クレドのにっき

クレドのにっき

岐路・~天倉 澪~拾肆

誰もいなくなった村をぶらついた。

かつて――この村を支えてきたのは、巫女と巫子だった。
いつから、かはわからない。もう、ずっと昔なのだろう。
自分たちは立花家の92代目の巫子だ。だけどそれは、「立花家」のであって、全てひっくるめると何代の巫女・巫子達がこの村を守るために死んだのかはわからない。
――この村を支えていた巫女は、神事に長け、ひとを愛し、自然に愛され、彼女等は村をたて、制度を整えた。
やがて、彼女等がこの村をたて少し経った頃。
あれをみつけた。
散々悩んだ末――
『…人身御供でしか、この村を救うすべはないと…説いた。』
睦月は誰もいない、我が家の扉を眺めた。
静かに、悲壮な瞳で。
『…皮肉だな』
彼女があれに旅立ってより後ひととせ、姉を心底愛していた弟の巫子は狂った。
睦月の視線の先、ひらひらと飛んでゆく紅い蝶。
それはさあっと紅い燐粉をまいて、扉の中へと消えた。
彼は瞳をあげ、我が家へと何百年ぶりに、足を踏み入れた。

――見なれた影を見た気がして、私は足を速めた。
「おねえちゃん!」
すると。歩いていく人影はゆっくりと振り向く。
「…?おねえ…」
『…待っていたわ、私。ずっと…暗い森を歩いてた。そこからあなたが、連れ出してくれるのを』
下げた両手。ゆっくりとこちらを指して上がる左腕。宙に浮かんでいるような仕草で、胸前まであがった手――白い着物。短い髪。落ち込んだ黒い瞳。
だけど、その胸には、返り血はなかった。
ただ、何処までも穏やかな穏やかな、悲しみを湛えた深い瞳だけが、闇の中に響いている。
「…あなた、誰?」
『私は――』
霊がゆっくりと口を開いた。綺麗な声が空気にのる。
『私は。黒澤良寛が娘、八重。双子巫女の運命を蹴り、森へ堕ちた聖女。紗重が待ち望んでいるわ…』
そこでうっすらと、ぞっとするほど綺麗な笑みを佩いた。
『澪。あなたは私。…償う為に生まれ、ここへきた。私にいざなわれて。』
「ちょっ…何いってるんだか、わからないわよ!」
思わず抗議した私に、八重はただ、笑むだけ。
『判っている筈よ、澪。今は違う名前だけど――かつてあなたは、八重という名で呼ばれ、愛されて育った。何不自由なく…何不自由なく…この、皆神村で。』
「…?!あなたが、私の前世だっていうの?!」
八重は静かにうなずく。
『そう…。たったひとりの魂を分けた妹を見捨て、森へと逃げた卑劣な巫女よ』
「!」
オ イ テ カ ナ イ デ…

見つめてくる瞳には、笑みのかけらもない。ただ、枯れた痛みだけが在った。

もう、おいてかないで…澪


脳裏で反響する、姉の声。ぞっとするほど無防備な声…そして、それ故に――心から本当に想っている願い。
『さあ。この手をとるのよ、澪。あなたは償わなきゃいけない。紗重に…この村に。
私とともに』
反響する声。止まらない…とまらない!
「もうやめて、もうやめて、」
泣きそうな瞳――すがりつく手――何処までも透明な瞳――
澪は頭を抱えて絶叫した、
「 もぅ、やめて――っ!! 」

あの日。
今までつけていた日記を全て燃やした。灰も川へ撒いた。
知られたくなかった。
ホントウノノゾミなど。
それは、多分…樹月を苦しめるだけだから。
生きていて欲しかった。
自分を殺して、…弟を自らの手で殺して、笑っていきられるような人間じゃないと、知っていたから。
本当は。
本当は――
『殺して欲しかったんだ、樹月…』
錯綜する記憶――それにこめられた願い。翠の表紙に黒い紐。焼かれた想い。
机の上に突っ伏して、昔そうしたように、袖に顔をうずめた。
本当は。
『逃げて欲しかったんだ、樹月』
ひとりだけと罵られても、村を見捨てたと罵られても…外で、新しい世界を掴んで欲しかった。
翠の表紙に紅い紐。残った想い。
――お前を残して、逃げられないよ。
そういって笑った。双子に生まれてしまった以上、仕方ない…と笑った。
『ころして…にげて。にげて。にげて…俺なんかどうでもいい、お前は幸せになってくれ、頼むから…頼むから。』
呟く言葉は、自らを縛る鎖。
睦月の首に、ゆっくりと紅い紐が現れる。喉には生々しい、痣。
長かった髪は、今や樹月と同じ長さにまで短くなっていた。
『頼むから…頼むから……  コ ロ シ テ… 』

