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COCOON DIARY
石川直宏★ARCHIVES
FC東京右サイドの要、石川直宏選手。通称ナオ♪
私が彼を応援し始めて3年目になります。彼に関する記事をアーカイブとしてまとめました。
その時その時の彼の本音が語られています。
彼を応援する人、FC東京を応援する人、これを読んで興味があったら、どうぞ探して読んでみてください…
プロフィール
石川直宏(いしかわなおひろ)
MF
1981年5月12日生まれ
神奈川県
175センチ/68キロ B型
抜群のスピードを誇り、独特なストライドのドリブルで、一人で局面を打開できるサイドアタッカー
ナオ応援ソング
DOWN BEAT STOMP収録
年譜
~2000年 横浜F・マリノスユース
2000年 横浜F・マリノスへ(リーグ2試合/0得点)
U-19 アジアユース準優勝
2001年 リーグ13試合/1得点
U-20 Wユース(予選リーグ敗退)
2002年 4月~FC東京にレンタル移籍(19/4)
U-21
2003年 8月FC東京に完全移籍(29/5)
Jリーグ優秀選手賞・フェアプレイ個人賞
U-22
A代表選出
2004年 ナビスコ杯優勝(リーグ17/0)
U-23 アテネ五輪(予選リーグ敗退)
疾風の如く右サイドを往く青赤の新しい切り札
石川直宏
FC東京マッチデープログラム
2002年9月
山本ジャパンの船出となる上海での中国戦でピッチを駆け回ったナオ。レンタルで東京に移籍してきてシーズンの半分を過ぎ、ファーストシーズンを振り返り、チームへのフィット感、セカンドステージ、さらには代表に向けてメッセージを寄せている。「FC東京の応援ってすごく迫力があるんです。誰かが交代して入ってくる時とかのサポーターの声を聴いていると、試合中でもほんとうに鳥肌が立つんですよ…」
J談 DUOで行こう 石川直宏×茂庭照幸
サッカーダイジェスト
2003年1月
同じ神奈川出身の二人が対談。2002年の4月にナオがFC東京にレンタルで移籍してきて、一緒にやることになった二人…。二人ともやっとスタメンとして定着してきたところで、使ってくれている原監督に感謝しつつ、小学校の頃からのエピソードを披露。二人の出会いは小学校高学年の頃、ナオは今のようにドリブルはキレキレだったらしい。モニは当時から体が大きく、DFなのに9をつけていたとナオが暴露。日本代表に選ばれたのはモニがU-18、ナオがU-19とモニのほうが先輩だと主張するナオ。二人の抱負は中心としてチームを盛り上げ、タイトルを取ること、U-22に選ばれて五輪予選のメンバーになり、ゆくゆくは五輪代表になりたい、そして、一緒に2006年、2010年、とつなげていきたい、と結んでいる。「ふたりで同じピッチに立ちたいね。たとえロスタイムの時間稼ぎだったとしても…」(茂庭)
カルチャー大学 批評学部
SPA
2003年3月
マリノスユースからの「生え抜き」だったナオが、FC東京への移籍への気持ちの経緯を語る。「ユース時代の"リストラ"宣告を乗り越え、五輪代表世代の中心選手に」(サブタイトル)
戦うための移籍。
NUMBER 567号
2003年1月9日号
2002年4月にFC東京へのレンタル移籍を決意したナオ。後を追うようにヴェルディに出場機会を求めた田中隼磨。この二人の移籍への決意に迫る。2001年、マリノスでの出場機会を得て、試合に出始め、6月のU-20世界選手権ではチームは予選敗退したものの才能の片鱗を見せたナオは、帰国すると、なぜかマリノスでの出場機会はなくなってしまう。田中も出場停止をきっかけに出番を失い、迷走していく二人。監督がラザロニに交代しても出場の機会はめぐってこず、とうとう移籍という決断を迫られる。「試合に飢えてましたから」(ナオ)しかし二人は新天地でのチャンスをものにした。「シーズンが終わった時に、どちらのチームからも必要とされる選手に成長していたい…」(ナオ)と言っていたナオは充実のオフを迎え、さらにはもう先へと気持ちを切り替えて臨もうとしている…。
