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the Fourth Avenue Cafё
EP0:HEAVY GAUGE,2
共和国クルタウロン、決してその朝は快適なものとは言えなかった。ソロでは清々しいはずの朝なのにそこは暑苦しかった所為でもあり、空模様も偏っていた所為でもあるが、一番の理由はディール議長からの悪い知らせと要望だった。
「『共和国ハズホーは既に占拠され、今はジャック・バンドの配下にある』。クリフ議員直々にお主に伝えてくれ、とのことだ」
リードは耳を疑いはしなかった。なぜなら彼自身そう予想していたところもあったからだ。<反逆者>リストと再会したその場所で、それも彼から受け取った情報なのだ。全てが全て信じられるものでもなく、こちらを陥れる策略かもしれない、そうとも思った。
そして現に彼からの情報は誤りだったとわかっている――既にジャックはハズホーを占拠し、手の下に置いている。
彼はふと疑問に思った。何故、彼は本国ソロに気付かれずにハズホーを占拠することが出来たのか。後々考えれば、それは単純なことだった。警備の隙間をかいくぐり、中枢部へ一気に攻め込み、頭を占拠する。それも情報が流れるところは全て断ち切って。
だが今はそんなことを考えている暇など無い。今、考えるべきはリストの言う<賢い>ジャックをどう倒すか。騙すか?俺にあいつを騙せるか?
重たい頭でどう考えようと良い案は何も思いつかなかった。それもこれも全ては昨夜の会談の所為である。あの頭の固いムーア・オルガモードを上手く丸め込むまでには相当の時間と労力を消費してしまった。
だが、今はムーア国王を味方につけ、必要な軍は頂いている。
十五、
昨夜、共和国クルタウロン。リードが座る椅子の真向かいに空席があった。ムーアの物だ。椅子の横には小さな娘であるニーナが礼儀正しく待っていた。
予定時間はとうに過ぎているのに、彼はなかなか来ない。理由など考えるまでもない。自己中心的なムーアであるからだ。
待っている間、彼は頭の固いムーアをどう納得させるか、対策を考えていた。相手を逆撫でせず、説得して味方につける方法。それとこちらは今、事を急いでいて、そして重大な局面に来ていることを分からせながら。
彼は娘のニーナを見た。細身の身体を包むドレスが微かに揺れただけだった。たったそれだけで、彼女は微動だにしなかった。瞳は何処か遠く見つめているようだった。一度彼女とも話し合いが必要のようだ。そうリードは思った。彼女の目に何処か寂しいものが伺えたのだろうか。
彼が色々試行錯誤繰り返しているときに、ようやく本日の主役が来たようだ。それもデカい態度で周りに護衛を従えて。リードは手を握る強さを一層強くした。その態度に腹が立った。
そして申し訳なさそうな顔もせず、堂々と席に着くと、挨拶無しに書類に目を通し始めた。「今日は軍借用の要求とこれからの戦力共有の締結の願い、か」彼はぶつぶつ呟いた。すると流石のリードも堪忍袋の緒がきれた。椅子を叩き割るかのように立ち上がるとかつかつブーツの音高らかにムーアの所へ歩み寄った。
そして彼の目の前の机を叩き、こちらへ注意を向けさせた。ムーアは驚いた表情で彼を見上げた。リードは彼と一度目を合わすと、視線の方向を変え、ニーナの方へ向いた。
そのときの表情は穏やかでまるで父親のそれであった。「今度じっくり話そう。そのときはこの口うるさい爺は抜いてな」その言葉にニーナは居心地の良いような、それでいて罰の悪いような表情になった。
一方ムーアの方は顔を真っ赤に怒ったそれでリードを自分の方へ向けさせた。「貴様、何ぬかしよった!何が本国の八方議員だ。只の口の悪いガキではないか!私はトんだ若造と話し合いをするところだったわ」リードは彼の言葉に耳も傾けず、冷静にニーナに話した。
「話してくれるか」ニーナは何も言わず、そして表情も変えなかった。リードは呆気にとられた。
