第2章②


拓人達が起きた頃には、もう昼近かった。
昨日は疲れていたのか死んだように2人とも寝入っていたらしい。
老婆はそんな2人を笑顔で迎えて、拓人達に大根の欠片が入った塩で味付けした汁を作ってくれた。
「本当にありがとうございます・・」
と、拓人は茶碗を置いた後あらためて塵伶達に頭を下げた。
「いいんだよ・・、別に。あたし達も久しぶりにお客が来てくれて嬉しいんだから。それより、あの剣・・まさかとは思うけど冬器とかじゃないだろうね」
「冬器?」
冬器とは妖魔を狩るために特殊な呪を施した武器で、それは国府、冬官府でしか作る事が出来ないのである。そして、冬器商ー架戟はめったな客には冬器を売らないという。
老婆は拓人にそう説明した。
「・・でも、それはないよねえ・・。拓人、海客だし」
「?惷晶さん?」
老婆の名前は惷晶というらしい。
「ところで拓人達はこれから行く宛とかあるのかい?」
「・・いえ。惷晶さん、オレと似た格好をした同い年くらいの海客を知らないでしょうか」
「拓人と似た格好の?」
「はい。名前は八代彼方って言うんですけど」
「う~ん・・、いきなりそんな事言われてもねえ。海客なんてたくさんいるし・・まあ、海客がいるとすれば、慶か雁あたりだろうねぇ」
慶?雁?
拓人は何のことだかわからなかった。
昨日簡潔に聞かされたこの世界での単語にはなかった言葉だ。国の名前だという事は何となくわかったが。
昨日聞かされたのは、この「世界」は自分達が想像しているものより遥かに広大で、十二の国があって、自分達がいるのはそのうちの東の国、慶だという。
首都・尭天を治める王は金波宮という名の宮殿に台輔や大勢の家臣に住んでいるという。
拓人や姫乃はそれを聞いて時代錯誤のように感じられた。
・・まさか、科学が進み、いろんな文化が氾濫している現在に王制が残っているとは。まあ、拓人達の世界にも唯一王制の国はあるが・・。
「じゃ、じゃあ、コウリンって名前の女の人を知らないですか?多分、こちらの人だと思うんですけど」
拓人はとりあえず次の質問をする事にした。
「コウリン?その人も探しているのかい?」
「ええ、まあ。オレ、その人に連れられてこちらに来たもので・・」
「連れてきた?」
「はい」
「・・そりゃ、珍しい事だね。・・でも」
「でも?」
「そのコウリンってのは、普通の人間じゃないんだろうね。そんな事が出来るのは神様の仲間か仙人か妖魔くらいなもんだ」
拓人はキョトンと惷晶を見返した。
「何?どうしたの?」
「・・・ここって、神様や仙人がいるんだって」
「神様や仙人~?まっさか、漫画じゃあるまいし。嘘じゃないの?」
拓人は惷晶の方に顔を向きなおして、
「・・えっと、本当に神様や仙人なんかがいるんですか?妖魔がいるのは知ってるんですけど」
「いるね。私達には縁のない上の世界のことだけど。あ、上ってのは、空の上の事だよ。神も仙人も上で暮らす。めったに・・」
惷晶が言葉を続けようとした瞬間、ガタン、と隣で何かが落ちたような音が響いた。何だ、と思って拓人が見てみると姫乃が椅子から崩れ落ちていた。
「姉貴!?どうした?」
拓人が急いで姫乃を抱きかかえると、姫乃はぐったりとなっていて、目もうつろになっていた。
「・・わかんない。なんか、それのみ干したら急に眠気が・・・。眠い・・」
姫乃は眠そうに目をこすっていた。
「・・まさか」
睡眠薬・・?
拓人が改めて、恐る恐る惷晶を見てみると、惷晶は相変わらず微笑んでいたが、そこにはさっきまで感じていた温かみや優しさがなかった。
ただ、冷たく輝いていた。
「おや、利いてきたようだね」
「惷、・・惷晶さん・・?」
どうして、と聞こうと近づこうとした時、拓人の身体からも力が抜け、膝がガクッとなり、手足が震え初めていた。
どうやら、拓人も薬をしこまれたようだ。
「・・あ?」
そこへ、どやどやと体格のいい数人の男達が入ってきた。
「ほお、これが今度の売り出し物かぁ~」
「おい、この娘結構上玉みたいだぜ。これなら、いい値がつきそうだ」
男の一人が、姫乃の腕を掴んで、仲間達に姫乃の顔をさらした。
「・・ちょっ、馴れ馴れしく触らないでよ!!」
姫乃はじたばたと暴れたが、薬のせいか身体に力が入らない。
「・・へぇ、可愛いじゃん。オレ好みかも。惷晶さん、ちょっと触っていいかい」
「だめだよ、その子は。もしかしたら、役人とかに選ばれて一番いい値がつくかもしれないんだから」
拓人は目を見開いた。
―人身売買・・・!
男達と惷晶の会話を聞いて拓人はハッキリそう感じ取った。拓人の身体に衝撃が走った。
「・・・・っ」
逃げなきゃ・・!
拓人は震える手を押さえながら、周りを見渡して、隅においてある剣をとろうと身体を動かそうとした。
「おっと・・」
男の一人が拓人のその行動に気付き足で拓人の右手を強く踏んだ。
「・・って・・!」
「いけねえな、商品が勝手な行動を起こしちゃ・・」
「・・くっ」
「何だぁ、その目つきは~?生意気な目つきだな・・」
「!」
拓人が体格のいい男に胸ぐらを掴まれた。
「惷晶~、こいつにお仕置きしていいか?こーゆう奴には自分の立場ってモノをわからせないと」
「・・わからないようにやるんだよ」
「わかってるって・・!」
その男はいかにも楽しげに言った。