突破者・「左」を手にしてフル代表へ
サッカーダイジェスト
2003年12月
今季、チームの練習で、シュート練習に時間を費やしたナオ。縦への突破から横へと切り返してスピードに乗ったまま左足でフィニッシュ、という新しい形の精度をあげるべく練習している。12月にはついにフル代表でピッチに立ったナオ。チームでのタイトル、アテネ行きの切符、そしてフル代表の全てをつかむ勢いがナオにはある。
限界と可能性
サッカーダイジェスト
2004年1月
インタビュー。2003年は75点、と語るナオ。縦への突破から切り返して左足でのシュート、という新しい武器を手にして、バリエーションが増えた。印象に残っている試合は第2ステージのマリノス戦(4-1)、全得点に絡む活躍だった。また第2ステージの清水戦では、自身初の2ゴール。トライしたものがうまくいかなくて、原監督には「ナオはまじめすぎる。」といわれることも…。新しい年度に向け、チーム、五輪、フル代表と3足のわらじになることについて、「まずはチーム」と語ったナオ。「どんな状況でも自分を出し切る!」と自分でまとめた。 参考#「青少年からの人権メッセージパネル… 限界は自分が作ってしまうもの 可能性は無限に 広がっているのだから… 難しく考えなくたっていい 自分を信じて 自分のペースで」(ナオ)
ニッポン'04大予測 石川は10ゴール取る
サッカーマガジン
2004年1月
ナオの可能性をチャートで予測。今ちゃんの加入がナオの可能性をさらに大きく広げ、ゴールゲットの予想がさらに高まる、としている。
石川直宏が語るアテネ世代の軌跡。
NUMBER 596号
2004年2月19日号
U-19代表に選ばれてからずっと中心にいるナオが、この世代の歩みを振り返る。2001年の世界ユースでは、予選で敗退したが、皮肉にも敗退が決まった後のチェコ戦は力が抜けて3-0と快勝し、このチームの可能性は感じさせた。しかし安定感はなく、ナオも含め、波が激しかった。そのチームに変化が出てきたのは2002年の韓国・釜山でのアジア大会。山本監督初采配の大会である。Jでの経験値が上がった選手が多く、準優勝まで勝ち上がっていった。しかし、このチームには「リーダー不在」という問題点があり、'03年には大きな変化はみられなかった。得点を増やすために必要なのは「プレーの精度」(ナオ)とまとめている。
田中&平山が駆ける!
右アウトサイド・石川直宏が語る田中と平山の「使い方」
サッカーマガジン 964号
2004年3月16日号
田中達也と平山相太をどう生かすか、ナオが語る。達也には足元に渡し、自分が相手を引きつけて、達也を飛び出させるスペースを作ることが大事、としている。また、平山には的が広いから出しやすい、とし、パスを出した後のフォローを早くしてあげたい、としている。「そのときに出ているメンバーの特徴を生かすことが、僕の仕事」(ナオ)
行こう、アテネへ!「いざ日本ラウンド。」
石川直宏 悩める7日間の後で
サッカーダイジェスト
2004年3月
年明けのA代表の合宿に参加し、五輪チームへの合流が遅れたナオ。溝は思ったより大きく、合流してすぐに、レギュラー組から外されてしまう。A代表とのプレースタイルの違いの中で悩みながら、日本ラウンドに向けて、もう一度自分を取り戻そうと懸命にトレーニングに励むナオの言葉をつないでいる。「彼がなぜ、重要な本番の舞台で、年明け初めての90分フル出場を経験するような事態に陥ったのか」(ライター・浅田真樹)苦悩は彼も周囲も感じていた。
アテネ見えた!