つと、樹月は牢の中で顔を上げた。
『…睦月の…声がした?』
頭を振って、窓へと歩み寄る、暗い空には、蝶が飛んでいた。
『…そんな筈、ないか…』
愈々、幻聴でも聞いたかと樹月はため息をついた。
『睦月は今ごろ、あのくらい場所にいる。』
空の下――今始まる祭は、ゆるゆると焔の弧を描き、村中へと広まっていく。
振り向いた眼の先に、縄で作った輪がゆれている。

ただ、微笑み、彼は踏み台の文机に足を乗せた。


『否定しても無駄。私は…今道を踏み外した紗重を止められるのは…私しか、いない。だからあなた、きっといくわ?あの、長い長い深道をくぐって、蝋燭のざわめく、贄座へ…もう、祭が始まるわ。…いそがないと間に合わない…』
差し出された手・悲しみ映す瞳・闇の中に鮮やかな白い着物・ゆれる黒髪・場違いな懐中電灯の灯り・丸い輪…
『さあ。手を。』


ゆっくりと広間を横切る。そこには、時計がかかっている。らせん状の階段を上ると、格子の向うに小さな部屋。
「…?」
ひとの気配がした。同じく格子のはまった窓からは、見覚えのある背中。髪が短いけれど、あれは…
「…睦月っ?!ちょっと!何してんのよ?!」
すぐ横の扉には、鍵がかかっていた。開かない。と、睦月がこちらを振り向いた。その首には、紅い紐。血の滲んだ痣がぐるりと喉を囲んでいる。
「…っ?!」
頭の中には、「怨霊」という文字が踊っている。いつになく暗い瞳は、こちらを空ろに映す。
『…八重…お前は、紗重を殺せるのか。村の為と割り切って、殺せるのか!』
唐突な叫びに、澪はあとずさった。「急に何を言い出すのよ!…大体あんた、中から鍵あけられないの?!」
格子を掴んだ澪に、睦月は一瞬で歩み寄っていた。彼女が驚愕の表情を載せるのと同時に、睦月の両手が、格子の隙間から彼女の喉を捕らえた。
「なにすっ…」
問いは半ばで途切れる。正気とは思えない力に、懐中電灯が落ちた。
『嘘吐きの樹月…!コロシテクレルノをマッテイタノニ、お前は俺を殺してクレナカッタ!だから、俺ガお前をコロシテヤルヨ、そしてウツロにツレテイク』
「は…なし、て」
両手は透けていたが、酸欠の頭の中に感触が届いた。
『コロシテ…コロシテ。なんで…約束…ころして。ひとつに還るって約束…無理、できない?なんで…』
咄嗟だった。腕を掴む。身をよじる。遠くに聞こえる言葉から、力が抜けていくのが判った。
唐突に、放す。
澪は座りこんで、吐き気に咳き込んだ。
『…澪…?』
呆然と見下ろしてくる少年。懐中電灯を拾うと、澪は立ちあがって呼吸を整えた。
「睦月?あんた…」
彼は、こちらに背を向けて、壁際の机の前まで歩むと、座る。
『…話し掛けるなよ。…俺は死人だ。…いつ…怨霊になるかわからねぇよ。行けよ澪。俺のことは…忘れてくれ。』
先刻のことも意に介さず、澪は格子から身を乗り出さん勢いで部屋の中へ叫んだ。
「何いってんのよ!見捨てていけるわけ…」
ふと、横を向くと、紅い着物を着たかわいらしい少女がこちらを見ていた。憎悪の瞳を、虚空へ泳がせながら。
『…おにいちゃんを…かえして。』
「?!」
部屋の中で呟きが聞こえた。
『…千歳?』
鈴の音が、廊下の奥の扉へと消える。その後、残されていたのは、鈴のついた鍵だった。
澪はそれを拾い、睦月の閉じこもる、部屋を見据える。

さて、あなたはどうしますか?
「睦月を」
助ける→拾伍へ

助けない→拾陸へ


あなたの選択次第で、エンディングが変わります。


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