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例えば、編み物を始める時毛糸玉をいくつか準備する。それぞれに巻いてある紙を、いちいちとるのが面倒だからと、先に取ってしまって始めるとする。編んでいるうちにその2つがどうしたはずみか絡まり合ってしまった。絡まりあった毛糸を少しずつ少しずつ解していくとそれに連れてだんだん糸口が明瞭になっていく。湊かなえの小説はそんな話だった。例えば、神経衰弱をしていて初めは全然合わないカードばかりだったのが、数が少なくなるにつれ、覚えたカードが多くなるにつれ、ペアーになるカードを引き当て易くなっていく。「少女」はそんな小説だった。銀行に用事が有って出かけた。たった10分の電車の乗車時間ではあるが、積読では先に進まないので隣の奥さんに借りた本を持って出かけた。電車の中で読もうと思って。銀行に着くまでの10分でそれぞれの章が2人の少女によって交互に語られていくこと、その中の登場人物がそのうち微妙に絡み合って繋がっていくだろうことを読み解いた。小説の技法としては良くある話。映画でも良くある手だ。そして最後には登場人物すべてがどこかで繋がるはず。面白くなってきたから銀行の後、タリーズに入ってコーヒーを飲みながら読み進める。なるほどなるほど、やっぱりこの人とこの人も繋がった。2杯目のコーヒー。3分の2読み進んだところでほとんどすべての糸玉が頭の中で明瞭にほどけた。この分では最後まで読む前にこんがらかった糸はすべて解けるはずだ。家に帰っても残りを読み続ける。3杯目の、今度は紅茶。ほらやっぱりにらんだ通り、そうなった。でも、本の序章のもっと前にある文章は2人のうちのどちら?謎を残したまま、ラストに突入。最後の最後の章で最初と繋いであった。あ、少女は3人いた。2つの糸玉は玉こぶで結ばれていて、ほどけないようになっていた。トランプの神経衰弱にはジョーカーが1枚交じっていたのだった。ネタバレしちゃいましたが気になる人は小説を読んでください。
February 27, 2012
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以前に書いてきたが、私は昨年秋、母を失った。お隣の奥さんはほとんど同時期にご主人を失った。わたし達は同じような期間、それぞれ介護し、同じホスピスに通い、時には励まし合い、助け合い、相談しながら過ごした。変な言い方だが同志のような存在だった。そして互いに大切な人を失った。2人とも看護に明け暮れた時期にそれぞれの趣味やお稽古や人との関係などを休まざるを得なかったのはしょうがないことであった。私は今、それらのものにはほとんど復帰したが、彼女は私より歳を取っていて、足が痛くて、今年に入っても風邪やらインフルエンザにかかったから、もうなんだか外に出る気がしないという。いろんなことがめんどくさいという。引きこもっているのだ。時々頼まれたものを買ってきたり、差し入れはしているけれどなんだか元気がない。これって失った人が心の中に占める大きさだろうか、それとも残っているもの(お金じゃなくて)がどれだけあるかの違いだろう。彼女は連れ合いをなくし、私には夫がいる。あまり元気がないので、今日久しぶりにお寿司を握って、昼ごはんに招待した。いっぱいしゃべって、いっぱい食べて帰って行った。帰りがけ、3日前に頼まれて買って来た、湊かなえの小説「少女」を読んじゃったから読めとおいて行った。えー、私は暇じゃないんだよと思いながら、ベットの脇の積読テーブルに置いたのだった。デザートは「葦」のケーキ。
February 25, 2012
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代官山にある国の重要文化財である旧朝倉邸に行って来た。都会の真ん中に有って華族でもなく財閥でもないから舞踏会室や大きな迎賓室やステンドガラスを持つ洋館ではないが巨大な木造家屋だ。東京都の区議の実力者で、明治から大正期のとんでもなく財力のある商家だったファミリーの邸宅だった。財力に物言わせ豪華な木材を使った建物ではあるが、狩野派の絵師が描いた板戸も襖絵も決して華美ではない。むしろ色を抑えて渋ささえ感じる。昭和を生きて木造の家に住んできた年齢には、どこか懐かしく、ぬくもりを感じ、1度入ったら、畳に座ってまったりして去りがたく感じる家だ。大きい木枠のガラス戸が都会の喧騒を防いでいる廊下にまったりと座っていたら、瞼がだんだん落ちて眠くなってきた。「伯母様、お呼びになった?」遠くから若い娘の明るく弾む声が聞こえてくる。ゆっくり頭を上げると、歳の頃12、3の今にも折れてしまいそうな華奢な体をした少女が彼女付きの女中を伴ってこちらに廊下を渡って来る。少女は私の脇をする抜けると、座敷の奥に座っている彼女の伯母の前に音もなく座った。少女の母の一番上の姉で有る伯母は答える。