ムーアの方はかんかんに怒っていた。「聞けと言っているだろ!」またリードを向けさせた。するとリードはムーアを睨んだ。その目にムーアは言葉を無くした。
「今はお前と話していない。この子と喋っているのだ。口を挟まないでくれぬか」「何を――」「お前とは彼女と話し終えたら、話してやると言っているのだ」
ムーアは一瞬間をおき、また減らず口をたたいた。「何も知らぬガキが――」「何も知らないのはお前だと言っているだろ!」リードは叫んだ。「お前の国を支えている共和国の今の状況やお前のわがままに迷惑していること、ましてや人としての常識も知らないようなら、国王を変えて貰おう」ムーアの怒りは頂点に来ていた。
「私は国民に選ばれ、立った国王だ。お主みたいな若造に何ができる」リードは静かに、そして威厳ある口調で言った。それも端的に、そしてそれが答えであるかのように説得力のある言葉で言った。「私は本国直々に選ばれた『八方議員』だ」
ムーアはその言葉に全てをひれ伏すしか無かった。もう何も言えなくなってしまった。ただただそれは観念したわけではない。リードが始め考えていた方向――逆撫でせず、説得して味方につける方法――とは、ま逆の展開になってしまっていた。
「さて、君」リードはニーナの方へ向き直った。「うるさい爺は退かした。答えてくれ――口を開いてはいけないと教えられているのなら、手を挙げて欲しい」リードは慎重に、そして優しい口調で言った。「イエスなら右手、ノーなら左手だ。質問に答えてくれるか」
彼女は静かに右手を挙げた。リードは微笑み、頷いて次の質問をした。「今度2人で話し合わないか。もちろんその時は君の父に言っておく、君を喋っても良いようにしろってね」彼女はムーアに視線を投げかけたが、とうにムーアは腑抜けたものとなっていて、返事を返してくれなかった。
そして彼女は恐る恐る右手を挙げた。
リードは微笑んだ。「ありがとう、感謝する」そう言うとリードはムーアの方へ向き直った。その時には既に表情は八方議員のものとなっていた。「では、これから話し合いを始めようか」ムーアは声を落として返事した。「わかった」
そしてようやく会談が始まった。
十六、
「まずは貴方に、私が八方議員であることを認知して話をして貰いたい。暴言、脅迫、嫌がらせその他諸々注意するようわきまえて欲しい。貴方が最優先することは共和国に仕える上での義務協力――もちろん、貴方の国で出来る最大限の補助で良い――、そして次にそれを考慮に入れたあなた方クルタウロン国の活用最大限の要求です」リードはムーア国王に教育するように顔を近づけ、目を見つめて忠告した。そしてムーアもそれを承諾した。
いや、今の状況では承諾するを得なかった。
そして忠告を終えるとリードは気持ちを切り替えたように明るい表情に戻り、自分の席に着いた。「それでは始めましょうか」ムーアの深く皺の刻まれた額に汗が伝い落ちていった。
表情を変えたリードだったが、何かを思いだしたかのように手を叩き、ムーアの方へ向き直った。そしてその時の表情は先程のそれを何ら変わらないものにまた戻っていた。「1つ言うのを忘れていたことがあった」
ムーアは大きな唾の塊を飲み込んだ。その際、痰に似た固形物が喉に引っ掛かり、一瞬顔色を悪くした。
「今の共和国の状況は、はっきり言って最悪だ。これから会談の内容は言うつもりだが、大体分かっていると思う――我々が要求しているのはこの国の軍事力だ。それも早急に」とリード。それに対し、ムーアは声にならない程度の返事をした。
「つまり、この会談は形式だけのような物にし、すぐにでも軍をお借りしたい」ムーアは意表をつかれたように目をまん丸くした。「先程偉そうな事を言ったが、今は呑気にこんな話し合いの場を設けている暇はないのだ」
そう言うとリードは周りの護衛、クルタウロン国軍、そして娘のニーナ姫をそっちのけでムーアを見つめていた。そして口元をそっと緩めると、例の小刀を机の上に置き、それと銃も置き、深々とお辞儀した。
彼は武器をムーアの前に置き、預けたことにより、全ての決定権を彼に任せたことを意味づけた。信頼している間柄にしか、出来ない真似事だった。それも先程まで喧嘩腰だった彼に対してしているのだ。
