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the Fourth Avenue Cafё
EP3:Pieces,4
<悪夢>遠い未来を、暗黒の煙が渦巻く荒野で砂埃にまみれ、死に行く人々の顔が頭を過ぎり、ニーナを助けることも出来ず、ただ独り荒野に取り残される未来をまじまじと見せつけられたメサドにこの状況は耐え難いものだった。<悪夢>は、それを防ぐために先に見せ、警戒させておくものだと思っていた。<悪夢>はたかが夢であり、現実ではない。あの朝日の照らす窓辺でそう彼女に誓った、そのすぐ後に。
<悪夢>は所詮、夢なのだ。そう言い聞かせてきたメサドはもうそこにいなかった。<悪夢>は、見る人を恐怖へ陥れ、そして所詮夢だと思わせ、現実に(今まさに)映し出させることで嘲笑うものなのだ。<悪夢>は決められた運命を恐怖で増幅させるものなのだ。<悪夢>は――<悪夢>は。<悪夢>。<悪夢>。<悪夢>・・・
分厚い天井が剥がれた隙間から差し込む日の光が砂埃を反射させていた。そして谷間風で砂埃が流れているかのように吹き上げられていた。スターキーは自分のところに本来なら降ってきた天井を見上げた。それは細い通路の横にある装飾のされた柱――ニーナの後ろにも同じ柱があったが既に倒壊していたのだった――に突き刺さり、小石を地面に降らせながら止まっていた。彼はその奇跡のような光景に歓喜し、雄叫びを上げた。両手を握り締め、天へ突き出した格好で彼は止まった。メサドの存在にようやく気付いたのだ。
メサドは表情一つ変えることなく、彼女の上に覆い被さった天井の手前で突っ立っていた。こんなこと信じられる訳がなかった。彼が、普通の人では耐えられないようなことを何度も経験し、それでも彼女と出会い、愛することを知った、その彼が今、生涯をかけて愛した1人だけの彼女を目の前で失ったのだから。しかし彼女は現に今もういないのだ。彼がどうあがこうと彼女の結末はあらがえないのだ。
結局、彼女の結末を受け止めなければならなかったのだ。はじめから。メサドがニーナを地下に隔離しようとせず、一緒に連れて来ようが、もし隔離し、その後彼女を助けにくるのにもう少し早く来ていようが、結局決まっていたことなのだ。
メサドは膝から崩れ落ちた。それでも彼は信じることが出来なかった。彼にはむごすぎる仕打ちだった。既に彼の精神は崩壊しているのだった。今にも大空へ両手を広げ、ニーナの名を呼びそうだ。
そして彼は両手を大空へ広げた。もちろんそこから見える空は天井のくり貫けた穴から見える程度だが。そして口を開いたかと思われた瞬間、彼は両手で顔を覆い、発狂した。頭を振り回し、目を見開き、声にもならぬ金切り声で空を突き抜けるほど叫んだ。何度も何度も額を地面へ打ち付け、肩まである髪を引き剥がす勢いで引っ張り、掻きむしり、それでも声は途切れなかった。まるで止まることを知らない超高速列車ブレインの如く、いつまでも口を通って頭の天辺から突き抜け続けられた。倒壊した議会棟が悲鳴を上げているかのように建物全体が揺れ、ひび割れていった。
それを歓喜から妙な虚無の心に変わったスターキーがずっと見ていた。悲鳴はスターキーが耳を抑えても脳――ブレイン――に直接届き、振動させた。その声に彼は目にまで痛みを感じ、涙を止め処なく流させた。スターキーはこの場にいるのが耐えられなかった。ただただこの悲鳴から遠ざかりたいのではなく、悲劇の2人の間から姿を消したいのだった。
そしてメサドの金切り声が細くなり、徐々に消えていった。彼は頭を抑え、うずくまって死んだように動かなくなった。彼は崩壊したのだ。
彼は生きる理由を失い、意味を見失った。
スターキーはゆっくりと耳を抑えていた用無しの手を退け、気付かれないように構えた。このまま静かに眠ってくれ。スターキーは心からそう願い、ライトセイバーを突き立てた。そして音を立てないよう静かに距離を縮めていった。
