-小麦粉記-

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第四段階


寮に戻ってから晩飯と風呂を済ませて、またしばらく月鉄山の話で男三人盛り上がった。どうもその間の秋草の機嫌は悪かったけれど。
 部屋に戻った後、少し頭を動かしてみた。結局俺たち三人という集団、としての方針は「難しいことは考えないで肝試しでもしちゃおう」みたいな感じになった。俺としてもソレは悪いことではなく、むしろ体を動かせるいい機会だと思うんだけど、唯一村田と接触のあった身として気になることを放棄するのは、俺の気にくわない。
考え事は、自分の部屋よりももっと開放的なところでしたほうがいい、と経験上わかってるので寮の屋根に上って考えることにした。
 廊下の窓から座布団をもって屋根によじ登る。秋の夜風が風呂上りの火照った体に気持ちいい。とはいえこの独特の薫りを含んだ風は、もう少し経ったら肌寒いだろうと、一旦もどって上着も持ってきた。
満月から少し欠けた月と、子供がまいた金平糖みたいに瞬いている星を見ながら、今までに起き、そして得た情報を整理していく。

村田が殺された事に始まった、繋がっていないような繋がっているようなそんなあいまいな事件、出来事をアバウトに集約。自分なりの推理を断絶した部分に当てて強引により合わせていく。村田のための死の解明というより、むしろココ最近この街周辺で起きている事件と村田の残した資料を基にした推理のお遊び。そこに合理的な解釈は無くたって構わない。
 まずは死んだ人間の関係。村田と、ウォーキング中に襲われた不幸な男性とその犯人。どいつも死んだ場所は月鉄山の麓周辺だ。違っているところは「月鉄山に目的を持って行った」か「月鉄山の麓をただ歩いていた」のか。「ただ歩いていた」男性の場合「不幸な」という偶然的な要素がある。これは完全に俺の勝手な想像だけど、ウォーキングの男性と村田を対に置くとしたら、村田が殺されたのは「偶然」ではなくて「当然」「必然」ということになる。
村田の遺書となってしまった暗号文には「失踪事件」と「何かが行われている」可能性がある、と書かれていた。ここで繋がってくるのが犯人の男だ。彼は連続失踪事件の当事者で、唯一失踪後見つかった人間。薬物の大量摂取で死んだとはいえ、今まで四十人相当の人間が消えて戻ってきていないのに、どうしてこの男だけがひょっこり現れてきたんだろう?
村田の文面を見る限り「何か」が「失踪事件」だとは書いていない。というかむしろ関連性のある別物、といった感じの書かれ方だった。(第三段階の文面を参照)
村田の殺害原因が「何か行われている」ものによるとすると、村田も犯人の男も「何か」に巻き込まれたために死亡し、ウォーキングの男性の死はあくまでそれに付随した「不幸な」事故だった、と見れるかも知れない。
 「何か行われていること」と「失踪事件」の関連についてわかっていることは、村田の文からの月鉄山に関係がある、ということのみ。これ以上はわかんない。たぶん。あと考える部分は、その「何か」。コイツは村田が図書室に残した資料を使って思いっきりこじつければ、お話は作れてしまう。
確か「人体の限界地、リミットを解除して、身体能力抜群の人間兵器を作ろう!」みたいな研究だったか?はじめはばかばかしいと思ったけど、実はこれ、戦争とか兵器とか関係なく研究されていたとしたら、どうなんだろう。詳しいところまではわかんないけれど。
これと連続失踪事件を重ねてみる。当然失踪した後の状況がわかっているのは犯人の男だけ。その犯人は薬物のオーバードースで発狂+殺害&死亡。