これこそムーアの意表をついたものとなった。だが、それ以上に彼の心揺さぶるものが大きかった。その時のムーアの表情は誠実なものに変わっていた。
一国の王として、そして初対面の男とその後ろに付き従う軍全てを任せられた1人の男として、ムーアは快い返事をした。
「先程まで何を言われようと、あなた方の要求を全て拒否するつもりでおりましたが、今気付きました。やはり私は馬鹿だった。国王に相応しくない、と。その要求、今の共和国の状況を詳しく教えて貰った際に考えさせて貰います」
そして彼は別人のように深々と一礼すると、「急用が入っているので先に失礼します」とだけ言い残し、部屋を出ていった。始め入ってくるときに隣りにいた男と話していたことから、急用は本当だろうとリードは思った。だが、そんな予測をするよりも早く、彼はムーアが嘘をついている事など無いと確信した。
彼が深々と他人にお辞儀したのだ。それだけで、わかった。彼も――今のところは――心を入れ替えたのだろう。
彼はそっと短剣と銃を手に取り、自分の手の下に戻した。
そして会談が中断して3時間が経った頃だった。ちょうどリードがベッドに横たわり、一日の疲れを癒そうとしているときだった。彼の無線機が点滅した。コールしたのはムーアだった。
彼は軍借用を承諾してくれた。リードは安心した。これでようやく眠れる。
だがムーアは先を続けた。これは今の彼にとってはどうでも良いことだが、これから将来、重要な事となってくるだろう事だった。
『娘のニーナが二十歳を超えた際には私は国王を辞任する。そして全ての権限を彼女に託す。これは逃げではなく、私が彼女をサポートしていくという転換であり、娘の方が国を統治するのには才があると確信したからである』
十七、
共和国ミリアンヌ。弟ミッドが忙しなくテラスを歩き回っていた。時折立ち止まり、静かに眠る兄マッドの様子を伺い、そして遠く、空の向こうをすかして見つめていた。
ディール議長から報告を聞いたのだろう。ジャック・バンドにより、共和国ハズホーが占拠され、そして今マッドの先輩にあたるクリフとウォーミアムの乗る巨大船を追撃するよう要求されている、ということを。
弟であるミッド――彼はまだ選び抜かれた戦士隊長・八方議員ではない――は居ても立っても居られなかった。もちろんこの事は身体の負担になると考え、マッドに伝えなかった。彼なりの優しさだった。
十八、
ソロからの通信で今、クリフとウォーミアムの乗る共和国船と繋がっていた。
議長から全てを聞いたところだった。2人は、いやその場にいた隊員全員が言葉を無くした。誰も何も言えなかった。議長に返事すら出来なかった。
そんな空気を変えたのはウォーミアムだった。「議長、私達は今すぐ船を引き替えします。それをすれば、要求を飲んだことになる」無線機の向こうでディールが溜め息をついた。それは無線機を通してでも聞こえるほど大きなものだった。
『無理だ。奴はお前達が武器を捨て、着陸することを要求しているのだ。つまり生きているお主達の命を自らの手で奪うつもりなのだ』とディール。クリフは口元に手を持っていった格好でじっと動かないで居た。物思いに更けているというよりは何も考えていない、といった虚ろな目をしている。
「すると、ハズホーを見捨てるしか――」『馬鹿者が!!!』無線機の向こうでディール議長が叫んだ。一瞬耳鳴りのような、キーンといった音が響き、船内をより一層静かにさせた。
『落ち着くのだ、ウォーミアム。間違えた選択をしておるぞ。今の我々にとって失って良いものなど何もない。ましてや星1つを捨てるなど軽々しく言ってはならない言葉だ』落ち着いた声音でディールが言った。『一生をかけて償おうとしても許されぬ言葉であるぞ』
ウォーミアムは怯えながら、謝罪した。「なら、要求通り私達が犠牲に――」