だが、気付いたときにはメサドのライトセイバーに自分のライトセイバーを弾かれ、高々と飛ばされ、丸腰となっていた。スターキーは何が起きたのか全く分からなかった。理解できない状況で理解する時間を与えてくれない状況だった。メサドは一瞬にして後ろへ飛び、回って光の刃をスターキーのそれに交わらせ、彼の力のない手からはじき飛ばしたのである。
スターキーはすぐさま後ろへ退き、弾き飛ばされたライトセイバーを手に取り、構えたが、その時には既に目前にメサドの刃があり、再び二剣が交わった。メサドの力は強かった。あのスターキーが簡単に身体事、飛ばされるほどだった。スターキーは壁に激突し、顔を歪めた。
その時、その振動で突き刺さり、何とか均衡を保っていた天井が崩れ、2人の上に降ってきた。
メサドは意志のない瞳でスターキーを睨んだ。「お前だ。お前がニーナを殺したんだ」彼はそう言うと降ってきた天井をいとも簡単に切り崩し、方々へ散らせた。一方スターキーの方は間一髪の所で天井の崩れた隙間に入り込み、助かっていた。だが、またメサドが目の前に突進してきたため、恐怖でおののいた。そしてメサドの強烈な蹴りを受け、壁を貫け、壁1枚隔てただけの同様に崩れた大ホールへ放り出された。
スターキーは蹴られた腹を抑え、痛みに餌付いていた。彼の服が白い砂で本来の色からくすんだ灰色に変わった。スターキーはメサドを睨んだ。だが、それはリードと対峙したときのような怯えたものだった。
「お前は殺さない。死にすら値しない」メサドは貫通した穴を通って大ホールへ出てきた。そして意志のない真っ白な目でスターキーを見下し、光の刃を彼へ向けた。
二十九、
灰色の街から車を先に見つけたのはルサーズだった。彼とフィルスティーヌはその車に乗り、リードの所へ飛んでいた。ルサーズは先に見つけ、さぞかし良い顔をしたのだろう。その顔には殴られた跡があった。つまり追跡機との攻防でフィルスティーヌが言った「絶対お前を殴ってやる!」を本当にしたのだろう。先に見つけ、自慢するルサーズに苛立ったのが本当の理由なのだろうが。
「お前が見つけたこの車、さっきのよりも性能悪いな」「うるさい。発見すら出来なかったお前が言うな」
2人の乗る車が議会棟の見えるところまで来ていた。そこで希薄のような耳鳴りを聞いた。メサドの悲鳴である。2人の目つきが真剣なそれへと変わった。「聞こえたか」「ああ」先に問うたのはフィルスティーヌだった。
「これは只の耳鳴りじゃねぇーな。何か悪い予感がする」フィルスティーヌが窓から身体を乗り出し、議会棟を睨んだ。「多分な。俺もそう思う。ただ悪い予感とは思いたくないな」フィルスティーヌが車内に戻った。「それは俺もだ。俺も悪い予感が起きないことを願っている」2人の間に気まずい雰囲気が流れた。それでも車は飛び続けていた。
「『悪い予感ほど的中するものはない』」ルサーズがボソッと呟いた。2人ともその言葉がいつ口にされるか敏感になっていた所為か、ルサーズがその言葉を口にしたら、瞬間にフィルスティーヌが反応した。「おい!それは――」「わかっている。だが、お前もそのことは考えていたんだろ」フィルスティーヌは黙った。
「遠い昔から、修行を受けていたときから俺達は何度も教え込まれたことがあったな。『運命は誰の手によっても動かすことの出来ないものだ』と。神でさえ一度決めた運命には抗えない。ましてや俺達ただの人間に何が出来る」とルサーズが口だけを動かし、説教口調で言った。フィルスティーヌは何も答えなかった。「俺達に出来るのは決まった運命の中でどれだけ人を救えるか、だ」
「もうやめろ」フィルスティーヌが怒りのこもった声で言い、ブレーキをかけて無理矢理車を止めた。議会棟の手前で駐車したのだ。希薄の耳鳴り(メサドの悲鳴)は既に止まっていた。
フィルスティーヌはルサーズの両肩を鷲掴み、真正面から睨んだ。「今のお前は決まっている運命を最悪なものと勝手に予想しちまってる」ルサーズは目を反らした。「だがこの絶望的な状況で何が出来る」
フィルスティーヌは手に力を込め、大きく深呼吸した。肩を握る力が強くなり、ルサーズは彼の方を見返した。深呼吸したフィルスティーヌが目の前のルサーズの顔に叫んだ。