「右」から始まる。
サッカーマガジン 965号
2004年3月23日号
ナオが不在の間、右サイドでがんばった徳永。「守りの徳永、攻めの石川」という感じだが、UAEラウンドのレバノン戦では、右の前と後ろで二人で一緒にプレー。コンビネーションは抜群だったとナオは語る。日本ラウンドの厳しい戦いの中で、一つのカギはサイドの攻防。右から始まる「ホットライン」を楽しみにしよう、と結んでいる。
Special Talk 石川直宏×茂庭照幸
今年は大きな”お土産”を持ってきますよ
FC東京ファンブック2004
2004年3月
ナオの完全移籍の話、レアル戦の話、五輪代表の話、と、仲のいい二人の雰囲気を再現したインタビュー。2003年10月に代表にモニが呼ばれたとき、「モニと連絡がつかないので、「ナオからも電話してよ」って言われたんです。」とナオが裏話を暴露。アウェーのチュニジア戦でスタメンフル出場したモニは、「ヒデさんには「おい、モ、モ」って手招きされちゃって。「モしか覚えられてねえよ」って(笑)。」と振り返る。そして、話題は二人で買い物をしている時にモニがやたらと周囲の目を気にしている話や、ナオの応援歌の話にも…。アテネ五輪、そしてフル代表へと続く二人の夢、チームでも今年はタイトルを取ること、を目標に締めくくられている。
新しいブルーで競技場が活気づく
ストライカー
2004年4月
アテネに向けて新しく始動し始める今ちゃんとナオが、ユニフォームやスパイクについて語っている。番外編ではナオのオフのファッションとして、アディダスのデニムが取り上げられている。
つかの間の休息とアテネへの新たなる戦い
ストライカー
2004年4月
アテネ五輪の出場権を得た日本代表。最終予選の話や、これからの抱負を、今ちゃんとナオがインタビュー形式で語る。「オリンピック行きを決めたその日に、(お寿司を)おごってもらっちゃいました。」と語る今ちゃん。一方ナオは「自分の家でゆっくりした。洗濯物もいっぱいたまってたし、ほこりだらけなんだもん。」と…。UAEラウンドで体調を崩す選手たちの中で、元気だった今ちゃんの話や、プレッシャーで、昼寝をしても監督に怒られている夢を見ていた、というナオ。好対照な感じの二人は、「最後までメンバーに残れるように全力をつくす」(今野)と語っている。
デイリーレポート
石川直宏 チャレンジの日常
サッカーai 6月号
2004年5月
五輪最終予選で思うような活躍ができずにチームに帰ってきたナオ。そこにはいつもと変わらない日常がある。居残り練習、ファンへのサービス…。そうしたナオを見守るのは2001年のワールドユースで解説をしていてナオの才能を見出した原監督。「中央を突破できる選手はいても、サイドを破れるのはナオしかいない。」「今は全ての面で、更にもう1つレベルを上げていく時期。それはナオ自身が一番感じていることだし、葛藤しながらもチャレンジしている途中だと思う」と彼を評している。
アテネへの飛翔
23歳の地図
サッカーダイジェスト
2004年6月
23歳になったばかりのナオのインタビュー。チーム、A代表、五輪代表と、それぞれのチームで吸収したことを自分の中で還元するのに時間がかかってしまう、と自分を分析。切り替えが下手だ、とも…。「いいときもあれば悪いときもある。ただそうして(試行錯誤して)いかないと、どんどん先には進んでいけないと思うんです。」(ナオ)
アテネ2004
流れは「右」から
サッカーマガジン 972号
2004年5月11日号
アテネ五輪代表候補チームのギリシャ遠征、U-23ギリシャとの練習試合の戦術の分析、選手の得点。インターセプトからナオがロングボールを平山に当て、裏に出されたボールを達也が流し込んでゴール、というシーン等を分析。右から何度もチャンスが生まれた、としている。反省点としては、森崎のいた左が守りばかりになり、引き気味だったこと。「この日の日本の攻撃の流れは、間違いなく「右」から生まれた。」ナオの得点、6.5。「右サイドからたびたびチャンスメーク。いろいろな位置からクロスを送るなど工夫も見えた。」
attivaが選ぶ《旬男》