『それも違う。言ったであろう、失って良いものなど何もないのだ』とディール。『ハズホーを護るからいって、お主達を見捨てなどしない。命に大小などないのだ』するとクリフは静かに頷いた。議長の最後の言葉に共感しただけだった。それだけでクリフは何も口出ししなかった。
今のクリフは全てをリードに任せているのだ。檻の中の猿――遠い国では『井の中の蛙』とでも言うのだろうか――状態のクリフは手も足も出ず、ただただ成り行きを見守るほか無かった。いやクリフ自身そうなるようリードに全て託したのだ。それはリードを信じるから出来ることであり、それ以外何でもない。
しばらく沈黙が続いたときだった。無線機の向こうでコールされる音が聞こえた。『すまない。奴からの通信だ。こちらもなるべく不利な状況にならないよう努める』
「よろしくお願いします」ウォーミアムは静かに通信を切った。
そしてクリフの方へ向き直った。「どういうつもりですか。何も口出しせず、ただ黙って見ているつもりですか」その声は怒りの中に呆れたそれも加わって、調子が狂って聞こえた。「さじを投げて逃げ出すつもりですか。自分は関係ないと!」
すると今まで黙っていたクリフがこういった。「今の俺達に必要なことは落ち着くこと、そして次に信じること。信頼できる友に自分の全てを託すことがこの危機的状況を抜け出す最善策だ」その言葉は妙にその場に合っていて、ウォーミアムも納得せざるを得なかった。
十九、
共和国ソロ、ディール議長は奴からの交信に出た。奴はいつも通り、口に何か放り込みながら、ぺちゃくちゃ喋り始めた。これでジャックがソロ本国に通信するのは6回目だった。ディールを追いつめるためと余裕の現れであった。だが、それはディールにとって好都合でもあった。奴がこちらへ気を引いてくれている間にリードが策を練り、何か大きな事を起こしてくれる、そう彼は信じていた。しかし、それもジャックの計画の中にはあった。他でどう動いていようが対応できるようにしていた。
「今度の要求は何だ、ジャック」既にジャックは幾つもの要求はしてきていた。そしてその大半をディールは飲み込まざるを得なかった。
『そうだな、言える分は言ったし』彼は悩んだ末に何とも軽い要求をしてきた。『じゃ、こういうのはどうだ。俺をジャック卿と呼べ、それともジャック様か』彼は半笑いを浮かべ、マイクに口を近づけ、粘っこい声で言った。
ディールはしばらく考え、そっと囁いた。「いや、それはよしておこう、<敗北者>よ」
その言葉に一瞬、空気が途切れたような空間が流れた。
しばらくして通信の向こうで物音がした。耳をつんざくような何か破壊された音が。多分ジャックが向こうで何か機械を蹴飛ばしたか、もしくは――。
『ああ――。何て言った、爺』先程までの上機嫌の声とはうって変わって怒気の混ざったそれと化していた。『もう一度言ってみろよ。今度は俺の前で泣きわめく虫けら共を蹴散らして、西のミント空港を吹っ飛ばすからな』
ディールは何も言わなかった。1回目の挑発は犠牲無しに終わることは予想できた。しかしこれ以上奴を怒らすことは許されない。リードが何か策を思いついたら、またそれは別の話になるが。
今のところはここまでにしておいた方が良い。そうディールは踏んだ。
『次はないと思え、糞爺』ジャックはぞんざいに通信を切った。ディールが挑発できたのはリードを信じてのことだった。
ジャックの堪忍袋の緒が切れる前に――絶好のタイミングは切れると同時だが――作戦を思いついてくれる事を願った。
ディールも一応それなりの策は考えたが、どれも成功に程遠い結果に終わりそうな気がしてならなかったのだ。たのむ、リードよ。急いでくれ。我が名にかけて。
二十、
共和国クルタウロン。リードは緑が生い茂る丘へ来ていた。新芽の薫り高い臭いに混じる金属独得の臭いと油の頭に来る臭いが同時に、風に運ばれ、リードのマントをはためかせていた。リードはたった1人ここに来ているのだった。
もちろん気分転換に散歩して、見つけた場所だった――それはまだほんの幼い子供たちが親の目を盗んで発見した秘密基地にいるような気分にさせてくれる。肩に流れる金髪が華麗になびいていて、さながら後ろから見れば、それは<反逆者>リストに間違われる程似ているとも言えた。