「俺達ペアは今までどんな困難も乗り越えてきた!!!それが何だ!!!!今までのお前はどうなっちまったんだ!!!!」ルサーズは驚いたように目を見開き、止まった。「運命は決まっている。それはここから巻き返し、共和国が逆転する運命がな」フィルスティーヌは歯を見せ、笑った。ルサーズもつられ、一緒に笑った。
「よし、ならここから議会棟までは後少しだ。急ごう」ルサーズが車を進めようとしたのをフィルスティーヌは止めた。彼は目を細め、外を見つめた。彼の視線の先には瓦礫の上に座るリードがいた。何処か物寂しい面影を感じる。「あそこに副議長がいる」そう言うとフィルスティーヌは車から瞬時に出ていき、リードの所まで走っていった。ルサーズも不思議そうに彼の後を追い、リードの所へ来た。
リードは2人を見ると安心したように目を閉じた。強い風がリードや2人の髪を吹き乱した。
「リード副議長、ここに居ましたか」フィルスティーヌが先に着き、リードの横に立った。そしてその後にルサーズ。リードはゆっくりと立ち上がった。「森を越えた街を見てきましたが、既に帝国の手は届いていたようです」ルサーズも後ろで語尾に返事した。
だがリードの反応は違った。憤怒にまかせ、帝国軍に復讐してやろうと意気込むものだとばかり思っていたが、実際は静かに頷き、落ち込んだだけだった。既にリードは肩の荷を下ろしていたのだ。
そして静かに目を開けた。「2人とも静かに聞いてくれ」彼の目は穏やかだが、何処か闘争心を隠していた。「お前達を含め、私はこれからゴールデンシップに乗り、この国の遠い地へ行くのだ。そこでまだ襲われていない都市の住民を乗せられるだけ乗せ、ソー本国へ帰還する」その言葉にルサーズ、フィルスティーヌは度肝を抜かれたように口を開いたまま止まってしまった。
その間も乾いた風が3人の髪を吹き乱していた。フィルスティーヌの前髪が彼の口に入り、彼はそれを小指で退けた。
空には壮絶な戦闘機の攻防が先程まで繰り広げられていたとは思わせないほど、静かに灰色の雲が流れているだけだった。もちろんその中には爆発で巻き起こった暗雲も紛れている。
「多分、それが私達に出来る最良のことだ」ルサーズは納得できないでいた。もちろんフィルスティーヌも。だがあれほどの光景を目の当たりし、認めないほど馬鹿でもなかった。ただ人間心理として認めたくなかったのだ。だからルサーズは言った。「メサド議員とニーナ女王はどうなるのです」リードは目を閉じ、頭を左右に振った。
「議会棟に居なかった」ルサーズは顔を背け、歯を食いしばった。「逃げたか、もしくは――」彼に続きを言わせなかったのはフィルスティーヌだった。彼はルサーズが言おうとした瞬間にその胸を殴り、彼の息を詰まらせた。リードは一瞬困惑した。それ以上にルサーズは困惑し、フィルスティーヌを睨んだ。
「ルサーズ、それ以上言うな。もしまたその事を口にするようなことがあれば、今度は――」フィルスティーヌは途中で言うのをやめた。自分でも気付いているのだろう。彼の頭には悪い予感が渦巻いていたのだから。
少し気持ちを落ち着かせてから、続けた。「あの方は強い。少なくとも俺達2人よりは。今はニーナ女王を連れて、何処かに隠れているか、またはまだ逃亡中か」「そうだな」
リードはメサドのことを心で思い、頷いた。そして2人の肩を掴み、笑って見せた。「あいつは強い。1人でどうこうする判断力を兼ね備えている――」だがニーナにもしものことがあったら、彼は――
「よし、急ごう。私達はゴールデンシップに乗り、南を目指そう」「はい」3人は車に乗り込んだ。
三十、
クロスを抱えたエンジェルは荒野を駆けていた。鋭い3本足が地面を耕していくように掘りながら遠くへ走っている。その度に砂埃が立ち、軌跡を残していった。
CO23はメサドがニーナの元へ駆けつけたことに気付かず、ただただ戦場から離れようと、クロスを遠くへ避難させようという気持ちでいっぱいだった。もしメサドがそこまで来ていたことに気付いていたのなら、運命は変わっていただろう。良い方向に。
彼女がクロスを抱え、走っているときだった。黒板にチョークで白い直線が付き足されていくように灰色の空に一筋の白い煙が連なっていき、それがエンジェルの元へ近付いてきた。彼女は一瞬、それが爆弾の一種かと見間違えたが、それは爆弾などではなかった。それは緊急脱出ポットだった。
