第3章②


軽やかな風が金波宮を吹き抜けて行った。
祥慧は、宮城の露台から書面を持ったまま空を眺めた。
「―昨日と全く同じね。久しぶりに雨でも降らないかしら」
祥慧はすっとその手すりに乗せた。
「それは良い考えだな。夏至に入って七日経つが、ずっと晴れだしな」
祥慧は手すりから手を離して振り返った。穏やかな笑みを浮かべた半獣の青年・楽俊がこの慶東国の麒麟・景麒と共にそこに立っていた。
「楽俊、台輔」
「久しぶりだな、祥慧」
「―王宮に今度仕える事になったんですって?楽俊」
「まあな。決ったばっかでどこに勤める事になるかはわからないけどな」
恥ずかしげに、鼻をかく楽俊の姿に祥慧はほほえましげに見た。
海客や半獣を毛嫌いしていた前の王が崩御して、6年あまり経ち、康麟が孵った現在にいたるまで少しずつ海客や半獣に対する差別意識は一見薄らいでいっているように見えるがまだ根底として巧の人々の中には根強くその意識が残っていた。
「それにまだ王が即位されていないし、いろいろ忙しいみたいだしな」
「・・・・」
「―楽俊、主上が逢わせたい人がいると・・」
景麒がすっと楽俊の前に進み出た。
「陽子が?」

「ご機嫌はいかがでしょうか」
陽子の身の回りの世話をする役目を持った玉葉という名の女がその枕辺に来て寝台でぐったりと横になって、仰向けになっている柔らかな金髪の女ー康麟に膝を折って優しく声をかけた。
「少し、だるいようです・・。あの、ここは一体・・」
「景王が治められる東の国、慶東国であります。あなたは、景王の善意によって景王がおられる金波宮に運ばれたんですよ」
「景王?慶東国?」
康麟は身を起こそうとしたが、血に酔っているせいか身体がぐらついた。傍にいた玉葉に慌てて抱きかかえられた。
「・・あ、すみません」
康麟は弱弱しくも穏やかな笑みを浮かべた。
「!・・もっ、勿体無いお言葉でございます!」
玉葉はそのまま深く一礼した。
「?私、何か変な事言ったかしら」
「いいえ、いいえ。そんな事は・・・っ」
そこへ、扉を開け、景王・陽子、蓬莱では中嶋陽子と呼ばれた16歳くらいの少女が赤い髪をなびかせ、景麒を後ろに連れ部屋の中へと入ってきた。
「―失礼。直にでもこちらに挨拶をしに来たかったんだけど以外に朝議が長引いてしまって・・」
「・・あなたが景王?」
「ああ」
康麟ははっとなった。
しまった、まだ寝着のままだ。
「すみません!!こんな格好で・・」
康麟は頬を赤らめ、慌てて布団を身にまとい、寝台へと後さずった。
「・・あ、いや、そのままでいいから」
「・・そ、そうですか?」
「ほら、楽俊、入って」
陽子が、景麒の後ろで震えている半獣に声をかけた。
「で、でも、よお・・陽子、オレみたいのが台輔と対面するなんて・・」
「楽俊なら、大丈夫だよ。ほら、入って」
陽子は軽く楽俊の肩をたたいて、康麟の前に進み出した。
「・・・・あの、その・・」
楽俊は緊張のあまり、汗が滝のように出ていた。
「―巧州国で下士を務めさせて事となった楽俊と申します!以後、・・いえ、出切ればお見知りおきを!!」
楽俊は、豪快に康麟に向って伏礼した。
「・・・あら、まぁ」
康麟は柔らかな笑みを浮かべ、楽俊に近づき、「顔を上げなさい」と言うと楽俊の頭を優しく撫で始めた。
「可愛い鼠の半獣さんね~、・・そう、楽俊と言うの。いい名前をもってるわね。誰から貰ったの?」
「・・父と母からです!」
「―そう、良い名前ね。大切にしなきゃね・・楽俊」
「――え」
「あら、いけない。初対面で失礼だったかしら」
「いえ、そんな事は・・・」
「そう、良かった」
陽子は、そんな康麟を見てふっと笑った。
陽子は、前の「こうりん」よりも今ここにいる康麟の方が親しみを感じられる事に気付いた。どこか、幼さを感じる所が感じられるだからだろうか。
「主上?」
「―私は、つくづく巧とは縁がありそうだな」
「・・はあ」
景麒はよくわかっていないようだった。

陽子は、景麒と楽俊に席を外してもらうと用意してあったティーセットみたいなものと茶菓子が置いてある机にかけてある椅子に康麟と一緒に腰をかけた。
「・・あの、景王」
「何です?」
「―有難うございます。・・貴方がここまで運んでくださったとか」
「!・・そ、それを言うなら、むしろ景麒に礼を言って欲しいな。山中で倒れていた貴方を金波宮まで運ぼうと言ったのも景麒だし」
陽子は少し照れた様子で、笑顔でそう言った。
「まあ、そうだったの」
―山中。
康麟の脳裏にふと葵の顔が思い浮かんだ。
「・・倒れていたのは、私だけだったんですか?私以外に、14、15くらいの少女が私の使令と一緒にいたはずなんですけど」
「いえ、貴方だけだったですけど」
「・・・そうですか。・・・どうしましょう」
康麟は途端におろおろし始めた。
「――失礼ですが、その人と貴方の関係は?なぜ、一緒に・・選定に入られたと聞いてはいるんですが」
「あ、すみません。うろたえてしまって。・・そうですね、実は私蓬莱を渡って、王を探しに行ったんです。王気がしたもので」
「!!―と言う事は、次の巧州国の王が・・っ」
「ええ、主上がいられたので天啓を受け私が選びました。・・と、言ってもその少女は王じゃありませんけど。少女は主上のご学友です」
「では、誰が?」
「・・・景王と同じ胎果の少年です。名を神山拓人と言います。―とても素敵なお方です。・・ああ、早く探しに行かないと・・!!どこでさまよっておられるのか・・。主上の大切なお友達とはぐれてしまうなんて・・」
康麟は、「・・ああ」と声を上げ、思わず抱え込んだ。
「――康麟さん・・・・!」
康麟はしばらくそのままでいたが、すくっと立ちあがった。
「・・康麟さん?」
「―景王、お世話になりました。心より感謝致します・・私、主上を探しに行きます・・・!」
「――・・え」
「身体も大丈夫ですし、・・これ以上、ここにいるわけにも行けませんから。―では」
康麟は陽子にニッコリ微笑むと、そのままその場を立ち去ろうとした。
「・・ちょ、ちょっと、待って・・!!」
「はい?」


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