「薫」と「かおる」


かおるが指さす方向には「メールで女に化ける男たち」と書かれた中吊広告。
「へぇ~・・・私みたい」と薫が、思い出したように笑ってみせた。
二人は今、新宿で待ち合わせをして、渋谷へ向かう山手線の中である。
「覚えているか?俺達の出逢い」
そう言いながら、かおるは自分よりちょっぴり背の高いロングスカート姿の薫の手を握った。
毎日、トレーニングジムへ通ってはいるものの、筋肉はあまりついていない。薫から借りている男物のスーツはまだ似合わず、ひ弱な男性というイメージが残るが、小さい時、母に連れられて行った「宝塚」を見てから、男装の麗人に憧れた。
 結婚した今でも、その夢は捨てられず、夫に内緒で、時々ネットで知りあった「女装」好きな薫と、洋服を交換しあいながら、「男装」を楽しんでいる。
 彼女は、今35歳。中学生の頃から「男装」に憧れ、詰め襟の学生服が着たかったのに、女性というだけで「セーラー服」を着なければならなかったという思い出が、いっそう彼女の「男装」への憧れを強めたと言えそうである。
 一方、薫は、小さい頃から女性の服に憧れ、誰もいない留守を見計らっては、
母や三つ年上の姉のタンスから、下着や洋服を引き出しては身につけて、鏡に映しては、ウットリとしていた。
彼なりに、こんな気持ちになったのはいつからだろう?と思い出そうとするのだが、
ハッキリとしたきっかけが浮かんでこない。
気がついたときは、ピンクのフリルがついた小さなパンティと、お揃いのブラジャー、
そして、ツルツルしたスリップを身につけ、肩には4本の線が食い込んでいる姿を見ると、
それだけで、興奮して硬くなっていた。
たぶん、お風呂あがりに見つけた、母の下着から感じた甘ったるい匂いが、意識の中で
自然とイメージを膨らませ、私もこれをいつも身に付けていたい、という行動に走らせたと
自分なりに振り返っている。
彼は32歳。今では、下着からストッキング、スカートとブラウス、そして数センチであるがヒールをはいて堂々と街を歩くことが出来るようになった。
しかし、彼もこのことは妻には内緒で、週末、残業とか接待を理由に、男装好きな、かおると逢うことで、その夢を現実のものとしはじめた。

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