空気を裂くような音が聞こえてき、徐々に彼女に近付いてきた。エンジェルは足を止め、状況を判断した。
そして球型ポットが爆音とも呼べる音を上げ、着陸した。地面には大きな窪みを造り、その中央に埋まるようにそれが転がっていた。エンジェルは恐る恐る窪みの外からポットをのぞき見た。するとポットの蓋が煙を上げ、開き、中からマントを羽織った男が姿を現した。
その男は茶マントを羽織り、黒いブーツになびく白髪、煙の中から現れたのは、見まがうほど薄汚れたアントニオ元副議長だった。
リード、フィルスティーヌ、ルサーズの乗る飛行車はゴールデンシップの見える平野まで来ていた。そしてエンジェルと同じくしてポットを見た。それはエンジェルが見たときと同じように白い軌跡を残し、空から垂直に地面に落ちていった。
リードは空中で車を止めた。
「あれは、何だ。爆弾か」ルサーズがポットを見て、尋ねた。「いや、あれは緊急脱出用ポットだ」リードは独りでにそう呟き、何か閃いたように顔を上げた。そして無言で車を地面に下ろし、地面に立った。車内の2人は不審な目で彼を見つめていたが、何も言わなかった。
するとおもむろにリードはこう言った。「引き返すぞ。あの場所へ行け」2人の顔はよりいっそう変なものになった。
「早くしろ」リードは動きの止まった2人を親が子を叱り付けるように命令し、車を動かせた。「あそこにディール元議長かアントニオ副元議長、もしくは2人ともいるかもしれない」その言葉にフィルスティーヌとルサーズの表情が変わった。
ポットから出てきたアントニオはゆっくりと窪みを登り、エンジェルのいる高さと同じ高さに出た。そしてエンジェルのところへ行き、目線を合わせた。
彼は溜め息をついた。今までの彼らしくないふぬけた姿となっていた。「私はこの3年間、何をしていたんだ、全く」彼の茶色く汚れた手がエンジェルの平たい頭を撫でた。「この3年で時代は大きく変わったようだ。何故、豊かなクルタウロン国がここまで破壊されているんだ」彼は周りを見渡した。
「それから見知らぬこんな子まで生まれて」彼の視線はクロスに向けられた。「よく似ているな。言わなくとも誰の子か、わかる」彼の表情が和んだ。
「エンジェルCO23よ、この子は望まれて生まれてきた子だ。必ず守らなければならない」彼の真剣な目がエンジェルを見つめていた。そしてエンジェルの目はクロスに向けられていた。
「このポットを使ってくれ。この星には既に安全な場所はなくなってしまったからな、目的地ハズホーに設定して飛ばせ」アントニオがクロスを抱き上げようとした時、エンジェルに少し拒まれたが、安全と判断し、受け渡された。アントニオは寝付いたクロスを揺りかごに乗せているかのようにゆっくり揺らし、静かな眠りに誘った。
「これは何だ?」アントニオはクロスの胸に抱かれた白い布に初めて気付いた。そしてクロスを起こさないように静かに白い布を取り上げ、中身を見た。それは純白の布に似合わない古風の短剣だった。彼はそれに見覚えがあった。
ただそれが何なのか、何を意味しているのかを知ったところで彼は言葉にしないだろう。彼にそれを口にする資格などないと彼は分かっているからだが。それを見たアントニオの決意は固かった。
アントニオは窪みを降りていった。クロスを抱いて。そして中央で停止したポットの中に入り、クロスを中の1人用の椅子に寝かせ、目的地座標をハズホーに設定した。一通り作業を終えるとアントニオは溜め息をつきながら、外へ出た。外ではエンジェルが悲しみを表現したような真っ青な目で外部からクロスを見ていた。耐え難い決断だった。しかし一刻を急いでいたアントニオにとってこれ以外のことが思いつかなかった。ただもう少しその場で待っていたならば、リード達が駆けつけてきていたはずなのに。そうなればまた運命は変わっていたのかもしれない。だが、運命も既に決まっていることなのだ。
アントニオがすぐにクロスを避難させようと決意するのか、もしくはその場で少し待ってリード達と鉢合わせになるのか、どちらに転ぶかは既に決まっていた運命なのだ。
