-小麦粉記-

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第五段階


 現在朝の四時半。俺の隣で寝息を立てている秋草を覗き込んで、ぼやいた。
あの後いい加減なかに入らないと風邪を引きそうだったので窓から戻り、どっちからともなく俺の部屋に二人ではいって、そのまんま寝てしまった。
・・・いや別にやましいことはしてないんだ。やましいことはしていないけど、この状況はさすがにヤバイ。やばすぎる。見つかったら言い訳の仕様が無い。
「おい、秋草、秋草!起きろ、起きてくれ見つかる前に!」
ゆさゆさと体をゆすって無理やり起こす。コイツは寝起きは良い方だったから、寝ぼけてへまをすることも無いと思う。
「・・・今の状況、わかる?」と、取り敢えず確認した。
「・・・・・・・・、私が寝ている間に変なことしてないでしょうね。」
「してねぇよ!」・・・・あ、胸くらい揉んでおけばよかった。
「えーと、いま成すべきは、見つかんないように私の部屋に戻る。何事も無かったかのように食堂にいく。さも今日はじめて顔を合わせたかのように「おはよう」と声をかける。これでよし。利絵子さんに見つかったら何を言われたかわかったもんじゃないし。」
「おっけーだな。取り敢えず今はばれないことが重要だ。今はな。それじゃ、また二時間後。」
「うん。じゃあ二時間後に。」
・・・・・どうやらうまく行ったようだ。時間が早かったのが幸いしたな。

 うまくいったはずだった。二時間後に食堂で挨拶を交わして、何事も無かったかのようにご飯を食べるはずだったのに。利絵子さんはそんな俺の期待を、迫撃砲で見事にぶっ壊してくれた。
「龍彦、あんたもなかなか隅に置けないじゃないの。昨日の夜は、どうだったのよ。「今の俺は、秋草以外の女に興味がねぇよ」だって!キャーあんたも言うわねー!」
持っていた箸立てを盛大にぶちまけ、テーブルの足に小指をぶつけた。
「・・・・!って!何で知ってんだよ!誰もみてねぇはずだ!・・・・秋草が話したのか・・・・・?いやありえねぇ。絶対ありえねぇ!っていうか実はばれてたのか!」
よく考えればあれは屋根の上だ。秋草なんかは結構大きな声で怒鳴っていたから、当然下で寝ているみんなに聞こえても不思議は無い・・・・・・。と、いうことは
「もしかして他の寮生と結託して秋草を拉致ったのか?それで無理やり聞きだしたな?」
それ以外に考えられねぇ。きっと昨日のやり取りは全部筒抜けだ。二人で俺の部屋に入ったところもきっと見られているはずだ。それで俺の部屋から出てきた秋草を待ち伏せして、さしずめ「ジュース」などと抜かしてチューハイを無理やり飲ませたんだろう。あいつが酒に弱いのを知って。
「さーぁ?でもその反応を見る限りホントなのねぇ。あんときの秋草はもう見ちゃ入られないくらいに身悶えて話してくれたから恋に溺れる乙女の空想も若干はいってるかなぁと思ったんだけどさ。いやぁ、聞く龍彦?あんたの部屋から出てきたところをみんなで取り押さえて、「ジュースよ」って言ってチューハイ飲ませたら三秒で陥落。あんたのこと聞いたら
「□□□□□□」
って、もう信られる!?あの秋草があんたごときとキスしただけでふにゃふにゃのめろめろの、ぐしょぐしょの濡れ濡れよ?」
「いや待て!それは酒を飲ませて酔わせたからだしというか「□□□□□□」って伏せ字にすんなよ!さらに最後のは違うだろ!?何してんだよあんたら!」
「冗談よぅ!でもねアノ娘、感じやすい質よ。そして真性のMね。こんどやるときは軽く虐めてあげると悦ぶわぁああうぐぐぐぐぐぬ」
いつの間にか起き出していた秋草が、酔いと憤怒の交じった凄い形相で利絵子さんにスリーパーホールドをかけていた。

