ねこっぽ雑記

ねこっぽ雑記

2005年02月23日
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 21日の第1部、第2部に引き続き、今日は国立劇場文楽公演の第3部を観てきました。演目は「壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)」と「卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)」。どちらも以前に歌舞伎で観たことのある演目だったので、両者を比較しながら楽しんでいました。
 「壇浦兜軍記」阿古屋琴責の段は、頼朝を付け狙う景清の行方を探ろうと、景清の愛人傾城阿古屋を取り調べるという物語。景清の行方を知らないという阿古屋に琴・三味線・胡弓の三曲を演奏させるところが見どころで、この三曲の音色に乱れがないことから、景清の行方を知らないという阿古屋の言葉に偽りはないという判断が下され、阿古屋は赦免されます。
 阿古屋の首(かしら)は傾城。実は傾城の首を見るのは今回が初めてだったのですが、変な表現ですけど、見た途端に「これは確かに傾城だ」と有無を言わさず納得させる首であることに驚かされました。以前写真で見たときも「なるほど、傾城っぽい顔だ」と思ったんですが、生で見たらプライドと気品が漂っていて「これはすごい」と。だから私の中では本来の見どころである三曲を演奏する場面よりも、阿古屋が登場する場面の印象の方が強烈でした。そう感じることができたのは、もちろん阿古屋を遣った蓑助さんによるところもすごく大きいと思います。
 三曲を演奏する場面は、まず「あれ?」と思ったのが歌舞伎の阿古屋と曲が違うということ。玉三郎さんの阿古屋が演奏した曲をはっきり覚えているわけではないけれど、少なくとも今回の曲とは違うはず……なんて言って実は同じだったらどうしよう。
 三曲の演奏は清志郎さん。一緒に鑑賞した母親も同じことを言っていたんですが、玉三郎さんの演奏と比較すると、今回はやはり楽器のプロが演奏している、という音がしました。あと結構強めで骨太な印象を与える演奏だったな、と。これがもし女性が演奏したらまた違った感じになるんだろうなと思います。
 さて次の「卅三間堂棟由来」は、人間と夫婦になった柳の木の精が、柳の木が切り倒されることになったために、夫や子どもに別れを告げて姿を消すという物語。
 「卅三間堂棟由来」(「祗園女御九重錦」)は浄瑠璃を読まない状態で見たんですが…やっぱりところどころ理解できませんでしたねぇ。せっかくだからそのうち読んでおこうと思っているんですけど。
 あとは今さらなんですが、前に歌舞伎鑑賞教室で上演したときは随分わかりやすく仕立てていたんだなぁ…と。昨年度までうちの大学にいらした近世の先生にこの歌舞伎鑑賞教室に連れて行っていただいて、その後「ああやってわかりやすく仕立てて上演するというのはいかがなものか」みたいな話で盛り上がった記憶があるんですが……うん、あれは確かにわかりやすかった。一方で「そんな単純な話なのかなぁ…」とも思ったけど。
 柳の精のお柳を遣ったのは文雀さん。優しくやわらかな動きがお柳を魅力的にしていました。あとはお柳の子供のみどり丸がかわいかったなー。


 花を見に行く場合、私はどちらかというと見頃を少し過ぎたくらいに行ってしまうことが多いのですが、今回は珍しくフライング。咲いているものはもう7分咲きくらいなんですけど、一方でこれから咲き出すというものも多いという微妙な時期に当たってしまいました。でもやっぱりきれいでしたよ。一番の見頃は来週くらいなのかなぁ。 





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最終更新日  2005年02月24日 17時53分19秒
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