そう。ニーナが死に、メサドが怒り狂ってスターキーを殺すのも運命なのだ。そしてその後、メサドが帝国巨大船RAVENに飛び、シリウスと対峙するのも運命なのだ。その後、どうなるのかも既に誰かに引かれたレールの上を歩くような定められた<運命>なのだ。
三十一、
スターキーはメサドの意志のない瞳から目を反らすことが出来なかった。目を反らしたその瞬間には首が弾き飛ばされていそうで恐かった。だからスターキーはライトセイバーを手探りで探し当てることしか出来なかった。無駄な怪しい動きをすれば、一瞬にして右手の1本は軽々とはねられそうな気がしてならなかった。
そしてやっとライトセイバーを見つけた。するとスターキーはすぐに立ち上がり、構えた。だが彼の表情は恐怖としか表現できなかった。いや、恐怖以外にも彼にはある感情が沸き起こってきていた。憤怒。スターキー本人のプライドは今や既に無いに等しいほど砕かれたのだから。「くそ!」彼は声にならない声で叫び、メサドに襲いかかった。だが、感情の失ったメサドの動きは全く読めず、スターキーはすぐにメサドの不快な動きに惑わされ、足を取られた。
スターキーは大きな音を立てて、転げた。数メートルも滑っていき、メサドに距離を縮められる前にすぐさま体勢を整えた。それでも懲りず、また同じようにメサドに襲いかかった。
だが、またメサドの光の刃に押し返され、今度はどんどん後ろへ追いやられていった。ニーナの眠る場所から遠ざかった。2人の刃が交差し続けた。
メサドの刃が有利になり、またもやスターキーが弾き返されたときだった。待ってましたとばかりにスターキーの空いている手に隠してあった銃が撃鉄を上げた。成功した!スターキーはヤニだらけの歯を見せて笑った。だが、そんなものはメサドに通用するわけがなかった。メサドはそれを難なく弾き返し、一瞬にして距離を縮め、スターキーの左肩を切り落とした。
スターキーは数秒遅れて悲鳴を上げ、左肩は血をほとばしりながら、空中を舞い、地面に落ちたが、その音は悲鳴によって掻き消された。
三十二、
エンジェルCO23とアントニオが見送る中、クロスの乗る緊急脱出ポットは空高く舞い上がり、そして灰色の空へ消えていった。アントニオはその様子を見つめ、運命を呪った。
完全にポットが見えなくなると、アントニオはエンジェルに向き直り、辛辣な声音で言った。「エンジェル、すまないな」
彼の視線は日の光に揺らぐ地平線へ向けられた。そしてそこに何かを見つけたようだ。「私の判断は正しかったようだ。エンジェル、私の後ろへ隠れろ」そう言うと彼は時代遅れの鉄剣を取り出し、構えた。
アントニオが地平線に見た物はリード率いる3人が乗る飛行車だった。
そうとわかったアントニオは剣を納め、規律正しく敬礼して迎えた。彼はある種の救われた思いと希望が入り交じった気持ちになったが、何故かその中には報われない後悔があった。それが何なのか、彼は心の奥底では気付いていたが、恐怖から逃れようとする彼の小さな心がそれを表に出させなかった。もちろん報われない後悔とは、クロスを宿命へ導いてしまったことだった。
そして飛行車が彼の前で止まり、乗員が中から出てきた。はじめに出てきたのはフィルスティーヌ、次にルサーズだった。リードはいつまで経っても出てこようとしなかった。彼は顔を伏せているだけだった。
フィルスティーヌとルサーズはアントニオに敬礼した。アントニオは2人に敬礼し、過ぎていき、リードの乗る飛行車に寄った。そして窓ガラスを軽くノックし、リードを起こそうとした。アントニオはリードがてっきり寝ていると思っていたらしい。リードは仕方なく車から降りた。だが、いつまでも顔は伏せたままだった。
アントニオには彼が顔を伏せている理由が痛いほど分かった。もともと気持ちを表に出そうとしない性格だったリードなのだ、再会できた喜びに涙するのなど見られたくないに決まっている。
アントニオは静かに、無言でリードを抱きしめた。リードは鼻を啜り、涙を堪えて両手を彼の背中に回し、力強く抱き返した。アントニオはなだめるようにリードの背中を3回叩いた。そして2人は離れた。リードの表情は既に落ち着き払っていた、ように見えた。