その後の騒ぎはとんでもないものだった。
利絵子さんが「あーもしもし?教頭先生?えっとウチの寮生全員腹下しまして、えぇそうです。全員超特急下り電車みたいなかんじで。信じられるか?じゃあかなり詳しく説明しましょうか?□□が□□□□で□□□な感じで□□□・・・・わかったからもうやめろ?はい、ということで全員休みです。」
がっちゃん。
と学校に連絡を入れて無理やり休み。総勢十名の寮生全員がおなかを壊したことにしていた。絶対ばれてる。
飯を作っているのは利絵子さん、あなたなんだから責任はあんたでしょ?ホントの話なら。
更に受話器をとった利絵子さんが電話したのは行きつけの酒屋さん。大量のビール、チューハイ及びおつまみを注文&配達依頼。
料理は本当は利絵子さんのはずなのだけど、「今日は飲む方専門―!」などとぬかして、料理が得意な山本紗代がキッチンを任されていた。というかいつもの食事も佳代ちゃんが半分以上やっているらしい。
「腕によりをかけて作るからー!ちゃんと食べてねー!はい勝也君。好きでしょこれ。」
「おっ、サンキュー紗代ちゃん。よく知ってんじゃん俺の好み。」
「えへへ、そりゃぁまぁねー。みんなー!・・・粗末にしたらわさびチューブ一本飲ますから。」との事。可愛い笑顔なのに、最後の一言は凄みがあった。本当に飲ませたことがあるらしい。さすがエプロンに「山葵(わさび)」と書かれているだけある。
そんなときに朝にも「ジュース」と偽って酒をのまされ、宴会の前から気持ち悪い状態の秋草が
「・・・私も料理のほうに行くわ」
と立ち上がった瞬間周りの連中に引き摺り下ろされた。
「あんたと龍彦が主役なのよ!」・・・名目上はな。本質はソレを口実にしたただの宴会だ。

二十分後には、寮母が乾杯の音頭をとる異常な酒宴が催されていた。
「えー、今回ようやくこの二人がくっついたということで!かんぱーい!」
いったいどうやったらそんなに短時間で作れるのかと感嘆するしかない豪華な料理に手を合わせていただく。
「おう、むちゃくちゃ旨いじゃないか。」
「・・・・これはいけるぜ。」
「うーん!やっぱり佳代ちゃんの料理はぴか一よねー。何で料理学校いかなかったの?」
などと賞賛の声が次々と上がる。
「まぁ、私も時間をかければこのくらいの味は出るけど、こんな速さで作るのは無理だわ。」
と隣の秋草が呟いた。
えーっと、なにやら気まずいようななんというか嬉しいむず痒さというか。
「ねぇ龍彦。」
ドキッとする。
「な、なに?」
「・・・・お弁当作ってあげようか。明日から。あんたいっつも学食でしょ?だめ?」
マジですか。お弁当君の衝撃。
「・・・・お前の弁当食って死ねたら本望だ。」
「そう。じゃあ作ったげる。でもって、これは別にいやならいいんだけど、たまには二人で食べてみない?」
秋草の顔が紅い。
俺だって紅いはずだ
「まぁ、そうだな。いちおう、こ、こいびと同士なんだし?」
「そ、そうね。こ、こいびとだもんね。」
お互い声がひっくり返っていた。
「ういういしーわねー!まったく腹立つくらいー!!」利絵子さん・・・。

朝の九時に始まった宴会も既に二時間が経ち、みんな小休止状態になって、ここの寮の半数以上が女子なのにソファやイス、はたまた床の上で寝ている奴もいた。なかなか目のやりどころに困る。そんな中で、利絵子さん他三名の女子に無理やり飲まされた缶チューハイと、俺と乾杯するために無理に飲んだビール一口で相当早めに完全に酔ってしまった秋草を部屋まで運んでやらなければならなくて、

