クレドのにっき

クレドのにっき

零~黒澤紗重(正気)~


私にとって一番怖いのは、おねえちゃんと離れてしまうことだったの。

「…樹月くん」
彼の髪は白くなっていて、白い着物とあいまってそこから、風景に溶けてしまいそうだった。
「僕は…。」
いいかけて。
やめて。
「…逃げるんだ。紗重」
「私は――」
あなたの、ことが、
………。
いえなかった。

深道を走って、樹月くんを振り返った。
「振り返らないで…走って」
「紗重!早く!」
走る中、思った。
森の景色が、道でない道を、走る中思ってた。
 村にいて、どうなるの?
 儀式をしたら私は蝶になる。
 樹月くんとは、一緒になれない。
 森を出て、どうなるの?

「待って、八重!」


 森を出たら宗方くんが迎えにくる。
 八重はいい、宗方くんが好きだもの。

「紗重!早く!」


 じゃあ。
 私、どうなるの?
 私は身体が弱い。
 私は二人の邪魔になる。
 八重、
 八重はもう、私のこと、要らない…?
 森を出ても、村にいても、
私の居場所は、無い。

「きゃあああっ」「紗重!!」


わざと。
なの。
足を、滑らせた。
本当はね、すぐあがれたの。
でも八重、きっと置いていく筈なんて無いって思ったから、
私、落ちたのよ。
でも…
八重はいってしまった。

「きっと戻って来る。」
樹月くん…せめて、儀式の日まで、一緒に。
でも、
樹月くんは死んでしまった。

 誰も、いないわ。
 私はひとり――
 たったひとりで今も、この昏いウツロにいる。
ねえ八重、
迎えにきてよ。
さびしいよ…ずっと一緒だっていったよね。約束してくれたよね。
(でも、八重はこない。)
ねえ、八重、…
樹月くんももういないよ。
このダムには、私ひとり…。
(八重、…幸せに。)
私は…いつになったら、このくらいウツロからでられるのかな。
(さよなら、八重。
 今度は、最初からひとりで…)
歩いていきたい。歩いていけるように…。
まだ私はここにいる。
ここにいるよ。

「紗重さん」
呼ぶ声。
差し出す手の、温もり――
「さ。いこ」
なびく髪の柔らかさと。手から伝わる優しさに、
私はそっとつぶやいた。

「…ありがとう。」


私を、迎えにきてくれて。…繭。澪。



© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: