とりかへばや物語 その7



 あかねの君がいなくなったのですか!?
 なんということでしょう、まさか、世をはかなんで、ということは……。
 女房達のうわさ話はここまで届いております。右大臣の四の姫が、橘少将の姫君をお産みなされたとか。
 でも、それは、そういうこともあるでしょう。私の「妹」なのですから。
 そもそも、私たちの有り様そのものに、無理があったのです。東宮様をいとしくお思いするようになって、私はつくづくそう思いました。つまり私は男で、やれば何とかなるものなので、恥ずかしくて何もできないというのは、自信のなさへの言い訳だったのです。
 誰がさがしているのです? 頼久は? あかねの君と一緒にいなくなったのですか?
 では、きっと、変わらず警固しているのでしょう。消息がないのは、何か、事情があるのでしょう。それでは、余人には見つけられないでしょうね。
 ……私が、探しに出ることにいたしましょう。え? もちろん、男姿に戻りますとも。大丈夫、私がいなくなっても、今まで限られた者にしか対面していないのですから、その者たちが黙っていれば、私がいなくなったことなどわかりませんよ。
 東宮様には、病気になったと申し上げて、お暇を賜りましょう。実は、最近、食が細くなられて、ご気分が悪そうなのが、恐れながらつわりなのではないかとちょっと心配なのですが……。信頼できる女房に頼んでおきますから、こちらは何とかなりましょう。
 宇治の八の宮とおっしゃる方に、あかねの君は師事していたのだそうですね。師匠の元に、ひょっとすると消息しているかもしれない。優れたお人柄のお方だそうですから、私にも何か、お教えいただけることがあるような気がします。さっそく、出かけてみることにしましょう。



あかねの御方の語れる

 無事、生まれました。男の子でした。友雅さんそっくりの……。とてもかわいい。幸せだった。こんなに幸せでいいのかしら、女に戻ってよかったって、そのときは思えたの。
 過去形なのはね……。
 今、また、友雅さんはいないの。四の姫の出産が近いし、今までの心労で絶えいりそうだって、しきりに使いが来るから、私が産むのを待ちかねたように、京に帰ってしまった。
 私、本当に愛されているのかしら。ただ、珍しかっただけじゃないかしら。
 時々うなされることがある。友雅さんが私を捨てて、あたらしい恋人に、こんな女がいたよ、と、私のことを面白がってしゃべっているの。 私、喋りのネタにはなりたくない。思い出にされてしまうのもいやなの。 ずっと現実でいたいのに、でも、その現実は……。
 ああ、庭から頼久が心配そうにみている。こちらに来てから私がずっと沈みがちなので、ずっと見ていてくれるの。
「また頼久にしかられてしまったよ」
て、友雅さんがしょっちゅうおっしゃるから、きっと、留守の間の私の様子を伝えてくれているんだわ。臣下だから、と、いつも控えているけれど、本当に、心から、私を守って支えてくれているの。気持ちに応えるには、私が、元気を出さなきゃね……つらいけど。
 女房達が騒いでいるわ。
「お方様、今、失踪中の右大将様が、お庭の向こうで垣間見しておいででしたのよ!」
 何を言っているの、そんなはずないわ、だって、「右大将様」は、私なんだもの。ああ、これは、女房達には内緒のことだったわね。
「頼久が、お方様に申し上げることがあるそうですわ。」
 私は、簀の子に近い端まで出ていった。そのとき、庭の向こうの「右大将様」の横顔が目に入ったの。
 永泉の君? まさかそんな、あんなに恥ずかしがりだった人が……。
「永泉様です。姫様を捜しにいらっしゃったのです。」
 頼久が、ひそひそ声で私に言った。
 私は目を上げて、もう一度しっかり見ようとした。でも、そこには、もう、誰もいなかった。
「ご前に御達が大勢おいでなので、姫様の迷惑になっては、と、私に言伝されました。八の宮のお屋敷に滞在なさるそうです。」
 ああ、なんてこと、私のために、がんばってくれたのだわ。たった一人の私のお兄さま! あなたを頼って良いかしら、この迷いの淵から、お兄さまは救ってくださるのかしら?



永泉の君の語れる

 やはり、あかねは八の宮に消息していましたね。
 八の宮は占いもよくされるので、あかねの姫の現在を占ってくださって、
「あかね殿は身ごもっておられるようです。まもなく、身二つにおなりになる時期です。無事お産みなされたなら、きっと今一度便りをくださいましょうから、それまでこちらにご滞在なさい。」
と親切に言ってくださったので、八の宮を師として、今まで習わずにしまった学問などして、消息をまとうと思っていたのです。
 ところが、つれづれに散歩に出たとき、ばったりと頼久に会いました。頼久がいるということは、近くに姫が住んでいるということです。案内を頼むと、頼久は快く引き受けてくれました。
 道々、こちらでの姫の様子を聞きました。ややこしいことになっているのですね。あかねが苦しいのもわからないではありません。四の姫に同情すれば、自分があきらめなければならないかもしれない。が、自分の幸せをとれば、四の姫が不幸になります。どうすればいいのか、わからなくなってしまったでしょうね。
 あかねは、京に帰ればいいのです。宇治なんて、離れたところで待っているから、苦しくなるのです。京へ戻って、四の姫と同じ条件になって、友雅殿を競えばいい。こちらも若君を産んだのでしょう?  なら、一歩も退くことはありません。最後に選ぶのは、友雅殿なのですから。
さあ、あかね、どうしますか?



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