クレドのにっき

クレドのにっき

零~立花千歳~

 おにいちゃん…
 暗いよ。

みんな、お祭にいってしまった。「お前は目が弱いから、危ないからきてはいけない」って、おかあさんもおとうさんもでかけてしまった。
おにいちゃんは…もういない。
どうして?
八重おねえちゃんと、紗重おねえちゃんが、「ニゲタ」の。
お祭には、ふたりが「ヒツヨウ」なんだって。
でも、おにいちゃんはいってた。「そんなのは、もうおしまいなんだ」って。
そして、お祭の少し前、おにいちゃんもいなくなって、紗重おねえちゃんだけが戻ってきた。
どうして?
フタゴミコさまは、トウトイんでしょう?すごく、メイヨな存在、なんでしょう?
なんで、逃げたりしたの?
…寒い、くらい、くらい闇がせまってきて、とっさに押入れに隠れたの。怖いものだと、わかったから、
…どれくらい、たったのかな。おにいちゃん。鈴鳴らしてるよ。ねえ、これ、鳴らしたら千歳のこと助けてくれるって、おにいちゃん約束してくれたよね。
どうして…きてくれないの?
ああ、そうだ、八重おねえちゃんが…ニゲタから、おにいちゃんが悪いんだって。
おかあさんとおとうさんは、サイシュ様に謝ってた。
よくわからないけど、どうして、おにいちゃんがわるいの?
だって逃げたのはあいつ…八重なんだよ。
おにいちゃんが、いなくなるのは…
 寒い、寒いよ、おなかすいた…くらいよ、誰かの笑い声が聞こえる…誰が笑ってるの?!でも、怖い、千歳のほかに、いっぱい、押入れのそとにいるの。
このおうちには、千歳以外いないはずなのに、睦月おにいちゃんもいなくなって、樹月おにいちゃんもいなくなって、みんないなくなっちゃったのに、どうして、
 寒いよ、凄く寒いの…
「おにいちゃん、おにいちゃあん」
押入れ、怖くて、あけられないよ!
「おにいちゃ…」
笑い声が聞こえてくる。いや!怖い!何か来る…何か、すごく怖いものが、
樹月おにいちゃん、睦月おにいちゃん、だれか、助けて!
鈴をめいっぱいならして、鳴らして、ならして、でも誰もきてくれないの。
「あははははっ あはははははは! あはははははははは!ちぃいとせちゃぁ~んん」
笑い声が、近付いてくるの、怖い!いや…
「助けて、おにいちゃん!」
押入れの外で、くすくす笑ってる声がする。
「 ちぃ~とせちゃん。ここあーけて? 」
「…紗重、おねえちゃん?」
でも、出られない。何かが、千歳の中で何かが、「あれは紗重おねえちゃんじゃない」っていってる。
「 ちぃい~とせちゃ~ん。紗重だよぅ。あけてぇ、ねーあけてぇ~… 」
「…本当に、紗重、おねえちゃん?」
フタリノミコハテンニトオサレ チョウトナル
千歳は、押入れの取っ手に手をかけた。
あけていく。

「 ちぃいと~せちゃ~ん。 あははははははっあははは!あーっははははは! 」

紗重、おねえちゃんじゃない…こんなの、紗重おねえちゃんじゃない!
手を伸ばしてくる。
「いやああ!こないでぇっ」
「どぅしたのぉちぃとせちゃぁん。紗重だよぅ、わすれちゃったのぉ~」
ふふふ、うふふ、あはははっ、あはははははっ、あーはっはっはっ!
掴まれた手から、彼女を侵食する闇。
「 いやああああ! 」
思わず、千歳はそれを力いっぱい振り払って、押入れを閉めた。
「いや…いや…たすけて、誰か…」

 笑い声がきこえてる…。
 千歳は、押入れの中に膝を抱えて、背を壁に預けたまま、闇の中をぼうっとみていた。
 誰もいない…。
 千歳は、ひとり。
「…おなか…すいた…」
 壁をひっかいた。
がり。
タスケテ、タスケテ、タスケテ…
何回も書いてたら、爪がはがれた。でも、わからなかった。
「おなかすいたよ…樹月おにいちゃん…千歳、ここからでられないよ…」
そとにはいっぱいいるから…


ようやっと、開けてみる。
『…だれもいないよぅ』
千歳は、うちのなかを歩いた。弱い目で、ゆっくり。
鈴を鳴らしながら。
『誰もいないよ…樹月おにいちゃん、何処…?』
涙が出てきて、千歳は泣いた。
鈴がその度に鳴る。
でも、誰もこない。
『樹月おにいちゃん…おにいちゃん…』

押入れには、ミイラのように干からびた、彼女の躯があるというのに。
彼女はそれでも、ただうちのなかを歩き回る。
もう、今は無い筈のからだで。足で。鈴で。
彼女は、もう押入れの中で餓死しているのに。

『おにいちゃん…たすけて…だれか…』
干からびた死体が、押入れの中で呟く。
タスケテ。タスケテ、…幾度も。幾度も。
押入れの中には、彼女の死体があるのに。
どこにいく、
とか
どこにいけばいい
とか
そんなのもうわからない
ただ千歳は待つ。
『おにいちゃん…たすけて』
誰かが。
兄が、昔のように自分の手を引いてくれるのを。


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