日本顎関節症リハビリ研究室 /より安定した快適咬合を求めて

日本顎関節症リハビリ研究室 /より安定した快適咬合を求めて

般若心経 その世界(上) 人に尽



2006年06月06日


作家 新井満さん
 あらい・まん 46年、新潟市生まれ。「尋ね人の時間」(文芸春秋)で芥川賞受賞。作家、作詞・作曲家、写真家、映像プロデューサーなどとして多方面で活躍している。

僧侶 瀬戸内寂聴さん
 せとうち・じゃくちょう 22年、徳島市生まれ。文化功労者。73年に平泉中尊寺で得度。岩手県二戸市浄法寺町の天台寺住職を昨年まで約18年間務めた。

 わずか二百数十字ながら、今なお人々の心をとらえ続ける般若心経(はんにゃしんぎょう)。「自由訳 般若心経」(朝日新聞社)が評判の作家新井満さん(60)が、京都・嵯峨野の寂庵(じゃくあん)に作家仲間の瀬戸内寂聴さん(84)を訪ねた。天台宗僧侶でもある瀬戸内さんにも般若心経の解説書がある。2人はこの仏教経典の持つ意味を縦横に語り合った。
 新井 般若心経が説く「空(くう)の哲学」は難しいですね。中心となる説明は「色即是空」「空即是色」だけ。「色即是空」は、形あるものすべては変化した結果滅びると私には読めた。しかし、「空即是色」の方は、滅んだ次の瞬間から再び新たなものが生まれてくる、誕生、再生への変化を説いていると思えた。何かほっとしましたね。

人に尽くすため人は生まれた

 瀬戸内 新井版「般若心経」ですが、みんなが納得したら、それでいいと思うんです。「色(しき)」とは、目に見えるこのコップのようなモノのことです。「空」は、ないということ。私たちがこのコップを見ても、コップと認識しなければ、ないのと同じです。手で触っても「あっ、これ硬いな」と思わなければ、ないと同じですよ。「空」とはそういうことです。

 新井 1人の人間が生まれるには、父親と母親が必要です。父と母が誕生するには、4人の祖父母がいなければならない。10代さかのぼると千人、20代さかのぼると100万人の親たちがいなければ、私はこの世に存在しない。原因と条件が無数に積み重なった結果、命は誕生する。奇跡のようにして生まれてくるからには、何か意味があるに違いない。私は、果たすべき役割があるからこそ、この世に生まれてきたのだと考えた。そう「空即是色」を解釈しました。


http://www.asahi.com/kansai/kokoro/taidan/OSK200606060009.html

 瀬戸内 新井哲学ですが、大乗仏教(*2)が言わんとするところに到達しています。大乗仏教は「忘己利他(もうこりた)」、己を忘れて人のために尽くしなさいと教えます。それが、我々がこの世に生まれてきた理由なんです。

   □   ■   □

 新井 私が自分の果たすべき役割に気づいたのは19歳のときでした。その前年の高校3年で新潟地震を経験しました。家や校舎が壊れ、橋は落ち、原油タンクは爆発炎上、そして津波。この世の地獄です。あの1日だけで一生分の恐怖を味わいました。それがトラウマとなり、大学入学直後に十二指腸に穴が開いて救急病院で手術を受けた。一命は取り留めましたが、1年間休学しました。

 復学しても、生きる意欲がわかず、夢も希望もありませんでした。ある日、散歩の途中、土手いっぱいに黄色いレンギョウの花が咲き乱れているのを見つけた。何と美しいんだろうと涙が出てきた。こんなきれいな風景が見られるなら、もう少し生きてみようと思いました。

 ところが、土手の上を行き交う人は誰もレンギョウに気づかず通り過ぎていく。そこで私は「このきれいなレンギョウを見てやってくれませんか」と誰彼となく声をかけ始めたんです。

 瀬戸内 みんな気味悪がったでしょう。

 新井 10人ぐらいに声をかけましたが、誰もが変なものを見るように逃げていきました。でも最後の最後に70代ぐらいの男性が「あなたに言われて初めて美しさに気がついた。ありがとう」と言ってくれた。地獄に仏のような気がしました。

 その後しばらくして、気づいたんです。あのレンギョウのような美しいものを再発見して、それを人々に伝えるのが自分の役割ではないか、美の再発見と伝達という仕事ができるんじゃないかと。あのとき「ありがとう」と言ってくれた老人がいなかったら、私は自分の役割を発見していなかったでしょう。

 瀬戸内 観音さまがその老人に化身して現れてくださったんですよ。苦しんでいた新井さんに、観音さまがそうやって喜びと安心を与えてくれたんです。

 新井 私がこれまでやってきた、コマーシャルフィルムの制作や、富士山や桜など大自然の姿を環境ビデオにまとめるといった仕事も、美の再発見と伝達ではなかったかと思います。そればかりではない。小説を書くという仕事も、そうした役割を担っているのではないかと最近つくづく思いますね。 

 *1 「摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみたしんぎょう)」の略で、「真理に目覚めるための大いなる知恵の教え」の意。600巻に及ぶ「大般若経」のエッセンスとされる。3世紀ごろの成立とされ、玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)訳や鳩摩羅什(くまらじゅう)訳などがある。日本に伝わったのは8世紀といわれる。

 *2 紀元前後にインドに起こった仏教の革新運動。大乗は「多くの人々を乗せる広大な乗り物」の意。在家者を重視し、一切衆生の救済を強調する。中国、日本、チベットに伝わり、主流となった。


© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: