*ナチュラルステップ*

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インタビュー/鳥谷朝代さん


0410鳥谷朝代さん

苦手分野こそがかけがえない天職になる

スピーチ塾講師 鳥谷朝代さん


●何がしたいか分からず市役所で十四年

「今こうしてスピーチ塾を自分で立ち上げているなんて、中学生や高校生の頃には、全然想像できませんでしたね」と笑う鳥谷さん。
「女の子は学歴を身に着けるよりも、幸せな結婚、出産をして主婦になるのが幸せだ」という両親のもとで育ち、高校卒業後は「安定しているから」と名古屋市役所に就職。「就職するまで、仕事について真剣に考えたことは無かったですね。特にやりたい職業もなく、腰掛け程度にしか考えていなかったと思います」。

市役所に入り、さまざまなポストを経験するなかで、大きな組織の歯車のひとつであることに違和感を覚えるようになっていった。
「これは私じゃなくてもできる仕事だ、こんなことをするために私はいるんじゃない、と思い、辞めようと何度か思いましたが、踏み出せませんでした。自分が何をしたいのか、分からなかったからです」。



●話下手な自分だから思いついた新しいスピーチ塾

しかし彼女は、苦手だった発表やプレゼンテーションを仕事で要求されたことで、自分のしたいことを見つけた。
「中学校での本読みに始まり、人前で話すと声が震えてしまうことがずっとコンプレックスだったんですよ。できれば避けていたかったのですが、そうはいかなくなってしまって」。

カルチャーセンターの話し方教室に通い、自分と同じ悩みの人が多いと気づいた時が、彼女の新しい道のスタートだった。
「世界で一番の緊張症だと思っていた自分こそが、話せないつらさを味わっている人のための教室をやるべきだと思ったんですよ。
もともと話すことが好きな人が講師だと、話せない人の苦しさは、リアルには分からないですから」。

話すことへの苦手意識を克服した彼女は、司会業や教室アシスタントで経験を積み、今年8月、「アガリ症、話しベタさんのためのスピーチ塾」をスタートさせた。
市役所を辞めてからわずか半年という速さ。その行動力には、誰よりも自分がビックリしているのだという。
「もともと私は、そんなに積極的に動くタイプではないんです。
こうして実現できたのは、『この教室をやれるのは、自分しかいない』という思いが強かったからだと思います。求めている人がいるのに、自分が立ち上げなければこの教室は存在しないまま。
他の誰でもなく自分がやらなければ、と思った時、人はすごいエネルギーを発揮して動けるんだと思います」。



●思いを話せる楽しさ伝えたい

現在、週4回ほどのペースでスピーチ塾を開き、「アガリ症」や「話ベタさん」が話せる自信をつけ、笑顔になっていく姿を、嬉しそうに見ている彼女。
「確かに、役所時代より収入は安定していませんが、続けていくことに迷いは全くありません」とキッパリ。
「思いを話すことが苦でなくなれば、人生も絶対楽しくなると強く実感している私だからこそ、それを伝えていきたい。それが、私の『天職』だと信じています」。



*出逢えてよかった!私の影響人3*


「勉強しなさい」「あれやれ、これするな」とは言われずに「彼に送ってもらったら車が見えなくなるまで見送るんだよ」「男は大抵かっこつけてご馳走してくれるけど、感謝の気持ちだけは忘れないようにね」なんて言われて育ったそう。
恋愛観、生き方に大きな影響を受けているそうだ。


「30年以上付き合っているけど、不機嫌な顔をしたり、悪態をついたり、人の悪口を言っているのを見たことがない、驚異の人」だそう。
母親としてだけでなく、ひとりの人間として見ても、尊敬しているそうだ。

KAN
「愛は勝つ」の大ヒットで有名。
「ギャップをこよなく愛するところ、小ネタを入れないと気が済まないところはまぎれもなく彼に影響されている」とのこと。
「憂い迷う人々の背中を言葉によって押すという、同じ役目の者として目が離せないです」。


鳥谷朝代さん(とりたに・あさよ)
1971年生まれ、33歳。愛知県名古屋市在住。高校を卒業後、名古屋市役所に就職。14年間の勤務で市長秘書、教育委員会主事などを勤めたのち、2004年退職。司会業、話し方教室アシスタントなどで経験を積み、同8月、自身の主催する教室「アガリ症、話ベタさんのためのスピーチ塾」をスタートさせた。

2004年9月取材
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