日本顎関節症リハビリ研究室 /より安定した快適咬合を求めて

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05._3課題解決 戦略


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3.課題解決に向けた戦略

このような課題の解決に向け,すべてのライフステージに応じた「食べる」支援システムの構築が求められている。すなわち,

1)生まれてくる子供の口腔内のう蝕活動性を低くするために,口腔疾患に係わる母子感染の防止が必要であり,このための妊婦口腔健診の完全実施と妊娠適齢期既婚女性への健診の拡大が望まれる。

2)学齢期の子どもへの食生活・咀嚼そしゃく習慣指導と口腔衛生指導を一体的に実施するために,すべての小・中学校に栄養指導のできる口腔衛生指導教諭(仮称)が配置できるよう,人材育成を促進する。このことにより,学校保健分野における健全な口腔機能育成と食の確保のためのマンパワーの拡充を図ることができ,これらと地域・学校・学校歯科医とが強力に連携した体制を構築することで,う蝕,歯肉炎,歯周炎の早期発見・早期治療を促し,健全な口腔環境を生涯にわたって育成することができる。

3)成人の健全な咬合こうごうの維持を図り,歯周病や生活習慣病を予防するために,節目歯科健診(用語を参照)や企業歯科健診を周知徹底させる。これらを通じて,口腔健康の管理と生活習慣病予防などの予防管理に向けた科学的根拠を蓄積する。

4)地域における「食べる」ことを通じたよりよい生活習慣の確立に向けた啓発活動のために,医師・管理栄養士・歯科医師などの連携による統合された『健康』情報が発信できる環境を構築する。

5)高齢者の健康長寿を延伸させるために,自立した健常高齢者に対しては,口腔の定期健診ならびに専門的ケアの受療促進を徹底的に推進する。これらは,誤嚥性肺炎などの「気道感染予防」,咬合こうごうを通じた平衡感覚の保持による「転倒・骨折予防」,容易な歯科受診という目的のある外出がもたらす「閉じこもり予防」などに繋がる。これらが介護予防に向けた最も大事な取り組みとなると同時に,重要性をさらに立証しなければならない。

6)要介護高齢者の「噛んで口から食べる楽しみ」や顔貌の審美性や表情の回復にともなう「人間の尊厳」のために,歯科医療の効果的な提供を行うことが必要である。このために,介護老人保健施設への常勤歯科医師の完全配置を促進するなど,介護保険・社会福祉施設への歯科医師や歯科衛生士の確保対策を推進する。このことにより,継続的な口腔ケアによる気道感染予防など,効果は極めて高くなる。さらに,食を通じたQOL 確保の視点から,保健・医療・福祉を総合的にマネジメントできる人材を養成し,これらの施設への配置を促進する。これらにより,デイケアなどを利用している健常もしくは要支援高齢者にも歯科治療へのアクセスが容易となり,彼らの介護予防にも貢献できる。

7)終末期の高齢者の尊厳を守るために,栄養摂取と「口から食べる」楽しみを維持させなければならない。このためには,充分なアセスメントとインフォームドコンセントを実施すると同時に,「口から食べる」楽しみを継続させるため,義歯治療を受けいれられない高齢者に対しては,食事形態を工夫して舌で押しつぶして食べることなども視野に入れた「口腔リハビリテーション学」を確立する。

8)高齢者の低栄養状態の防止・改善を図るために,高齢者歯科医療現場に摂食・栄養マネジメントを導入する。摂食・栄養アセスメントや栄養マネジメント手法を確立することが必要となり,管理栄養士や言語聴覚士など他領域の関係者と連携しながら,歯科医師による咀嚼そしゃく能力や摂食能力の評価をベースとした食事や食べ方の工夫・指導ができるよう,体制を整備する。

4.具体的目標(提言)

上記の長期戦略を実現するための政策として,以下のことを提言する。

1.「健康長寿」を確保するための社会的理解の推進
高齢社会における健康長寿の達成のためには,正しい咬合こうごうと咀嚼そしゃくによる「食べる」ことが極めて重要である。また,介護予防の3つの柱である「気道感染予防」,「閉じこもり予防」,「転倒・骨折予防」にも,咬合こうごうと咀嚼そしゃくをベースとする口腔の健康が大きな鍵のひとつである。我々は,これらの事実を社会や国民に正確に伝える責務があることを自覚するとともに,これまでの歯学系学会の取り組みが細分化された各学会の専門性ゆえにライフ・ステージを俯瞰することに乏しく,社会・国民に対する啓発活動も十分ではなかったことを反省する。

