クレドのにっき

クレドのにっき

零~天倉 澪 弐~

 清流を眺めながら、考えていたのは、好きな男の子のことでも、何でもなかった。
ただ、能力の強くなりだした、姉のこと、そして、その姉に一生治らない障害を負わせてしまった自分の罪。
 …消せない。消えるわけ無い…。
 ただわたしに出来るのは、おねえちゃんを支え続けることだけ。 背の温もりがいつのまにか消えていたことに気付いたのは、謝ろうと口を開きかけた所だった。
「おねえちゃん…?」
いらえがなく、ただ清流の静かな流れと。森のざわめき。
まさか。
ぞくりとした。あの時、わたしがおいていかなければ、オイテイカナケレバ
「おねえちゃん!!」
はっと顔を上げれば、綺麗な紅い蝶を追っていく姉の姿。片足を引きずっているというのに、その足は意外にも速かった。
道の無い道を、マッスグに――何処へ行こうというのか、澪は慌てて立ち上がり、清流の石に足を取られながら、森の木の根に足を取られながら、道を探して、目は姉だけを見て、苔むした森の幹に足を取られて手をつきながら、賢明に姉を呼んだ。
「おねえちゃん!」
苔むした物体。
走ったその瞬間、ゴールテープをくぐるように、世界が変わる。
「?!」
ねじれる空間、森のざわめきはひとのうめき声に変わり、世界の色は消えてただ白と黒の中紅い蝶だけが…
――だめ、その先へいっちゃだめ、おねえちゃん、だめ!
叫んだ筈の声は無い筈の空気を伝って、姉の耳に届きはしなかった。
ようやっと、根を飛び越えて、姉のもとへたどり着く。
「おねえちゃ…」
掴んだ肩のワンピースの感触は、いつもの温もりではなかった。
ただ、一瞬脳裏に、誰か女の首を自分が締めている、おぞましい映像が白黒でなぞられて――

「…!」
気付くと、森は無かった。抜けた道は少しひとの足でならされて、平らになっていた。
…どういうこと?
この先には、何も無い筈。
ただ、浪々と波打つ道があった。
澪は覚悟を決めた。
「置いていかない。…おねえちゃんを探して、帰らなきゃ」
彼女は走り始めた。波打つ道を。呼ぶ声は、森のざわめきと。何処からかきこえてくる歌のようなものにかき消されて、何処にも届かない。
時々石に足を取られながら、それでも彼女は走った。
姉は何処までいってしまったのだろう――また、呼ばれてしまったのだろうか?
何に?
 繭の心を、澪が知る由も無い。彼女が本当は何を望んでいるかなぞ。
でも…だったらなおさら!
灯りが見えた。
「…むら…?」
虚ろな煙にけぶった、いや、霧にけぶった幻想的な光景が、彼女の視界を占め、そして目の前には巨大な鳥居があった。
「?」
何でこんな所に鳥居が…神社でもあるのかしら。村の明かりを見て、そしてその一瞬、鳥居に目を戻すと白い着物の女性が顔を覆って泣いていた。
まさか、姉ではあるまい。
しかし、これは「ひと」ではあるまい。
彼女はそっとその女性に近付いていって、顔を覗き込もうと――

「――えっ?!」
気付けば。鳥居は抜けてしまっていた。振り返ると、そこに道は無かった。
「なんで…?!今、通ってきたのに!」
確かに鳥居はくぐれる。けれど、その先は森そのものだった。
澪はあとずさる。「どういう、こと…?」
道が消えてしまった。帰る筈の道は…何処にあるのだろう?
「おねえちゃん…おねえちゃんは」
振り返れば。遠くに紅い霧。
そして、ここは高台のようだった。村を見下ろすように、繭が立っている。
「おねえちゃん!!」

 双子だから。
 だからって何がわかるの?
 あたしのことなんて何ひとつわかってない。
 澪、澪、澪、あたしは、ずっと一緒にいたい。
 ねえ、彼氏なんか作らないで。
 あたしの側にいて。
 あたしの側にいて、あたしをずっと支えてよ。

繭は振り返った。幾分、ゆっくりと――それに呼応するかのように、何匹もの紅い蝶が、彼女から飛び立った。

「地図から 消えた 村」


To Be Countinued⇒零~天倉 繭 参~


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