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おちくぼのあかね姫 8
「あかねちゃんが友雅さんと恋人になるのは予感してたけど、本当になっちゃうとちょっとつらいな。でも、こうなったら、幸せになってほしいからね。これを渡せばいいの?」
「北の方に見つからないように、上手に渡してくださいよ。」
「まかせて! うまくやるよ。」
詩紋は、あかねの閉じこめられている物置へ行くと、大きな声で騒ぎはじめた。
「ボクのつくりたいお菓子の材料は、ここにしまってあるんだ! 出させてくれなきゃ、ボク、ご飯食べずに死んじゃうぞ! はやくはやくここをあけて!」
騒ぎを聞きつけて北の方がやってきた。
「ああ、母上、ここをあけて。どうしてもつくりたいお菓子があるんだ、食べたくて食べたくてたまらない、ここをあけて!」
「今は都合が悪くてあけられないんだよ、辛抱できないのかえ?」
「がまんなんかできないよ! 食べれなかったら、ぼく、ご飯食べないから! 死んじゃうよ!」
「……仕方ないわねえ……」
末っ子に甘い北の方は、鍵を持ってきてあけてやった。詩紋は急いで入って、材料をさがすふりをしながらこっそりあかねに文を手渡した。そして、米の粉や小豆の入った袋を両手いっぱいに抱えると、物置から出ていった。
「母上、ありがとう! 母上のお好きなおいしいお饅頭を作りますから、楽しみになさってくださいね。」
「もう、この子は変わっているのだから……」
二人が遠く離れた足音を聞いて、あかねはそっと、文をあけてみた。
「友雅さん……。」
必ず助けに行くよ、賀茂の祭りに。友雅の美しい筆跡が、涙で見えない。あかねは文を、懐深く大事にしまった。ほっかりと暖かだった。
「少将様の笛の袋をお縫い。」
鍵があいて、北の方が縫い物を持ってきた。できあがると、北の方は何も言わずに物置から出ようとした。
「お待ちください、私の元の部屋にあります箱を、あこきに持ってこさせていただけませんか。」
縫い物の褒美でもあって、北の方は機嫌良く藤姫に伝えてくれた。藤姫は櫛の箱を持って物置へやってきた。
「ご不自由でございましょう、でも、まもなくのご辛抱でございますよ。さあ、鷹通殿が北の方を引き留めてくださる間に、友雅殿にお返事を。」
書くものもないので、あかねは、友雅の文の余白に、針先で急いで返事を書いた。返事は、藤姫から鷹通を通じて友雅に届けられた。
北の方は、あかねの相手が右近の少将であることに気づいていた。
女房の情報網は伊達ではない。頼久が手紙を持っていたこと、それが決め手になった。主筋の姫に懸想するなど、忠義ものの頼久にはあり得ない。のぞいたときの男の絹は、かなりの身分のものがまとうものだ。右近の少将以外、考えられない……。
北の方は、あかねを、おちくぼの姫を幸せにしたくはなかった。不幸のどん底ではい回る姿を見たかった。どうすればいいか……。
「殿、四の君にもそろそろ婿の君を、と思いますけれど、あの、右近の少将様など、帝の御覚えもおよろしくて、女房どもが言いますにはご容姿も優れていらっしゃると。あの方が婿君になってくだされば、我が家の栄えでございますわねえ。」
かわいい四の君の婿に据えて、鏡の箱をとりあげたように、おちくぼからとりあげてしまおう。蔵人の少将とも仲がいいそうだ。仲良し同士で通うなら、この結婚を承諾するだろう。と、北の方は思ったのだ。
中納言の殿も喜んで承諾した。北の方の計画が動き始めた。
針先の手紙は、友雅の心の一番柔らかい部分に突き刺さるようだった。なんとつらいことだろう……。機を待たなければとはわかっている。友雅は、すぐにも助けに行きたい衝動をかろうじて抑えた。
