第4章ー2


扉をゆっくり開けると、そこには下へと通じる石造りの階段があった。
オオオオオオ・・・
「――・・ここにいるのか?」
彼方はそのまま階段を下り、地下道へと出た。
かび臭い空気がそこら中に臭気と一緒に漂っていた。
「カビくさ・・」
しばらく歩いて、ある部屋を通り過ぎようとした所、空気を欠き切るような叫び声が耳に飛び込んできた。
思わず身体をぴたりと止めると、その声も合わせたようにピタリと止まった。
「・・誰か、いるのか?」
彼方は勇気を出して埃まみれの古びた扉を開いて、中へ入った。
鎖の音が闇の中でひきちぎるように鳴り響いた。
誰かが逃げようともがいているのだろうか。
彼方は興味を持って、さらに近づいて見た。
彼方が入れられた牢よりは狭く、光が差し込む窓もなく、鉄格子が扉ほどあるだけだった。その中にいたのは、痩せた青年だった。
鉄格子の中から、彼方の姿を認めるとうずくまるのを止めて、格子をがっしりと掴んだ。
その薄汚れた顔には涙が浮かんでいた。
彼の両手両足には鎖が繋がれていた。髪はぼうぼうに伸びていて、服装も汚れていて、何歳かはわからなかった。
彼方は呆然とその青年を見た。
なぜ?なぜ、宗叡の所にこんな悲惨な姿の囚人がいるんだ!?
「お前・・、父上が捕えた海客だろ・・。私をここから出せ!」
「父上?誰の事だよ」
「・・・私の名は、怜晶。媚叡の兄弟だ」
「宗叡さんの・・?――その息子が何でこんな所に?」
「――父上は半獣を毛嫌いなさってるからな・・・いいから、出せ!そのかわりに、外へ逃げるの手伝ってやるから」
「でも、どうやって・・・」
「そこにある閂を動かしてみろ、中にいる私と力を合わせれば開くようになっている」
「わかった」
「怜晶!・・彼方殿から離れろ!」
彼方が知っている宗叡の表情からは全く想像つかない、冷徹で、激昂した表情を宗叡は顔に満ちさせていた。
「・・宗叡さん?」
「半獣のお前がその御方に触れるとは身分違いにも程があるわ!さぁ、彼方殿、こちらへ」
宗叡は衛兵に彼方の身体の周りを囲ませた。
「あ、あの・・」
「父上、その少年は一体・・・」
「さっさと伏礼せぬか!・・この御方は、私が見つけた我が巧の新王なのだぞ!」
それを聞いた衛兵達は慌てた様子で彼方に向って、伏礼した。
「・・・え?」
新王?
「・・・嘘だな、その少年が王であるものか。本当の王なら、台輔がお傍にいるはずだ。―・・まさかとは思うけど、父上、主上に反旗でも翻す気か」
怜晶が微かに笑みを浮かべながらあぐらをかいた。
反旗、という言葉に彼方はドキッとなった。
「人の上にたつ・・、そんな器ではないだろうに」
「・・うるさい!お前にはそんな事を言う資格も位もないくせに!生意気な事を言うな!」
「王は天が決めるもの・・、父上はこの巧国を再び滅ぼす気か」
「まだ、言うか・・!」
宗叡はカッとなって、手を上げようとした。
「!」
彼方は慌ててその手を掴まえ、
「やめなよ、自分の子供に手を上げるなんてみっともない」と言った。
「――彼方殿、しかし」
「宗叡さん、・・お願いします」
「わかりました・・」
宗叡はスッと手を下ろし、肩を落とした。
「・・彼方殿、この国の前王は蓬莱から来た一人の胎果の娘によって狂われ、国は乱れ、そして、崩御しました。私は、この国に2度と蓬莱から来たもの、海客などにこの国を任せたくないのです」
宗叡は膝を折って、彼方を見上げた。
「―・・しかし、新しい台輔は蓬莱にいる胎果の子供に、15歳の子供に玉座に据え様としているのです。そんな事となったら、この国は間違いなく、また滅びの一途をたどるでしょう。・・ですから」
宗叡が彼方の腕を強く掴んだ。
「―・・お願いです、我らの計画に「王」として参加して下さないか?」
宗叡の瞳は真剣そのものだった。
「・・・・!」
彼方はぎゅっと手に汗を握った。
「・・・で、でも、オレも海客なんだけど。こっちの事全然知らないし」
「構いません。要は器となる外見と王としての威容さがあればいいんですから」
「・・・っ」
急に彼方は押し潰されそうな物凄いプレッシャーが身体全体にのっかってきたような感覚に襲われた。
「そこのお前、さっそく慶国にいる台輔に連絡できるよう、大至急あの方に取り次ぎしろ。新王が見つかったとな」
「!!・・ちょっ、ちょっとまだ参加するなんて・・・」