「お亡くなりになったとばかり。生きておられるのにも関わらず、申し訳ございません」リードは片膝を付いて頭を垂れた。あの位の高い副議長のこんな状態を見て、フィルスティーヌとルサーズは只では居られなかった。直ぐさま、リードの後ろに並び、同じように膝を折り、頭を垂れた。
「やめろ、やめろ。私に現副議長の頭を下げる権利など無い。むしろ私の方が謝りたい気持ちでいっぱいです」アントニオはしゃがみ、リードの肩に手を置いて謝った。「それに今、こんなことをしている時間など無いはず。一刻を争う状況のはずですよ」
その言葉にリードの目つきが変わった。そして人造人間のような規則正しい動きで立ち上がった。「御言葉通りです。すぐにゴールデンシップに乗り、南都市を目指しましょう」アントニオと残りの2人が無言で頷いた。
陰からエンジェルが姿を現した。するとリードとフィルスティーヌ、ルサーズは度肝を抜かれたように驚いた。「どうして!エンジェル。ということはメサドや女王も?」リードは歓喜余って、いつもならメサド議員と呼ぶところを親子としてメサドと呼んでしまった。だが、当の本人はそんなことを考えている余裕などなかった。しかしリードの期待を裏切るようにアントニオは頭を横に振った。その瞬間、リードの視界は闇へ消えていった。まさしく絶望とはこのことをいうのだろう。リードは口を半開きに止まった。メサドは今も生きているという望みは完全に絶たれたというわけではなかったが、その保証もない。どちらかといえば、アントニオの反応からして、メサドはすでに。という見解なのだろう。
後にフィルスティーヌとルサーズも唇を噛み締め、2人の冥福を祈った。もちろんメサドはその時、スターキーと対峙しているのだが。
パッとリードの顔に変化があった。何か気付いたような。「クロスは!2人の間に授かった2歳になる子は!」その問にアントニオの正しいのか、迷った答えが返ってきた。「その子なら、私がハズホーへ避難させました。多分、大丈夫」リードは少し救われた気がした。だが完全に安心できたとは言えなかった。何故なら、彼はまだ2歳なのだから。
しかし希望の光はまだ残っているというわけだ。リードはそれをただただ信じることにした。
リードが皆へ顔を向けたときには、決心の色が見えていた。「よし、行こう」そういうと彼らは歩き出した。
三十三、
高らかに舞う砂埃の中からスターキーが悲鳴を上げ、左肩を抑えて姿を現した。彼は必死の形相でその場から退散しようとしていた。だが、すでに止められなくなったメサドから逃れることも出来ないでいた。
メサドも砂埃の中から跳び出て来、光の刃をスターキーの目の前へ飛ばし、地面へ突き刺した。スターキーは痛みに瞑った目を少し開け、すぐさま足を止めて、メサドの方へ振り返った。と同時にメサドは右足で着地し、その右足をバネにスターキーの顎を蹴り上げた。スターキーは振り返ったと同時に蹴られ、意味が分からず、宙を舞った。
彼は抵抗できず、大の字に地面に叩き付けられた。頭の中で星々がぶつかり、破裂した。そして視界が焼け、焦げていくように火花が散って見えた。彼の長い黒髪が方々へ広がっていた。
彼が視界を戻そうと頭を振ったことで視界は戻りつつあったが、視界が戻ってはじめに見えた物はメサドを下から覗いた景色だった。スターキーは瞬時に反応し、身体を動かそうとしたが、指すら動かなかった。そしてまたしても抵抗できず、彼の攻撃を真に受けた。
メサドはスターキーを蹴り上げてから、再び跳び、今度はぶっ倒れた彼の土手っ腹に両足の踵で着地したのだ。それには流石のスターキーも応えたらしく、顔を真っ青にし、呻いた。だが、メサドの怒りは治まらなかった。当然だ。あれほど愛した彼女の命を目の前の男によって奪われたのだから。
メサドはスターキーの頭を跨ぎ立ち、顔面を殴った。彼の硬く握られた拳は全く止まることなく、殴り続けられていた。だが、その手もふと止まった。もちろん彼の目は未だ意志のない真っ暗なものである。
