クレドのにっき

クレドのにっき

零~天倉 繭 伍~

オチテイク…おちていく…
どんどん昏い場所へ。
おちていく…暗くて狭くて寒い場所へ…
生有る者よ、割目して見よ、あれが『うつろ』、何も亡き場所。
生有る者よ、怯えよ、たたえよ、敬え。そうあれが、天へも地へも
続く道。
生有る者よ、この地で暮らしていくならば捧げよ。
ひとつの魂をふたつの肉体に別けた者を捧げ、そしてこの『うつろ』を
満たすのだ。
悲しみと、哀しみと、後悔と、畏怖とで。

あたしは――あたしは黒澤紗重。双子として生まれた瞬間から、私達姉妹の運命は決まっていた。
即ち、『 八重があたしをころすこと。
決まっていた筈だわ、その運命は連綿と紡がれ、この地に安寧という名の止まった時を授けてきた。
富めるものは富み、上下関係のいつまで経っても変わらぬこの地。
しかしそれさえも――
「八重、紗重」
「はいお父様」
二人の姉妹は健やかに、清かに、育てられた。
いつか、あの黄泉の門を封じる贄として、その身を捧げる事になろうとも。
良寛は彼女らを別け隔てなく愛し、慈しんだ。

「厭です!あの子達を贄にするなんて!」
「聞き分けてくれ、紗矢。村の為なのだ。…頼む」
「厭です!!そんなことになるくらいなら――」
そんなことに、なるくらいなら。
幼い二人の赤子が眠っている。揺り篭は静かに彼女らをあやす。
そっと小刀を取り上げた。
これで心臓をひとつきするのだ。少しでも、くるしくないように。
「ご免ね…双子なんかじゃなければ。双子なんかじゃなければ!」

――紗重は、母の刀の傷が元で病弱な身体となった。
それでもよかった。
八重が傍にいてくれるなら、あたし、何もいらなかったよ――
と、彼女は思う。
遠い遠い日々を想う。
お父様はよく、贄になる筈の娘達を愛してくれた、と思う。17年間、幸せで御座いました。
色々な人々との想い出が過ぎては通る。

「おちていく…くらいくらい場所へ。…もう戻れない…」
繭は呟いた。それは、自分へ言い聞かせるように。

 「わかってるわ…紗重。今…逝く…」



「今年の巫子なんだぜ~俺たち」
明るい黒の瞳の少年がいつもと変わらず云う。
「これでめでたく俺らも紅贄ってワケだ。はいはい16年間ありがとーございましたーってなー」
大仰に両手をすくめ、くるりと回ってから肩をすくめる。長い黒髪が風に揺れた。
「睦月!」
隣にいた少年――こちらも同じ顔だが、髪は短髪だ――が諌めるように云う。こちらが兄だろう。
「…なんだよ。一応シケねぇように明るく云ったのに。」
「そっか…巫子なんだ。二人とも」
紗重が云う。二人は座敷を通されて庭の見える部屋へ。
兄・姉同士の話は長い。
紗重と睦月は外へ出て、門番に挨拶してから、湖のほとりをふらふら歩いた。
「儀式の日――いつなの?」
湖に茜色が忍び寄る。もう夕刻なのだ。綺麗な椿が咲いている。翠が茜に映える。
「四拾四日後。禊をおわらすのも含めて」
椿の花をとって、彼は紗重の髪へ差した。
「うん、いいねぇ似合う。」
「…そう?」
彼の首や手首にある古い傷跡は、袖から時折顔を覗かせる。この明るさの下に隠された、深い葛藤。
彼は長い黒髪をなびかせて、茜色を見つめた。
「もう、沈むな」
「…ええ」
風が吹いて、彼女の髪から椿の花をさらっていく。
「あ…」
華は湖面へ。
「…やっと神送りしてもらえるのかと思うと、ほっとする」
その声からはいつものお仕着せの明るさは消えていた。湖面に浮かぶ花を見つめたまま、彼はぼんやりと言葉を紡いだ。
「だけど思うんだ。…あいつ狂わないでいきていけるかな?俺を殺して(神送りして)、そうしてのうのうといきていけるかな?」
紗重は――同じく湖面の花を侵食する茜色を見ていた。
「…いきていくわ。きっと」
茜色は群青へ。紫の不安がのしかかってくる。
「…いきていたくないとおもったことなんてないよ。…でも、それで一緒にいられるのなら。俺は死んでも、いいかな。」
紗重は彼の顔を覗きこんだ。「…もう、一緒に同じものを見ることが出来なくなっても?」
睦月は彼女を見返してきた。昏い喜びに満ちた漆黒の瞳。
「ああ!…あいつの喉元にこの身を蝶と変えてずっと一緒にいられるんだ。やっと…コロシテモラエル」
に、と幾分――狂気の破片を覗かせて――笑みを見せた。
「紗重ー!どこー?」
「おーい!むーつーきーっ!」
正門の方から呼ぶ声が聞こえて、彼らは振りかえった。
「…よんでるな」
「ええ」
湖面の花は、もう紫に潰されて、見えなかった。

――あたしがあたしでなくなる感覚――
「ころしてほしかったの」
雫が頬を伝う。
「ころしてほしかったのよ、八重。ずっとずっとまっていたの。みんなしんじゃったわ、あたしひとりなのよ、たすけて、八重。さびしいわ…」
あたしは歩いていく、その望みのままに。ぼんやりと光る、紅い緋い蝶に連れられて。右足を引きずって…。闇の中へ。

TO BE CONTINUED…零~天倉 澪 陸~


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