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2017年01月05日
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カテゴリ: 興味深々!
〆:清洲城は、尾張国春日井郡清須(現在の愛知県清須市一場=旧西春日井郡清洲町)にあった城で、"清須城"とも表記されます。
■歴史
〆:室町幕府の尾張守護斯波義重は下津城(稲沢市)を守護所としていましたが、1405年ごろに別城として清須城を築き、守護代の織田敏定を城主としました。
1476年に下津城が戦乱で焼かれると守護所は清須城に移り、清須が尾張の中心として栄えました。
1555年に織田信長が那古野城から移り、城は次第に拡張され、本能寺の変後は信長の次男・信雄が城主となりましたが、信長の後継決めで羽柴秀吉と対立し、秀吉に備えて城を拡張して天守閣などを築き、堀も3重となったそうです。
当時は、城郭も東西2000メートル、南北2500メートル、城下町の人口は6万人に達するという大都市だったそうです。
〆:その後、城主は豊臣秀次、福島正則、松平忠吉、徳川義直と続きましたが、1610年に名古屋城の築城が始まり、城下町ごと名古屋城へ移されました。
これが有名な「清須越し」で、「思いがけない名古屋ができて、花の清須は野となろう」と唄われたとおり、清須城は城下ごと姿を消し、跡は田畑となりました。
〆:1898年に清洲城址保存会によって本丸跡が公園として整備され、今は城址と五条川を挟んだ対岸に模擬天守と書院が建てられています。
〆:現在の城は1989年(平成元年)に建てられたもので、常設展示により清洲が歩んできた歴史をビジュアルに理解出来るようになっています。
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Last updated  2018年09月10日 22時57分15秒 コメントを書く
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