そのリードが今、ここで放心しているのは、もちろんジャックのことで悩んでいるからであろう。彼の親友クリフ、そして新人八方議員ウォーミアムが今、危機的状況に陥っているのにも関わらず、当の本人が全てを投げ出してしまったでは、こちらも困るというものである。全く打つ手が思い浮かばないでいるのだ。
何か1つでも鍵を握れば、問題を紐解く切っ掛けさえあれば、そこから何通りにでも対応できるのだが、こうも手がかりがないとかえって晴れ晴れしいというものである――いや、そんなことはない。
彼の真上の空では厚い灰色の雲が輝く日差しを遮り、暗雲の運命を神妙付けて見えてならなかった。そう彼は空を見上げ、心底思った。
すると丘を登ってくる1人の女性が見えた。華奢な身体に大袈裟な装飾のドレスを身にまとう少女――ニーナであった。強く風が吹く度、彼女はそれにあおられ、今にも転げそうで危なっかしい。
よくやくリードの所へ来た頃には息を切らして、膝で呼吸しているほどだった。リードは腕を差しのべ、最後の一歩を引っ張り上げてやった。するとニーナは恥ずかしそうにリードの顔を見上げた。
昨夜の会談室に居た少女とは別人のように彼女は表情豊かだった。多分そこらにいる者よりも感情表現が表情で行われている。「申し訳ありませんわ」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも貴女の方こそ、ここまで登ってきて大丈夫なのですか」リードは実の父親であるかのように優しく、そして親しく話しかけた。「お父上に叱られるのでは」この一言は彼女を一国の姫と讃えたものに聞こえた。
それに違和感を感じたのか、ニーナは一瞬顔をしかめ、返事した。「大丈夫です。お父様は私に全てを許してくださったの。こういう整備されていない所へ来ることも、他人と喋ることも」
彼女は顔を一瞬赤らめ、最後に忠告に似たものを付け足した。「それから、これからそんな言い方はやめてください。1人の友として話して貰えません?」彼女にとってリードが初めて人間の友と感じたのだろう。彼女の一言には、転校した生徒が周りの子に馴染もうと話しかけるような気恥ずかしいものが伺えた。
「ええ、では是非」リードは彼女が自分の味方になると考え、好感的に接しているのではなく、彼もまた彼女とただ友として仲良くなりたいだけだった。
「何と呼べば良いかな」「気軽にニーナを呼び捨てにしてください」リードは微笑んだだけで、了解した。
すると彼女は本題に切り出したように身を乗り出し、そっと囁いた。「ここよりも素敵な場所があるんで、一緒に来ませんか」リードは一瞬考えた。今のままでは多分良い作戦も思いつかないし、ましてや心も晴れないだろう。
リードは了解し、2人は丘を下りて、彼女の言う所へ向かった。彼女が向かった先は小さな湖畔だった。そう、彼女の心を解きほぐしてくれる唯一の場所であり、彼女が宝物とする物が詰まった場所であり、そして将来出会う運命の少年に身体を許した場所であった。
緩やかな波が円を描き、鳥たちが自由に飛び回り、澄みきった湖には魚が泳いでいるのが見て取れた。特別、神聖といったわけではないが、何処か神のようなものが感じられた気がした。
リードはどうしてここへ連れて来られたのか、皆目検討がつかなかった。世間話をしにここへ来たのではないというのだけは彼女を見て、察知できたが。
彼女はそっとその場にしゃがみ込み、水面に指先を沈めた。彼女の手に波は全然立たなかった。
「主に共和国から要求された武器はこの星で製造されています。それは貴方もお分かりですよね」ニーナはもう片方の手で髪を耳にかけながら、リードの方へ向いた。水面に反射する光が彼女の瞳を飴色に輝かしていた。
リードは頷くだけだった。「酷く汚れた排出物は今までこの湖へ垂れ流しになっていたのです。でも国民の活動により、今ではもうこんなに綺麗に戻っているのです」彼女は一すくいし、そっと指の隙間から流した。