・・・・、ちがう。いや、違わないけど、なにか思い出さなくちゃならない。犯人について、なにか他に情報があったはずなんだ。ソレがなきゃ、歯車がかみ合わない。

「・・・龍彦?」
「なんだっけなぁ。なんか、重要なような重要でないような、どうでもよさそうでどうでもよくないような・・・・。」
「龍彦。ねぇ。」
「思い出せねぇなぁ。って、まぁかなりの空想と妄想がはいってるけどなあ。」
「龍彦っ!」
「はいっ!!」
思わず座っていた座布団から10センチくらいケツが浮いた。吃驚して心臓が16ビートだよ・・・・。みれば秋草が、俺がよじ登ってきた窓から身を乗り出して、俺を見上げていた。
「・・・・なんだ、秋草か。ふぅ、吃驚した・・・・。嚇すなよ。」
「別に嚇してないよ。二回呼んだのになんかブツブツいって気づかないんだもの。」
「あれ、そうだったか。すまん。」気づかなかった・・・・。
取り敢えず屋上に上がってこようとしていた秋草に手を貸して引っ張り上げる。
「いいお月様だ。いい風・・・・でも上着着てきてよかった。もう、風が冷たくなってきている。」
屋根へは初めて来たのか、物珍しそうに周りを見回した後、今朝と同じ、俺に背を向けたまま、独り言のように話し出した。
「龍彦とお夜中まで喋ってた日の夢、いつもと違ったんだよね。今まではただ夢が勝手に流れていくだけなんだけど、今回の夢は、うん、勝手に流れてたってのはおんなじなんだけど、2パターンあったのよ。」
そこでようやくこっちを向いた。ちょうど月の光が逆光で、表情はよく見えない。
「一回目の夢がね、龍彦たちがよくわかんない場所にいって私はソレを見ているのよ。そしたら最初にサトルが、次に勝也が死んじゃったのが見えた。私は、ただソレを見ているだけ。サトルの後ろに誰かの影が近づいても、見ているだけ。勝也が何かの棒に刺し貫かれても、見ているしかない、そんないやな夢だった。最後に残った龍彦が二人を殺した奴らに連れられて、最後に出てきた人に注射打たれた後、なんかすごい力でそこにいる人皆殺しにして、結局死ぬ。私はソレも見ているだけしかできない。止めることができない。そんな最悪な夢だったのよ。」
秋草の口から、死ぬとか殺すとか、そんな物騒な言葉がすらすら出てきたことに、俺は正直恐ろしさを感じていた。しかも、その夢の通りだと、俺は、死ぬ。
一旦間をおいて、今度は月のほう、すなわち俺に対して横を向きながらまた、話し出す。
「そんなのは、いやだって、叫んでも、状況は変わらなかった。いつもはそこで終わりなのだけど、今回は続きがあったのよ。そこからテープの巻き戻しみたいにして映像が逆行して、龍彦たちがもし出かけなかったとき、の映像がながれて、そこで私ともう一人女の子が、逆にその変なところにいたの。」
ソレが何を意味しているのか、すぐにはわからなかったけれど、朝に言われた言葉をもう一度言われて、どきりとした。
「龍彦はさ、もし私がマズイことになったら、一応助けてくれるのかな?」
「助けるさ。」朝の繰り返し。
「でもさ、私が危なくなる前に、龍彦が危なくなるようなことになったら、意味無いよね。」
その質問に、俺はすぐに答えることができない。
もし秋草がみた夢が、本当になるんだったら、このまま俺が月鉄山に肝試しなんぞに行ったら、死ぬことになる。そうしたら、死体になったら、秋草がどういう状況になっても、助けられない。
「その夢、現実になりそうなのか?」
「・・・わからない。でも勝也が赤点取ったときとか、利絵子さんが彼氏にフられたときよりずっと確信があるとおもう。このまま龍彦が、月鉄山にいったら、ただではすまないよ。絶対。」
そして勢いよく俺の方に体を向けて、秋草が怒鳴った。
「行っちゃ、だめだからね。絶対。怪我する、死ぬ。嫌だからねそんなのは!」
月の逆光でよく見えないが、声はかすかに鼻にかかったような感じになっている・・・・泣いてる?
「そもそもなんで龍彦が村田のことなんて調べてるのさ!もう死んじゃったんだから、ほおって置けば良いじゃない!勝也たちは肝試しなんていっているけど、あんたは村田のことを調べに行く気でいるんでしょ!?結局の原因はアイツ。アイツが龍彦と泡会わなかったら、こんなことにはなんなかった!」
「いいから。わかったから。落ち着け秋草。俺は行かないよ。」
「ううん、ぜんぜんわかってない。たかが夢ってバカにしてるかもしれないけど、きっと龍彦は死ぬわ。いま行かないって言ったのも、取り敢えず私を落ち着かせようとして言ってみただけでしょ。目をみたら、龍彦のことなら大体わかるんだから。バカにしないでよ。」
見抜かれていた。いい加減に発言したことを、激しく後悔した。
するといきなり胸倉を掴んでオレを睨みつけ、俺の胸に額を押し付けてきた。ほとんど頭突きのような勢いで。
そして放った一言に、俺は粉砕されることになる。
「かってにこっちが想っているだけだけど、あんたを好きになった女を踏みにじってまで行きたいところなの?」
すきになったって・・・・・?
「えぇそうよ。私は龍彦のことが好きよ。あんたは気づかないで、誰か他の可愛い女の子のことが好きかも知れないけど。」
頭にカァッと、一気に血が上ってくるのがわかった。誰か他の女の子を好きだって?冗談じゃないぜ!俺は恥ずかしさをかなぐり捨てて、言葉を、いままで温めていた、きっと言うことはないと思っていた言葉を、出した。
「馬鹿言うな。お前こそ俺が惚れてるのに、気づいてなかったじゃないか。今の俺は、秋草以外の女には興味がねぇよ。」
ピタリと、時間が止まったような、風が止んだような、気がした。

