第5章ー2


雁国につき、さっそく街道で慶鋼達が旅芸人としての芸を見世物している間、葵はたまった皆の汚れ物を洗濯し、乾かす事を任された。
葵は白い手を動かしながら、曇った空に視線を向けた。
「・・雨、降るかな」
テントの中から流れてくる音楽に耳を傾けながら、真っ白な布や衣服を広げて木を伝った紐にぶら下げて見た。
・・これが終わったら、ちょこと除いて見ようかなぁ。
葵は自然と心が弾んでくるのを感じていた。
集まってくる人々の中には、いろんなタイプがいるのを見てるのも何だか楽しくなってくる。
しかし、国によって違うんだなぁ~、と葵は思った。
慶の街も凄かったが、ここはそこより遥かに整備されていて、宿泊施設もあるし、交通手段もそれなりに整えられている。
まあ、こんな事いったら、慶の人達に失礼なんだろうが・・。
「・・そういえば、この町何て言うんだろ」
この町は、黒海から流れる運河に程近い頑朴という名の町だった。
雁州国の王・尚隆が王になって、20年あまりの即位の頃に反乱を起こした卿伯というものが居た事があったらしいが、今となっては忘れられている過去の事である。
風が吹き抜け、葵の結われた髪もうっすらと揺れた。
「やだな~、髪乱れちゃうよ」
その時、ピタリと音楽が一瞬止まった。
「?あれ?」
何だ、と思ってテントの中をめくると護衛を連れた、かなり身なりのいい服装をした一人の初老の男が瞭圃と一緒に何かをしゃべっていた。
何か言い争っている様で、瞭圃は一方的に押され、何かを握らされ、老母と相談しあった後、やがて何か諦めたような表情になり、頭を下げ、舞台の幕の中へ入っていった。
「???何か、あったのかな」
葵はとりあえずその場から離れようとした瞬間、偶然後ろを振り向いたその初老の男と目が合った。男はじっと品物を見定めるように葵を見つめると、部下らしき男に何かをこそこそと言った。
葵はよくはわからないが、とりあえず笑顔を浮かべていた。
次の瞬間、葵はその男達に両腕を掴まれた!
「え!?何?」
「それじゃ、この娘はこれからはこちらが預かる事にしたから。迷惑をかけた」
その時、初老の男がはっきりそう言った。
はっきり、葵にもその言葉がわかった。
「・・・・え?」
わかったが、突然の事で何が何だか頭に呑み込めていなかった。
「預かるって何?え?何の話?」
葵はそのままテントのそとにある馬車の近くまで連れ出された。
「娘、お前何と言う名だ?」と、初老の男が突然雰囲気を変えて、人がやさしそうな優しい笑顔を葵に向けた。
「・・・葵、天宮葵」
「私の名は、貞州侯にお仕えする者、永元ともうす。葵、そなたを貞州侯・孫此に仕える「下女」として雇う事にする」
「・・な、何で、僕が?」
「―つい最近、下女が不幸の事故で一人亡くなってな。だから、代わりとしてお前を雇う事にしたのだ」
「じゃあ、別に僕じゃなくても・・」
「そなた、海客じゃろう?蓬莱からこちらに渡って来た」
「蓬莱?・・・って、日本の事?」
「言葉が通じなかったじゃろう。言葉が通じないものは大体が海客と決まっておる。孫此様は海客を保護する事に熱心で、寛大な御方だ。何処へ行くかも判らない旅芸人と行動するより、孫此様お一人に使えた方がお前の為だぞ」
「・・でも、家に帰らないと。・・叔母さんとか心配してるだろうし」
永元はそっと葵の肩に手を置いた。
「―・・お前はもう2度と蓬莱には戻れないよ。こっちの世界に来た海客は一生こちらで過ごさなければならない」
葵は衝撃のあまり、目を見開かせた。
鼓動が一瞬いつも以上に跳ね上がった。息がつまりそうになり、口を僅かに動かしていたが、葵はどう反応すれば言いかわからなくなった。
永元がぎゅっと力をこめて、葵に微笑みながらこう言った。
「・・戸籍も貰えて、眠る場所も働く場所も与えてもらえるのだぞ。こんな良い話は他にはないぞ。素直に頷けば、私からお前を孫此様に紹介してやってもいい」
「・・・は、はい・・」
「―良い返事で良かった。では、行こうではないか」
葵は呆然としながら、妙に永元に掴まれた肩が痛いのを感じていた。

同時刻、拓人は、目の前に現れ、自分に向かってくる群れをなした天犬に必死で逃げていた。
「ったく、何でオレばっか襲ってくるんだよ~!!あいつら!」
周りにいた人々は混乱しながら、あちこち散った状態で逃げ回っていた。
そこへ、素早く武湘が2匹の天犬を切り刻みながら、走っている拓人の横についた。
「何か、あの妖魔お前さんばっか狙ってるが何かやったのか!?」
「何もしてないよ!何か、知らんけど蓬莱からずっと付け狙って、襲ってくるんだよ!!本当に何もしてないのに!」
「何!?」
・・妖魔が?
「そんなはずはないぞ、拓人!いくらなんでも、妖魔は昼間から行動したり、一人の人間を付け狙うなんて事はない!」
「ええっ!?じゃ、何で」
「それはオレもわからん!わからんが、お前誰かに恨みとか因縁とかとんでもない事とかに巻き込まれてるんじゃねえか!?」
その時、横の道から拓人と武湘の前にさっきの子供と優しげな印象の少女が現れ、拓人が天犬に目をやっている隙に酷く狭い通路へと拓人と武湘を押し込んだ。
「!?」
拓人が振りかえると、強気な瞳で少女は見返してきた。
「早く、ここから離れて!安全な所まで、弟に案内させるから!」
「・・え、で、でも、君は?」
子供がスッと拓人の手に自分の小さな手を重ねてきた。
「あの妖魔は、私の兄さん達が倒すから大丈夫よ!さっ、行って!!」
「待てよ・・、だったらオレも参加させてもらうぞ!じゃ、拓人先に行ってろよ」
少女と武湘の2人同じに背中を叩かれ、押し出された。
「・・う、うん。じゃ、じゃあ」
「・・・行くぞ」
子供はそう言うと、拓人を引っ張ったまま走り出した。
・・・何なんだろう、この展開・・。


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