頼久が来た。
「こちらの母が、少将様に縁談があると。中納言の四の君の婿がねに、と。」
「私には神子姫がいる。」
「そこです。」
今日の頼久はいつになく饒舌だった。
「藤姫様が、中納言の四の君は、蘭殿だ、と。詩紋もそういっていました。実は……」
頼久の後ろから、若い男が現れた。
「おい、友雅、てめえ、あかねに手ぇだしやがって、この野郎、ここから出る為じゃなきゃあぶん殴って半殺しにして鴨川につっこんでやるところだぞ!」
「天真殿か。」
「『天真殿か』じゃねえよ、おれ、ほんとにゆるせねえよ、オレがあかねを好きだったんだ、オレが守るって決めてたんだ、オレ……何だよ!」
頼久が天真の前にふと立ちふさがった。
「天真、今日は少将様に頼み事があってきたのだろう、その態度は何だ?」
「頼久、好きな女を取られたんだぜ? これが黙っていられるかって……ああ?? 友雅、何のまねだ?」
友雅は、天真に深々と頭を下げていた。
「神子姫のことはすまぬ。そなたの気持ちは知っていたが、私も、同じなのだよ。神子姫が私を選んだ。必ず守る。そのかわり、今日、そなたが私に頼みがあるというなら、何なりと聞こう。」
簡単に人に頭を下げる友雅ではない。天真にも友雅の気持ちの重さは伝わった。天真の目から、涙がこぼれた。
「……頼みっていうのはな、この縁談、受けてほしいんだ。」
「神子姫をあきらめろということか? それは……」
「聞いてくれるって言ったよな!って言いたいとこだけど、あかねがおまえを選んだんだろ? あかねがいいなら、オレはあきらめるしかないんだよ。これは、蘭のことだ。」
頼久が続きを引き取った。
「蘭殿は、鬼の一族に捕まって術をかけられたままで、まだ何も知らずにいるのです。天真は、少将様のかわりに中納言殿の屋敷に通って、妹御を救い出したいのです。」
天真は真剣な顔で友雅を見つめた。
「あかねがおまえを選んだなら、オレにはもう妹の蘭が一番大事なんだ。たった一人の妹なんだ。頼む、助けてくれ……!」
友雅は、天真の気持ちをくんだ。ひきうけよう。あかねを独り占めしてしまった、せめてもの罪滅ぼしに……。
そこへ、イノリが走ってきた。
「少将、いそげ! 今、中納言の屋敷は祭り見物で空っぽだ!」
八葉の一行は、藤姫に案内されてあかねの押し込められている物置に行った。
「こんなところで!」
友雅は、北の方が憎らしくなった。どこから見ても、あの北の方は、シリンだ。神子の力を、というより、アクラムへの執着から、あかねをこんな目に遭わせている。我々をこの世界に閉じこめているのも、シリンの仕業なのではないか。そう思えた。
警護の侍が誰何して来たのが面倒だと、イノリと天真が鳩尾にいっぱつ食らわせて気絶させた。友雅は頼久と物置の扉を打ち壊しにかかった。
暗い物置で、あかねは一人、想っていた。
すると、急に屋敷内が騒がしく争う音が聞こえ、物置の扉が何か重く堅いものでうち破られた。あかねは、扉の外に、懐かしい気配を感じた。
「友雅さん……! みんな……」
「神子姫! 苦労をさせて……」
頼久はそっとその場を離れて、藤姫を迎えに行った。
友雅はあかねを抱き上げて部屋から連れ出した。あかねは友雅の胸にそっと顔を埋めた。もう、安心。涙が止めどなくあふれ出た。
「すぐ、ここを出よう。こちらの私の屋敷へ……。」
「あなたとならどこでも行けるわ。友雅さん……待っていたわ。」
友雅はあかねを抱いたまま車に乗った。後から頼久につれられて藤姫が乗ってきた。
「永泉様からお借りした品物も全部持ってきましたわ。さあ、参りましょう。」
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