第2章


十二の国の一つ、北西に位置する芳国。正確には芳極国といい、国に統べるのは峯王仲達と言った。峯麟に選定で選ばれた王だ。
法を重んじる王として、人々に「敬まれ」、恐れられていた。
恵州侯月渓が構える10万の兵で3百ものの護衛と壮烈な戦いを繰り広げついに峯王仲達を討ち取ったのである。
――それから、6年が過ぎようとしていた。
「廉祥――!」
長く伸びた髪を紐で縛った14歳くらいに見える少年が声をした方に顔を上げた。
漆黒の髪、浅黒く焼けた肌、褐色の瞳と整われた顔立ち。背はちょっと高めのようだ。
呼んだのは、運搬を仕事とする商人頭の儲計というがっしりとした体格の男だった。彼の後ろには、せっせと船に積荷を積む準備をしている下僕達の姿があった。
「何ですか?こっちの荷物ならもう船に積めましたよ」
「いや、淡伯がお前に手伝って欲しいって」
「あ、はい、わかりました・・。すぐ、行きます」
儲計の商船は芳から範、才へと廻る虚海廻りで、最終目的地は雁だった。それほど、大型船でもないのである。船は才の南にある港に寄港していた。
「儲計様、儲計様にお話があるという娘が来てるんですが・・」
「あぁ、客かぁ?」
儲計は廉祥から離れ、水夫の方へと駆け寄った。
「廉祥――!早くこっちに来て手伝ってくれないか~」
「淡泊」
廉祥がふと淡泊の方を見ると廉祥が積んだ積荷よりも大きい荷物を何とか運ぼうとしていた。廉祥はすぐ淡泊の方へ行き、荷物をしょいこもうとした。
ずしりと、重さが身体にのしかかってきた。
「・・・う」
「重いだろ」
「あ、ああ・・・」

荷物を全て運び終わり、儲計の商船は港を出て、虚海を東進し始めた。
儲計に雇われた水夫や下働きの者達は20分ほどの休憩がやっと許され、一先ず息をついた。僅かな間だが休めるせいか、皆、それぞれ親しい者と世間話をし始めた。
「・・・・」
廉祥は一人でゆっくり息をつきたいと溜め息しながら立ちあがり、そんな彼らからふらっと一人離れ、あまり人が居ない船端へと向かった。
「!」
外に出ると、真っ青な空が広がり、辺り一面の暗い海が廉祥の前に現れた。
「・・凄い」
・・芳から出た時も思ったけどやっぱり海を見ると何故だか知らないが心が和む。心が広々としてくる。
廉祥は手摺にそっと手を置いた。
―この漆黒の海からオレはこの世界に来たんだよな。
「・・・母さんや兄貴、元気にしてるかな・・」
廉祥はふと空を眺めて、8歳の時くらいに離れた蓬莱にいる家族の事を思い出した。廉祥がこちらに流れてきたのは、ほんの6年前だった。
廉祥の本名は、「八代祐岐」。母親に連れられ、客船での母親の友達とのパーティーの中、廉祥は海へと転落した。
落ちたそこが虚海だった。
いきなり迷い込んだ異国。右も左もわからないのに言葉さえも通じない。しかも、ほんの子供だった。
最初に廉祥を拾ったのは郷国の芳以外にも少しの影響力を持つ豪商に仕える下女だった。下女達と豪商に連れて行かれ、大きな町で数日そこに押し込められた。
その間、豪商はまだ何も理解できない廉祥に手を使ってお互いの思考の理解させるためにかなりの苦労しながら「言葉」の代わりを教えた。廉祥は、何とかそれを覚え、豪商に連れられ、少しの間一緒に旅をした。
いろんな町を訪ね、たくさんの人と会って、廉祥は幼いながらもここが自分が知っている世界とは何もかも違っていて、遠く離れた場所であることは理解した。
天を突く山、高い塀に囲まれた町、変わった風俗、変わった言葉、何もかもが廉祥の知っているものとは違っていて、そう理解するしかなかった。
何となく手の動作で感情の一部がわかるというもの、全部を全部わかってるわけでもなかった。家に帰りたいと当然のことながら泣いた。
でも、泣いたって皆が何を言ってるのかわからない。泣いたって、本当の意味で助かるわけでもない。
廉祥はそれを知るのに時間はかかったが、周りに言葉がわからない事で嘲笑される事が廉祥の心に深く突き刺さり、心を少しずつ変えていった。
無口になった。
豪商に「廉祥」と名付けられ、廉祥は芳極国の恵州坂県にある里に預けられた。
その里に長く滞在していた仙でもある元・長老の泰弓に一人してる所を掴まれ、何故か言葉を教わる事になった。
なぜか、気に入られたらしく熱心に教えられた。
――そして、現在まで至る・・・。
「そんなに身を乗り出していると、落ちるわよ」
廉祥はいつのまにか視線を空から海へと移し、覗き込むように身を乗り出して見ていた。廉祥が声のした方に振り向くと、15歳くらいに見える少女の姿があった。
「・・あ、ああ、ありがとう」
こんな女のこがこの船に乗っていただろうか。水夫も同僚の下働き達もオレを含めて、全員男のはずだ。
じゃあ、この女のこはきっと儲計の所に来た客なのだろう。
少女は廉祥に向かって微笑んだ。
「あなたも雁まで行くの?それとも、慶?」
「・・・多分、雁だと思う」
少女はあの時もこんな会話をあの子供としたなぁと懐かしい気分になった。
「あたし、鈴って言うの。あなたは?」
それを聞いた廉祥は僅かに表情を崩した。
「廉祥・・。―って、鈴?・・変わった名前だな。海客か?」
ええ、と鈴と名乗った少女は答えた。
「・・奇遇な事ってあるんだな・・こんな所で同じ海客に会えるなんて」
「同じって事は貴方も?」
「・・まあな」
そこで、廉祥は淡泊に声をかけられくるりと背を向けた。
「!待って、同じ海客って事は本名も当然あるんでしょう?貴方の名前は?」
「・・裕岐。八代祐岐」と、そう言い捨てて廉祥は振り向きもせずに去っていった。
・・何か、珍しく多めにしゃべったな。


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