「お客様がいらしたから伯父様がお前にお茶を点てて欲しいそうだよ」東京都の議員である本宅の叔父は長男の嫁や次男の嫁には声をかけないで、いつも姪にその役目を言いつけるのだった。同じ敷地内に有る店の家族が住んでいる家から妙子を呼ぶのだった。そういう時は決まってお客は政治家のはずだ。階下の贅を尽くした客間の杉の間や庭から入る1階の茶室ではなく、階段によってほかの部屋と隔離された2階の水屋と背中合わせになった4畳半を密談のために選ぶ。何時の世も政治は密室で・・・。呼ばれた妙子はちゃんと心得ていて、すでにいつものように外出着である洋服から振袖に着替えてきたのであった。水屋で女中とお茶道具をいそいそと準備する彼女は、伯父がこの家でたった一人の女の子で有る自分をかわいがって茶事に指名してくれる事がうれしいのである。白地の綸子に青い波模様の斬新な、そして高価な振袖の衣擦れの音がする。がたがたと風が渡りガラス戸が静かに揺れる音がする。私はふと我に返ってあたりを見回す。妙子さんは何処に行った?うたかたの夢の時間。***************ちょっと物語で遊んでみました。
February 22, 2012
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実験です。楽天写真館から「大」でも無く「小」でもない、自分の希望通りの写真が出来ました。ソースのいじり方教えてくださったもあさんありがとうございました。今後は楽天写真館からUPしようかな、それともフォト蔵かな。
February 19, 2012
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先週友人たちと刺し子をしながら話をしていた時、韓国ドラマにはまっている友人の話を皆で聞いていた。そのうちの一人が、「その話って何話有るの」と聞いたら、彼女の答えは「百話ぐらいかな」というものだった。ひぇーい、無理無理、歳と共に年々集中力と継続力が無くなって来ている私にはとても見続けることが出来ない話だ。毎回毎回ちっとも先に話が進まない、毎回毎回内容がほとんど同じ、一度完結しそうで主人公にハッピーエンドが訪れそうでもまた新たなる敵が現れて元の戻ると言った内容はイライラするのである。テレビゲームでは敵は自分の手でやっつけられるが、ただ見ているだけのものには何とも歯がゆい。かといって主人公に助言も出来ないし・・・。韓国語をかって習っていて韓国映画は好きなのに韓国ドラマが嫌いな理由はこの辺に有るらしい。別に日本のドラマでもこの手は有るけれど・・。大河ドラマは見ているしね。日本人だから連続する先の結末は分かっているし、話の進む先もだいたい分かっている。連続ドラマでもいいから、テーマが通っていても良いから、その日のドラマは一話完結にしておくれ。きのうと同じ話はしないでおくれ。かくいう私は歳のせいで、まったく同じ話を同じ友人にすることも有る。まあ、優しい友人はまたかと見過ごしてくれているけれど・・・。うん?ブログでもしている?P1060133 posted by (C)灰色ウサギタントマリーのチーズケーキ写真はフォト蔵からUPしてみた。
February 19, 2012
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ちょっと前、長女から絵葉書を受け取った。スペインのサグラダファミリアからの絵葉書だ。私はこの頃パソコンの前にかじりついてばかりいて、とんと絵葉書を書かなくなってしまったが、いつも私が見るとき携帯電話ばかりいじっている娘なのに、どこかに行くとせっせと絵葉書を送ってくれる。決まって「Dear お父さん、お母さん」で始まるその手紙はあるときは、ベルギーのブルージュだったり、ドイツのミュンヘンだったり、スコットランドだったりする。たった2日の週末旅行でも、どこかに行くと必ず絵葉書をくれる。確かに赴任地のロンドンからは週末にちょいとヨーロッパに遊びに行かれる距離ではあるが、昔から手紙を書くのが好きなのだ、きっと。絵葉書をもらった当の私は、自分の行かれない世界の写真を見ながら、あれこれ想像する。楽しみなひと時。ああ、私もまた手紙という手段で連絡を取る生活に戻らなければと、思いながらガウディの写真に見入る。写真の裏の彼女のコメントは「建物の中はまるでナウシカの腐海みたい」と書いてあった。次女がモン・サン・ミッシェルに行った時の感想が「コンピューターゲームで中を知っていたから、どうなってるか最初に全部わかっちゃった」と言うもの。ゲームにしろアニメにしろ子供の時に心に刻みつけた光景は忘れられないものらしい。絵葉書のほかになぜサグラダファミリアのお土産とスペインのチョコが有るか?当の本人、私が絵葉書を受け取るよりも前に日本に出張に来ていたのだった。
February 16, 2012
