(2)諸外国での規制 オーストラリアでは、酢酸鉛が配合された染毛商品は化粧品に分類される。酢酸鉛はAICS(オーストラリア化学物質目録)*11に掲載されており、化粧品への使用が認められている成分であるが、商品に表示すべき事項が規定されている。 アメリカでは、FDAが酢酸鉛の化粧品への添加を頭髪着色用化粧品に限り認めている。その場合の酢酸鉛含有量は鉛含有量として0.6 %(対容量重量比)が上限とされており、商品に表示すべき注意事項についても規定されている(CFR*12, Title21)。 EU(欧州連合)では、酢酸鉛は危険な物質の分類、包装、表示に関する理事会指令(Council Directive 67/548/EEC)に基づいて生殖毒性物質のカテゴリー1*13に分類され、化粧品成分としての使用が禁止されている(Directive 2003/15/EC of the european parliament and of the council)。 *11: AICSはオーストラリア国内で使用することのできる化学品のデータリストであり、政府機関であるNICNAS(National Industrial Chemicals Notification and Assessment Scheme)の下で管理・運営されている。 *12: CFR(Code of Federal Regulations)は、米国連邦政府の行政命令などを告示する政府刊行物であり、米国食品医薬品局規制情報はCFRのTitle21に分類されている。 *13: EUでは、ヒトに対する生殖、発生毒性について毒性の高いものからカテゴリー1~3の3段階に分類している。カテゴリー1はヒトの生殖、発生毒性と当該物質への暴露との因果関係を確立し得る十分な証拠があると認められた物質が分類される。
2)安全性 無機鉛化合物(酢酸鉛を含む)の体内への吸収経路は吸入又は経口いずれかの暴露経路が主であり、傷のない皮膚からの吸収は少ないと言われている(EHC*14 165, 1995)。しかし、酢酸鉛を含む無機鉛化合物のヒトへの影響については、神経系の障害、腎機能障害、生殖機能障害などさまざまな報告がある((財)化学物質評価研究機構 化学物質安全性評価シート、参考資料3)。又、国際化学物質安全性カード*15によると、酢酸鉛の皮膚への暴露によって発赤、痛みを生じるとされている。 一方、WHO(世界保健機構)の付属機関であるIARC(国際がん研究機関)は、酢酸鉛を含む無機鉛化合物の発がん性リスクを「ヒトに対して恐らく発がん性がある」とするグループ2A*16に分類している。 EUでは、酢酸鉛はヒトへの暴露と受胎能力障害及び発生毒性との因果関係を確立する十分な証拠があるとして生殖毒性物質のカテゴリー1にクラス分けされ、そのうち、ヒトに対して発生毒性を引き起こすことが知られている物質*17に分類されている。 日本で酢酸鉛は1~2%の水溶液として医療用医薬品の外用収れん剤(湿布剤)に用いられているが、添付文書中の使用上の注意には「大量に吸収された場合には、鉛中毒を起こすことが報告されているので、長期・大量使用は避けること」と記載されている。 無機鉛化合物を含有する化粧品としては、ヒドロオキシ炭酸鉛(鉛白)を含む鉛おしろいが日本でも16世紀末頃から広く使われていたが、慢性鉛中毒が問題となり、当時の内務省が明治33年及び昭和5年に発令した省令によって化粧品としての使用が禁止されたという経緯がある*18。 *14: WHO等が参加しているIPCS(国際化学物質安全性計画)は、化学物質ごとのヒトや環境に対する影響などについて総合的に評価しEHC(環境保健クライテリア)を作成している。化学物質の安全性を評価する事業として国際的に高い評価を受けており、日本でも各種基準・規制値などの参考にされている。 (無機鉛化合物の経皮吸収に関する参考文献:Moore, M.R. et al., Fd Cosmet. Toxicol. 1980, 18, 399-405) *15: ICSC(国際化学物質安全性カード)はIPCSの事業の一つで、労働者や雇用者が使用する化学物質の健康や安全に関する重要な情報を簡潔にまとめた文書である。 *16: IARCはヒト発がん性を発がん強度の高いものから1、2A、2B、3、4の5段階に分類している。酢酸鉛を含む無機鉛化合物は動物実験で発がん性を示す十分な根拠が得られたとして2004年の評価でグループ2Aに分類された。(IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans 2004, 87, 10-17) *17: EUの生殖毒性カテゴリー1には「ヒトの生殖能力を害することが知られている物質(R60)」及び「ヒトに対して発生毒性を引き起こすことが知られている物質(R61)」が分類されており、酢酸鉛はR61に分類されている。 *18: 参考「化粧品化学ガイドブック(日本化粧品技術者会)」