彼方はうっすらと目を開けた。
「・・・・」
ひんやりとする感覚に身体が襲われた。
「・・さむ・・」
畳一枚分の大きさの木製の寝台の上で寝かされていたらしく、起きあがると布が被されていた。ドアは鉄製の門構えがつけられ、見張りらしい青緑の鎧を着けた2人の男が立っていた。
床には瓦のようなタイルが敷き詰めてあり、壁はひびが入った土壁で、格子がはまっている小さな窓は随分と高い所にあった。
小さな机に木製の椅子、数えられるくらいの筆で書かれた文字が見える本達、そして今彼方が座っている寝台。
「・・ここは」
ここは何というか、まるで牢獄のような部屋だ。
彼方はぼんやりとした頭でそんな印象を受け取った。
「でも、何でオレがこんな所に・・?」
う・・・頭がズキズキする。
そうだ、魔物が現れてあの康麟とかいう変な女が別の魔物とその魔物を戦わせて・・、それで姫乃がいつものように突っかかったりして・・。
「あれ?」
彼方はそこでちょっとした違和感に気付いた。
あ、眼鏡はずしてる・・。
自分の周りを見てみると、その眼鏡の姿はなかった。どうやら、どこかでなくしたらしい。
「・・・・」
まあ、いいか。
ここはどこで、どういう場所なのか。自分はこれからどうなるのか。色々、聞きたいことはたくさんあったがそれをするのも何だか面倒だ。もう一回、寝てしまおう。
きっと、次起きた時には何かしらわかるはずだから。
彼方は再び寝台に自分の身体を横たわらせた。

ごつん、と何かが彼方の頭をこづいた。
「起きろ」
と、鎧の男に棍棒で頭をつつかれたようだ。鎧の男たちは彼方に険しい視線を向けていた。
「いてっ」
彼方がふと小さな窓を見ると、日が傾こうとしていた。
ドアがゆっくりと開き、「お目覚めですか」と冷ややかな声で3人の女官のうち一人が言った。彼方は昔見た中国の王宮を舞台にした映画に出てくる召使を思い出した。
彼方は寝台を降りて、鎧の男達に女官達の前に出るように指示された。
「あ、あの・・」
「遜由様がお呼びです。ついてきてください」
女官達は、事務的にそう言うとくるり、と彼方に背を向け鮮やかな色の装飾、赤く塗られた柱が見える廊下を歩み出した。
彼方はその場に残っていてもしょうがない為、鎧の男達をもう一度見ると女官の後に付いて行く事にした。
彼方が今、いる場所は巧州国淳州安陽県。淳州侯・宗叡が納める州の一つである。遜由とは、宗叡の下につく州侯の補佐や州6官を治める令夷の名で、ここは淳州侯・宗叡の居城なのである。
城内に通された彼方は、一つ門をくぐる度に一層華やかになる建物を呆然と見渡していた。
何が何だかわからないが、ここに住んでいる人達は相当偉い立場にいるようだ。
「・・・・」
何で、オレこんな所にいるんだろう。どう見てもどう考えても、オレはここにいるべき人間じゃない。それになんだろう、さっきから感じるこの視線は・・。道通る女の人がちらりと視線を送ってくる。・・この格好、そんなに珍しいのかな。
会釈して客に道を譲る官の誰もが、彼方を不審そうに見た。彼方は少し恥ずかしいくなり、頭を下げた。
磨きこまれた廊下を女官の後について少し遅れた彼方がついていこうとすると、高価そうな壷を磨いていた艶やかな黒髪の少女が油断していたのか、誤って壷を一つ割った。
「何をしておるか!!それは、先々代の王から貰いうけたものだぞ!」
恰幅のいい体格の男が少女に苛立ちの声を上げた。
「・・何だ、またお前か」
少女の顔を見るやいなや、男は嫌味交じりな笑みを浮かべた。
少女はその笑みに気付くと身を震えさせていた。
「?」
この城に務める下女を監督する老婆が慌ててその少女の元に行き、乱暴に少女の頭を掴んで平伏させた。
「す、すみません!!本当にすみません!私の監督不届きのせいで・・・ほら、桜凛も遜由様に謝って!!」
「は、はい・・・っ」
桜凛と呼ばれた少女はその後「お許し下さい」とか言いながら、怯えながら遜由に必死に謝っていた。
それを見ていた彼方は口を出そうか迷ったが、怯える動物をはいずるようにように見下げている男に、遜由という男に不服を感じたため、口出す事にした。
「――あの」
「おおっ、そなたが宗叡様よりお預かりになる事になった「客人」だな。さぁさぁ、どうぞこちらへ」
「え、あ、あの・・」
遜由が彼方の腕を引っ張って、じろりと桜凛を見た。
「桜凛、明日の番までに倉庫をよく掃除しておいておくれ。どうも、わしや宗叡様は綺麗好きでな。埃被った物難かは嫌いなのだ」
桜凛はおろおろと周囲を見渡したが、周囲の同僚達は顔を合わせてくれなかった。
「――はい」
彼方はその光景を見て、この女のこは本当にこいつの格好のいじめの標的で、しかも彼女の周りの人間は助けようともしない、いや、仕事上多分できないんだろうなと思った。それに、この不穏な雰囲気からすると、宗叡や遜由は相当自分の使用人なんかに恐怖の対象みたくなってるんだな、とも他人の視線から思った。
「・・・・」
彼方は、遜由の前に進み出て、桜凛に習って、平伏してみた。こんな男にこんな事をするのはかなり不服だったが。
「・・なっ」
遜由の表情が驚きに変わった。
「・・・た、頼みがあるのですがいいでしょうか?」



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