘がせたこともあるし、Hの細身の身体を散々にねぶり廻しもした。
 だけど、だ。
 いまだに、本気で好きだと思っていたIだけには、その手の想像を働かせたことがなかったんだよ。何故かね。理由は、イマイチわからない。
 あの晩、先述の通りの妄想を奔らせたときには、それほどの罪悪感は感じなかったな。他の女の子に比べて「あー、まーたやっちまった」感がちょっぴり高かったくらいだ。
 朝になったらそんなこと、すっかり忘れていたんだよ。

 引き金は、誰であろうI自身の、オレと目が合ったときに向けた、何にも知らない笑顔だ。
 まぁ、ここからはゆっくり読んでみてくれよ? オレ自身もだんだん頭がクラクラしてきて、イマイチきちんと書けているかが判断がつかない。
 とにかく、昼に廊下ですれ違う直前、いつものように顔をそらせばよかったものをオレはわざわざIの方へと顔を向けてちょっと手まで上げて「よぅ」なんていうあいさつまでした始末だ。
 Iの笑顔が、まったくオレをさっぱりと地獄にかえてくれたよ。
 犯した挙句に自分に愛の告白をさせるという外道極まりない想像をした好きなこんなの子が、きれいな笑顔で、どん底にオレを叩き込んだね!

 なぜならだ、Iを犯したって言うのに、誰もオレを罰せようとせず、あつまさえ被害者のIまでがオレに無垢な笑顔を向けるとは、いったいどういうことだ? ということだ。

 まて、諸君のいいたいことはわかっている。何度もオレ自身で繰り返した。だがね、繰り返せば繰り返すほどに、地獄の色彩は深まって行ったんだよ。それも、全くの自由の色にね!!!
 オレ自身の頭の中で勝手に創り上げた妄想のことについてなんて、ちょっとの罪悪感はもつにしろ、罪ではないんではないのか? 実際にやっていないんだから、頭の中で何をしたところで世界は変わらないだろう。
 至極全うな意見だ。
 全うだがしかし、世界がありそして我があるのだと考えている連中の考えに過ぎない。
 オレがあり、そして世界がある。その世界は人の数だけある。その人間だけの世界で、誰のでかいとも相容れない! 人間はいつだって独りとは、そういうことだ。
 たとえば、そのオレの世界で、彼女の無垢な笑顔がスイッチとなって、頭の中で彼女を犯すことが断然・歴然・完全に「罪」だということが確定されたなら。
 そう、オレは、罪を犯したわけだ。
 オレ自身の世界にとって、一般常識の法律は、多少の意味合いしか持たない。それは極端に言えば法律になんか従わなくてもどうとも思わないが(例えば、の話だよ?)、逆に一般の法律で定めていないことに(そう! 例えば頭の中の空想に罪状が付くように!)罪を感じてしまうということだ。
 オレの精神を最も苦しめていることが、ここにあるといっても過言ではない。
 諸君、よく聞け(いや、読め)。

 オレは、オレ自身の世界では全くの重罪人でありながら、一般の世界においては何の罪も犯していない善良なる一青年だって言うことだ。
 これが何を意味するか。

 だれもオレを罰することがないんだ。誰も! オレを罰することができない!
 自分で自分に罰を与えたところで満足することの無い自己満足でしかありえない。
 しかもだ、オレは、いまだに、頭の中では全くの自由だって言うことなんだよ。
 自由だ。
 誰もが、頭の中、空想の中だけでは自由でいられる。
 人間の、特権だとはおもわないかい?
 だけどね、自由だということは、なにものにも制限されることも罰せられることもないってうことなんだ。
 もしも、自分の想像した、対外的には何の変化も、罪もない、他愛の無い空想に、何かの拍子でどうしようもない罪を感じてしまった瞬間、自由の地獄へと陥るわけだ!!
 罰せられることの無い罰を、永遠に受けることになる!
 二週間、オレはこの苦しみに耐えようとした。
 あえて言おう!
 今のオレにとって、現実世界でIを犯してしまうことぼ方がどれだけ恐ろしくないかということをだ。
 もしIに手を出したのなら、オレは警察に捕まり、それ相応の身体的罰を受け、また社会的罰をうけるだろう。そしてその罰はいくばくかの慰めでもある。罰を受けることによって、少なからずの償いができるからだ。
 だがしかし、空想の罪は誰にも咎められることもなく、精神を蝕む。

 オレは今、その、罰をうけられない罰。裁きを下されない罰にさらされている。
 ばかばかしい! さっさとその被害妄想から抜け出して日の光を浴びて、勇気を出してIと健全な交際をしたらいいじゃないか!
 もっともだ。
 誰も非難しないことを独りで罪の意識に悩まされるなんて、馬鹿げているとはわかっている。
 だけど、あの、Iのキレイな笑顔が、どうしても頭から離れないんだよ。
 Iを犯した妄想をしたことに、どうしようもない罪状を見出してしまうんだよ。精神が異常? たぶん、そうかもしれない。
 だけど、それが何だって言うんだ? 異常者のなかの世界では、それが正常なんだ、なんていう理屈は、たぶん正解だ。
 この手紙がオレの家から見つかる頃には、たぶんもう、オレはこの世からいなくなっているはずだ。
 さらりとね。
 まったく、自分でもおかしいとは思うよ?
 好きな女の子を犯した想像をしただけで、まさか自殺に追い込まれるとはおもわなかったよあっはっは。
 笑ってくれみんな。
 どうしようもないんだ。
 Iの笑顔が、オレを狂わせた。
 かといってIには全くの責任は無い。
 むしろ被害者だから声高にオレを非難してくれたらいい。

 Iにだけは、オレを裁けるのだろうか? オレは許されるのか?
 ただまぁそんなことはありえないことだし、仮定でしかない。Iは許してくれても、オレ自身が許されるかは、わからないからね。

 そうそう、貯金はあっちにいる母さんか妹にやってくれよ。本は知り合いに配ってくれ。独り暮らしだから、ほとんどモノはないけどさ。あ、Tがオレのジャケットを欲しがっていたから、あげてくれないか?
 注・この手紙、母さんには見せないでくれよ。

 葬式はしなくていいように、行方不明で処理されるよう死ぬつもりだからさ。

 探さないでください。

 あっはっは! まさかオレが「探さないでください」なんて書くとはねぇ!

 Iに一度、もう一度会えたとしたら…ありえない!

 詮無きことか。

 では、いってきます。

 R・S   十二月十日 午前二時六分


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