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1月後半から始めた夫の確定申告。自分でやらないから毎年私がやっている。国税局のページで打ち込んで最期に出てきた納税額を見てすっかり仕上げる戦意をなくしてしまって今日までほったらかしていた。納める税金、何で去年よりこんなに多いの?捜索開始。会社が給料から見込んだ所得税を差し引く金額が去年1年間、その前の年より少なかったのだと判明。結局、納める税金はトータルでは変わら無いが、人間の心理って不思議だ。知らずに多めに引かれていて、いっぺんに払う分が少ないのと、後でどっと払うのとでは、心の動揺が全然違う。夫のリタイア真近になって、初めて年末調整の意味を知った自分のあほさ加減にちょっとショック。昨年1年間でいろいろな経験をし、税金は黙って払ってはいけないのだ、自分で納得して払うものだと勉強した。払うのが嫌なのではない。納得して払うのとそうでないのとでは心のありようが全然違うのである。取られると思うのと、社会のために当然払うのだと思うのと・・。稼いできてくれる夫は確定申告は秘書(わたし)がやるものと思っていて税の仕組みは分からずにのほほんとしていていいものかとも思うが、その条件として年末、イギリスに行かせてもらったからね、頑張りましょう。おやつは椿。きょうの写真は悠々愛々さんに教えてもらって気が付いた楽天写真ブログから。うん、やっぱり「大」は大きすぎて「小」は小さすぎる。
February 13, 2012
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寒い。昨日よりは少しは暖かいけれどまだ寒い。昨日、買い物の帰りに道を歩いていると空からふわふわと白い薄紙のようなものが降って来た。ふわふわふわと青い空をタンポポの綿毛のように空中を漂い、ちっとも地面に落ちない。そのうちに一瞬、わあーと、蜻蛉の発生のようにそれが増えて、景色一面に白い斑点模様を描き出した。それは、ものの10分であった。優しい風景を瞬間見せて消えて行った。今年初めての雪。豪雪地帯の方には悪いけれど、雪景色というにはあまりにも儚い風景。昨日は節分。水曜日の日本語子供クラスは、勉強の後、手作りのお面にみんなで色を塗って、思い思いの鬼を作った。豆まきはしないでパック入りの豆をそれぞれに渡す、かって豆まきをしたら、皆で踏んで粉々になり、掃除が大変だったから。昨夜の夕食に、インドネシア人のノビさんが買って来てくれた恵方巻きを食べて、それをすると喜んでくれた子供も犬もいないから、2人で赤鬼を食べておしまい。うーん、小さな写真をUPするのにはどうしたらいいの?
February 4, 2012
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忙しいと先延ばししていたのだが、薬が無くなって来たからあわてていつもの医者に行った。いつも何枚か写真の額が置いて有るカウンターをぼおっと見ていたら、その中の一枚が真っ赤な落日の写真だった。画面の上の方に真っ赤な大きな太陽が有り、その下の海を長く陽の光の帯が引いているのである。この頃夕日に急に興味を持ち始めた私。診察室に呼ばれると先生に聞いてみた。「あれは何処で写されたんですか。きれいですね」先生はおっしゃった。「あれは極寒の稚内で写したんですよ。気温が氷点下30度ぐらいになると太陽が四角くなるんですよ。でも僕が写したんじゃないですけどね。患者さんが・・・。」それを聞いていた看護師さんと採血のために診察室を出ると、看護婦さんが興奮したような声で告げた。「あの写真写した方が、今ドアから入って来られましたよ。なんとまあ、タイムリーな」見ると、体格の良い年配の男性がちょうど、ドアからきょうの診察を受けるために入ってくるところだった。太陽の写真を写真に撮るわけにもいかないから今日は写真なし。ちなみにその写真は夕日ではなく、ロシア(彼はソ連と言った)の方に向かって写した朝日なんだとか。温暖化の影響で太陽は四角ではなくて丸かったそうだ。そうだよね、先生は四角とおっしゃたけど私にも丸く見えた。そして海に写っていると思ったまっすぐな長い日の反射は、海の上ではなく、氷の上なんだと。海だとその線は波でぐにゃぐにゃになるはずなんだと。写真は奥が深い。私はいまだに浅いところをぷかぷかと漂っている。
February 2, 2012
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先日のブログ記事「太陽を盗り損ねた」に頂いたコメント、ちょっと忙しくて私のページでお一人お一人にお返しできません。すみません。これがコメント返しです。昨日の太陽は赤い太陽ではなかったです。手前の手すりが写りこんでしまいましたが、夕日のまぶしさを体感していただけるでしょうか。
February 1, 2012
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