第4章


拓人は医者にアキレス腱が切れていて、選手としては2度と走れないと言われた5日後、その事を顧問の石塚に真っ先に伝えた。
石塚はしばらく黙ったまま、何も言わなかったが、1時間後、ただ「・・・そうか」と言った。
「それでお前はどうするんだ?」
「・・わかりません。今はどう考えて良いのか」
「・・まあ、これはお前個人の問題だしな。急がなくて良いからゆっくり考えろ」
「はい・・」
「今日の所は、部活休んでも良いぞ」
「はい・・」

忘れた荷物を取りに山中の手を借りながら、痛む足をひきずりながら拓人は部室に向かった。
「あれ?拓人?お前、もう学校出てきて大丈夫なのか?」
成田がジャージ姿で、なぜかラケットを持ってマネージャーの橘あかねと一緒に拓人に歩み寄って来た。
「・・そうじゃないけど、石塚に一応ケガの報告を。もう、皆練習出てるのか?入るぞ」
「あ、待てよ」
「?何だよ、中になんかあるのか?」
「木村先輩の客が来てるんだよ。中に今入るのはちょっと・・」
「大丈夫、ちゃんと挨拶するよ」
拓人はニッコリと微笑んで答えた。
「いや、そうじゃなくてだな・・」
「じゃ、何だよ」
中から、木村先輩のその客の声が笑い声と一緒に入ってきた。
何か、盛り上っているようだ。
「何の話だろ」
盗み聞きしちゃおうかな・・♪
「お、おい、拓人・・」
拓人は部室の扉に自分の耳をあてた。
拓人の心に少し魔がさしたらしい。
「―それにしても、お前よくやったよな。あの神山の奴に勝つなんて」
「いやぁ、それ程でも・・」
・・この声って、確かあの大会に出てた隣の中学校のだよな。木村先輩の知り合いだったんだ、知らなかった。
「――優勝したんだ」
ちょっと、うらやましい・・。
「でも、やっぱり実力では神山君の方が勝ってますよ。多分、本気で戦ったら勝ったら僕なんか勝てませんよ」
「まあ、そうだな」
「そんなあっさり答えないで下さいよ~」
「あ、悪い悪い」
木村先輩の陽気な笑い声が部室の外まで聞こえてきた。
「―ま、オレのアドバイスのおかげでお前勝てたんだからいいじゃん」
――・・アドバイス?
拓人の心臓が妙にざわめきだした。
「それはそうですが・・」
「神山の奴、オレ達側からして正直言って生意気だったからな。お前がうまく神山に足ひっかけてくれて、本当によかったよ。神山がああなってくれたおかげで、部内もやっと落ちつくしな。お前もそう思うだろ?中井」
「中井先輩!?」
中井先輩とは、拓人が一番信頼している先輩の名だ。
・・先輩も中にいるのか?
「・・・オレは別にそんな事」
「格好つけるなよ。お前も神山の奴の事、正直いない方が良かった、うざいとかいってたじゃん」
「―それは・・、まあそう確かに言ったけど、でも、だからって・・」
「―中井先輩?」
拓人は手がガクガクと震えている事に気付いていなかった。
あまりの衝撃にその場に呆然と立ち尽くしていた。周りの友人達の声も入っていなかった。
「・・・・っ」
そんな風に思われてるなんて知らなかった・・普通に良い先輩後輩関係出来てたと思ってた・・。
そんな、そんな中井先輩まで、オレの事をけむたがってたなんて・・。何か、木村先輩達がした事よりもすげえショックだ。
・・・でも。
―いない方が良かった、生意気、うざい。
拓人はぎゅっと歯を食いしばると、何を思ったのか、豪快に扉を開いた。
その表情は怒りに満ちていた。
「「「神山!?」」」
木村先輩や中井先輩はギョッとした表情になった。