「いえ、昔よりも綺麗になっています」リードは腕を組んで、後ろへ引いた姿勢で背に立つ木にもたれ掛かった。「何が言いたいのでしょうか」
彼女は一瞬鋭い眼差しで――冷徹で見るもの全てを圧巻させてしまうような、押し退けられた気分にさせられるものだった――リードを睨み、再び湖を眺めた。「この湖を綺麗にした活動は父の、ムーア王の提案したもので、彼自身この活動に参加したそうです」
リードは顔には出さなかったが、驚いた――あの彼が。「私が言いたいことは父を只の自己中心主義の男だと見ないでください、ということです」リードは木から離れ、湖へ歩み寄って、彼女の隣りにしゃがんだ。そして彼女同様にすくい上げ、その水の清らかさに納得した。
「了解した。昨夜、貴女の父を侮辱したことを許してくだされ、我が名にかけて」ニーナは静かに頷いた。
「この湖は私の宝物なんです」彼女は不意に話を変えた。「父に勧められて連れてこられたのはまだほんの幼い子どもの頃でした」もっともリードにとって今の彼女も少女のように見えたが。「父から貰った最初で最後のプレゼントだった気がします」
リードは水面に映る彼女の表情を見た。水面が揺れているからだろうか、彼女の表情が――。
彼女はリードの腕を掴み、心配そうな顔で彼を見上げた。「お願いです。この国を、星を、自然を守ってください。私の大切な自然、建物、国民を帝国の魔の手から――」
リードはそっと彼女の腕を解き、目を見つめた。「大丈夫です。安心してください」今度はリードが彼女の肩に両手を置き、同じ視線の高さでなだめるように話した。
「私達――共和国八方議員含め全議員が何とかします。大丈夫、この国には手を出さないようにしますから」
リードの頼もしい言葉にニーナはそっと瞳を閉じた。それはまるで口付けを受け入れたようにも見えた。いや、彼女は受け入れたのだ。
だが、リードはその期待には応えず、そっと額にキスしただけだった。
それだけでニーナは彼が自分のことを少女にしか見ていなかったと分かった。初めて親しく接してくれた彼は自分のことを何とも思っていなかったと悟った瞬間、この場から逃げ出したい気持ちになった。いや、ここで1人泣き叫びたい衝動にかられた。
しかし彼女はその衝動を抑え込み、そっと目を開いた。
「貴女がここへ連れてきてくださった御陰で決心が付きました。こちらも1つ不安が取り除けるかもしれません」リードはそっと彼女から離れ、お辞儀し、その場から立ち去っていった。爽やかな風にあおられ、彼の金髪が揺らいだ。彼の言う不安が取り除けるかもしれないというのは、おそらくジャックのことであろう。
何か良い作戦でも思いついたのだろうか。もしかすると只の出任せか。しかし今の彼の口から嘘など出ようなど誰が考えようか。彼が言っていることは真実であった。
取り残された彼女は顔を覆い、その場にしゃがみ込んだ。彼女の初恋は一瞬にして破れた。もっともリードは彼女のことを何とも思っていないわけではなかった。ただ彼自身の優しさであり、奥手の彼らしい返事でもあった。
ニーナ姫にはもっと世界を見て欲しい。自分を護ってくれる本当の運命の人を見つけて欲しい。リードには国という大きな護らなければならないものがあった。ただ今は1人の女性を愛することよりも国を選ばなければならなかったことを彼自身わかっていた。
二十一、
リード・カタルは自分の宿舎でベッドに横になって物思いに更けていた。ふと頭に彼の言葉が浮かんだ――<反逆者>リスト=ヴィ・ナシス。
『リード、お前も多少優秀なのだろ?ならジャックを追い返してみせろ』リストの卑劣な笑みと共に言葉が脳天を貫いた。その瞬間、リードは目を見開き、飛び起きた。
そしてついに彼の頭に策が思いついたのだ。ジャックにも予想し得ないものだ。何かの因縁か、それともこれこそが<真理>か。
「マクナイル――」リードは呟いた。そしてすぐに行動に移した。張りつめて、動かなかった状況が動き始める。
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