メサドはスターキーを無視して、地面に突き刺さったままのライトセイバーの所へ行き、それを手にし、腰に提げなおした。彼の背後では身体の意識が戻ってきたスターキーが上半身を起こし、顔を抑えていた。指の隙間から怒りに狂った彼の目がメサドの背中を捕らえている。そんなことも知らず、メサドはある方向へ歩き出していた。
スターキーは無言で立ち上がり、レーザー銃を構えた。俺の顔を潰した報復だ。何が起きたのか、わからないまま逝け。スターキーは遠ざかっていくメサドの頭を撃った。
「?」スターキーの視界が回っていった。時には上下、時には左右。または前後か。スターキーは何が起きたのか、分からなかった。ただ、揺れ動く視界の中でメサドがこちらを向いて掌を広げているのだけが目に入った。そして視界は真っ暗となった。
メサドは光の刃をスターキーが発砲する直前に投げ放したのだ。光の刃は一瞬のうちにはスターキーの首をかっ斬り、彼の首は先程通り、回転していき、最後に地面に落ちた。そして頭のない意志だけが伝えられた胴は銃を発砲し、その弾丸はメサドの広げた掌に焼け跡を残したというわけだ。
そしてスターキー本人が、何が起きたのかわからないまま死んだ。
胴体と分離した彼の頭は目を見開いたまま地面を転がっていた。無精髭に口から吐かれた血が付着し、それに白い砂が混ざって口周りが白い固まりをぶら下げている。一方、指令塔を失った胴体は微かに指を動かした後、骨のないタコのように垂れ落ちていき、その不格好のまま動かなくなってしまった。
メサドは放たれたライトセイバーを拾いに彼の横を通ったのにも関わらず、彼の死体に一瞥もくれなかった。その時には既に彼の頭にはスターキーの存在すらなくなっていた。全く無駄のない動きでライトセイバーの柄を拾い上げると、右掌に残った焼け跡すら見もせず、それを腰に提げなおした。
意志のない彼の頭の中で今、何を考え、何をしようとしているのか。その答えはただ一つだった。<復讐>
彼は出口から外へ出た。今もなお、そこには灰色の空が広がっていた。
三十四、
くたびれた飛行車が巨大船を囲む軍機の間を縫うように進み、その巨大船の前で停車した。そして鈍い音を立てて、扉を開け、中からリードとアントニオが出てきた。後部座席からはフィルスティーヌとルサーズが。扉を開くときに、黒板を爪で掻くような金切り音がすることからこの車は随分と古いか、もしくは壊されたことが容易に推測できる。それに塗装などほとんど剥がれ、側面は凹みに凹んでいる。フィルスティーヌなど開かなかったため、蹴り飛ばしたほどだ。最後に屋根に乗っていたエンジェルが降りた。
アントニオは巨大船を見上げると、歓喜に涙した。「ゴールデンシップ、久しく見ない間に随分と良くなってるじゃないか。私は嬉しいぞ」彼はそう言うと両手を広げた。その御陰に彼の決意はまた強くなった気がした。皆の方へ向けた顔がそれを語っている。「急ごう、動物たちも温かい南へ向かったはずだ」
ゴールデンシップに4人(と1機)は入り、操縦席へ移った。そこには既に飛び立つ準備をしていた共和国軍がいて、彼らに敬礼して待っていた。先頭を歩いて入ってきたアントニオは右拳を左胸で3度叩いた。「サンクス」
続いて3人も同じように3度叩いて入ってきた。フィルスティーヌとルサーズは操縦席に着き、リードとアントニオは操縦室の中央に立ち、大画面に映る景色を見ていた。
エンジェルの方はゴールデンシップの中央に位置するホールに来た。ここはメサドがリードから短剣を受け継ぎ、広大な宇宙を見て感動した場所だった。後に短剣はニーナに移り、今はクロスにある。彼女がここへ来た理由はわからなかった。彼女が唯一愛するニーナが今はもうここにはいないことを知ってのことか、それともただただここの景色が良いからか。そんなことは誰も知る由はなかった。エンジェルは生涯ここへ来たことも、何故来たのかも言わなかった。
ゴールデンシップは轟音を立てて、飛び立った。ちょうど真っ暗な宇宙との境を飛行し続けていた。
奇妙な、色の混ざった景色を見つめ、エンジェルはその場所で1人、ロボットながらも啜り泣いていた。
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