石川直宏
attiva
2004年7月号
女性誌attivaが独自の視点で選ぶ旬男。スポーツマンの部で選ばれている。「迷いながらも勇敢に前へ進む 不器用さが、人を魅きつける」というサブタイトルがつけられいている。 チームの広報が「頼みごとをしても必ず期日を守ってくれる、手がかからない選手です」というコメントをしているのがナオらしい。
「出たあ!」の幸せ
サッカーマガジン
2004年7月
JOMOオールスターサッカーの模様、MVPを獲ったナオのプレーをプレイバック。先制点、2点目をアシストしたシュート、いずれも左足で打っていることを評価。「最初からガンガン行けて、見ているサポーターも楽しんでくれたと思う。」
新潟を熱くした華麗な6ゴール
サッカーダイジェスト
2004年7月
JOMOオールスターサッカーのレポート。「石川に関してはケガの問題もあり、90分やれるかなという印象だったが、最初からいいプレーを見せてくれた。」(反町監督)「こういうところもアピールのひとつの場だと思っています。」とナオ。賞金の100万円は「貯金します」とにっこり。
U-23日本代表選手 直撃インタビュー
石川直宏
U-23サッカー五輪代表熱狂マガジン
週刊パーゴルフ別冊
2004年9月15日号
別冊
「このチームはアテネで負けたらその時点で終わりです。だから、一試合でも多く戦えるようにしたい。」アテネ五輪を直前に控え、 心境を語っている。自分がA代表に行っている間に闘莉王が入って今のチームのベースが出来たこと。自分が追いかけるような立場になったこと… アテネが終わったら、海外移籍の話も具体的でない今は、チームで勝利に貢献することが全てになるだろう、と語っている。
不器用なスペシャリスト
週刊サッカーダイジェスト別冊
2004年9月1日号
増刊
プレーのスタイルとは裏腹に、歩んできた道は平坦ではなかったナオ。マリノス時代のジレンマ。東京への移籍の中で、培われてきた右の スペシャリストとしてのナオが書かれ、「決して起用ではない。しかし失敗を繰り返しながらも前へと突き進む姿が、多くの人の 心を揺さぶりつづけてきた」と評している。
右サイドを突破していくために
ぜーんぶヤングジャパン
サッカーai増刊
2004年9月号
増刊
最大の武器である「縦への突破」を武器にアテネに臨むナオ。しかし、トルコ戦で負傷。傷を完全に癒すべく、リハビリにつとめながら、 ピッチに立つ日を、世界にはばたくチャンスを目の前にしている、としている。過去の記事のプレイバックも。
サイドアタッカーの苦悩
それでもサバイバルは続く
NUMBER 607号
2004年8月5日号
アジア最終予選のUAE戦でピッチに立たなかったナオ。「合流が遅れてみんなを追いかけている感じだった」と語る。 優等生な物言いの裏に隠された苛立ち。監督の言葉やチームコンセプトを自分のものにして吸収していく段階で、 どちらかというと不器用なナオは、そのためにプレーでも悪循環を起こしてしまいがちだが、 今は、壁にぶつかってもそれを一つづつ解決できる術と精神力を兼ね備えており、 アテネの18人の選考に向けても、自信を持って臨むだろう、としている。
「完全復活」は次のお楽しみ
ピッチに戻りたかった
サッカーマガジン 999号
2004年11月16日号
アテネの悔しさをJで晴らしたかったというナオ。ところが、9月に再び練習試合で膝を痛めて戦線離脱。 今、静かにナビスコの決勝を控え、ピッチでの完全復活を遂げようとしている。ナビスコ杯決勝プレビューの中のコラム。
表明
浦和を破ってこそ、真のチャンピオンだと思う
サッカーダイジェスト
2004年10月○日号
別冊付録ナビスコ杯決勝直前展望ガイドのインタビュー。 アテネで悔しい思いをして、帰国しても怪我をして、なかなかコンディションの上がらないナオ。 同じような立場の達也には負けたくない、と思いを語る。 攻撃と攻撃をぶつけ合って結果を残したい、スタンドも青赤で楽しみだ、としている。
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