クレドのにっき

クレドのにっき

零~天倉 繭 参~


 さあ澪、追ってきて。おってきて…。

「私、聞いた事がある…このあたりに、祭りの日に消えた村があるって」
蝶たちから聞いた口上を述べながら、あたしはひそかに笑っていた。
ほら、やっぱり澪は追ってきてくれた、達樹くんのことも忘れて。あたしだけのこと
を考えて。
澪はこちらを向いて、
「大丈夫?怪我、とかない?!」
「うん、ないよ」
澪はほっと胸をなでおろしてから、後ろの鳥居を指差した。
「あの鳥居から、私きたんだけど…道がなくなってるんだ。おねえちゃんも
あの鳥居からきたんでしょ?」
あたしはその通り、と頷いてみせる。
「やっぱり…。でも、道が無い。これって、いつもの心霊現象かな」
澪は胸に手を当てて、考え込む。
あたしは、知っている。あの鳥居を閉じたのは――
「多分、そうだと思う。…あの蝶といい、この高台から見える村といい、どう見ても、ひとの息吹はしないもの」
――あたし(紗重)の意志だから。
「ともかく、村の中を回ってみよ。他にも、道があるかもしんないし」
と、澪は村の中へ入る道を下っていく。
あたしは、知られないように笑んだ。

澪は追ってきてくれた。
 …八重がきたの?
 そうね?あなたにとっては八重、ね
 …八重がきた…。八重がきたんだ
 そうよ。嬉しい?紗重。
 嬉しいよ。だってずっと待ってたんだもん。
声は喜色を帯びた。
 よかった、やっぱり八重はあたしのことを見捨てないでいてくれたんだ
 そうね…じゃあいこうか、紗重
 八重、可愛い格好してるね。
声は不思議そうに云った。
 あたしもだけど…これは、なに?
 そうね、普通の格好よ。
 それより、早く実行に移しましょう。
 うん、そうだね。

「ねぇ澪、何か落ちてるよ」
少し斜面を下ったところで、何かが落ちてるのが見えて、あたしはそれを澪に
知らせた。あたしが見つけて、澪が拾う。それが、あたしたちの日常だった。
あたしはしゃがんだり、立ったりするだけで、この傷が疼いて、酷い時には病院
に行かなければならないほどの激痛が走る。
医師が云うには、神経回路に傷がついてしまっているんだとか。
小学校の頃から、上履きがなくなるのは日常茶飯事で、中学に入れば制服は
切り裂かれてボロボロ。陰湿な女子たちの、あたしはいいエモノだったのだ。
そんな時、澪はいつもいじめっ子のリーダーを見つけ、しっかりお灸を据えてから、
「おねえちゃんに文句があるならあたしに先にいいな。おねえちゃんに今度何かしたらただじゃ済ませないからね」
と、あたしを庇ってくれた。
その優しさが、嬉しかった…。

 『あたし』も、足、痛いの?
 あたしもね、身体弱くて走ったり、あんまりできなかったんだよ そう。…似てるのね。あたしたちは。
 そうだね。


澪は落ちているものに手を伸ばした。闇の中から、暗がり、月の明かりに
それが照らし出される。
それは、黒いハンドバッグだった。どう見ても女物で、割と高そうに見えた。
「誰のかな」
「…あたしたちの前にも、誰かきたひとがいたんじゃない?」

 そうだよ。
 今までいろんなひとがきたけど、八重はいなかった。
 大体があたしに影響されてしんでるわ

紗重の声を脳裏で聞きながら、あたしは澪の顔を見る。
「…どうしよ。あけちゃっていいのかな」
そんなことで悩んでいたのか。可愛い澪。あたしはくす、と笑って、ハンドバッグを澪から取った。
「いいのよ。非常事態なんだし。あけちゃおあけちゃお」
開けてみると、新聞の切抜きと、最低限の化粧品、そんなものが入っていた。貴重品は無いらしい。とすれば、本人が身に付けていったのか。
ふと見れば、澪はニ、三歩離れて、
「お、おねえちゃんがあけたんだからね!あたしは止めたもんね!」
等と云っている、ノリがいいわね、澪…。 「どーせ『誰もいない』わよ。だいじょーぶだいじょーぶ」
斜面を更に下れば、ゆっくりと歩く人影。
「澪」
「大丈夫、おねえちゃん」
あたしは澪の後ろに隠れるようにして、その手を握った。温もり。
澪は、あたしを庇うように先にたって、ゆっくり斜面を降りていく。
「足元、気をつけて。あたしの歩くの、速い?」
「大丈夫。丁度いいよ」
二人でいっしょにいよう。ねえ、澪…。

 人影の消えた家は、明かりがついていた。
「やっぱり誰か、いるのかな」
あたしは先に立って、家の戸を調べてみる。あきそうだった。

そこは逢坂家だよ。
 何か用あるの? さっきのハンドバッグの主がいるかなと思って。
 ふうん…。


「入ってみようか」
「うん」
不意に澪の肩に手が触れた。彼女はそれに手を添えて、頷く。
が、その側をあたしが通り抜けた。
「…え?」
澪が慌てて振り返る。そこには、誰もいなかった。
あたしは、内心でくすりと笑った。澪、そいつはここにいる霊よ。
「どうしたの?」
「う、ううん、なんでもない」
あたしを心配させまいと、澪は無理に笑顔を作った。
逢坂家の扉を開ける。

 ねぇ澪。
 ねぇ八重。
 私たち双子だけど
 ひとつひとつ別の心をもってる。
 あたしは澪といずれ別れなきゃいけない。
 『あたし』は、八重とひとつになりたい。
 これは、『あたし』とあたしの共同の願い、唯一にして
 至上の願いよ。
 はなしたくない。
 はなれたくない。
 ねぇ澪。
 ねぇ八重。
『ずっと一緒だよね
 約束だよ、ね?』



TO BE COUNTINUED⇒天倉 澪 肆


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