さらに,地域歯科医師会による学校などにおける地域保健活動も公益性と営利性の狭間で継続性がなく,加えて歯学教育においても歯科保健・医療活動を社会的理解の視点から考察することが欠落していたことから,正しい咬合こうごうと咀嚼そしゃくによる「食べる」ことの重要性を社会や国民に十分伝え,理解を得ているかは疑問である。

そこで,社会・国民の一層の理解に資するため,歯学系の65 学会により結成された日本歯学系学会連絡協議会のネットワークを用いて,科学的根拠に基づくライフ・ステージを俯瞰する情報を一元化し, 地域や学校と協同しながらこれらに出向いて伝達するface-to-face 型の啓発活動に繋げ,加えてインターネットを媒体とするアクセス性の高い情報提供を行うことを通して,「噛んで食べる」ことの重要性の社会的理解をさらに推し進め,周知徹底を図らなければならない。

2.「健康長寿」を確保するための歯科医療の推進

1) 口腔の健全な発育を促し,食を育む体制の整備

これまでの口腔健康は,う蝕(むし歯)予防にのみ重点が置かれていたため,「食べる」ことと口腔健康を一体とする生活指導は十分でなく,指導体制も欠けていた。そこで,食生活・咀嚼そしゃく習慣指導と口腔衛生指導とを一体的に充実させるため,日本歯学系学会連絡協議会と協同して日本歯科医師会に新たなネットワーク作りを呼びかけ,これを通して学校歯科医や保険医の再教育を行う。このことにより,歯科医師などが学校現場で児童をより効果的に指導できるよう啓発する。
さらに,管理栄養士と連携しながら,栄養指導ができる口腔衛生指導教諭(仮称)をすべての小・中学校に配置すべく,それらの人材の育成を促進する。これにより,生涯にわたる口腔健康の基礎を確立させる。

2) 生涯を通じた口腔健康管理の推進とそれを可能にする環境の整備

母子保健法,学校健康法,労働安全衛生法などにより胎児‐乳児,幼児‐小児,成人,高齢者などに分かれて行われてきた健診事業には,歯周病の発症好発年齢である青年期が欠けており,人生の進み方に対応して継ぎ目なく口腔の健康管理を行うことができていない。そこで,これらの健診事業を有機的に連携させるため,導入が検討されているIC カードなどを用いたライフ・ステージを俯瞰した健診データの一元管理を実施する。さらに,歯科医師や歯科衛生士がこの健診事業の有機的連携を推進できるよう,歯科医師法および歯科衛生士法における任務規定を整備するとともに,必要な改正を進める。これらにより,歯科疾患の早期発見・早期治療に終始していた健診事業を生涯にわたる口腔の健康維持に繋げ,「噛んで食べる」ことの徹底ができる。

3) 介護保険・社会福祉施設への常勤歯科医師の完全配置

地域の自立した高齢者に対する保健師活動では,口腔健康への取り組みはほとんど行われておらず,これは高齢者の健康長寿の延伸に対する「噛んで食べる」ことの重要性の社会・国民の理解が不足していることや他領域との連携を欠いたことなどによる。そこで,日本歯学系学会連絡協議会と協同して作るネットワークを用い,保健師の育成や生涯教育に口腔健康教育を組み入れていくよう行政や保健師に働きかける。ニーズは多いものの歯科として十分対応できていない訪問歯科診療に関しても,その受診率を向上させて,口腔ケアの重要性を社会・国民へ一層理解してもらうよう努め,高齢者の健康長寿の延伸に資する。しかしながら,介護保険・社会福祉施設に関わる歯科医師は,その多くが非常勤で,応急処置などを行っているのが現状であり,主導的立場での歯科保健・医療活動は展開できていない。

 また,高齢者の「食べる」ことを考慮した施設での取り組みも極めて不十分である。そこで,要介護高齢者のQOL を向上させるための効果的な歯科医療体制が提供できるよう,特別養護老人ホームや介護老人保健施設への常勤歯科医師や歯科衛生士の完全配置を促進するなど,高齢者・身障者を対象とする介護保険・社会福祉施設への歯科医師や歯科衛生士の人材確保対策を推進する。さらに,食を通じてQOL を向上させるには,保健・医療・福祉を総合的にマネジメントできる人材が必要であり,その養成を進めて,関連施設への配置を促進する。

日本学術会議 咬合学研究連絡委員会報告 咬合・咀嚼が創る健康長寿 平成16年12月16日

3.「健康長寿」を確保するための科学と技術の推進

1) 歯学と医学など他領域との連携強化

終末期の高齢者の尊厳を守り,タンパク質・エネルギー低栄養素状態を改善するためには,「口から食べる」ことが重要である。しかしながら,その重要性の啓発は十分でなく,さらに他領域との連携が大きく欠如していたため,徹底されていなかった。

