クレドのにっき

クレドのにっき

零~黒澤八重~

森の中を走った。
「紗重!はやく!」
「待って、八重!」
昔、いつかこうやって走った――前を見て、前を見て、私たちの前には、その先があるのだと、信じていたから――
「きゃあああっ」
「紗重!」
振り返ると、紗重は崖から落ちている。よろよろと立ち上がって、木に手をかける。
「や、八重…」
私は周りを見て、追っ手が来ない事を――聞こえる、遠くからの声――「こっちだ!樹月!何やってる!」――樹月くん!
私は、紗重を見て、「上がれる?!紗重!」
紗重は何とかあがろうとした。だけど、また足が滑って、もっと下に落ちそうになった。
「紗重っ!」
「だめ、八重…あがれないよ」
遠くから――「八重様!紗重様!」「お戻りなさいませ!」――私は、決断する。
「待ってて、紗重、今、宗方くんを呼んで来るから!」
「八重…」
一瞬、同じ瞳がすれ違った。
「待ってて、少しだけ!」
私は走り始めた。宗方くんの待つ、森の外へと。

「八重!」
「宗方くん!紗重がっ」
走ってきた、足はもう血だらけだった。下駄はどこかで無くしてしまった。白い着物は泥だらけで、足はもう裸足…ああそうだ、さっき、邪魔だから、脱いじゃったんだ、そんなことより、紗重が、
――――――「紗重様がいなさるぞ!」
「!」
振り向いた向こうに、遠くから。 「八重!八重ーっ!」
「あ…紗重!」
走ろうとしたのに、足がもう動かない。「無理だ、今は!」
宗方くんが支えてくれた。
「とにかく、きみだけでも、今は逃げるんだ!」
「だめよ、約束したもの!ずっと一緒だって、だから…っ」
私の言葉を遮って、「今、紗重を助けにいったら、きみもまた掴まる!だから駄目だ!樹月との約束が護れなくなるんだ!」
そういうと、宗方くんは私をひょいと軽々持ち上げた。私は少し赤くなる。
「今は、きみだけでも逃げるんだ!」

――村は、無くなった。
見つからない村。
何処にいったの?
私の妹。
私の、おさななじみ…。
私の、村。
「八重。僕の、妻になってくれ」
宗方くんのことは、好き。
でも、私だけ、幸せになっていいのかな。
紗重はどうしたんだろう…。
村は見つからない。宗方くんは、この3年、ずっと探してくれた。
だから私は、宗方八重になることを決めた。
…子どもを生んでから、私は急に身体が弱くなった。まるで、紗重のように。
紗重は、生きているのだろうか。もし、生きているとしたら、私のように、幸せを掴めているだろうか。
「…忘れよう。紗重のことは…。樹月も、もう見つからない…村自体が、見つからないんだ」
そう云った宗方くんの目も、すごく寂しげだった。
「…。そうだね」
消えた村。
消えた妹。
消えた…。

そして、私の娘も消える。
私があの機械を持たせたために。
私が、村から逃げた所為で。
ツケを、払えと、いうの?
紗重を見捨てた私、
紗重との約束を破った私、
紗重、許してくれないのね。
ごめんね。
私は、桜の枝に縄をかけた。
「ごめんね、あなた」
みんなに謝りに逝くわ――――――――――




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