俗に言うお姫様抱っこというやつは、なかなか柔らかくて首に腕を回されて、柔らかくて、至近距離で酔った目で見つめられて、全くどうにかなりそうだった

秋草を部屋の布団に寝かせて戻ってきたら、案の定、酔っ払いに絡まれた
「あっれぇー?送り狼になんなかったんだぁ。甲斐性なしー。」こっちも完全に目がトロンとなって、いやな感じに赤くなっている。
「いや、さすがに寮の中で送り狼は無いでしょ、利絵子さん。」
「でもさぁ、なんで今頃なわけぇ?もう二年近く一緒に過ごしているのになんでもっと早くこうなんなかったのよ」
「・・・あー、二年近くもいい友達な関係でいると、逆に恋愛感情を表に出すのがそれこそいまさら、って感じで。」
「もー、あんた気を遣いすぎ。っていうかいっつも思ってたんだけど、あんたってお人よしというか甲斐性なしっていうか。まぁそこがいいところだってこの娘たちは言ってるけどね。」とソファやイスで好き勝手に寝ている女子連中を指した。
「この寮って、女子が十人に対して男があんたら三人と一年生の二人だけじゃない。自動的にあんたたちの評価って決まってくるのよねー。」
「・・・どんな風に?」
そこでビールをぐいっと飲み干して、話を続ける。
「まずサトルがねぇ、「なんか彼氏だったら安心できそう。」だって。まぁ最終的に安定を求めた理想的な男子ってところ。落ち着いてるしさ。で、勝也が「ちょっと軽そう。でも仲良くなったら楽しそう。」って、そのまんまだわ。紗代ちゃんがアイツにぶっちゃけ惚れちゃってるから誰も付き合いたいなんて考えてないみたいだけど。」
一番気になる俺の評価を聞いてみた。
「そうそう、あんたが「何気に頼れる。なんにも言わなくても守ってくれそう。」だってさぁ。まぁ私に言わせればろくに告白もできなかったようなチキンだけどね。」
そういってお酒が回ったのかそのまま眠ってしまった。

 いつの間にか俺も眠ってしまっていて、気がついたら三時を回っている。起きた瞬間アイスピックで脳味噌を滅多刺しにされるような痛みと、ひどい吐き気で死にそうな気分を味わい、気を晴らすために屋上に出ることにした。
「・・・・・ぉえ、頭いてぇ・・・・・。」
「・・・・俺もだ。サトルにビールを「ろうと」で注ぎ込んだところまでは覚えているんだが・・・・。」
「僕、そんなことされたの・・・・?まずいな、ぜんぜん覚えてない・・・・。」
先客が二名ほど転がっていた。
「そろそろ女子連中を起こしに行ったほうがよくないか?」と、一応聞いてみる。
「あんな危険な格好で寝てるんだぞ?起こしに行って誤解されたら殺される。・・・・むしろ襲ってしまうか?」と、勝也。
「勝也、それは、よくない、ね。喋ったら僕ちょっと吐きそう。」とサトルが口元を押さえる。
「あー、くそ。記憶がねぇ。何かをしたような気はするんだが、何をしたか全然覚えてねぇ。」
「・・・みんな同じようなものだと思うよ。」

寮内に戻ると、女子連中は起きだしていて、今度は熱燗をやっていた。
「もうビールは胃に障るからね。あんたらもぐぃーっと逝きなさいよ。」
と利絵子が差し出してきた柔らかそうな日本酒をぐぃーっと流し込む。
「うん、いける。おいしい。・・・・って、また飲んでんのかよ。」というかビールはいに障るのに日本酒はいいんだ。