また,栄養学大学院の構想に「咀嚼そしゃく」の視点が欠けていることが示す如く,今日の栄養学との有機的連携もなく推移している。これらは,歯学が有してきた独自性ゆえの閉鎖系での活動の弊害によるものであり,歯学・歯科関係者の意識改革が必要と考えられる。したがって,歯学・歯科関係者は多くの関連領域に積極的に参画し,他領域の活動に深い理解と共感を持ちながら,歯学の重要性や役割を説明する責任があるとともに,その成果を正確に社会・国民に知らせる努力が必要である。

そこで,最近いくつかの大学附属病院において設置され始めた口腔リハビリテーションセンターをベースにしつつ,「口腔リハビリテーション学」を発展させるため,医学を含む栄養学・社会福祉学・介護学,他関連学会や食産業界など,関連する他領域と歯学との連携強化を図る。これらから得られた科学的根拠に基づき,国民への総合的医療の提供を行うための具体的施策の実施を政府に要望するとともに,歯学系の各学会は自らの課題としてこの達成に積極的に取り組むものとする。

2) 大規模前向き疫学研究(用語を参照)の推進

歯学において,この政策提言の科学的根拠を高めるべく,咬合こうごう・咀嚼そしゃくと全身の健康,生活習慣病,QOL,ADL,栄養などとの因果関係をさらに明らかにするため,他領域の協力を得て,大規模な前向き疫学研究を推進する。これらにより得られた知見を実現可能な具体的提言にまとめ,歯学の目標として掲げつつ,他領域との一層の連携に基づく新しい歯学の展開を目指す。

5.期待される効果

社会や国民に対しては,各ライフ・ステージにおいて人間本来の欲求(本能)である「食べる」ことを通じて国民の「生きる力」を支援し,QOL の向上や人生の終末までの「人間の尊厳」を確立するなど,健康長寿と生き生きとした高齢社会の実に多大な貢献ができる。
 また,健康増進や介護予防,介護の重症化予防に大きく繋がることから,現在緊急の課題となっている医療費・介護費の削減にも貢献できることとなり,歯学・歯科医療の国民に対する説明責任を果たすことはもとより,我が国の社会の活力を一層高めることができる。

歯科界に対しては,従来の活動の弊害を強く反省するよう促し,その上に立て,他領域との連携強化を通じて新しい口腔健康と咬合こうごうと咀嚼そしゃくの生涯維持の重要性を社会に訴える機会となる。

具体的には,

1>全身の健康と口腔との密接な関わりを国民に啓発する,

2>う蝕や歯周病による歯の喪失を予防する治療や最小治療(用語を参照)を推進する,

3>歯の喪失を回復して,噛んで咀嚼・嚥下できる口腔環境を整備する,

4>上記の1-3>の観点に立つ歯科医師の再教育を促進し,歯科医療現場での口腔健康をベースとする最も質の高い治療の実践などの具体的な取り組みを推進して,歯科医療の質を向上させる,などを行う。

 さらに,これらの成果を全世界に発信することにより,最も早い速度で達成する超高齢社会先進国としての我が国独自の成功モデルを他の国々に対して紹介・提案して,医療先進国としての我が国の地位をさらに品位ある確固たるものにすることができる。
本報告の内容を実現することは,21 世紀における国民の尊厳ある健康長寿を実現するための革新的な起爆剤となると確信できる。

すべてのライフステージに応じた『食べる』支援システムの構築

胎児期~乳児期幼児期~小児期青少年期成人期高齢期ライフステージ成長発育→ 維持→ 衰退
咬合 萌出→乳歯列→ 交換期→ 永久歯列→維持→喪失
咀嚼 吸啜→離乳期→咀嚼→可 →不可
食 離乳食→ 普通食→→調整食・経管
歯科疾患
母子う蝕歯周病欠損
感染
身体
早産発育糖尿病要介護
(生活習慣病)
精神
情動
情動の形成ストレスへの対応QOL
痴呆
栄養
糖質の摂取管理肥満予防低栄養への対応

到達目標

1. 妊娠時口腔健診の完全実施と妊娠適齢期既婚女性への健診の拡大
2. 小・中学校に栄養教育と口腔衛生指導のできる教諭の配置
3. 成人期では節目歯科健診、企業歯科健診の周知徹底
4. 健常高齢者に対する口腔の定期健診を徹底推進
5. 要介護高齢者に対する歯科医療提供体制の整備・充実

すべての世代に「噛んで食べる」ことの大切さを再認識させそのために必要な健康な咬合こうごう(噛み合わせ)・咀嚼そしゃくを確立する



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