朝の空気に包まれた港には、早朝ながらたくさんの人々が賑わっていた。港には、様々な国を回る虚海廻りの船や商船、観光船などが止まっていた。微かに、その空気の中には海の潮の匂いが漂っていた。
「ふぅー・・、いい気持ち・・」
船から降りた鈴は思いっきり身体を伸ばして、空気を身体の中に吸い込んだ。
久しぶりの慶国ねぇー・・、陽子達今頃国務に追われてるのかしら・・。
そう思うと、鈴の顔に自然と笑顔がこぼれた。
「早く、帰らなきゃね」
鈴が後ろを振り向いて見ると、廉祥ー祐岐が仲間と荷物の確認などしていて、回りにいる船員達もせわしなく動いており、隣の客船には慶の乗客達がせっせと船の中へと乗っていた。
「せわしないわね~」
鈴が一息つきながら、そんなコメントしていると入り混じる人々の中から一人の少年ー拓人がきょろきょろしながら前を見ずに歩きながら、鈴の近くを通ろうとした時、偶然鈴と目があった。
「・・あ、あの、すみません。ちょっと、いいですか?」
「あっ、はい!何ですか?」
うわ、あたしより背が高い・・。同い年くらいの、いや、実際は違うけど、それくらいの男のこにこうやって見下ろされたのはじめてかも・・。
何か、照れるわ・・。
拓人の手には、丁寧な字で記された印がなぞらえてある朱旋があった。旅をする時に使う、仮の旅券である。
「・・巧、巧州国へ行きたいんですけど、どの船に乗れば良いか教えてくれません?」
鈴は耳を疑った。
王が倒れ、荒廃の道を歩み、妖魔がそこら中徘徊している痩せ衰えたという国に、飢えた国にこの少年は行きたいと言っているのだ。
しかも、一人きりでだ。
今の巧国に出入りするのは、ほとんど巧の猟師や僅かに残った巧の民くらいという数えられるくらいの人間だと聞き及んでいる。それ以外は、近くを通っても猟師や商人でも巧の港にはよりつこうとしないという。
だが、目の前にいる少年は無謀にもその国に行きたいと言っている。
見たところ、剣や軽い皮袋を持っているだけで、他の武器や騎獣は持っていないようだ。
「?あ、あの」
「・・貴方、本気で巧に行く気なの?」
じっと、鈴は拓人を見た。
「う、うん。そりゃ、もちろん。行かなきゃいけないし」
「―何しにいくつもりなの?言っとくけど、・・今の巧に行くなんて凄く危険よ」
鈴の瞳があまりにも真剣なので、拓人は後さずりしそうになった。
「ちょっと、人に会いに・・。その人の力借りて、人探ししなくちゃいけないんだ。・・まあ、会えるかどうかわからないけどね」
拓人はアハハ、と軽く笑った。
「その人、すっごいお偉いさんに仕えているみたいだしな~」
「・・・・」
・・なんか、軽いな、このこ・・。
「で、巧行きの船がどれかわかります?」
「坊主、巧に行きたいのかい・・?」
不精髭を生やした巨体の男が足を引きずらせながら、騎獣・吉量を連れて拓人に近づいてそう言った。
「・・はい、そうですけど」
「だったら、運が良いな、坊主。こんな所で巧州国生まれの人間に会えたんだからな」
「・・・おじさんが?」
服装がよれよれで薄汚れていて、いかにも胡散臭さがかもし出されていた。
「ああ、やっと国に帰れる事になったんだよ。・・もう5年くらい巧には帰ってないかな」
「・・・・」
今、会ったばかりの人間にこんなにあからさまに自分の事情を話すなんてますます妖しい・・。どうしよう、無視しようかな・・。
「お?何だ、その眼差しは・・?もしや、オレを疑ってるのか?いけないぞ、人を疑ったりするのは。なっ!!」
男はバンバン、と拓人の背中を強く叩いた。
「・・痛いんですけど」
「おっ、悪いな。叩きやすい大きさしてるんでつい調子にのっちまったんだ、悪いな」
・・それって、背が低いと言うことだろうか。
「・・・」
拓人はむっとなったが、特に何も言わなかった。
「坊主、お前の名前は?オレは、武湘。これでも、大司馬殿に仕えたことがあるんだぞ」
武湘と名乗った男は誇らしげにそう言った。
「拓人、神山拓人。大司馬って何ですか?それって、馬関係の仕事?」
「・・え」
神山拓人?・・じゃあ、この人も私と同じ・・、海客?
武湘は一瞬ひるんだような表情を見せたが、やがて、豪快に笑い始めた。
「あはははは!!坊主、お前面白いな!面白いから、このオレ様が巧まで連れてやってやる!ついてきな!!」
武湘は笑いながら、拓人の腕を掴むと、そのままずるずると引っ張って、鈴をその場へ残して、拓人を連れてさっさと何処かへ行ってしまった。
「・・え?」
「船の時間までまだ時間があるみたいだし、一杯つきあえよな!!」
「え、ちょっと・・」
「この辺に、酒を飲める店あったかな~、坊主、一杯くらいは飲めるよな?」
「あ、あの・・?・・オレ、まだ未成年なんですけど」
「細かい事言うなよ~、大きくなれねえぞ♪」
「・・・・人の話、聞く気あります?」
何か、妙な人に絡まれたなぁと拓人は心の中で思った。
「・・・・」
「―・・何なの、一体」
一人取り残された鈴はただ呆然とするしかなかった。






















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