☆NOUVELLE VAGUE☆

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友人の死


あなたは、
自分の「大切なひと」を
失ったことがありますか?

人生には、
さまざまな出会いと、
さまざまな別れがあります。

小泉も生まれてから、21年の間に、
友人の死を2度経験しました。

今回は、そんな思いを書こうと思います。



小泉が初めて友人の死に直面したのは、
18歳の秋でした。
原因は自殺。

ほんの数時間前まで、電話でしゃべっていたのに、
あっけなく去っていきました。

自分には信じられなくて、
どうしあの時そばにいてやれなかったんどろうとか、
どうしてもっと話を聞くことが、
そばにいることができんかったんだろうって、
すごく悩みました。

その時、ひとつ思ったことは、
人には人は救えないんじゃないだろうか?
と、いうこと。

医療職の人が何をいっているんだ!と、いわれるかもしれません。
自ら死に向かおうとしている人や、
一人で命を断とうとしている人に向かって、
『死なないで!』といっても、
あまり意味をなさないように思います。
まわりを見ることができなかったり、
自分がいまこの場から消えることが
どんな意味を持つのかを気づくことができず、
なくなっていく人は多いように思うのです。

これは、小泉個人的な思いです。
その人が、一番楽な、
一番その人がその人らしく、
生きたり、
死を選択することができるように、
存在することが必要ではないかと、
長い時間をかけて思うようになりました。




二度目の友人の死は、病死でした。
私が、19歳のときです。

彼女は何年も、同じ病気と戦っていて、
先はあまり長くないとずっと言われていました。

彼女と散歩をしたりすることが楽しく、
ちょくちょく時間を作って、
お見舞いに行っていました。

友人が危ない、もう長くないと知った時、
私の中にはふたつの異なった気持ちがあったように思います。
ひとつは、長く生きていてほしいという思い。
もうひとつは、彼女を早く楽にさせてあげたいという思い。
二つはとても矛盾しています。
けれども、当時の私はどちらも思っていました。
前者の思いに関しては、残されるほうの気持ち。
後者に対しては、
いままでの、彼女の状態を見ていて正直に思ったこと。
つらくて苦しくて、いつも泣いていた彼女を見ていたら、
死んだら彼女は楽になるんじゃないかと、思ったのです。

友人の最後は眠るように静かでした。
病気だということも、
今まで苦しい治療をしてきたことも、
感じさせない・・・そんな、寝顔のような顔でした。

彼女の死は、
自分にとって看護ってなんなんだろう?
なんで看護師を選んだんだろう…そう思うきっかけになりました。
今でも答えは出ないし、一生答えはでないだろうけど
あの瞬間のあの気持ちだけは
絶対に忘れる事はないと思います。


関連の日記→7年間の看護師生活の中で…
http://plaza.rakuten.co.jp/newwave/diaryold/20030411/
もご参照ください。


2003.10.7 記

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