「うそ、でしょ。」
「うそ、なもんか。」

半泣きで、至近距離から俺を見上げた秋草に、理性の歯止めが1+1を計算するより簡単に外れるのは、光が一メートル進むのよりも早いくらい、時間の問題だった。
俺の胸倉を掴んだままの彼女の背中に腕をまわして、思いっきり抱きしめる。ぎゅぅっと、そのまま彫像になっても構わないくらいに。・・・・どれほど秋草をこんな風に抱きしめてみたかったか!
「惚れた女に、そこまで言われてどこかに遊びに行くほど、俺は冷たい人間じゃないさ。月鉄山、D7YFOには行かないよ。その代わり、何に置いても秋草のことを優先する。絶対。」
抱きしめながら、言葉に出した。
「・・・あは。よかった。」
秋草独特の笑い方で、その笑いでリミッターが完全に吹っ飛んでしまう。

一旦体を離して、顔を近づける。くちづけ、っていうのを、する。

予想外に秋草のほうからも、目を閉じて、顔を接近させてきた。
更に近づく秋草の綺麗な顔。
一線を越える覚悟は出来ている。
プツン、と音をたててオレの何かが切れた。
秋草の肩を抱いていた両腕のうち右手を彼女の頭にまわす。左手でその体を引き寄せる。
「え?」とびっくりして秋草がめを開けたがお構いなく俺の方から唇を寄せる。
唇が、触れた。
「――ん!」
秋草はいきなり強引になった俺に驚いて一瞬体を離そうとしたが、すぐに抵抗をやめてオレに身を任せて目を閉じた。
そのまましばらく、息の続くまでただ唇を触れさせあう。
「・・・っぷは。はぁはぁ。」
可愛い息をついて秋草が潤んだ目でオレを見る。
今度は彼女のほうからキスをしてきた。
さっきとは違い、舌でお互いの感触を確かめあい、唾液が交換される。

どうにかなってしまいそうだ。

もうどうにかなってしまっているのかもしれない。

実際、もう、その感触でどうにかなてしまって、このまま誰かに殺されてもぜんぜん構わないと、本当に思ってしまっていた・

コトが終わってから一瞬恥ずかしそうに顔を伏せた後、まだ潤んだ目でニッコリ笑ったその笑顔は即死モノで、そんな俺の火照った頬に秋の風が気持ちよく当たっていた。
あぁほんとに、秋草撫子が好きで仕方が無い。
そのまましばらく、俺たちは屋根の上でなんにも喋らず座っていることにした。
「私が龍彦に「惚れてる」具合。73・9くらい。」
「じゃあ俺が秋草に「惚れてる」具合。75.4あたり。」
月が、とっても綺麗だ。
「「最高値は50で。」」


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