変に酔った感じの山本佳代・・・もう包丁をお猪口に持ち替えているらしい。確かに部屋の布団に寝かしつけたはずだったけど、起きだしたところをまた飲まされたのだろうか。女子連中にまじって熱燗をやり始めた勝也とサトルを残して、キッチンに向かって水を求めるように手を伸ばして倒れこんでいる秋草を起こす。
「おい、秋草。おーい、あーきーくーさー。おきなよ。外で酔い醒ますぞ。」
「・・・うー、あ、うん。」
むっくりと起きた秋草は、酔いのずつうに顔をしかめてふらついている。階段のぼるのが危なっかしい。
「ちょっと待ってろ、そと寒いから、えーっと、俺の上着持っていてやるから。」
廊下を走って出来るだけ洗い立ての上着を取ってきた後、屋根に通じる窓を開けて外に出た。
ちょうど日が傾き始めて、空が紫色に染まり始めている。
最初に言葉を発したのは、まぁ秋草だった。
「そういえばさ、村田のことはどうなったの?いや、別に問題をほじくりかえそうってわけじゃないんだけど、どうせ結構考えてたんでしょ?」
「まぁ、一応考えはまとまっているといえばまとまっている。だけどどうも足りないんだよな。そもそもその考えだって俺の想像がかなり入ってる感があるし。」
「どうせ推理だってそんなものだよワトソン君。」
「お前がシャーロックかよ。」
「・・・ホームズといわずにシャーロックというところにあんたのひねくれ度合いがでてる。ひねくれ度合い、7・6」
「うーわ微妙!なんだその7・6って。」
「付け加えると最高値20だから。」
「さらに微妙さが上がったぜ・・・・!というか「親しい間柄だと面白おかしくひねりますが、ちょっと外に出たら素直ないい人です」みたいな情けなさが漂ってる。」
「あれ、ちゃんと気づいてるんだ。」
「お前の俺認識ってそんな小さい人間だったんだ・・・・・!ショック。」
「大丈夫大丈夫。半分冗談だから気にしないの。」
「半分本気なんだよなぁ。」

そんな馬鹿らしくも、俺にとっては大事な秋草との会話。こんなやり取りは、秋草以外にはできないものだ。クラスの連中からも「秋草と伊坂の「具合」漫才」なんていわれてるし。
「それで。話を戻すけど、どこら辺まで考えたわけ?」
そこで昨日秋草が来て思考を中断するまでにまとめた考えをかいつまんで話した。まぁかいつまんで、といっても大した推論じゃないけれど。(第四段落を参照)
「ふぅん。「偶然」で殺されたウォーキングの「不幸な」男性と、「必然」で殺された「当然」殺されてしまう道をたどった村田かぁ。で、薬物の大量摂取男と、失踪事件と、月鉄山D7YFOと、人体強化実験を壺に入れて振って開けてみたら、どんな形で出てくるか、っていう話なんだよね。」
「あぁ。なんとなく全体像はつかめるだろ?具体的にはいえないけど。」
「うーん。そうだね。あんまりにも短絡的といえば短絡的だし、なんか引っかかることがあるし。この一連の事件における失踪事件の役割とかがイマイチだし。」
「でも、まぁ例え本当のこと、村田が殺された本当の理由がわかったとしても、あいつの母さんにちょっと話すだけで、特にすることも無いからな。深く考えたところで、基本が不良中学出身の馬鹿頭にはわかんねぇよ。」
「そうね。もう事件は終わってるんだし。最近は失踪事件のほうもパッタリ息を潜めちゃってるみたいだし。後はもう、冬に向かって季節が進んでいくだけ、か。」

 そんなに話し込んでいたつもりはなかったけれど、いつの間にか日はすっかり山にかくれてしまって、青とも黒とも紫ともいえない太陽が沈んだ後の独特の色のカーテンが下りていた。
「ねぇ龍彦。」
「ん?」
「もう一回キスでもしてみる?」
その瞬間に頭の中でわだかまっていた事件へのもやもやは、すっきり解消されて、綺麗さっぱり秋草色に染められていった。
もうきっと、二度となければいいなどと無責任な一般論を思って。



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