彼方は豪華な料理が並べられた夕餉の後、何気ない話を宗叡や媚嬰としていると扉が開いて、高価そうな衣服に身を包んだ媚嬰の取り巻きの少女達が進んで彼方達の前に進み出た。その席には、遜由の姿もあった。
「おお、いつもの躍りが始まるみたいですな」
「いつも?」
少女達は可憐な笑顔を彼方達に向けた後、持っていた布を広げ、軽やかな足取りで舞い始めた。その様子は一見描かれた美しい絵画のようで、彼方は幻想を見ているようでぼーっと見惚れていた。
「・・綺麗」
現実のものじゃないみたいだ・・。
それを聞いた媚嬰はムッとした表情になった。
そして、すくっと立ち上がると、少女達の間に入っていき、一緒に舞い始めた。彼方は、ハッとなり少女達の中に媚嬰がいることに気付いた。
「ははっ、媚嬰は本当に自分が1番じゃないと気がすまないんだな」
「・・・・」
何だろう、今感じた違和感みたいなのは・・。気のせいだろうか・・。
「宗叡さん、州侯ってここで1番偉いんですよね」
「ああ、そうだが」
「どこの州侯もこんな贅沢な暮らしをしてるんですか?」
「・・・まあ、大体、そうですね。巧の民は善意のある者ばかりですから、彼らのおかげで私達の生活も潤っている。あ、そこの君、次の酒持ってきてくれ」
「へえ、そうなんですか」
「とは言っても、私達州侯がお仕えする王はまだいらしゃらないので、たまに妖魔の類などに襲われますけどな」
妖魔とは、彼方をここに連れてきたあの生き物の事だろう。
ここにきて、ここが自分の知っている世界とは明らかに違い、住んでいた場所から遠く離れた異国である事は桜凛から聞いていたが、何とも妙な世界だと彼方は思った。
こっちの子供は母親のお腹の中からではなく、木から生まれるという。ここの文明は古代の中国そのもののようで、そうではないという。王は覇者の中から選ばれるのではなく、麒麟という動物によって選ばれ、その動物と一緒に国の政治を行うというから奇妙な話である。
―・・宗叡もその動物に仕えているのかと思うと、妙な気分にさせられる。
「・・・・」
・・・本当に何でだろう。この宗叡という人をうそくさいと感じてしまうのは・・・。気分悪い感じもまったく抜けないし。
ちょっと、この建物の外にでも出てみて、気分転換しようかな・・。
「――そうしてみるか」
「?今、何か言いましたかな」
「あ、いいえ・・」

皆が寝静まった頃、彼方はゆっくりと目を開けて、見張りから鍵を盗み出し灯りをともして、真の闇が広がる広大な城内をぶらぶらと歩いていた。
「うわ~・・、本当に真の闇だな。ロウソクの光が無かったらこんな暗いところ歩けないな」
とくにあてもないので、曲がった所があればその角を通って、右へ左へと歩いていた。
「CDやテレビ、本でもあればな~・・。こーゆう時に暇つぶしが出来るのに」
こんな所で、ぼやきを言ってもしょうがないけど・・。こんな時間の場合、大体、幽霊とかそれ以外の生き物とか対外はずしなく、そーゆうの、オレ見ちゃうんだよな。
「・・・やな能力だよな。ってか、なくなってほしい」
まあ、小さい頃からだから、慣れたけど・・。
彼方は溜め息をついた。
どこか、外へ通じる所に出れればいいんだけど・・。
「ん?」
その時、彼方の耳に以前聞いた獣の咆哮のような、泣き声のような声が最奥の方から聞こえた。
「・・・誰か、泣いてるのかな」
彼方の脳裏に、幼い頃別れた弟の泣き顔が思い浮かんだ。
――行ってみるか・・・。

扉をゆっくり開けると、そこには下へと通じる石造りの階段があった。
オオオオオオ・・・
「――・・ここにいるのか?」
彼方はそのまま階段を下り、地下道へと出た。
かび臭い空気がそこら中に臭気と一緒に漂っていた。
「カビくさ・・」
しばらく歩いて、ある部屋を通り過ぎようとした所、空気を欠き切るような叫び声が耳に飛び込んできた。
思わず身体をぴたりと止めると、その声も合わせたようにピタリと止まった。
「・・誰か、いるのか?」
彼方は勇気を出して埃まみれの古びた扉を開いて、中へ入った。
鎖の音が闇の中でひきちぎるように鳴り響いた。
誰かが逃げようともがいているのだろうか。
彼方は興味を持って、さらに近づいて見た。
彼方が入れられた牢よりは狭く、光が差し込む窓もなく、鉄格子が扉ほどあるだけだった。その中にいたのは、痩せた青年だった。
鉄格子の中から、彼方の姿を認めるとうずくまるのを止めて、格子をがっしりと掴んだ。
その薄汚れた顔には涙が浮かんでいた。
彼の両手両足には鎖が繋がれていた。髪はぼうぼうに伸びていて、服装も汚れていて、何歳かはわからなかった。
彼方は呆然とその青年を見た。
なぜ?なぜ、宗叡の所にこんな悲惨な姿の囚人がいるんだ!?
「お前・・、父上が捕えた海客だろ・・。私をここから出せ!」
「父上?誰の事だよ」
「・・・私の名は、怜晶。媚叡の兄弟だ」
「宗叡さんの・・?――その息子が何でこんな所に?」
「――父上は半獣を毛嫌いなさってるからな・・・いいから、出せ!そのかわりに、外へ逃げるの手伝ってやるから」
「でも、どうやって・・・」
「そこにある閂を動かしてみろ、中にいる私と力を合わせれば開くようになっている」
「わかった」
















© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: